2017年9月13日 (水)

ポスト・ペロン的残影 キリング・ファミリー(2017)

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 比較的最近、中・南米の映画、何本かレンタルで観た。
 残念ながら、特に印象に残ってる作品はなかったけど、この今年度作品になっている《 キリング・ファミリー 》THE LOST BROTHER / El otro hermanoは、始めて観る余り縁のなかった国アルゼンチンの映画で、首都ブエノスアイレスから北へ遠く離れたある小さな町が舞台。
 観てると、ふと、前世紀の70、80年代あたりの物語かと思えるくらいにローカルな雰囲気だけど、携帯電話を普通に使っているんで、比較的最近の設定なんだろう。
 日本のサブタイトルが“殺しあう家族”。
 些か猟奇的ニュアンスを煽り過ぎてるけど、近代のコンキスタドール宜しく近代になって先住民や黒人・ガウチョたちを弾圧・排除して、ヨーロッパから膨大な数の(主にスペイン・イタリア)移民を入れて作りあげた白人国家たるアルゼンチンの、それでもラテン的な濃い家族的絆すら、現実のとめどなく浸蝕してくる物質主義に解体されてゆき、かつては世界でも有数の富裕国だった栄光の凋落がオーバーラップするように、旧く朽ちた木造家屋の仄明るい室内の板壁に刻印されたように黒々と凝血した血飛沫が静かにぬめっていたりする。


 キャッチ・コピーで、“悪”の権化と予め断罪された代理人ドゥアルテは、いかなる成り行きでかある普通の決して裕福じゃない家族( 実際には父親を中心にした二家族 )に接近し、彼の銭儲け=悪行に引き込みどっぷりと漬からせ、ついにはその家族のほとんどを細長い骨壺の中の死灰と化してしまう。
 

 この代理人ドゥアルテ、一体どんな職掌なのか曖昧で、ともかく銭儲けに抜け目なく、アルゼンチンの地方の小さな町の中で、ありとあらゆるチャンスを見出しては貪欲に狡猾にむさぼってゆく。
 最初は、一報を受けてブエノスアイレスからやってきたハビエルに、内縁の夫モリナに射殺された彼の母親と弟が安置された死体安置所に案内するモリナの代理人として現れる。散弾銃にでも射殺されたのか、原形をとどめぬ二人の屍に思わず嘔吐してしまう。手慣れた風のドゥアルテ、屍を見せる前に嘔吐用のバケツを手渡す周到ぶり。
 早速、当たり前のように、ハビエルに二人の死にからめた保険詐欺話を持ちかける。平然とした口調でリスク“ゼロ”をアピールし、まんまとハビエル話に乗せられてしまう。
 一切がビジネス・ライクなのだ。 
 ( 常に大型のオートマチック・ピストルを隠しながら。)


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 ハビエルの見知らぬ彼の母親の内縁の夫モリナも、母親と弟を殺害した後、自宅で自殺したという。モリナの妻と息子がまだ住んでいる家にも、ドゥアルテはハビエルを連れてゆく。モリナの嫁が銃で自殺した際に飛び散った大量の血糊を雑巾で拭いている最中だった。対面した両者に特別な感情的起伏も見られず、むしろ嫁さんが世間話の如く愚痴を漏らすぐらいに淡々とした一場。
 実は、モリナの家族、ドゥアルテを頭目とした営利誘拐に手を染めていたのが次第に明らかになってくるのだけど、映画じゃ描かれてないものの、どうも殺されたハビエルの家族そして自殺したといわれているモリナすらも、ドゥアルテに何らかの理由によって殺害された疑念が浮かび上がってくる。
 つまり、互いに殺しあった家族じゃなくて、代理人ドゥアルテに利用され尽くしたあげく彼の手によって殺された家族って可能性。
 只、最後に、ドゥアルテに命令されながらも、義理の兄であるハビエルを殺すことを拒絶し逆にドゥアルテに銃口を向け撃ったモリナの息子・ダニエルがドゥアルテに首を撃たれ瀕死に喘いでいる時、ハビエルはダニエルを見捨て死なさせてしまう。
 カインとアベルの旧約神話を想起させる。
 兄カインがやがてエデンの東を流浪することとなるように、ハビエルも営利誘拐や保険詐欺で得た血塗られた高額紙幣の束の収まった袋を手に隣国ブラジルに逃避行を決め込む。
 唯一生き残った主人公・ハビエルの前途も、しかし、暗澹として明るい兆しの予感すらないまま終幕。


