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2007年10月 2日 (火)

リキシャ

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アジアを旅していると必ず一度は使うことになるリキシャ。
 本来は人力車、発祥は巷間日本となっているけど、それ以前にアメリカ人が発明したとも云われているらしい。
 人力車自体はもう無くなる無くなると云われてきたカルカッタ(まだ走っていればの話だが)か、この日本で観光用に使われているに過ぎない。

 サイクル・リキシャが現在のリキシャだろう。呼び名はその国々で違うが、今でも庶民の脚として活躍している。
 サイクル・リキシャ、以前はなかったはずが比較的最近登場した中国始めかなり広範囲にわたって使われていて、種類も僕が知っているだけでも三種類。
 インドや嘗ての日本(輪タク)がそうである荷台が後ろにある標準タイプ。シクロと呼ばれるベトナムやカンボジアの荷台が前にあるタイプ。そしてバイクのサイド・カーからきたサイ・カーと呼ばれる荷台が横にあるタイプ。
 
 サイ・カーはもうどんなだったか忘れてしまったが、サイクル・リキシャやシクロは悪路でない限りは軽やかで乗り心地は好い。手漕ぎボートに近いものがある。乗り物自体は実に快適だ。只問題はその運転手によって随分と気分が左右されるという点だ。大抵の旅行者はここでつまづかされる。
 事前に値段交渉をはっきりしてないと、といったマニュアル的な言葉をよく見かけるが、実際は悪質運転手達にとって、そんなもの「へ」でもない。平気で覆すのが彼等の常套。そこでトラブってしまう。
 僕は、しかし、まずその取り決めた額の金を彼が受け取らねば荷台に置いてさっさと行ってしまう。追いかけて来ようが無視。それでも、中には本当に悪質なのが居て更に執拗に迫ってくる。それでもやっぱり無視。大抵はそれで向こうも諦めるが。(女の娘にとってはちょっとしんどいかも)

 インド・バナラシー、インド人達にとっても、我々外人旅行者達にとってもメッカだ。
 大抵、駅からガンジス川近くのゴドーリヤ辺りまで。ここも観光地の例にもれず、観光客と見れば、特に外人旅行者と見ればここぞとばかり吹っかけてくる。特に駅に屯しているリキシャは皆一様にギルドでも作っているかの如く悪質。
 で、僕はひとまず駅の外に出て、暫く歩いてから適当なのを捜す。 ある時、そこで真面目そうな若い男のリキシャに乗った。まだ比較的小綺麗なリキシャで、ルンギも清潔そうだった。ゴドーリヤ辺りで降り、乗る時決めた4ルピーを手渡すと僕が外人だからか何故か嬉しそうに受け取った。
 何なんだこれは! 
 なんて駅周辺リキシャ・ワーラー達みたいに急に豹変することはなかった。本当僕が見定めた通りの正直な青年だった。思わず、もう2、3ルピー更に渡してしまった。青年は相好を崩して心底嬉しそうに受け取った。やはりこんな正直なリキシャ屋も居るんだと、感動ものだった。それは彼がまだ若かったからかも知れない。他の旅行者に話すと、そいつはイスラムじゃないのか、なんて答えた。清貧という言葉が頭をよぎり、それを見極める材料等何も無かったにも係わらず、ひょっとするとそうかも知れないなと肯った。
 それから二、三年して再びバナラシーの駅から少し離れた処で、リキシャを拾った。何と、その青年だった。向こうは気付く由もなかったが、こっちはよく覚えていた。で、やはり4ルピー。バナラシーの街並みを眺めながら、1パーセントの危惧を敢えて抱いてみた。が、彼の印象からその可能性は殆ど感じられなかった。
 果たしてゴドーリヤで降りると、4ルピーで問題はなかった。
 やっぱし嬉しく、つい又上乗せして渡してしまった。相変わらず嬉しそうに受け取った。
 インドの状況は決して好くはないにも拘わらず、実に清々しい存在で、外人なんぞに係わってくることのない人々って、やはりそんなものかも知れないと改めて想ってしまった。

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