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2007年11月 3日 (土)

「絶望の書」 流浪のダダイスト・辻 潤

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 この数年、列島からは勿論、我が南西辺境州からも出ることもなく、 〈旅〉から遠去かっている。だからという訳ではないが 、嘗ての〈旅〉の先達たちの行き来し方とでも謂ったものが、ふと気になったりする。 
 金子光晴や林芙美子等の同時代人であり又畏友でもあった、今では知る人も殆どない辻潤という小説書き・翻訳家が居た。否、大正・昭和初期を通じて、尺八一本を小脇に抱えた放浪のダダイストとして知られていた。一度は、新聞社の特派員という形ではあったが、フランスにも息子を伴って赴いたことがあった。

 嘗て吉田喜重監督の《エロス+虐殺》という映画で、故・高橋悦史が彼の役を演ったことがあった。多少の違和感はあったものの雰囲気は出ていたと記憶している。

 1884年(明治17年)、浅草で下級官史の子として生まれ、明治44年上野女学校の英語教師となり、そこの生徒であった伊藤野枝(後、〈青鞜〉の編集者となる)と大正4年、31歳の時に結婚。二児をもうける。が、翌年、野枝がアナーキスト大杉栄のもとに走り、事実上の離婚。
 失意の下、以後長男の一(まこと)を連れて著作・翻訳を生業としながら流浪。終戦直前の昭和19年11月24日、六十歳の時、一人住着いた上落合の靜怡寮アパートで、食糧難の時代であったからだろうか、餓死。

 野枝が大杉の下に去ってから後こんなエピソードが有ったらしい。
 
 「野枝と別れた辻は、さすがに傷心して浅草の観音劇場で『どん底』の男爵の役などしていたが、そのころ根城にしていたのが、これもときどき大正昭和史に顔をのぞかせる「グリル茶目」である。黒瀬春吉がやっていた店で、伊庭孝・石井漠・沢田柳吉なども屯(たむろ)していた。
 その「茶目」に大杉と野枝が立ち寄って戯れに落書きを残した。有名な落書きだ。

   お前とならばどこまでも  栄
   市ケ谷断頭台の上までも  野枝

 そこへ辻潤が文字を並べて落書きした。「あうら山吹のいたりにぞんじそろ」という。「あうら」は「あらうらめしや」か「ああうらやまし」の意味だった。・・・」 松岡正剛《千夜千冊》                                   

 「金があって道楽に名所旧跡でも見物して歩くなどという旅行とはまるで雲泥の差である。ただ滅茶苦茶に眼先が変わりさえすればいい。だから歩くところは全然見ず知らずの土地に限る。都会の中でもかまわない。一度も歩いたことのない町や路地をウロウロしてさえちょっとフレッシュな気持にさせられる時がある。疲びれたら休む、腹が空いたら食う、まったくの行き当たりバッタリでなければ浮浪の法悦は味わえない。いわば、『身軽片片渓雲影。心朗瑩瑩山月光。馬麦因縁支命足』というような境地にならなければ駄目らしい。そして、更に『大千沙界一箇自由身』になり『無底併呑尽十万』になれば申し分がないのであろう。・・・」 浮浪漫語《絶望の書》 
                                        

 昭和三年、読売の第一回パリ文芸特置員として長男一を伴って渡仏、
翌年シベリア経由で帰国。

 「ねながらタバコを吹かして、自分はこんなことをノートの端に書き散らしていたのだ。
 辻潤が巴里のモンマルトル辺の陋巷で餓死でもすればはなはだ理想的で至極お誂い向きだったかも知れない。しかし、彼は僅か一年たらずでオメオメとまい戻ってきてしまった。恐らく、

  巴里寒燈独不眠  苦心何事転凄然
  故郷今夜思千里  霜鬢明朝又一年

 と柄にもないノスタルジィにとり憑かれたのであろう」
 
 「ホテル・ビュフハロオの五階の二十九号室でーー僕は禁酒しながら、さまざまな妄想に耽ったり、異人の本や支那人の本をヒマにまかせて読み散らかしていた。そして、時々ムダ書きばかりしてくらしていた。」 ものろぎあ・そりてえる《絶望の書》                
                                             

 辻潤の《旅》、否人生も、金子光晴とは又別様の悠然であり凄絶であった。「浮遊不知所求」が彼の指標であったようだ。玉川新明の評伝に詳しい。

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