 それにしても、ラテン・アメリカじゃ、やっぱり現在でも営利誘拐が利幅の大きな犯罪のようで、既に1980年代の政情不安なアルゼンチンで人々の耳目を集めた営利誘拐犯アルキメデス・プッチオ一家事件なんてあったらしい。プッチオ一家の残虐性とドゥアルテの残虐性の相似性。その伝でゆくと、モリナもドゥアルテに強いられたものであっても単なる誘拐どころか残虐な行為にまで手を染めていた可能性も考えられる。
 そういえば、南米最北のコロンビアの切羽詰まった閉塞状況の崩壊寸前の村を舞台にしたエべリオ・ロセーロの小説《 顔のない軍隊 》(作品社)で、村の四囲をすっかり左翼ゲリラや右翼自治組織、麻薬組織、政府軍に包囲され、四面楚歌の定年退職した元学校教師の年金生活者イスマエル爺さんも、自分の長年連れ添った嫁さんを人質誘拐グループに拉致されていた。毎月の年金も滞ることの多いしがない老齢年金生活者なんぞに、間違っても高額な身代金なんて払える訳もないにもかかわらず。
 そんな営利誘拐が日常的に発生しているラテン・アメリカじゃあるが、経済大国・先進国の頂点のはずの米国なんて年間誘拐事件百万件といわれている。その被害者の多くが子供たちというさもしさ。
 ドゥアルテって名前、確か独裁者ペロンの嫁さんエビータの長い本名の中にもあるけど、何か関連でもあるのだろうか。単なる偶然ならともかく、アルゼンチン事情に疎い当方にはさっぱり詳らかじゃない。

 
 《 キリング・ファミリー 》THE LOST BROTHER (2017)
監督・イスラエル・エイドリアン・カエターノ
制作 アルゼンチン・ウルグアイ・スペイン・フランス 

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2017年9月 3日 (日)

真夏のブードゥー=ゾンビー世界

 

 この数日朝晩少しは過ごし易くなってきたもののまだまだトロピカル・ランドと化した列島暑熱モードは続くのだろう。
 そんな30℃世界の只中のある昼間、家の裏庭に面した風呂場の天井を見上げると、あしながバチが二匹、天井灯の丸井プラスチックのカバーの横にとまっていた。
 何事かと思い、しばらく眺めていると、驚いたことに巣を作ろうとしていた。
 マジ?
 確かに昼間は空気が乾燥しているけど、夜になると湯気濛々でまずかろう。
 ハチや昆虫って、けっこうとんでもない場所に巣を作ったりしてて、リアルタイムな現在、それもかなり狭い限定された視野内しか認識できないようだ。( もっとも、人間の視野もそういうほど広くもないけれど )
 
  
 そういえば、家からかなり離れたところにあるスーパーの前の歩道脇の植え込みの下に、そこだけ黄土色の砂らしきものが少し盛り上がっているので、何なんだろうと、缶コーヒー片手にのぞき込んでみると、小さな穴が三っつ並んでいて、ヒョコヒョコと真ん中の穴から、黒い羽虫が一匹、後ろ向きのまま這い出てきた。
 すぐ“地バチ”という言葉が浮かんできた。
 が、これは間違いで、後で調べてみたら、地バチって黒スズメバチのことらしく、その穴から現れハチはもっと細っそりした体躯の黒アナバチだった。
 穴を掘ってその奥に巣を作るから、アナバチなんだろうが、見てると、同じ一匹のハチが出たり入ったりしているようだった。後ろ向きに出てくる毎に中の土砂を運んできて、穴口の前に後ろ足で蹴り出し、それがこんもり盛り上がって低い小山を作っている。周囲の黒土と明らかに土質が異なっているので一目瞭然。
 出入りしているのは専ら真ん中の穴だけ。
 これがこのアナバチの習性のようで、たいてい三個の穴を掘り、両側の二つは見せかけだけのダミーで、他の寄生昆虫の侵入を防ぐためだろうといわれているらしい。所用でで外出するときには一々真ん中の穴口を塞ぐという。
 キリギリス系の虫を刺し麻酔状態にしたまま捕らえ運んできて穴奥まで引きずり、そこで麻痺したキリギリス系虫の体内に直に卵を産み付けるという。
 殺さず仮死状態にしたまま、体内で孵化したアナバチの幼虫たちは、キリギリス系虫の体内の肉を食べて成長するって算段。殺してしまうと腐敗してしまうからなのだろうが、怖い話だ。でも、確か人間世にでも、採った魚を叩いて仮死状態にしたまま鮮度を保つって手法がなかったっけ。

 ところが、同じハチの種の中のコマユハチは、その生態から“ ブードゥー・ワスプ ”とも呼ばれ、キリギリス系じゃなく、イモムシに卵を産み付ける。
 イモムシの体内で孵化しイモムシの内部の肉や内臓を食べながら成長してゆくのは同じだけど、そのイモムシを決して殺すことはなく、成長しきった幼虫たちがイモムシの体外に出て蛹になってからも、体内をさんざ喰い破られ瀕死のはずのイモムシはまだ生きていて、面白いことに、そのイモムシは、今度は、蛹を襲おうとして接近してくる他の昆虫を追い払うようになるという。
 実はそのイモムシの体内には常に数匹の幼虫が残っていて、その故なのかともいわれているのが、イモムシの脳=行動をコントロールしているってことなんだけれど、それでブードゥー( イモムシの方はゾンビー )なのだ。ワスプは別に白人旦那たちとの関係を揶揄ってのワスプじゃなく、“ 狩りバチ ”の意味。
 でも、これは、ある種の鳥たちに、別種の鳥が自分の卵を紛らわせ、その鳥たちに育てさせるって手口に相似だし、本当は別種の卵にもかかわらず自分の卵と思ってずっと餌をやり外部の攻撃から身をもって守ろうとする本能的所作をつい想起してしまう。
 ここまでくると、ネコ=ネズミ=ネコの寄生の輪たる寄生中トキソプラズマのおぞましい世界まであと一歩。何しろ、感染したネズミがネコに食べられやすいように行動するようになるらしい。怖い、怖い。それがとっくに人間世界にも蔓延しているらしいので、もっと怖い話だ。

