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2008年1月19日 (土)

砂礫の中の曼荼羅 サムイエ(桑耶)

Tibet_2

チベットのラサ近郊にサムイエという小さな村がある。
サムイエ寺を中心に集落が形作られた周囲を砂漠と砂礫の山々に囲まれた村だ。漢族や外人客の多い都市ラサから来るとホッとする。正にチベットって感じだ。その頃はまだパーミッションは特に必要なかった。尤も、僕が訪れたのは、丁度「旅行人」の面々が「チベット篇」の作成のためにやって来ていた頃で、今現在、サムイエが一体如何変貌しているのか全く定かでない。

 ヤク・ホテル(ドミ25元)前から他の日本人二人とボロ・ミニバスに乗って、六時間もかけてヤルツァンポ河のボート乗り場に到着。そこから、モーター付の木製のボート(2元)とトラック(2元)を乗り継いで、サムイエへ。サムイエ寺前の招待所の八人部屋に入る(1ベッド7元)。僕等の後少しして、チベット人達が五人入ってきた。皆巡礼らしい。中の一人が結構好いチベット刀を提げていて、見せて貰うと、バルコル(八角街)なんかに並んでいる露店なんぞでは先ずお目にかかれないような立派な刃であった。
 
 サムイエ寺の金色のウツェ大殿は独特の造りで、直ぐ傍に在るので毎日脚を運び、日課となっていた。入口近くに有った崇山少林寺を想わせる拳法-武術図の壁画には意表を衝かれてしまった。まさか、チベット仏教の寺院に武術とは。嘗ては少林寺の如く、サムイエ寺でも、チベット僧達が剣・拳法に励んでいたのではあるまい。それを寺僧に聞いとけば好かったと後で後悔してしまった。

 のんびりするには好い場所だが、ストゥーパ(パコダ)が三つも建設中で、も一つ落ち着きが無く、何しろ狭い集落なので、村の外の砂礫地帯か、レストランぐらいしか長居出来る場所はない。おまけに、何軒か在った食事の出来る場所の何処も、チャイは飲めたが、料理はお粗末極まりなく、自炊するしか手がないってところで、これが最大の難題であった。
 肝心のウツェ大殿を観ると、後は特にめぼしい物はなく、大概群れるときはレストランと相場が決まっていて、ある時なんかは、夕方三時頃から夜の九時頃まで、途中食事を挟んで、三人でトランプの「大貧民」を延々とプレイし続けた。こんなにトランプをやったのは、プーリーのサンタナ・ロッジ以来だった。
 ある時、下痢と風邪で寝込んでいたU君が、その同じレストランに姿を現わし、チャイを注文した。ところが、グラスに魔法瓶からチャイを注ぐとき、魔法瓶に入っていた蝿がグラスに入ったのを目敏く見つけ、グラスと魔法瓶を替えさせた。ところが、新しいグラスにチャイを注いで暫くすると蝿の死体がグラスの中に浮いているではないか。病み上がりのU君、仕方なく、表にグラスを持って行き、犬にチャイをやった。そして再び新しいチャイを注いで貰った。三度目の正直って奴だが、ふと見てみると、またぞろ蝿の死体が浮いていた。
 「蝿の霊にでも憑かれているんじゃないの、でなけりゃ、チャイを飲むなって啓示じゃない?」とからかってやったが、U君、さすがにうんざりして、宿の自分のベッドに戻ってしまった。
 サムイエならではの怪現象って訳だが、ここでは、グラスになみなみと縁いっぱいまで注ぐので、飛んできた蝿が足場がなく熱いチャイに脚を取られて溺れ死ぬのだろうか等と、暇に任せてあれこれ推理してみたりもした。

 ウツェ大殿といえばひっきりなしに巡礼達がトラックでやって来た。
 ある時、本堂の中を散歩していると、巡礼のまだ十代半ばの娘が、ふと自分の掌の汚さに気付き、しかし周囲に洗う場所もなく、自分の掌に唾を吐いて両手でゴシゴシこすり始めた。そして、今度はその手で階段の手摺りを握って何度も上下させて拭い、更に自分の衣服で拭った。如何にもチベタン・スタイルって感じであった。 
 また、別のある時、男女のカン・パ族のグループの巡礼を見かけた。
 仲々プリミティブで迫力があり圧倒されてしまったのを覚えている。
 娘は例の黒っぽい厚手の上着を纏い、頭にはトルコ石や黄色い丸形の飾りを付けていたのに比べ、男の方は、モス・グリーンの公安か人民解放軍の制服の上着を着ていて、髪は後ろに編んだままカン・パ特有の赤紐の束は頭に廻わさず外して首に巻いていた。
 一瞬、騎兵隊の制服を着たアメリカ・インディアンを想起させた。それが本当にシュールなくらいの迫力を持っていて、それらが今-此処に生きている事を共時的に体感させられてしまった。
  その中の十代中頃の一人の娘が、チラッと僕の方を射るような眼差しで横目に見遣った。正にそれは山猫のそれであり、野生に満ち満ちていて、思わず戦慄するように痺れてしまった。およそ日本なんかでは先ずお目にかかれない体験であった。

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