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2007年10月 2日 (火)

ノー・エアコン・バスはトンとともに TONG

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あれはいつも利用している宿近くのケーオ・チャムファー寺前のバス亭から乗り、窓を開け放ってシープラヤー通りに充満した排気ガスと埃と一緒に吹き込んでくる風に、火照り汗ばんだ身体と神経に辛うじて一抹の涼を得た、もうスリウォン通りに入るかまだ手前であったか、若い運ちゃんが音楽カセットを入れ替え、訳の分からないトランシーバー風の男の声が続いた後、早速ロック・ギターのイントロが始まった。
 「おっ!」と、うだった気分を払拭してくれそうなその音楽につい期待の眼差しになったのを、バック・ミラー越しに目敏く見て取った運ちゃんは、些か得意げに見えた。と、幾らもしないうちに、突然雰囲気が変わり、可愛い娘ちゃん風のささやきになり、思わずずっこけてしまった。
  その僕のリアクションをミラー越しにしっかり看ていた運ちゃんは何故か嬉しそうに笑い出した。それが、トンの最初のアルバムの一曲目の『ディヨウ・ホァ』であった。

 この最初のアルバム『TONG 111』には結構好い曲が入っていて、どのくらい売れたか定かでないが、ターターやボーの如く百万以上はいってないと思う。その頃はテレビを観れる環境にはなかったので、どの曲がヒットし、どんな風に唄っていたのかも全く分からなかった。後に、VCDなんかを観ると、日本の少女漫画・アニメキャラクター風にイメージを作っていたようだ。
  VCDで観る『グリッド』や『ラック・マーク・ルーイ』なんか僕のお気に入りで、所謂美少女風(実際には大学生の時デビュー)なんだが、当時そのまま日本でデビューしても好かったんじゃないのかと思えてしまう。『ラック・マーク・ルーイ』はトンが彼氏とプレイステーションのTEKKENの世界に入ってゆき、敵と対戦してゆくという面白いアイデアで、テッコンドーや射撃を趣味としているらしい彼女の凛々しい面目躍如としたクリップ。
 
 2001年映画『クワンとリアム』に主演した。
 タイのスタンダードらしい。二十世紀前半、バンコクを東西に走ったセン・セーン運河の東端、あの『ナン・ナーク』のプラ・カノンよりもっと遠い奥深そうなバーン・カピを舞台にした悲恋物語。
 僕も観に行って、小顔のせいか余計すらりと背が高く見えるトンの女子大生姿は清々しく、楽しく見せて貰った。それから少し過ったある朝、宿の「バンコク・ポスト紙」に目を通していると、件の『クワンとリアム』の評があった。クワン役の男優ニンナート・シンチャイの方はそれなりに褒めていたものの、当の映画初出演のトンに関してはめいっぱいボロ糞にけなしていた。鼻の形が田舎娘らしくないとか、演技がなってなく、まるでテレビの「ソープ・オペラ」の様だとか、散々なものであった。
 確かに、トンの演技に難点はあった。
が、それはむしろ演出側の問題でしかないだろと、天井ファンがゆっくりとまだ熱せられてない午前の空気を心地よくかき回しているさなか、客の居ないがらんとした居間で一人僕はトンの擁護に躍起になっていた。
 演出側がその甘い演技を求めたのだろう、現代風・都会風のトンを起用したのは、百姓然としたリアルな演技を求める為じゃないだろう、それにリヤムは村長の娘ではなかったか等と。
 実際、そう思うのだが、それ以降、テレビじゃあれこれドラマなんかで主役を演じてはいたものの、映画に主演したって話今だに聞かない・・・。

 同じ年、バンコクでグラミーの有名女性歌手七人の『セブン』コンサートが開かれ、マイやマーシャ、ナット等と一緒に一番若い娘として参加。僕は、国内のタワー・レコードのアジアン・コーナーで長細い豪華版紙ケースに収められたVCD三枚組を発見して初めてそのコンサートを知った。
 トンとナットのデュオは気に入っている。
この三枚組はコンサート・ライブのもので、YOUTUBE観てると、他にプロモーション・ビデオのような物も作られていたのが分かった。バンコクでは、同じ紙ケースのは見つけられなかったけど、普通のプラ・ケースに収められた三枚組は有った。
 これだけ人気歌手が一同に介していると、やはり見応えがあり、何度も観、聴いてしまった。"バード"・トンチャイのモーラム歌手チンタラーやナットと共演した『フェーン・チャー』のコンサート・ライブと同様、タイのエンターテイメントにおける金字塔の一つと云えるだろう。
 話しているトンは声が高かったけど、やっぱりトンは、この定宿のイサーンの端っこから出て来た一番若い娘にも貌の造作が似ていて、ほんとタイ人なんだなーと、ハーフの多いタイの芸能界にあって、トンが日本人に人気がある理由の一つが分かるような気がした。

 2005年、グラミーからRSに移籍して作られた『チェンジス』、CDのカバーには"TONG"ではなくタイ文字で本名の"パッカマイ"と
記されていた。
 可成りロック風味が強くなってきていて、二枚目のアルバムの時も『ソーン・ター』なんかで随分とイメージ・チェンジし、アイドル娘から大人の女へ脱皮ってことなのかと、残念に思いながらも、年齢考えたら仕方ないかなんて勝手に納得したものであった。四枚目のアルバムはつまらなかったし僕は買ってなく、あの頃がスランプだったのか、単に事務所側が好い曲を作れなかっただけなのか詳びらかではないが、RSに移るってのも至極もっともだと思った。
 この新アルバムVCDの中の『クライ・チャ・パイ・ラック・ロン』は、しかし、一枚目のアルバム中の『グリッド』の映像にちょっとマイクを前に唄っている似た構図の箇所があって、デビューから七年の変容が窺えて興味深い。
 僕は通じゃないから、グラミーと RSの違いなんて知る由もないが、あれこれ読んでみてみるとそれなりに有るらしい。
 日本で結構人気あるらしいパーンも同じレーベルらしいけど、トンが来日しコンサートを開いたってニュース寡聞にして聞いたこともない。もうそれから二年過っていて、そろそろ新しいアルバムが出る頃なので、果たして如何なものを聴かせてくれるのか、否、トンの場合には映像に拘わる僕なので、RSアルバムの冒頭の『クワーム・ラック・カップ・ファーン』のちょっとカルトな感じのシャム双生児でも出て来そうな怪しげな映像が可成り気に入っているので、更なる進展あるいは深化を期待している。

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