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2008年4月の6件の記事

2008年4月30日 (水)

まぼろしのシーロム《吉野家》: 旅先のファースト・フード

Yoshinoya_2   

  タイじゃ再びジャパニーズ・フードがブームらしい。
 「もどき」の店で着物を纏ったタイ娘達が給仕をしている光景は、さながらハリウッド映画の一シーンを彷彿とさせ、見ていて面白い。テクノ風のジャパニーズ・フード・バーってところであろうか。
 肝心の日本の店は《8番ラーメン》が頑張っていて、僕も以前は頻(よ)く利用させて貰った。客のタイ人達(総じて若い世代が多い)の食べ方なんかを眺めながら食べるのも一つの観光だしタイ人観察にもなって楽しいもんだ。

 最近、狂牛肉関係で巷を騒がせている《吉野家》、中国やシンガポールなんかじゃ結構人気あるみたいだ。
 嘗て、北京の、本場の京劇が観たくて張り切って王府井に行ってみたら、何と何処も彼処も工事、工事、工事。京劇を演っているはずの有名な戯院は跡形もなかった。情けないことに、外人観光客向けの梨園で観る羽目になっちまった。
 その頃、"前面"の通りを大部下ったところに、《吉野家》があった。
 内装の施工がお世辞にも立派とは云えなかったものの、客の入りは悪くはなかった。若いカップルが多く、意外なことに、牛丼やみそ汁を抵抗もなく口にしていて、フライド・チキンまで頬張っていた。大抵ビールもジョッキーで飲んでいて、デザートにはアイスクリーム。(当時、牛丼15元。缶コーラ5元。紅茶2.5元。)

 で、タイに戻ると、同じ頃('95年)であったか、誰もが手に手に果物やウィスキー、食べ物を盛った贈答品の籠を重そうに抱えていた年の暮れ、シーロムのどちらかといえばロビンソン寄りに一軒《吉野家》があった。試しに入ってみた。
 まだ真新しく、従業員も対応がぎこちなく、エアコンだけがギンギンに利いていた。牛丼・ミート・ボウルが37バーツ。味はちょっと濃い目。他に副食めいたものを捜したがこれといったものはなく、まだ、北京の方が増しだったようだ。トイレに行くと、小便器の横のゴミ箱に、従業員が突っ伏して吐いていた。結局、幾らもしない内に、潰れてしまったようだ。

 昨今のジャパニーズ・フード・ブームにあやかってか、《牛野屋》GYUNOYAという牛丼屋がタニヤに出没したらしい。日本人の経営なのか、「もどき」なのでタイ人の経営かもしれない。因みに、味もそれほど大差ないらしい。牛丼(並)120バーツ。

 僕自身は元々すき焼きが嫌いで、同じ醤油煮立ての牛丼も別に好きではない。出れば食べるくらい。何故あんなものに狂奔するのか好く分らないが、しかし、問題は、《吉野家》が単なる和風ファースト・フードから一歩踏み出した、あるいは踏み外したところにある。勿論、あの危ない米国牛肉に対する「執拗」な、否、もはや異常ともいうべき「執着」のことだ。
 絶対に安全!と日米政府が国民に宣言した、というより強弁した米国牛肉。誰も殆ど信じてはいなかったろう。果たして、幾らもしないうちに訳の分らない「違法品」が混入されること果てしない。その毎に、日米政府は同語反復するばかり。日本の国民をこの日米政府ほど舐めた輩は居ない。 そしてその日米政府に何か特別の利益関係でも持っているのかと疑いたくなってしまう《吉野家》の昨今の言行には、もはや"亡国"の兆しすら窺えてしまう。

Gyunoya

2008年4月26日 (土)

暗いスクリーンの金切り声 The Screen at Kamchanod

Tongfilm4   

  以前タイ・ポップス・シンガーの"トン"・パクラマイの映画出演の箇所で、彼女がその後映画主演の話など聞かない等と書いてしまったが、その頃には、このホラー映画"ピー・チャン・ナン"が撮影も殆ど終わりかけていたというお粗末。タイでは今年初めに封切られた。

