ネクロマンサー : 夏はホラー特集第二弾
タイ映画にホラーの占める割合は可成り高いと思うが、とうとう
"モー・ピー・コップ"とも云うべきジャンルが出来たようだ。
"モー・ピー"はピー(霊)のモー(達人)で、呪術師・霊術師の意味だけど、札付き悪徳警官ばかりが呪術を駆使し悪事の限りを尽す、警察官僚出身のタクシン元首相に捧げられたような映画だ。
まさかあのタクシンが呪術を駆使していたとも思えないが、軍部のお抱え呪術師が強力であえなく敗退の憂き目を見てしまったのだろうか。
夜雨が篠つく中、犯人一味の潜む湿原の一軒家に、件のモー・ピー・コップ達や警官達が銃を構え迫ってゆくところから映画は始まる。一味の頭目も呪術を使い、主人公イッティと逃げた小屋の中で呪術の死闘を展開する。
この頭目から隠し金の在処を聞き出そうとモー・ピー・コップ達は嗜虐の限りを尽し、挙句、全身呪符の入れ墨だらけの頭目の胸の部分の皮を切り取ってしまう。呪力を秘めているらしいが、それが一つの記号のようにこの映画ではその後何度も出てくる。
その事件でイッティは他のモー・ピー・コップ達の罠に陥り、長い間牢獄へ幽閉されていたのが、ある日、やはり呪術を使って自らの姿を消して脱獄する。表向きは獄中で死んだことになったらしい。
モー・ピー・コップ達は秘密を知るイッティを抹殺するため追跡を始める。そこからこのモー・ピー・コップ達の暗闘が開始される。
地方の警官サンティは、ある時、自分が射殺したはずの犯人がむっくりと起き上がって高い鉄柱を飛び越えて逃げてゆくのを目撃し、呪術・超能力の存在を嫌でも思い知らされていた。そんな中、モー・ピー・コップと共にイッティを追う内、次第に呪術的な力に魅せられ始め、どんどんと深みに嵌ってゆく。イッティに、やがて俺みたいになってしまうぞ、と警告を受けたにも拘わらず。
呪力を得るため、次から次へと犯罪者達を殺め入れ墨の入った皮を切り取り続け、しまいには、イッティの呪力すら吸い取って、正にネクロマンサー(大霊術師)そのものになってしまう。
劇中、タイ南部のトランかプーケットでの奇祭キンジェー・フェスティバルのシーンが出て来る。
「齋」とか菜食週間とかいわれる行事で、別名"串刺し祭り"とも呼ばれている如く、行者達が自分の頬などに大小の鉄串や槍なんかを刺し通して、大通りを行進してゆく。尤も、映画で見た限りでは、ゆっくり練り歩くというより、タイ人ではなくせわしない日本人の歩く速度でさっさと進んでいたが。
サンティ役のアマータヤクンは中々決まっていたけれど、他の映画なんかじゃ何故か生っ白くて、彼が好い役に恵まれてないだけの事なのだろうかと首をひねってしまった。それでも、今夏タイで封切られる"チャイヤ"ではムエタイ・ボクサーの役を演るという。
地方の街中で、 悪玉( これも呪術を心得ている )ヤイと繰り広げる銃撃戦は面白く、今じゃタイのアクション映画の十八番となりつつあるようだ。
それに引き替え、《スリヨ・タイ》ではえらくかっこいい役をしていた、主役というよりむしろ狂言廻しの方なのか、プレーンパニット扮するイッティの、脱獄後の姿・衣装が何とも貧相で、今一つ迫力に欠けた。そこらの市場で買ってきたシャツやズボン、それに安物のゴム草履じゃ、ちょっと。
奇を衒ったつもりなのか、それとも単純に逃亡中という設定からなのか知らないが、これは何とか一工夫して欲しかった。
如何にもタイ風といった感じのオカルト=ホラーで、それも"安っぽい"という意味ではなく、正にタイ風味=オリジナリティーという意味で、結構面白いと思ったが、本邦では未公開なのであろうか?
ガルーダだとかしょうもない駄品( 勿論異論の有るファン達も居るのだろうけど )はよく輸入し上映しているようだが、せめてこれくらいのレヴェルは押さえておいて欲しいものだ。
監督 : ビーヤワン・チューベット
キャスト : イッティ=チャトチャイ・プレーンパニット
サンティ=アカラ・アマータヤクン
制作 : マンポン/ RS 2005年
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