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2007年12月11日 (火)

浮雲  暗澹と至福の旅

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  この映画の《南方》に対する拘わりとは一体何なのだろう。
 引き揚げ者なら、朝鮮半島や満州からも居る。又、逆に、南に拘わるなら、もっと緑深く濃密なインドネシアやマレーシアでも好かったはずなのだが、何故かベトナムであった。確かに赤道直下は瘴癘の地でもあり過酷な自然条件の下であっては、若い娘が何時までも憧憬と追憶に囚われるのには不自然であろう。
 閉塞した戦時下日本から離れた、南方・仏印の、標高1500メートルのフランス植民地時代の瀟洒な(ヴィラ)が立ち並んだ風光明媚な、現在でも避暑地として有名なダラットでの生活は、雪子(高峰秀子)に束間の開放感と物質的満足、そして富岡(森雅之)との恋愛の充足を与えた。正に、ダラットが雪子の青春そのものであったろう。
 
 それが、敗戦とともに凡て潰え去ってしまった。
 ベトナムでの収容所生活(映画では描かれてない)、そして復員船での帰国。雪子にとっては、閉塞し鬱屈した地へ無理矢理引き戻される屈辱を意味した。その上、敗戦の焼け跡色濃く残った東京=日本の瓦解と窮乏、そして富岡の裏切りが、更なる屈辱と絶望を覚えさせた。
 郷里に居場所を見出し得ず、首都・東京にしがみついて、掘っ立て長屋を借り、手っ取り早く米兵相手のパンパン(街娼)で喰いつなぐ。
 正月、富岡と連れだって、伊香保温泉に投宿する。そこで雪子が云う。死ぬとしたら如何な方法が好い・・・青酸カリ・・・等と心中を仄めかすと、富岡はあっさりと俺もそう思っていたと肯い、「榛名山に昇って二人で心中でもしようかと思っていた」と告げる。が、その後で、「君にはもっと生きていて欲しいな」と翻意を促す。

 贔屓客だった米兵が帰国し、嘗て雪子を手込めにした親戚の伊庭(山形勲)が従事するインチキ新興宗教の秘書を務め、伊庭の囲われ女になる。
仕舞いには思い余って、その宗教団体の金30万円を盗んで、最初企図していた材木商も頓挫し友人に紹介された石鹸屋も辞め、病で亡くなった妻の葬式代にも事欠き、古巣の農林省の辺境の森林局に漸く活路を見出した富岡を旅館に呼び寄せる。
 雪子は、盗んだ金を二人で派手に使い切ったら死ねばいいのよ、と嘯ぶくが、富岡は素気なく断る。列島の最南端、屋久島の森林局に職が決まっていて、今日明日にも赴くことになっている、と。
 結局雪子も富岡について、列車で鹿児島まで向かう。鹿児島は確か原作者の林芙美子の母親の出身地だったはずで、芙美子が鹿児島を訪れていたかどうかは定かでないが、母親に幼少の頃から話をあれこれ聞かされていたかも知れない。
 その旅館でとうとう結核を発症し病の床に着く。それでも、一緒に連絡船に乗り屋久島に赴く。しかし、篠つく長雨の中、到底日本とは想えぬ南方的な佇まいの緑濃い原生林に囲まれた粗屋で、一人血を吐き寂しく死んでゆく。知らせを受け駆けつけた富岡は、二人きりになって、やっと心底の涙をハラハラと零し嗚咽し慟哭する・・・
 
 花のいのちは みじかくて くるしきことのみ 多かりき 
                                                        (林芙美子)

 確かに富岡は女癖の悪い男で、正月に赴いた温泉街の喫茶店ボルネオで知り合った元南方方面軍兵士(加藤大介)の若い嫁お勢(岡田j茉莉子)を早速誘惑し関係をもってしまう。尤も、すぐに雪子に見破られるが。東京に戻って暫くして、富岡の新しい居所を訪ねて行くと、何とお勢が出て来てしまった。後、別れた夫にお勢はその部屋で刺し殺されてしまう。何とも、禍々しい顛末ではあった。
 それでも最後に富岡は、雪子の哀れな死に、否、長年連れ添った女の死に嗚咽せざるをえなかった。富岡が心底からの涙を流し慟哭することで、苦悶と暗澹そして刹那的至福の雪子の半生が辛うじて救われたようにも想えるが、さて。
 
 森雅之も好いのだろうが、やっぱし高峰秀子の多彩な表情が好い。モノクロ画面の強さなのであろうか。岡田茉莉子も初々しい。ダラットの場面、1955年頃、一体何処で撮ったのであろう。ベトナムの現地でのロケなのか。東京もまだまだ焼け跡の痕跡が十二分に残っていて、モノクロのせいか臨場感に溢れている。

     
監督    成瀬巳喜男          幸田雪子  高峰秀子
監督助手 岡本喜八           富岡謙吉  森雅之
脚本    水木洋子           伊庭杉夫  山形勲
原作    林芙美子           お勢    岡田茉莉子
撮影    玉井正夫                      向井清吉  加東大介
音楽    斉藤一郎                      米兵    ロイ・ジェームス
制作 東宝 1955年作品

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