 監督や制作者達にとって、ホラー映画というものは、自分達のやりたいことの出来る最も都合の好いジャンルなのではないかと思えてしまう。
 この映画も、視覚的にあれこれ工夫していて、それなりに面白く観れる。けど、映画自体としてみると、今一の感は拭えない。ホラーのお決まり手法のオン・パレードはともかく、些か単調に過ぎた。雰囲気は必ずしも悪くはないのだが。

 僕の希望に反して、トン(トーン)はアーン(aon)という大人しい看護婦の役。トン自身は寡黙な役柄に、そんなことはないと云いながらも戸惑ってはいたようだ。"セブン"コンサートの時も、一緒に出演したマイやマーシャに楽屋で一番騒々しいお喋り娘とからかわれていたぐらいなので、まるっきり自分と逆の役を与えられた訳だ。役者としてはそっちの方が面白いのだろうが。
 暗いトーンの画面の中で、恐怖に打ち震えたり、血塗れになったり、叫び声を挙げたり・・・別に歌手としては伸び悩みのトンが、今度はスクリーンの上で、ホラーの女王の座を狙っているって訳でもないだろうが、もっとトンの本領アクション系+コミカル(お決まりのタイ・ドタバタ喜劇等ではない)な方途へ向かって欲しいもんだ。彼女の凛々しい姿を一度彼女のVCDで視てしまったら、タイの男達がこう在って欲しいという願う淑やかな女像なんて吹き飛んでしまう。
 ・・・ということは、タイの普通の女達ってことになってしまう? 「タイ女」じゃないけど、包丁やハサミあるいは殺し屋の代わりに自ら拳銃や自動小銃そして自らの鉄拳を持って。そういえば、今中国でも、女達の"反二奶"愛人反対同盟なんて浮気男と愛人を撲滅する集団が胎動を始めているとか。対象の大半が党幹部や偉いさん達らしく、暴力や脅迫で彼女達
に報復してくるとか。いずれ、彼女達もスタンガンから本物の銃で武装することになるかも。
 これがタイにでも飛び火した日にはタイ女達がそれこそ水を得た魚の如く、一体どんな凄絶な光景が展開することになるやら。幾ら何でも、そんな映画にはトンには出て欲しくないが。

 1989年、ウドンタニーのカムチャノッド村で起きたミステリアスな事件を元にしたらしい。バンコクでも稀に見掛ける路上(あるいは野外)上映を請け負う会社にカムチャノッドの森での上映会が申し込まれ、映写斑が現地で上映を始めたが仲々誰もやって来ない。怪訝に思っていると、突如何処からともなく人影が現れ始めた・・・これが、実は、霊達だった、という事件らしい。これを新聞で見た主人公の医者のユットが、知人のジャーナリスト夫婦と彼の愛人アーン、彼と親しい浮浪者のロートの四人でその時上映したフィルムを、映画館を借りて上映し、確かめる事となった。その時から、様々な不可解な現象が彼等の身に起き始めた・・・

 因みに、カムチャノッドの森は、周辺の住民から禁忌されていて、ナガ地底王国の入口との伝承もあるらしい。 

アーン   トン・パツカラマイ・ポトラナン
ユット   アチタ・プラモート・ナー・アユタヤー
ロート   ナモー・トーンガムヌット

監督 ソンサック・モンコントーン
脚本 ソンサック・モンコントーン
      スニット・アスウィニクル
   ムアンフン・ウパトゥム
撮影 チッティ・アーノラカンキット
美術 パイロット・シリワット
制作 ファイブ・スター 2007年作品

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2008年4月20日 (日)

タイ女

 Photo  

 

