モト・サイ
昔はいざ知らず、少なくともバンコクでは、オートバイの荷台に客を乗せるバイク・タクシー、通称モト・サイは、市民の脚というより、急ぐ時の特別な乗り物ってところであろう。
迷惑そうにヘルメットを被ったOL達がすらりとした脚を覗かせて横様に後部シートに乗っているのを頻(よ)く見かけるが、結構事故が多いという。渋滞した車の狭い隙間を縫って走るからだ。車のちょっとした出っ張りに脚をぶっつけて転倒しかねず、思わず両膝をバイクにくっつけてしまう。
僕の場合は、せいぜいカンボジア大使館に行く時ぐらいしか使わない。更に、そのカンボジアに入国すべく、クロン・ヤイから国境事務所のあるハート・レックまで、殆ど無人の綺麗に舗装されたアスファルト道路を疾走する時。右側に青い海を眺めながら走るのは悪くはないけど、ちょっと怖い気も。
一歩カンボジアに入ると、街の中は、モト・サイ(バイ・タク)で溢れている。プノンペンなんて、何処に行ってもモト・サイだらけだ。余り職のないプノンペンじゃ、一日中汗を流しながらペダルを踏み続けても儲けは知れているシクロより、やっぱりモト・サイの方に走るんだろう。
プノンペンも以前に比べて大部道は好くなってはいるが、まだまだ悪路が多く、バスが走ってればそっちを選ぶ。
現地の人達にトッテ、モト・サイは高いのか如何なのか(安いとは思えない)、キャピトル・ホテルから空港まで1ドル弱が現地人相場らしい。外人料金は底なし。
僕もたまに知り合った現地の人に教えられ、それで空港まで行ってみると、果たして、1ドル弱で問題なかった。運転手は当たり前の顔をしていたし。キャピトル・レストランの周りに屯しているモト・サイの運転手では有り得ない。下手すると10ドル以上吹っかけてきかねない。
今までで一番長くモト・サイに乗ったのは、カンボジア-ベトナム国境のモク・バイから、サイゴン(ホー・チ・ミン市)市内まで。さすがに尻が痛くなったが。
最初に乗ったスーパー・カブは随分とくたびれていて、走り出してからそれに気付き暗澹としてしまった。。ところが、それは運転手も同じ事のようで、少ししてから、彼の知り合いらしいもっと新しい小綺麗なホンダに乗り替えらさせられた。これなら大丈夫と安堵した。それでも尻が痛くなり、途中一回僕の方からカフェで休憩を求めた。
サイゴン市内に入ると、凄いホンダの波。
ロータリーになった処で、何台かが台風の眼の中に取り残されていて、容易に出れないのに業を煮やし、老夫婦の乗ったホンダが強引に、ぐるぐる廻っている波の中に突っ込んできた。老夫婦は転倒、僕の乗ったモト・サイも転倒した。幸い誰も大した怪我はなく、僕等は先を急いだ。
その時たまたま僕がハードなトレッキング・ブーツを履いていたから好かったものの、普通のスニーカーやサンダルだったら、もろにぶつけられたので如何なったか分からない。
それでも、時代は刻々と移り変わり、最後にプノンペンを訪れた時、僕の乗ったモト・サイの運転手が、信号待ちで止まったと思ったら、ポケットから、何と携帯電話を取り出した。慣れた手つきで、会話を始めた。傍に止まった他のモト・サイの運転手が、まじまじと物珍しそうに見遣っていた。
やがて、プノンペンのモト・サイの運転手達が、タイ並に携帯電話を手にする日がやって来るだろう。シクロの運転手の方は定かでないが。
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