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2007年10月 2日 (火)

桃源郷十年戦争(フンザ・イン): カリマバード

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初めて標高四、五千メートルの中・パ国境、フンジエラール峠を越えたのは、パキスタン側で半世紀ぶりの大雨が降ってインダス川中・下流地域が大洪水になるちょっと前のことであった。
芝生のような薄い草が全面を蔽ったなだらかな中国側とうって変わって、一歩パキ側に入ると、急峻なゴツゴツした岩と砂礫の山々が拡がっていた。
 
最初に泊まった処が、カリマバードの、その頃既に有名だった《フンザ・イン》であった。中国から一緒だった日本人達(その殆どが夏休みを利用した学生)とレストランのある母屋から道路を隔てた斜面に石と泥で作られた建物のドミトリーに入った。
 谷底にインダス川が蛇行し、その向こう遙か上方に白雪を頂いた七千メートル級のディランやラカボシの峰が聳えた眺望は、言語に尽し難いものであった。
 背後のウルタル氷河から水を引いていて、可成り気合いを入れてでないと冷水シャワーは浴びられない。また建物の壁は厚く、僕等が滞在した九月の初めの日中でも、余り部屋の中に長居すると身体が冷えてしまった。
 
《フンザ・イン》のレストランは山岳地方の料理なので基本的に淡泊、おまけに常時メニューが同じで、飽きる他のウルタルやレインボウにまで食べに行った。それでも、ある晩なんか、白人客で満員で、僕等日本人達は厨房の方で食べる羽目に陥ったこともあった。

客との応対は、専ら髭のハイダル・ベグ氏が引き受けていた。
僕等は、親爺とか爺さんとか呼んでいたが、今では、"ハイダル爺"と馴染まれているとか。

その頃は、今ではカツシンと呼ばれているらしいハイダル・ベグ氏の親戚?も、母屋の背後に、ゲスト・ハウスを営っていた。そこにも日本人が結構泊まっていた。
そのゲスト・ハウスの前の広場で、ある時、地元民の祭りが催され、音楽や踊りがえんえんと続けられたこともあった。 

一、二年後、《フンザ・イン》を再び訪れると、道路から斜面の《フンザ・イン》のドミの建物に降りてゆく小径の反対側に、見慣れない建物が出来ていた。看板を見ると、《ニュー・フンザ・イン》と記してあった。
例のカツシンのゲスト・ハウスらしかった。
ある日、ハイダル爺が困惑顔でこぼした。
カツシンが、役所に《フンザ・イン》の名で自らのゲスト・ハウスを登録をしてしまっていて、ハイダル爺の《フンザ・イン》はもうその名前を使えなくなってしまうと。
フンザがパキスタンになった時、徴税史と警官が遣って来たのが遂この間の如く、まだ我利我利した近代というものに慣れてないフンザの平均的意識を代表するようなハイダル爺は、まさかの青天の霹靂事であったのだ。この日本でも同じような様態が多々見られ始め出したのも、そんなに昔のことでもない。
ハイダル爺は自分の迂闊さを悔やんでいた。
そして名前を《オールド・フンザ・イン》にしようかとも考えている、と。
それ以降フンザを訪れることのなかった僕は、その後の展開を全く知らなかった。
情報誌や最近ではインターネットで僅かに消息を辿れるくらいであった。しかし、それらで散見された情報は、年代別に整理されて発信されているのではないので最初僕は混乱してしまった。
それらを順に並べてみると、
'95年頃には、嘆き通りの展開であったらしく、
《オールド・フンザ・イン》、カツシンは《フンザ・イン》。
'99年も同じ。
'01年頃には、《ハイダー・イン》、
'03年頃には、《ハイダー・イン》、カツシンの方は何と《オールド・フンザ・イン》になったらしい。
'04年頃も同じ。
今現在の状況は詳びらかでないが、ハイダル・ベグ氏もカツシンも健在のようで結構なことだ。
僕が最後にカリマバードを後にしてあたりから、
伏兵コショーサンとやらが、あのプレーンなフンザ料理に "味"を導入し、専ら味覚で前二者を圧倒し始めたようだ。
するとかれこれ十年以上、三つ巴のパッカー争奪戦が、あの"この世の桃源郷"で繰り広げられてきたという訳だ。中でも、ハイダル爺が一番悪戦苦闘していたらしい。あのゼロ・ポイント手前の実に小さなエリアで・・・。
桃源郷も、近代の前には何ともろいものか。
僕が滞在していた時も、その一、二年前にここを訪れていた人が、余りにホテルが増えたのでびっくりしていたけど。
因みに、前フンザ系には未だ備わっていないらしいが、コショーサンの処にはインターネットで繋がるらしい。

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