 タイの新聞なんかで、タイの女の絡んだ生々しい事件等をみるにつけ、確かに日本人旅行者達の云う通り「危ない」と思うけど、同様にタイの男もかなり危ない。
 翻って日本でも、新聞やテレビのニュースで毎日果てしなくタイ男達が可愛いと憧れているらしい日本娘=女の絡んだえげつない事件が目白押し。警察署の中ですら、婦人警官が痴情沙汰で同僚警官に包丁を振り回すお国柄、余り余所の国の事をとやかく云えた義理でもない。

 

 タイ男達に云わせると、タイの女は「気が強い」らしい。
 旅行者達は更に「危ない」、「内に狂気を秘めている」と追い打ちをかける。
 自分の旦那の浮気相手を、怒鳴り込みに行ったり嫌がらせ電話を掛けるなんて大して効果が有ると思えぬ遣り口なんて端から無視し、直截に包丁で刺し殺したり、金があると殺し屋を雇って抹殺してしまう。勿論浮気した旦那を刺し殺したり、殺し損なったりは記事にも成らないのかも知れない。
 一説によると、南に行けば行くほど、過激になるらしく、タイの南の男の大半は腹か背に女の刺し傷の一つや二つは当たり前らしい。独立や宗教で揉めていて爆弾や銃撃事件が多発し、その上、嫁さんや愛人の包丁の危機に晒されたりでは、南の男達も堪ったもんではあるまい。
 しかし、もっと南のマレーシアやインドネシアでは如何なるんだろう?

 

 僕もバンコクの周りの女達を眺めたりしていると、「気の強い」タイ女的現象にぶつかることもあるが、実際には知れている。せいぜい、すり込まれた「内に秘めた狂気」というイメージが女達の姿の上に明滅するぐらい。が、包丁沙汰とまでには至らないけど、やっぱり!、と思わせる出来事に遭遇したことはある。

 

 あれは、昼前の、まだ朝のセット・メニューの時間帯であったが、バンコクの歓楽街パッポンのスリウォン通りに面したマクドナルドの一階の奥のテーブルに坐ってゆっくりセット・メニューをそろそろ食べ終わる頃であった。斜め前に陣取っていた二人の三十代とおぼしきタイ女のテーブルに、別のスラリとした同じく三十代の網式の買い物袋を提げた女がやって来た。女三人待ち合わせか・・・ぐらいに格別気にも留めないで居たら、突如その女がテーブルに居た一人の女の頭上にその買い物袋をうなりを挙げて叩きつけた。
 最初、てっきり冗談でやっているのだろうと、それにしては些か強く叩きつけたもんだなーと、ちょっと遣り過ぎじゃないかと訝っていたら、続けて二度三度と網式の買い物袋を満身の力で叩きつけ続けた。叩かれた方の女も椅子から起き上がって、三人目の女に飛びかかっていった。僕は自分のテーブルの上にまだ食べ残したメニューが載っていたので、引っ繰り返されちゃー敵わんとばかり、ズルズルとテーブルを背後の壁いっぱいに引き寄せた。前にも後ろにも退路を断たれ、嫌でも眼前の彼女達の乱闘騒ぎを直視する他なかった。二人の三十女達が取っ組み合いを始めた頃になって、漸くカウンターの奥からマネージャーらしき男が現れ止めに入った。他の連中も仲裁に入ったけど、容易には二人とも引き下がらなかった。
 まだ昼にもならない陽の燦々照りつける外人観光客も多いマクドナルドで乱闘騒ぎとは・・・

 

