カルダモン山脈は青いバンに乗って カンボジアの新しい波
2003年3月タイ南部ハートレックからカンボジアのチャムイェム国境に入ると、まず驚いたのが、イミグレ事務所の上にサファリの巨大な真新しい看板が立っていたことだ。サファリ公園らしい。カンボジアも公然と観光産業に力を入れ始めたようだ。更にイミグレの窓口の横にチャムイェムから首府プノンペン行のミニバス600バーツの張り紙があった。何時もシアヌークビルまで高速フェリー・ボートに乗っていて、さすがに飽きていたので、所要時間も五、六時間という。モト・サイでコ・コンまで、途中出来たばかりのコンクリート橋を渡って行った。以前は雲助ボート屋が跋扈していたけど、もはや転業してしまったのだろうか。橋の入口の処に料金所があり、客の僕が直かに係りの女性に11バーツを払う。途中二カ所干潮のせいか砂地の浅瀬が見えていたが眺めは仲々好い。リーダーと称するモトサイ屋がつき纏いミニ・バスのチケット売場、つまり彼が連れて行きたがったRASMEY BUNTHAM G・Hの表まで連れてゆかれ600バーツのプノンペン行チケットを購入。明朝八時に宿まで迎えに来るという。
翌朝"RASMEY BUNTAM TRAN"と腹に大きく記した紺色のバンが白人達を乗せてやって来た。ミニバスがいつの間にかバンに・・・。九時頃、白人四人(内、老夫婦一組)と伴に出発。急カーブ、急坂の多い非舗装の広い国道48号線をカルダモン山脈を横切り砂塵を上げて突っ走った。眼下には蛇行する川が覗けたりして景色は悪くない。只、川が多く、途中四カ所もフェリーで渡ることになり、これが遅々としてやたら時間を喰ってしまった。
おまけに非舗装の48号線からアスファルト舗装の四号線に入る辺りで、待っていたタクシーに乗り換えてくれと云始めた。大きな身体の白人達が早速抗議。確かに狭いタクシーの中に五人の客と運転手じゃ堪ったもんじゃない。元々はミニバスと云うことだったのだから。老夫婦の旦那の方が脚が悪いらしく狭いタクシーでは命まで危うくなってしまうと嫁さんが猛抗議。結局、別のバンに乗り換える運びとなり、プノンペンに着いたのは夕方四時過ぎ。七時間は長かった。
このRASMEY BUNTAMは悪質業者なんだろうが、例の以前の湾を横切るモーター・ボートの雲助達の延長線上って感じだった。最近は如何なっているのか知りたいもんだ。
バンコク=プノンペンの列車がちゃんと運行出来れば問題はないんだろうが。しかし、そうなったらなったでそれとは別様のルートで入ろうとしたがるのがパッカー達なんで、やはり悪質業者や雲助達に如何に対処するかがパッカー達の課題となる事に変わりはないのだろう。

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