インビジブル・ウェーブ (ペンエーク= 淺野忠信)
視えない波・・・画面全体に昏らいトーンで起伏する波・・・ゆらぎ。
南廻りの客船の仄暗い船底部屋、果てしないエンジン音と熱で熔け出した意識と記憶が不確かな微睡みの中で起伏しゆらぎ続ける。
一見それは、金子光晴の世界を彷彿とさせる。が、ペンエーク、浅野忠信のそれは、何としても《熱》が感じられない。間欠的に恭司(浅野忠信)が画面の外に走って行く《嘔吐》にしても、熱=リアリティーが欠如していて、むしろコミカルな様相すら呈している。凡てのものが記号と化し、曖昧朦朧としてゆらめいているばかり。
罪悪感(制作者側のテーマらしい)云うけど、料理人・恭司の不倫の相手だった聖子を、その夫たるボス(料理長)に命ぜられて殺害し事に対する罪悪感なんてエモーショナルなリアリティーなんぞ、画面には一片だに窺えもしない。艶やかな聖子の脚の投げ出されたカーペットを引き摺り、薄闇にキラリと包丁が鈍い光を放ちはするけど、磨り硝子一枚隔てた向こうで、すべては仄暗くゆらめく。
マカオの植民地時代の宿舎から毎日香港のレストランに通っているコックの恭司は、自分のボスのコック長の女・聖子を自室で殺害し死体を隠し、客船でタイのプーケットに向かう。もうマカオにも香港にも戻らず、プーケットか何処かで自分の店でも持つつもりだったらしい。奇遇な事に、船内で知り合った子連れのノイ(カン・ヘジョン)という女が、実はボスの別の女であった。プーケットの宿で何者かに襲われ無一文になってしまってコレクト・コールでボスに助けを求めると、リザード(光石研)という男を向かわせると応える。画面では恭司が香港から客船に乗り込む時から彼の後を付いて廻っていて、恭司を殺害するために送られた男らしく、逃げる恭司に銃弾を浴びさせる。
しかし、画面はいつの間に元のマカオー香港となり、杖をつきながら復讐のためにボスの処に押しかける。一体如何して俺を殺すんだとボスはびっくり。ノイと蜜月状態で今が一番幸せだとボスは云う。やがてノイが幼子を連れて現れ、恭司は、幼子を抱いたボスに向けていた銃口を下げ、拳銃をテーブルの上に置いて断念する。待っていたリザードに、埠頭で、自分も求めていたかの如く射殺される。
リザードに何故ボスを殺らなかったのかと訊ねられ、恭司は呟く。
「本当に生きるべき人間はどっちかなと思って・・・幸せな人間か、行き場を喪失った俺のような人間か・・・」
例によって、ストーリー展開は曖昧朦朧としている。そもそもボスが聖子殺害を命令したかどうか、否ボスの女だったかどうかも怪しくなってくるような不確定なゆらぎ世界の発露と云うと些かオーバーかも知れないけど、「罪悪感」を媒介にした心象風景って処だろうか。
この手の映像嫌いではないので面白く観させて貰ったが、同じコンビの次回作こそ期待したい。
監督 ペンエーク・ラタナルアン
脚本 プラープダ・ユーン
撮影 クリストファー・ドイル
美術 サクシー・ジャンランシー
音楽 ファランポーン・リッディム
恭司 浅野忠信
ノイ カン・ヘジョン
リザード 光石研
僧侶 エリック・ツァン
聖子 久我朋乃
制作 フォルテッシモ・フィルムス 2006年
(タイ・オランダ・香港・韓国合作)
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