 それよりもちょっと前だったか、隣国カンボジアの首府プノンペンのハイソな通りとして知られているシアヌーク通りに中国系のカンボジア人の営っていたフランス・パン屋の前の通りで人がいっぱい群がっていた。
 何かと思って近づいてみると、何と歩道と車道の境目辺りで、二人の女が言い争いをしていた。傍にバイクが置いてあり、如何もバイクのトラブルらしかった。片方は風貌は普通の色白の中国系カンボジア娘、もう一方は典型的なそこそこのチェンマイ美人。と、突然取っ組み合いが始まった。歩道の上を転がって、どっちもそれなりの格好をした女が組んずほぐれつの肉弾戦を始めたのだ。僕は唖然としてしまった。おまけに、チェンマイ系のタイ女の方が、やがて何と膝蹴りを連発し始めた。幾らムエ・タイの国から来たからって、膝蹴りかよ・・・呆れっぱなしで傍観するしかなかったが、誰も止める者は居なかった。
 最初は互角だったのが、膝蹴りの連打あたりから形勢が若干タイ女の方に有利になったように思えたものの、しかし決定的なものではなかった。が、その内若いカンボジア娘が、ふと自分の頭から血が流れているのに気付いた途端、急に怖くなったのだろう子供のように鳴き声をあげ始めた。その頃になって漸く仲裁が入り、タイ女に軍配が上がった。(カンボジア娘が特に頭に攻撃を喰らったて感じではなかった。頭は皮膚が薄いのでちょっとした傷でも出血し易い)
 が、僕としては、哀れな若いカンボジア娘の方に声援を送りたかった。三十路のタイ女は太々しく、勝ち誇ったように泣き出した娘をあざ笑っていた。  

 

 ある新聞にタイ女の凄さを窺わせる記事が載っていた。
 タイ南部のある町で、ある女性の葬儀の最中に、何と棺桶に入っていはずの女が突如現れ、ピーだ、ピーシンだと一同大騒ぎ。
 これは極く稀に有ることだが、「何で私が死んでなきゃならないのよ!」とばかりに、入っていた棺桶を蹴破って現れ出たのでなくて、堂々と入口からその女は入って来たのだった。パニックに陥った参列者を前にして、女は訥々と事情を話し始めた。
 実家に子供を預け、知人の家に身を寄せていたのだが、実家の方に、警察から、その女の死体が発見されたので身元確認して欲しいと連絡があり、家の者が行って確かめてみると、果たしてその女だった。で、葬儀を執り行っていた次第。久し振りに女が実家に戻ってみたら自分の葬儀が行われていたという次第。他人の空似という事に過ぎないのだが、何やら、タイ女の業と謂うか執念みたいなものを覚えてしまう。おまけにやっぱりタイの南なのだ。

 

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2008年4月16日 (水)

《クローバー・フィールド》HAKAISHA

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  久し振りにロード・ショーを観た。《クローバー・フィールド》
 チケット売場で「・・・酔ったりしたら・・・」と訳の分らない事を言われ、ホラー映画で怖いシーンが云々みたいなものだろうと中へ入った。
 
 ニューヨークのマンハッタンが舞台。
 アマチュア・ビデオ・カメラで日本へ向かうロブの為のパーティーの様子や参加者のメツセージを撮るという設定で、延々と続く。手持ちカメラなので角度もずれたり手ぶれもしたりで、チケット売嬢が言っていたのはこの事だと分った。確かに不安定に揺れ続ける画面は疲れる。人によっては船酔い状態や眩暈を覚えるだろう。
 
