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2007年10月 2日 (火)

1989年上海 : 旅のはじめ

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この年、北京で天安門事件があった。
 現地の西側のマス・コミの流す実-映像に、逃げまどう群衆や戦車の姿はあるが、云われるような戦車が群衆をひき殺す光景等皆無で、何故西側のマス・コミはそんな大事なショットを撮ろうとしないのだろうと不思議というよりも不可解でならなかったのでも、僕には印象的な事件であった。
  
 
 旅の目的は「チベット」であった。
 東京→上海→成都のチケットを買い、空港ホテルの類に泊まり、翌日には成都に飛ばなくてはならなかった。
 
 まだ天安門事件の記憶も生々しい九月、上海空港から一歩外にでたら、夜の闇の中で妙にまぶしい電灯に照らし出されて、蠢く無数の人間の姿と喧噪があった。それだけでも、海外初体験の僕はたじろいでしまったが、その頃中国で日本人観光客が殺された事件等もあり、やたら声を掛けてくるタクシーの運転手達の怪しげな相貌も相俟って、一体どうしたものかと困惑仕切ってしまった。
 と、首からだったか、胸に付けていたのかもう忘れてしまったが、証明書のようなカードをしたおばさん達が声をからげていた。
 よく見ていると、どうもタクシーの運転手達の正否をしているようだった。頻発する事件に上海当局も腰を上げざるを得なかったのであろうか、早速僕もやって来た運転手を連れて、行き先のホテルの住所を記した紙を見せ、確認して貰った。おばさんは暫く眺めていたが、やがて大きく頷いて大丈夫と肯ってくれた。

 着いたホテルは中級ホテルといったところで、夜も遅かったので外に出ることもなく、早速始めての中国のテレビを観ることにした。
 如何な番組をやっていたかもう覚えていないが、CMだけは番組以上に面白く見飽きなかった。カメラは持っていかなかったが、ソニーのハンディー・カムは持参したので、漸く中国でも発展し始めた商品経済の指標ともいうべきCMばかり撮った。
 「ダー・バオ!」
 とやたら繰り返されていた企業の名前は、それが如何な種類の製品だったか定かでないが、今でもテレビのスピーカーから聞こえてくる男の声はよく覚えている。
 
 朝になって窓のカーテンを開くと、前に畑が拡がっていて、向こうに煉瓦や白塀の建物が見えた。畑の脇に狭い水路が連なっていて、何羽もの家鴨が群れなして泳いでいた。家鴨等実際に見たことの無かった僕には、なんとも新鮮で、空港や近代的なホテルの間近ではあったが、牧歌的なその光景に正に中国を感じてしまった。
 
 ただ、その内、ひょろんとした年輩のくすんだ服を纏った農夫が現れ、淡々と作業をしているのを眺めている中に、ふと背後の大きめの灰色の建物が、何故かひょっとして、こっちの刑務所か労働キャンプかなんかじゃないのかと想えてしまった。
 実際には有り得ないと想うのだが、早朝だったこともあって、静けさとまだ幾分の昏さも残っていて、天安門事件の余韻がそんな場面でも作用したのであろう。
 
 何とも期待と不安の綯い交ぜの初めての海外旅行の第一歩ではあった。

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