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2007年10月 1日 (月)

旅先の映画 : サップ川の残照(カンボジア)

20070629091126

僕がカンボジアを訪れるようになったのは、90年
代の半ばぐらいからで、それ以前の事はつまびら
かでないが、その時既に、メイン・ストリートの
モニボン(アチャミン)通りには、映画館は殆ど廃
屋と化していた。   
中央マーケット周辺には、古めかしいグロテスク
なホラー映画のポスターなんか貼り出している映
画館もあり、一応やってるんだなと、妙な関心を
したものであった。

その頃、ハイソな通りとして位置づけられていた
らしいモニボンと交差したシアヌーク通りに、一
軒、<電影街視聴中心 MTV> というビデオ・シ
アターが在った。
大型テレビとスピーカーをセットした四畳半から
六畳くらいの部屋で、ちゃんとしたソファーが有
り、一階のフロアで選んだレーザー・ディスクや
ビデオ・カセットをカウンターの中でプレーヤー
にかけ、視聴室に居る客に電話で連絡する方式。
大きめのスピーカーから出力される音は、やはり、
迫力があった。
サービスのアイス緑茶が付いてたけど、受付の女
達は何としても有料のドリンクを飲ませようとし
たものだ。恐らくテレビは液晶に替わったかも知
れないが、まだ営業しているんじゃないだろうか。

その内、モニボンのキャピトル周辺のミタフェッ
プ・ホテルの一階に、本格的な座席の備わったビ
デオ・シアターがオープンした。
規模は映画館に較べようもないが、エア・コンも
実に良く効いていて、長袖を一枚羽織ってないと
とても一時間以上座ってられない。
一本毎2ドル。毎日5、6本上映されていた。
只、現地人好みなのかどうなのか詰まらない物ば
かり流すようになってだんだん客が減ってき始め
ると、店側が作ったプログラムすら無視し始め、
先客が既に観ていても、後から入ってきた複数の
客のリクエストが優先され、途中で平気で上映を
打ち切り、新参者達のビデオが流されたりして、
少なくとも外人客からは、完全に見限られてしま
った。
最初の頃は、キャピトル・レストランまでプログ
ラムを配りに来てたんだが・・・。
勿論、ビデオ一本に、2ドルも5ドルも払うのは
外人でなきゃ金を持ったクメールしか居ない。昼
間っから金持ちの息子の大学生達が幾人もつるん
でやって来たものだ。

家にビデオのない現地の者は、ビデオ・カフェと
でも云うのか、ずらり外まで小さなテーブルと椅
子を並べた前に大型のテレビを置いた奴で、これ
はドリンク代だけで幾らでも長居出来る。中には
二台以上テレビを並べた処もあって、こうなると
騒さいばっかりだ。

そして遂に、< ヴィムエン・ティップ・シネマ >
が、壁をピンクに塗りたくって再オープンした。
僕も二度ほど入った。
一度は旧いタイの70年代を舞台にした青春物で、
映りは悪くなかったが、どうもポルポト以前の時
代のフィルムのような感じであった。
タイみたいに、映画の前に国旗がスクリーンに映
り国歌が流れる。けど、タイと相違して、誰一人
として起立する者も斉唱する者もなく、もっぱら
雑談に熱中。

昼間観た時、上映前の館内は、時間がまだ早いせ
いもあって高校生が殆どであった。
皆制服の白シャツを着ていて、娘達は後ろで束ね
た艶やかな黒髪が何とも爽やかであった。ふと見
ると、娘達に混じってひょろりとした男子が居て、
娘達の群れの中をあっちに行きこっに行きしてい
る。仕草が女性的で、女生徒達の間にきっちりと
身体をくっつけて座っていても娘達は平気で、む
しろペットの如く扱われていた。
この手のゲイ・ボーイ風の男生徒は、タイでは別
に珍しくもないけど、まさかカンボジアにも出現
していようとは夢にも思わなかった。

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