 このパーティーの場面がやたら長い。これくらいの長さの"貯め"というのか、どっぷり浸かった日常性が必要だったのだろう。マーティン・スコセッジの《ディア・ハンター》ほどではないが。
 と、いきなり、強烈な衝撃(音)と停電・・・日常性はすっ飛び、恐怖と緊張の非-日常性的実存へ。
 夜のマンハッタンの高層ビルの谷間の一角が突如崩壊し、アメリカのシンボルらしい自由の女神像の巨大な首が通りに転げ落ちてくる。
 これはもう、〈9・11〉そのものだ。
 ポスト〈9・11〉のアメリカの共同幻想的悪夢。
 高層ビルを破壊しながらどんどん突き進んでくる巨大な怪物。
 プロデューサーのJ.J.エイブラムスが「原宿で見つけたゴジラのミニチュア」から発想した怪物という事になっているらしけど、僕はむしろ、'50年代のハリー・ハウゼンの《シンドバッドの七回目の航海》に出て来る一眼巨人サイクロプスを想起した。ゴジラもサイクロプスも共にゴツゴツした肌だが、この映画に出て来る巨人(獣)は、デティールの欠如した捉え所のない、何時黒い煙と化して掻き消えてしまうか知れない、正に悪夢そのもの。曖昧な形象の、正に悪夢の中に出て来る夢魔の類であろう。
 これは欧米的というより、やはりアジア的な、否、穿って言えば、シンドバッドの"近東"的色彩が濃い。
 スピルバーグの《宇宙戦争》のエイリアン=ロボット兵器のリアリティに比して《クローバー・フィールド》のサイクロプス風は只管"合理性"とは無縁の曖昧な如何ともし難さ、つまり悪夢そのもの、夢魔そのもの。 因みに、インターネットで〈9・11〉関連のサイトを見ていたら、プライベートなビデオ撮影の映像が結構有って、この映画の着想が了解できたような気がした。 
 
 劇中、奴等は、宇宙から来たんじゃないのか・・・なんてセリフがあった。結局、正体は不明のままだが、件のサイクロプス風の巨獣はぽんぽんと小さな人間大の蜘蛛風の生物を地上に落下させ、人間を襲わせる。
 もし、サイクロポス風が宇宙からやって来たものなら、それは如何なる目的のためであろうか? 
 しかし、僕は最後まで分らなかったけど、《宇宙戦争》のロボット兵器は正に兵器でいっぱい出現したのに較べてサイクロポス風は一体どのくらい居たのだろう。どうもハッキリしないのだ。一匹って感じもしなくはない。悪夢に合理性を求めるのはナンセンスなんだろうが、大きさは全くハッキリしない。それでも知れている。普通に考えれば、米軍の地上部隊程度でカタがついてしまいそうなんだが、あんなもので地球侵略はちょっと考えられない。(続編を前提としているみたいなので、伏線を張って隠している可能性もあろう)
 
 それともあれはあくまで囮部隊でしかなく、環境を破壊し多くの生命を損ない続けてきた有害極まりない生物としての人類に対するおちょくりで、本隊はじっと太陽系の外れ辺りから襲撃=駆除の機会を窺っているのかも知れぬ。自らの貪欲と理不尽で自らの惑星を汚染・破壊し尽し、浄化も再生も施す気もなく、そのまま放棄し、図々しくも他の惑星に、"夢"とか称して侵略しようと宇宙船だ宇宙基地だと画策している人類。確かに、アメリカ=マンハッタンは、その有害生物の本拠地の感がある。そこにポーンとびっくりフィギアー風のサイクロポスを放ってみたのだろう。

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プロデューサー J.J.エイブラムス
監督      マット・リーブス
脚本      ドリュー・ゴダード
撮影      マイケル・ボンヴイレイン

ジェイソン   マイク・ヴォーゲル
ロブ      マイケル・スタール=デーヴィド
ベス      オデット・ユーストマン
リリー     ジェシカ・ルーカス
マレーナ    リンジー・キャプラン
制作 バッド・ロボット  2008年

2008年4月11日 (金)

《ドラゴン怒りの鉄拳》精武門

  Dragon1

  70-80年代汎亜細亜的英雄、ブルース・リー李少龍の第二弾。
 これぞ中国、否、汎アジア的怒りの炎、血塗られ疲弊した大地を突き破って現れた怒れる黒龍の吐き出した燎原の炎。
  って、まるで映画ポスターに羅列された決まり文句のようだが、しかし、この映画はハリウッド・エンターテイメント《燃えよ!ドラゴン》と相異して些か政治性(表面的な政治ではなくもっと本質的な)を帯び、汎アジア的拡がりをもってしまった。否、世界的と云っても過言ではないのかも知れないが、定かではない。
 
