TTゲストハウス雑話(7)
上の写真; ビエンチャンでの京劇?
TTのリビング・ルームの壁にも貼ってあった大きめの水色地の"BANGKOK METROPOLIS"地図を見てみると、シープラヤ通りからラーマⅣ通りに抜けるマハーナコン通りからちょっとチャオプラヤー寄りの処に元のTT
の"Guesthouse TT"のマークがあった。最初、あれっ! 場所がちょっとずれているぞ、とTT(2)を念頭に置いてしまい、誤植でもしたのかと思ったけど、当然今では当たり前の高速道路の標示が無く、あっ、そうだったと気付き、TTのあれこれを書いていながら何とも迂闊な失態だった。この地図は結構見辛く外に持っていって目当ての場所を探すのに苦労させられた記憶がある。勿論、地下鉄どころか、スカイトレインの路線も載ってない。日付は不詳だが、35バーツのスタンプが押してある。
あれは中国歴の旧正月だったか、チャオプラヤー川の上で花火がほんの少しだけどパンパン鳴っていた。夜の11時頃洗い場で歯を磨いていると、何処からかスピーカーで何やら中国風の音楽が流れてきた。野次馬根性を発揮して早速TT(Ⅱ)の部屋から出て、音を辿ってシープラヤーからマハーナコン通りに入り、丁度TTの裏方面に当たるすこし奥まった処に中国寺院か道観が在って、そこの境内で京劇ならぬ潮州劇?の派手な舞台が設えられ、舞台上に《潮州怡梨興》と記されていて、百席近く折りたたみ式の椅子が並べてあった。まだ二、三十人は残って観劇していたけど、皆見飽きてしまったのかあっち向いたり隣の知人と駄弁ったり。本格の京劇なんぞと比べると、身のこなし方から方から仕草から総じておざなりだけど、それが却って情緒を掻き立てる。
観てる内に、どっかで観たことがあるような気がして、記憶をまさぐっていると、間違いがなければ、何のことはない、隣のラオス・ビエンチャンで観た連中であった。ビエンチャンの川の側でも表演していたのだ。昔と違って、あっちこっちからお呼びがかかる時世ではなくなって、タイやラオスを掛け持ちせざるをえないのだろう。清涼飲料やらビールも檀家あるいは地域住民は無料のようだった。皆顔見知りの連中ばかりで和気藹々と夜長の観劇と感興を満喫しているようだった。十一時五十分頃終了。皆一斉に起ち上がり、僕もTTの門限まで戻らねばならず、露地からマハーナコン通りにトボトボ帰って行った。ふと見上げると頭上にも小さく丸い月が輝いていた。雰囲気は、こんなバンコクの裏辻の奥よりも川の側のビエンチャンの方がほんのちょっと近いと思うが、ふと魯迅の少年時の母方の郷里の奥深い田舎での京劇芝居の光景を想起してしまった。
'91年の雑貨店(店頭のテ-プが懐かしい)
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