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2007年10月26日 (金)

シャリマール 甲斐大策 : 旅先の本

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 旅先で読んで、その本乃至は作家のファンになるということは頻(よ)くあることだろう。一人だけ、僕にも居た。
 それはもはやバック・パッカー史に刻印され、無くなってしまったパキスタン・ペシャワールの新市街と呼ばれる一角に、有名なグリーン・ホテルと同じ並びに在った《カイバル・ホテル》のドミトリーに、お決まりの「深夜特急」や「大菩薩峠」と一緒にテーブルの上に積まれていた。
 
 甲斐大策《シャリマール》という唐草模様の装幀の施されたハード・カバーの短編集であった。そのドミに居た娘が、「あれ読みましたー、何か凄いですよねー」と苦笑しながら推奨して呉れた。

 《グリスタン 花園》というタイトルの短編の一つで、タジク族のムザッファルという身寄りのないカバーブ作りの巧い少年が、カブールから北のあっちこっちのチャイ屋を遍歴しながら腕を磨いてゆき、 ある日、ソーサンと云う名の女乞食と出遭う。
 次第に恋情が芽生え、互いに惹かれ合うようになってゆく。その女は、マジュザムとかコリーとか呼ばれる癩者だった。ムザッファル自身も幼い頃の記憶の断片から自身も同じマジュザムかも知れないと長い間疑っていた。
 そんな冬の近づいてきた砂塵を舞挙げる強風のある日、チャイ屋でカバーブの焜炉の準備をしている時、ひょんな事から自分の手が焼けているのに気付かず、傍に居た見習いの少年に危うく助けられてしまう。感覚の麻痺が始まっていたのだ。
 やはり、マジュザムであったことを悟り、直ちにそこを退ち、ソーサンとその幼児、驢馬と犬と伴に長い当処もない流浪の旅に出る。
 正に、巡礼の旅であった。聖地から聖地へ。
 やがてソーサンの病状が末期に至り、とある大きな水溜りに浸かったソーサンが辛うじて呟く。
 「グ リ ス タ ン」(花園) 
 折から降り出した霰が周りの樹木の白い小さな花共々に、あたかも純白の花の咲き乱れた花園の如く映じたのであった。ムザッフアルはその水溜りの中で、初めて彼女と交合した。熱い、全てが熔解してしまう灼熱の一瞬。

 倒錯的なまでのロマンチシズムに全編貫かれている。
 
 この《シャリマール》自体は、副題に、「シルクロードをめぐる愛の物語」とある通り、必ずしもアフガニスタンばかりが舞台じゃないけど、それまでに、アフガンを舞台にしたり、アフガン人達を主人公にした小説なんて皆無と謂ってよかった。甲斐大策も他に誰も書いてくれないから自分で書き始めたのだろう。彼の出自の旧満州の曠野がそのまま、アフガニスタンまで連なっているのだ。

 《餃子ロード》のあとがきに次のようにある。

 「ずっとアジアを旅している。
 十一歳の時、北九州の宗像の、玄海に面した福間という小さな町に引き上げてきたのだが、戦争末期までは父に伴なわれ、遼東半島各地や北京とその北を旅していたらしい。
 十代は九州の山々を、二十代は関西を主に本州を歩いた。
・・・三十代に入り、自分の意志でアジアの旅がはじまった。
 アフガニスタンが起点になった。
 その後三十年、大陸の旅はつづいている。というよりはじまった、と思う気持が強い」

 彼の他の著作には、彼自身や画家である父親の巳八郎の挿絵や装幀がアラベスクに描き込まれていて、彼のアフガン等に対する強い思い入れが伝わってくる。
 
 九十年前後に参入したパッカー達にとって、アフガンはイエメンと並んで憧れの聖地だった。ムジャヒディーンは余りに政治的に過ぎ、単純にトルハムやチャマンからアプローチしようとあれこれ試行したりしたものだ。そんな時代の不滅の金字塔であったろう。 

 ◆ 生命の風物語            (トレヴィル)
  ◆ シャリマール
 ◆ ペシャワールの猫
 ◆ 神・泥・人 アフガニスタンの旅から (石風社) 
 ◆ アジア回廊(+甲斐巳八郎)
  ◆ 餃子ロード
  ◆ 聖愚者の物語

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