《盗馬賊》 1920年のチベット
1920年、第一次世界大戦が終結して間もない頃、チベットもまだ中国人民解放軍的「解放」前の、旧態依然とした封建制下にあった。
「文化大革命」で若き日辛酸を舐めた一人である田壮壮の、1985年のこの映画は、チベットの習俗や風習を昏らいトーンで淡々と点描しながら、故なくして躓いてしまったチベット族の男ロルブの一家の転落と流浪の軌跡を辿った故事。
貧しさ故に盗馬や回族の商人に強盗を働いたり。その金の一部を寺院に喜捨したため、不浄な金を仏前に供したとて咎め立てされ、遂に村から追放されてしまう。
この情景は、些かニュアンスは相異するが、タイの作家サイニムヌアンの《蛇》の一節を想起させる。
「そんな大金をどうするんだい、母さん」
「本堂を建てるのに寄進するのよ。狭苦しい古ぼけた本堂にいらっしとゃるご本尊さまがお気の毒でならないから。おまえもタムブンなさい。五百バーツはしなさいよ。そうすれば悪口を言っている人もおまえのことをわかってくれるから」
・・・
「どうして」そんなにたくさんしなけりゃならないんだ」
「なにがたくさんなもんかね。一人五百バーツきりだよ。それに住職様は名前を記してくださるんだよ」
「二人で千バーツだよ。どこからそんな大金・・・」
「そんな言い方ないでしょう、なんて罪深いの。タムブンよ。たくさんすればするほど得られるものも多いわ。それに、お前がどれだけ善根を持っているかみんなに見せられるじゃないか」
《蛇》ウィモン・サイニムヌアン 桜田育夫・訳
1984年(メコン)
嫁と幼い一人息子のザシ、老いた父母を伴って長年住み慣れた地を離れゆく。暫くして、以前村にまだ住んでいた時に、仲間と郊外の野原で誰かが仏に捧げた供物の中から首に掛けるお守りを、懐から代金は置いていったが勝手に自分のものとしてしまった。そしてそれを息子のザシに遣り首に掛けさせたためにか、ザシが病に倒れとうとうあえなくその短い一生を終えてしまった。
ザシの霊を弔うために、ロルブと嫁の二人は五体投地の巡礼の旅に出る。マニ車を廻しながら嫁が呟く。
「仏様は、屹度別の子が可愛いのよ・・・」
やがて付近一帯家畜の疫病が猛威を揮い多くの羊達が死んでいった。一層の窮乏に老いた父母も斃れ、とうとうロルブは自分の馬を売って糊口を凌がざるを得なくなってしまう。そんな中、新しい子供が生まれた。しかし、このままいけば、この子もやがて無惨に死んでしまうに違いない・・・ロルブは、決死の覚悟をした。暗くなって、再び、やむなく近隣の住民の馬を二頭盗み、一頭に嫌がる嫁と乳飲み子を乗せ郷里である村に走らせた。馬の持ち主達の銃声が鳴り響く中、ロルブは自分を囮に追っ手の前を突っ切った。激しい銃声が何度も鳴り響いた。翌朝、空が白み始めると、曠野にロルブの短剣が点々と続く血痕の傍に転がっていた。・・・
チベットの風物が、チベット特有の蝋燭の炎を利用して回転する廻り灯籠の如く、仄暗く明滅し続ける。田壮壮の文革時代や1920年代のチベットの苦悶と嗚咽が、チベット僧の奏でる地の底から湧き上がってくるような経楽となって響き続ける。それは、又、現在(1985年以降)の、チベット、否、中国の苦悶と嗚咽と続いているのでもあろう。
キャスト 才項増仁 旦枝姫 帯巴 高 娃
監督 田壮壮
脚本 張鋭
撮影 候咏,趙非
美術 霍建起
制作 西安電影制片庁 1985年作品
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