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2007年10月 2日 (火)

テコでも動かぬルクソールの安宿(エジプト)

20070702100005

カイロから鉄道で半日、ナイル川沿いにルクソールという、カルナック神
殿や対岸の王家の谷で有名な観光の町がある。
僕が行ったのは、西側のツァー客達が襲われ多数の死者が出た翌年くらい
であったろうか。

最初あれこれ捜してみたが、結局何処も似たり寄ったりというという事で、
"New Student Hotel" という少し路地に入った一泊朝食付き5ポンドの安宿
に泊まる事となった。2ベッド・ルームで、一つのベッドは傾き、調度は
折りたたみ式風の洗濯物干し?だけ。窓はフレンチ窓。
朝食は屋上で、と云われ、昇ってみると、屋上には何故か沢山ベッドやテ
ーブルが並べてあった。
時刻は九時半頃、泊まり客の三十代の米国人が、もう三十分も待ってるん
だとイラだっていた。そのうち自分の部屋からティー・バッグと玉子を持
って来て、粗末なキッチンで自分で料理し始めた。そばに賄いの(と、思
っていたら掃除専門だったようだ)女性が居たのだが、事情がさっぱり分か
らなかった。
と、その女性とこの宿のハジャイというまだ十代中頃のボーイがキッチン
で怒鳴り合いを始めた。暫くして、皿に自作の目玉焼きをのせた米国人が
呆れ果てた顔で出て来た。僕は他人事のように苦笑してしまった。
その後、この宿の小太りした悪党面の客引きムスターファが現れ、僕の朝
食を作るように命じ、ようやく遅い朝食にありつけた。
目玉焼き、アエーシ・バラディとジャム&バター、チャイ(シャイ)。

このハジャイ、僕はミドルネームに"ドンキー"の名を献じていたのだが、
僕が洗い場で洗濯していた時、何故か勝手に横から手を出してきたので不
思議に思っていたら、後になって洗濯代2ポンド払えと、宿のオーナーか
誰かの煙草ふかした少年に云わせたとんでも無い(まぁ何処にでも居るが)
輩で、毎朝の、パンがない、玉子がない、ガスがない等の朝食を巡る騒動
の主役であった。

そこにアルトゥールという三十代のインド人の泊まり客がいて、
温厚でドンキーや掃除の女性によく笑い話なんかをして笑わせていた。
僕が食べ終わった頃、彼がやって来て、ドンキーに朝食を頼んだ。
ところが、ハジャイも女性も知らん顔で、幾ら彼が頼み怒ってみせてもて
んで相手にもしないどころか、愚弄することしきり。
正にドンキーの面目躍如といったところであったが、恐らくアルトゥール
がいつも冗談を云ったりしてるので軽くみられてしまったのであろう。
暫くしてムスターファがやって来てハジャイに朝食を作るように命じても
テコでも動こうとはしなかった。それから一時間ぐらいして米国人が現れ
た頃になってやっと作り始めた。

僕の場合は、大体作ってくれていた。
例の洗濯代もきっぱり断ったし、ムスターファがしつこく頼み込んできた、
彼等現地人が買えない何十ポンドもするウィスキー買い(手数料2ポンド)
も、にべもなく断ったりしていたのも影響していたかも知れない。
それじゃ、ハジャイはドンキーそのものではないか!

ある朝、僕が四日分の部屋代20ポンドをムスターファに払うと、早速ハジ
ャイが朝食の材料を買いに走った。それはもう、安宿というより、貧乏宿
と云うべきではなかろうか。作品にはないが、殆どつげ義春の世界のよう
にすら思えてくる。
一言でいえば、ともかくロクでもないホテルであった。
それだけに、後になってみると、つくづく想い出深い。
あれからもう十年以上過っているが、ひょっとして、今でも毎朝、同じ
騒動を繰り返しているのかも知れない。
十分に有りそうな事だと思う。

因みに、この頃、1ドル=3.39エジプト・ポンド。

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