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2007年10月 2日 (火)

アララットの見える町 : ドゥバイヤジット(トルコ)

20070823113055

イランからトルコに入った最初の町が、ドゥバイヤジットDogubayazitであった。
 通りをパンを満載した馬車が駈け、小さな町の割にはやたら多いチャイ・エビ(喫茶店)の中も外もハンティング帽をかぶりくすんだ背広を着た髭面の男達で溢れていた。
 最初てっきり、その日だけなんだろうと思っていたら、次の日も又次の日も男達は一杯のブラック・ティー(1000TL)で何時間も粘り続けていた。皆失業者なのだろうか?
 そして店の中や通りのあちこちにうずくまった靴磨きやタバコ売りの少年達。
 町の佇まいといい何だか、急に異世界、もっと正確にいうと19世紀にでも戻ったような錯覚に陥ってしまう。
 それでも、町中至る所で見かける制服姿のトルコ軍兵士達の姿が、いやでも現実(現代)に引き戻してしまった。

 ドゥバイヤジットはクルド人の町であった。
 ちょうどチベットのラサがそうであるように、一歩町の外に出ると要衝にトルコ軍が展開しているのが直ぐ分かる。
 そんな緊張の中で、人々は普段のつましい生活を営み続けているのだろうが、茶店好きの旅行者にとっては、比較的物価の安さもあって、ゆっくりと過ごすにはもってこいの町であった。
 外に並んだテーブルに坐り、小さなクリスタル・グラス(チャイ・バルダック)で紅茶やエルマ・チャイ(アップル・ティー)をチビチビ飲みながら、遠く白雪を頂いたアララット山を眺め、飽きれば、談笑やトランプに興じる周囲の男達を、通りの佇まいや行き交う人々や馬車を眺めていればいい。
  
 AĞRI  DAĞI アール・ダー(アララット) という安ホテルに泊まった。二階の通りに面したダブルの部屋で、25000TL。五月であったが、電気ヒーターが備わっていた。ホット・シャワーは一回使用料5000TL。
 外に10000TLのハンマーム(トルコ風呂)が有ると、ハンマーム好きの隣室のパリ在住の写真家I氏が教えてくれた。
彼は三週間の滞在予定ということで、撮影の時以外は、チャイ・エビでこの町の雰囲気を満喫していた。ザフェルという地元クルドの16歳のガイドを連れて周辺の風物を撮り歩いていた。ザフェルのボスの兄弟がクルド・ゲリラでイラクで殺されたばかりらしく、ザフェルもゲリラになるつもりらしかった。

 日曜には休暇の兵隊達が大挙してやって来てビデオのあるチャイ・エビに集まった。この日ばかりは僕もビデオの無いテレビだけの店に逃げ、テレビで、粘るバイオリンの伴奏で中年女の歌手がトルコの歌謡曲を更に粘っこく歌い続けていた。正に中東サウンドで、僕も、エルマー・チャイをチビチビやりながら聞き惚れた。

 店には時々アルミの盆にドーナッツを山盛りにした売り子が入ってきた。それとチャイで朝食にする者も居た。
 ロカンタ(レストラン)はあくまでトルコ式で、作り置きのぬるい料理で余り好きにはなれなかった。I氏によると、フランスも同じらしい。それでも、ある店では、比較的うまいヨーグルトとパン、それにマトンとジャガ芋の煮た物とサラダにコーラで25000TL。

 総じて天候は優れなかった。
 雨の日はチャイ・エビも、いつも外のテーブルに坐っている連中が中にはいってくるせいか満員で、駆け込んできた男達が入れず引き返す。
 小さな焼き物の受け皿(チャイ・タバック)の上の透明なグラスになみなみと注がれた琥珀色のチャイから真白い湯気が漂う。
 大きな窓ガラスは水蒸気で曇り、通りの向こうの建物の背後が完全に灰色となって何も見えない。
 おそらく、アララットの峰も厚い灰色のヴェールに包まれているのだろう。
 
       TL=トルコ・リラ  1$=9700~9920TL

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