 羅維(ロー・ウェイ)監督の造りは必ずしもスマートではない。正に香港映画ではあるが、それ故に一層陳真(B.リー)の憤怒と絶叫が生々しく映えてくる。やっぱし、この映画は、【東亜病夫】と【華人與狗不得入内】(中国人と犬は入るべからず)がキー・ワードだ。

 1909年、師匠・霍元甲の急な死を聞き陳真(ブルース・リー)は上海に戻り、「精武門」道場に駆けつけた。が、道場に戻ってみると、葬式の隊列は既に出発した後であった。陳真は信じられなかった。否、道場生達も師匠の急死に疑問を抱いていた。
 初七日の日、道場には多くの関係者達が集まっていた。そこへ虹口に道場を持つニッポン柔術「起倒流」の通訳ウーと高弟達が現れ、【東亜病夫】の扁額を「精武門」一同に手渡し、愚弄し挑発する。が、師範が師匠・霍元甲の言付けの尊守を命じ挑発に乗らせなかった。それでも、突然の師匠の死が信じられぬ陳真は堪えられず、単身道場の連中には内緒で虹口道場へ赴く。残念なことに虹口道場の師範・鈴木(橋本力)は外出中で、師範代(勝村淳)達全員を叩きのめし、屈辱的な【東亜病夫】の扁額を突き返した。
 「中国人は病夫じゃない!」
 と、捨てぜりふを残して。
 
 やがて「精武門」道場内に潜り込んだ鈴木達の手先二人が霍元甲を毒殺したことを陳真が知り二人を思い余って殺害してしまう。そして街路の電柱に二人の死骸を吊す。さすがに、こんなシーンはジェット・リーの《精武英雄》には描かれてない。時代の相異・流れってところであろう。
 彼等の話から、"ウー"という人物の名が浮かび上がり、それが鈴木達の通訳ウーであることに思い至る。人力車夫に化け、ウーを袋小路で問いつめると鈴木に命令されたと白状し背後から陳真に襲いかかり逆に殺されてしまう。そして又ウーの死骸も電柱に吊す。
 鈴木達は上海警察に陳真の引き渡しと「精武門」の閉鎖を迫っていたが、一向に埒があかずとうとう業を煮やしてニッポン総領事まで担ぎ出す。 起倒流・虹口道場の総力を挙げて「精武門」殲滅を企んで道場を襲撃に向かった直後、陳真が虹口道場に現れる。居残っていた下っ端に手を下したくなかったが所詮愚輩の徒ばかりで片っ端から陳真の鉄槌を喰らわさせられてしまう。《燃えよ!ドラゴン》で賭に乗せられた医者役で笑わせてくれた師範代も刀で襲いかかったもののやっぱり倒されてしまう。奥の鈴木の書斎に迫り、亡命ロシア人を先ず片付け、最後に師範鈴木と一騎打ち。豪腕ペトロフが殺られてしまうのを目の当たりにした鈴木は、最初から刀を握って待ち伏せ。勝敗はもう見えていた。
 陳真が「精武門」に戻ってみると、大半の門下生が殺され横たわっていた。茫然として一階に階段を降りようとすると、師範代や警察署長、総領事達の話し声が聞こえてきた。陳真を引き渡さないと、「精武門」を閉鎖する、と。陳真に、もはや、残された途は一つしかなかった。名乗りを上げ、堂々と階段を降りていった。そして警察署長に約束させた。
 「俺が自首すれば、決して精武門は閉鎖されることはない、と」
 署長も「中国人の名において」と確約し、連行されてゆく。外に出ると、門前にずらりと欧米列強と清軍が銃を構えて待ち構えていた。陳真は沸々と内側から滾り拡がってきた怒りの化身と化し、一撃必殺の跳び蹴りを喰らわさんと渾身の跳躍・・・