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2017年8月19日 (土)

 解かれた封印 《 ザ・マミー 呪われた砂漠の女王 》

Mummy


 早朝五時前のまだ暗い東の夜空四十度くらいの方向にオリオン座が三日月の下に小さく耀いていた。ゆらぐ赤色巨星ベテルギウスはまだ健在のようで、青白く瞬いているはずの下方のシリウスは、残念ながら定かでなかった。このシリウス、実は連星で、現在は地球並の大きさに縮まってしまったシリウスBの方はとっくに死に向かっている白色矮星という。
 
 《 ザ・マミー 呪われた砂漠の女王 》を、盆休みの昼の回で観た。
 久しぶりの映画館だけど、さすが盆だからか、トム・クルーズ主演って訳でか、雨上がり的な天候にもかかわらず館内はほとんど満員。
 you tubeの予告編のホラー風味に好奇心をくすぐられての運びで、考えて見りゃあ、“マミー”ってつまり“ミイラ”、漢字の“木乃伊”の方が感じが直截に表れている包帯ぐるりの動きの緩慢なキャラだったはず。初期のゾンビーたちが、ゆるゆるおぼつかない足取りだったのが、次第に時代の閉塞感・切迫感が増すにつれ、いつの間にか走り出し、人間より敏捷に疾駆する屍鬼に進化してしまったように、この《 ザ・マミー 》でも、女王ミイラは、昨今のホラー映画定番の如く、自在に走り飛び跳ねる正に魔物。


 予告編の女王の棺を積んだ輸送機の中での思わせぶりなシーンに、勝手にホーラブルな展開を逞しくしてしまってたのが、しかし、スクリーン上じゃ、ホーラブルとは些か趣きの異なったむしろ冒険アクション的展開。それもドタバタ風味まで加味され。
 これは好みじゃない。
 けど、席蹴ってしまうほどでもなく、持ち込みの缶コーヒーをチビチビ飲みながら、最後まで観てしまった。
 

 いずこの国・時代でも、権力争いの種は尽きまじとばかり、古代エジプトの宮廷内権力争奪的惨劇 ─── その怨嗟と呪詛、ふとした偶然から数千年の時を超えた現代にその封印を解かれてしまう。
 エジプト=ミイラ物の基本構図なのだろうけど、数百年のヴァンパイヤー(吸血鬼)物から、昨今流行のエイリアン物だともっと膨大な時間が上積みされ現代に甦る。
 古代の種子も、うまくやれば現代でも見事な花を咲かせるのだから、地底や海底の底深く結晶化した何億年の彼方から運ばれてきた一滴、一微粒子が封印を解かれ、禍々しいあるいは驚倒すべき遥か銀河からのパンドラの匣物語って、ミレニアム( 2000年代 )に入っていよいよ現代人の好奇心を掻き立てるようだ。


 さすが片方の主役たる王女アマネット、ぐるぐる包帯の下は朽ちたミイラ然とした老婆の態じやなく、生きたままミイラに封印された時の若々しい妖女そのものとして造形されていて、姿態も裸体シルエットも艶めかしく、前世紀の近未来世界造形映画の金字塔《 ブレード・ランナー 》(1982年)のレプリカント(サイボーグ娘)・プリスの剥き出しのエロティシズムとバイオレンス性を想起させる。
 以前どこかで見た覚えがあると思っていたら、ハリウッド・台湾合作ホラー映画《 ダブル・ビジョン 》(2002年)の妖女がやはり“双瞳”を備えていて不気味さ醸し出していた死霊とも生霊とも知れぬ人の精気を吸って生気を甦らせる妖魔アマネットの双瞳。二つ連なった金色の瞳、妖しくねめつけるその両の眼差しは、中々にエキゾチック。
 只、せっかくのエキゾチックな妖魔女も、端折った作りのためか、中途半端に了ってしまってた。
 砂漠の妖魔女の封印が解かれたのはロンドンだったけど、今週リアルに砂漠=中東の呪詛の封印が解かれたのはスペインでありヨーロッパ大陸だった。こっちの封印は植民地主義的帝国主義、十字軍遠征の頃の産物、あるいはもっと以前からの因縁的産物?


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