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2007年12月22日 (土)

生き返ったナナ・パーテカル TAXI NO. 9211

Nana_patekar1   

 棺桶に収まって既に月日も過ちすっかり忘れ去っていたのが、突如棺桶を蹴破って中からヒョッコリ頑固親爺が髭だらけの顔を出し、声を荒げて怒鳴りだした。
 「一体いつ俺が死んだんだ!」
 
 インターネットでボリウッド映画サイト"INDIA FM"を観ていたら、トップページに新作・"ウェルカム"のプロモーションビデオが流れてて、A・カプールとあのボリウッド"親爺"ナナ・パーテカルが出ていた。それも、インタビューまで・・・。
 アムリシュ・プリーが死んだ時、その後も彼が出演した映画が何本も長々と封切られ続け驚いたものであったが、如何なる経緯でナナ・パーテカルがバナラシのガンガーの対岸の存在として過去帳に載せられるようになったか、目を点にしながら、慌てて調べてみたが、フロッピーにもCDにも見当らなかった。恐らく、インターネットの何かで視たんだろうから、特に記事をストックしてなかったのだろう。

 好きなA・プリーが死に、同様にファンのN・パーテカルまで死んだのかと随分寂しく味気ない想いをさせられたものであったが、それにしてもいつまでもプリー以上に延々と親爺パーテカルの出演映画が封切られるもんだなーと些か小首を傾げはしたが、彼の人気振りの再確認するばかり。 取り寄せたレーカーと共演した新作Yatraでは、珍しく作家の役演っていて、確かに死ぬ直前に撮ったのでパーテカルの声や表情が疲れたようで今一冴えないように想えた。勿論それはそんな役作りに過ぎないのは分っていても、"死んだ"という先入観があったので、遂そんなふうに考えてしまった。この映画でも、娼婦レーカーの部屋の中で彼は死に、賞を貰った有名作家だったので彼の名誉と彼の家族のために明るみに出したくないレーカーが棺桶代わりのタンスの中にパーテカルの屍を収め、知り合いの男達の助けを借りて運び出して貰うシーンがあった。狭い階段を重いタンスを抱えて男達が四苦八苦するシーンは笑いもさせるが、妙にリアリティーがあって、シュールな趣すら呈していた。さすがに、タンスを蹴破って蘇りはしなかったが。

 しかし、それにしても、今回はその記事が誤報だったのか、僕が勘違いしてしまったのか、今のところ判断しようがないけど、このブログの読者が僅少で助かった。ともかく、そんな大事な記事、緊要な情報はちゃんとストックしておかなければ駄目だなと、改めて再認識させられた次第。

 パーテカル、既に彼自身の監督作出していたらしいが、次回作の主演女優をラニー・ムカルジーにするのかヴィディア・バランにするか迷っているらしい。
 本当は、《アプハラン》にしようかとも考えたけど、面白い映画だったので、先に廻し、今回は《TAXI NO. 9211》にした。
  バッチャン、サンジェイ・ダッドの共演した大脱走系列の《DEEWAAR》のミラン・ルスリアが監督で、随分と感じが違う。どちらも、所謂男っぽい匂いの漂う映画で、前者では男達の汗と土埃と体臭まで臭ってきそうであったけど、この《TAXI NO. 9211》では、かなり洗練された都会のクール&ホットな二人の男の戦いがペーソスを絡ませて展開される。因みに前者で微妙な立場の役を演じたS・ダッドは今回は軽妙なナレーション。

 ボンベイ(ムンバイ)で今まで数え切れないくらい職を転々としてきたタクシーの運転手ラグー(ナナ・パーテカル)は、保険外交員を営っていると嫁(ソナリ・クルカルニー)に嘘をつき続けてきたが、ある日、車のオーナーに散々たまった借賃を返せと最後通牒を受け、窮地に立たされ苛々していた。そんな時、財閥の父親が死にその相続を巡って父親の親友と争う羽目に陥り係争中の裁判に提出すべき書類を貸金庫に取りに行くため御曹司ジェイ(ジョン・アブラハム)が路上でラグーのタクシーを拾う。
 時間が無く急ぐジェイだが、アンバサドーは中々進んでくれず、次から次えとルピー札を運転席の隣のシートに放り投げ、もっとスピードを上げろと煽り続けた。警察沙汰になっても、俺が責任取るとまで云われ、アンバサドーがそんなスピード出せるのかと首を傾げたくなるほどに猛スピードを出した次の刹那、交差点で他の車と衝突。ラグーと相手の運転手が怒鳴り合いを始めるのを余所に、ジェイはさっさと先に向かう。ところが、ジェイは、タクシーの中に貸金庫の鍵を落としてしまったのに気付かなかった。ラグーは警察の留置所に・・・ここから、切羽詰まった二人の相克が劇が始まる。

 J・アブラハムはいつも通りだが、悪漢面のおやじナナ・パーテカルは
《シャクティ》ほどには面目躍如してないけど、それでも"おやじ"然と発露していて、もう少し脂肪を落として欲しいけど、ボンベイの下層上流?家庭じゃやはりこってり脂肉の付いた方がリアルかも知れない嫁役ソナリ・クルカルニーもそんな位置に甘んじた女房がよく似合っている。
 インドの庶民の家庭って、普通の旅行者は先ず入る機会は無いと思うが、テレビなんかでは時折垣間見えるけど殆ど記憶してなくて、映画だとああこういう風になっているのかと妙にリアルで納得してしまう。タクシーの運転手家庭ってこんなものなのかと調度の一つ一つに感心し、床に直に布団を敷いて寝るシーンにも。映画では一人息子が居るだけだけど、これで子供が何人も居た日にはパーテカルはもっと軋轢がひどくなってしまうだろう。尤も、逆に居直ってのんびりの処世に傾いてしまうってのもあるだろうが。そうなると、また随分と違った趣と展開になったであろうが・・・。
 
 ともあれ、我等がパーテカル、益々元気に活躍していて喜ばしいことだ。だったら、《シャクティ》以上の面目躍如とした怪演を期待したい。

 ラグー  ナナ・パーテカル
 ジェイ  ジョン・アブラハム
 ルパリ  サミーラ・レッディー
 スニータ ソナリ・クルカルニー
 
 監督  ミラン・ルタリア    撮影  カシック・ビジェイ           
 脚本  ラジャット・アロラ  音楽  ビシヤール・ダドダニ&シェカール・ラブジャーニ

  制作 UTV  2006年作品
 

 
 

Nana_patekar4

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