 DVDだが十年振りぐらいに観た《ドラゴン怒りの鉄拳》精武門は、さすがにちょっと色褪せていはしたが、やはり面白い。映画館で観れば、もっと迫力があって更に面白かったに違いない。ジェット・リーの陳真と違って、ブルース・リーの陳真はやたら怒りっぽい。正に怒りの化身だ。もろ時代を反映している。当時の香港はじめシンガポールやタイの中国系住民達の熱狂が聞こえてきそうだ。大陸中国では果たして如何だったのだろう。紅衛兵=文化大革命の頃なので、先ず上映なんて有り得なかったろう。尤も、その十年前ぐらいに上海で作られた映画・舞劇《小刀会》なんかと見較べても共通するものも少なくない。両方とも、「毒草」のレッテルが貼られ、自己批判を迫られたであろう。
 日本の風俗を彼等なりにアレンジし変容させた数々の意匠は、嘗てはアメリカ映画でもやられたことだが、本当に面白い。ある種の日本人はこれらを嫌い非難までするけど僕にはさっぱり理解できない。ジェット・リー
も主演した《東方不敗》中のそんな箇所も仲々面白かった。
 
 
 キャスト 
    ブルース・リー(李少龍)
    ノラ・ミャオ(苗可秀)      
    田豊  劉永  小麒麟  田俊
    橋本力 勝村淳 ボブ・ベイカー
   
 スタッフ
    監督 羅維
    脚本 羅維
    音楽 顧嘉輝
    撮影 チェン・チン・チェー
 制作 ゴールデン・ハーベスト 1971年(香港)

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2008年4月 5日 (土)

《ツバメ飛ぶ》 少女テロリストはK54をふところに

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  リュック・ベンソンかベトナム生まれのツイ・ハークあたりに映画化して欲しかったのが、このベトナム小説《ツバメ飛ぶ》。
 作者はグエン・チー・ファン、元北ベトナム軍兵士。
 物語は南ベトナムの海に近い農村地帯を舞台にした少年・少女達で構成されたゲリラ組織に属するようになったクイという少女の文字通りの苦難と血に塗みれた軌跡。作者は、大人の読物というより、むしろ子供達に読んでほしかったようだ。確かに、ちょっとどぎつい箇所もあるが、今の子供達なら問題ないだろう。でも、これは、アクション性が強く、情けない「ニキータ」なんか目じゃないし、《レオン》と《ジャンヌダルク》を足して二で割ったぐらいには作れるのではないだろうか。アクション映画としてだけでも面白いと思う。

 

 1969年冬、ダナンとクイニョンの間のタムクアン。クイは11歳。
 母は米海軍の艦砲射撃の犠牲となってとっくに他界。老いた父と、姉のハーオ、クイの三人が庭で食事しているところから物語は始まる。以前クイニョンで獄吏をしていたトゥアンが腰にコルト45を提げ7人の部下を引き連れて現れる。母親が殺されゲリラ部隊(所謂ベトコン)に入っていたクイの兄ズオンを殺しに来たのだった。誰かがズオンがクイの家の井戸に隠れているのを密告しない限り有り得ないことであった。結局、兄はダイナマイトで爆死させられてしまう。
 姉のハーオが、母と兄の仇を取るためゲリラ部隊に入隊し、クイが姉の替わりに畑仕事から家事までやらなければならなくなった。暫くしてやはりトゥアンによってハーオも殺されてしまい、クイは父親に兄のズオンと仲の好かったクォンの「つばめ隊」に預けられる。クイもクォンを慕っていたし、子供心にも兄と姉の仇のトゥアンを何としても生かしておけなかった。トォアンは実は以前はズオンやクオンと一緒にゲリラ活動をしていた仲だったのだ。つまり、敵=米国・南ベトナム政府軍に寝返ったのだった。多くの村人がトゥアンの密告で殺されてしまっていた。

 

