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2008年1月26日 (土)

 97年秘境への旅  <虎跳峡> 

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雲南省北部、麗江から北上した玉龍雪山と哈巴雪山に挟まれた金沙江(揚子江)沿いに、《虎跳峡》と呼ばれる深い渓谷がある。'97年一月にその秘境に赴いた。
 
 麗江からバスで数時間の橋斗の川沿いの宿を早朝出発。温度は20℃前後。ずっと天候は今一つで時々小雨がぱらつくが、宿の近くのバックパッカー・カフェの女主人に云わせると、「暑くなく、むしろトレッキング日和」らしい。
 簡単な地図は持参したけど、いざ実際に現地を歩くとなると、標識らしき者も余りなく、時々住民に尋ねてみても皆云うことが違っていて、可なり時間をロスしてしまい、結局一番下の道まで下りて進むことにした。
 川沿いの道だ。すぐ傍を埃を舞挙げてバンや乗用車が突っ走って行く。
次第に川と道路の高低差が大きくなり始め、下方に轟音を立てて濁流が流れてゆく正に渓谷そのもの。川の向い側に黒い肌の断崖絶壁が聳え、ずっと先の奥まで連なっていた。
 暫くすると、ガリガリ音が聞こえてきたので、何かと思って確かめてみると、丁度川を隔てた向い側の断崖に掘削機で岩肌を抉って小径を造っているではないか。橋斗方面からずっと続いていた。向こう側にも道路を造るつもりなのだ。
 昼頃、永勝村に到着。何もない店の前のテーブルで休憩。この附近の景観は仲々素晴らしく、ここで一泊して日がな一日渓谷を眺めながらタンジェリン・ドリームやドーウェイを聴くのも悪くないなと一瞬想ったが、何しろ小雨が降り続いていて、やはり先に向かうことにした。
 少しして、Landslid土砂崩れに道を遮られた。岩や小石・土が遙か下方の川まで真っ直ぐ流れ落ちていた。途中までは岩や石ころを踏み台にして意外と簡単に渡れたが、それから先は砂地になっていて道跡らしきものもなく、今更戻るには、後二、三時間で核桃園なので余りにも口惜しく、丁度やって来たロバの一向の尻にくっついて、薄氷を渡る想いでなんとか渡り切った。しかし、その後、歩けど歩けど核桃園の姿は見えす゛、更に雨脚も強くなってきて、休憩することもなくロバの一隊の後にくっついて歩き続けた。それでも、とうとう核桃園に到着。
 ロバ隊の後をくっついていた中国人グループは、《山泉旅社》へ、僕はもう少し先の《山白臉旅館》へチェック・イン。
 
 人気のチベタン風の《山泉旅社》よりも、黒瓦に白壁、黄色地に朱色のアクセントの二階建てというおよそ趣のない、しかし、それはそれでそれなりの雰囲気のある《山白臉旅館》の方が静かで落ち着けた。毎日虎跳峡を満喫しながら五日も滞在してしまったのも、この宿だったからだろう。
 川側のその派手な建物(客室)の、道を隔てた向いにレセプションと客室、レストラン・売店、スタッフの部屋と現地人用のビデオ室の備わった建物が
在った。道路に面して小さな(ホット)シャワー・ルームもあり、直ぐ脇に少し大きめのサモワール風の薪湯沸かし器の湯をシャワー室に送るという奴だ。橋斗の峡谷村旅社の方はポンプを使った機能的なものであったが、やはり秘境・虎跳峡であってみれば、こんな代物が分相応って処だろう。これでも、かなり虎跳峡の最先端を行っていたはず。

 客楼は二階建てで、一階が三人部屋(5元)、二階がシングル(10元)とダブル(7元)。僕はダブルへ入った。ベッドとテーブルだけ。
 部屋は川側に面していて、窓のカーテンを開くと、川向こうの絶壁、黒い岩肌の切り立った崖とゆっくりとたゆたう如く流れて行く白い雲、正に山水の世界が壮大なスケールで眼前に聳えていた。渓谷を白く長い雲が悠然と流れて往く様は紛うことなく白竜の雄然と蛇行してゆくそれ。余りに間近なので、その世界に吸い込まれそうなくらいだ。これで7元とは・・・。

 乳飲み子を抱えた女主人は漢族で、愛想好く、その妹は英語はてんで駄目で愛想笑いばかりだがスラッとしたぽっちゃり顔の美形。時々見かける旦那や親族なのか青・中二人の男も居て、道の拡張なのか整備なのか一家総出で道路工事をやることもあった。
 朝食はバナナ・ポーリッジや煎鶏蛋(目玉焼き)、奶紅茶(ミルク・ティー)、。こんな辺境の奥の秘境で、何故ポーリッジなのか? 量はすこし少なめだけど、味は悪くはない。昼は、フルーツ・サラダ(りんご、梨、バナナ)やUFO形の大きなアップル・パイ(中身はりんごの角切りとチョコレート)。夜は、西紅柿鶏蛋湯(トマト&エッグ・スープ)、フライド・ビーフwithトマト、フライド・ベジタブル等。

 滞在中、あっちこっちで地滑りの轟きやダイナマイトの爆破音が聞こえた。一度など、周辺住民・泊客等が一斉に《山泉旅社》の方へ非難させられ、《山白臉旅館》の大部先の山の方でダイナマイトの大競演が行われたこともあった。改革開放の余波がこんな秘境にも押し寄せ、正に《虎跳峡》開発の真っ最中だつたのだ。この宿にも、中国人の技術者達が泊まりテーブルの上に地図を拡げたりもしていた。あの爆発音や掘削機の騒音に恐れをなし森の虎や豹、金絲猴なんぞも逃げ出してしまったろう。

 あの調子では、数年もしないうちに対岸の道路も完成し、バンやバスがひっきりなしに観光客を次から次へと吐き出してゆくのだろうと、諦念を抱きつつ、のんびり渓谷をはってゆく白龍を眺め山水世界に同化し想いを馳せるなんて悦楽は今が最後なのだろうと有終の美を満喫した次第。はて、実際は、その後如何な展開に相成りましたやら・・・。

 

Chteau de  Woody
  山白臉旅館 

雲南珈琲      4.0
珈琲(ネスカフェ)    3.5
紅茶          2.0
奶紅茶        2.5
録茶          1.5
姜茶          2.0
荷茶 (nana  tea) 2.0
口可口楽      4.5
大理啤酒      5.0

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