 「テト攻勢後、彼女が住む県の武装勢力は壊滅といっていいに等しい状態となった。・・・力の均衡が崩れ、敵の勢力が優勢を占めるようになった。村に残ることができた戦士たちは地下への潜行を強いられた。・・・敵の新しい駐屯地が雨後のタケノコのように設営されていった。こちらから攻撃をしかける道は閉ざされた。そのため、地元のゲリラたちは苦肉の策として『滅悪作戦』に打って出ることにした。ただし、大人の戦士たちは敵に近づくことができないので、かわりに子供をつかうしかない。その実行部隊として『つばめ隊』が結成された。隊員は、大人のゲリラ同様、秘密のアジトで集団生活をし、銃で武装した。村長や地区長、村に潜り込んだ諜報員、警察官などは、行く先々でいつ不意討ちをかけられるかわからない危険にさらされた。」

 

 「ツバメ隊のメンバーにとって、敵の要人テロはしごく単純な動機から発していた。隊員は、最年長の者でも十六歳、残りはみな十三、四歳の少年、少女ばかりであったが、そのほとんどが地元の要人に直接の恨みがあり、彼等を殺害することに迷いやためらいなどは一切なかった。・・・
 しかしよその地区まで行って、顔を見たこともない相手を殺すとなると、話は別だった。ただ上から名前だけ教えられて殺しに行くのは、いかな隊員であっても二の足を踏まずにはいられなかった。」

 

 
 「『あいつだ!』
 クイはかごを下ろして中から銃を取り出すと、裏庭へ急行した。周囲に何もない広い場所で、一人の男が夢中になってヤシの木を植えていた。あまりに無防備な後ろ姿にクイはぼう然とした。ディックがこんなだれでもするような仕事をするとは意外だった。またしても一抹のためらいが彼女を襲った。しかしトゥアンのことを思い出したとたん、そんなためらいは即座に消えた。・・・
 『ディックさん!』
 クイは呼んだ。声の調子が少しはずれているのが自分でもわかった。彼はふり返った。あごに大きなほくろがあり、そこから長いひげが一本伸びているのをクイは見届けた。やつにまちがいがない。
 『撃て!』
 だれかの声が頭の中で響いた。しかしクイは気が動転して、すぐには行動を起こすことができなかった。黒い銃口が自分に向けられているのを知ったハイデックは腰を抜かし、かすれた声で懇願した。」

 

 「『みんなの言うとおり、私(トゥアンの妻ナム)の夫は裏切り者よ。夫は地元の人たちから恨みを買ってるわ。だけど、だからって私までが、この私までが夫の罪を引き受けなきゃいけないの? みんな、私が仕事をしようとするといろいろ妨害するの。田畑の分配だって、遠くやせた土地しかもらえないのよ。もし規定の稲を収めることができなかったら、村の基金に収めるからって、家にあるテーブルやいすをもっていかれちゃうのよ。メースンの生産組に入れてほしいって頼んだこともあったけど、入れてもらえなかった。それでしかたなく魚を売り歩いていたら、途方もなく重い税金をかけてくるか、何かと理由をつけては没収しようとするのよ。子どもだって同じ。学校へ行っても、だれにも相手にしてもらえない。みんなから白い目で見られるのよ。だからあなたに聞きたいの。どうして私たちはそんな目にあわなきゃならないの? ねえ、どうして? 私たちがこの村に住んでることがそんなに気に入らないなら、どこへだって行くつもりよ。なのに、出ていくための書類はもらえない・・・。以前は私だって村のゲリラだったのに』
 そこまで話すと、女は声をあげて泣き出した。
 『うちの主人が敵に寝返ってから、私は飼い殺しも同然の身になったわ。私は夫を憎んだ。でも子どもを連れて出ていくことは出来なかったの。平和になれば、すべてかたがつくと思った。夫が死んでしまえば、それで終るとおもっていた。あなたは子どもがいないから、一生父親の罪を背負って生きていかなくちゃならない子どもをもった母親の気持なんて、わかりっこないでしょうけど』」

 

                <つばめ飛ぶ> グエン・チー・フアン 訳・加藤栄(てらいんく)

 

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