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2008年4月30日 (水)

まぼろしのシーロム《吉野家》: 旅先のファースト・フード

Yoshinoya_2   

  タイじゃ再びジャパニーズ・フードがブームらしい。
 「もどき」の店で着物を纏ったタイ娘達が給仕をしている光景は、さながらハリウッド映画の一シーンを彷彿とさせ、見ていて面白い。テクノ風のジャパニーズ・フード・バーってところであろうか。
 肝心の日本の店は《8番ラーメン》が頑張っていて、僕も以前は頻(よ)く利用させて貰った。客のタイ人達(総じて若い世代が多い)の食べ方なんかを眺めながら食べるのも一つの観光だしタイ人観察にもなって楽しいもんだ。

 最近、狂牛肉関係で巷を騒がせている《吉野家》、中国やシンガポールなんかじゃ結構人気あるみたいだ。
 嘗て、北京の、本場の京劇が観たくて張り切って王府井に行ってみたら、何と何処も彼処も工事、工事、工事。京劇を演っているはずの有名な戯院は跡形もなかった。情けないことに、外人観光客向けの梨園で観る羽目になっちまった。
 その頃、"前面"の通りを大部下ったところに、《吉野家》があった。
 内装の施工がお世辞にも立派とは云えなかったものの、客の入りは悪くはなかった。若いカップルが多く、意外なことに、牛丼やみそ汁を抵抗もなく口にしていて、フライド・チキンまで頬張っていた。大抵ビールもジョッキーで飲んでいて、デザートにはアイスクリーム。(当時、牛丼15元。缶コーラ5元。紅茶2.5元。)

 で、タイに戻ると、同じ頃('95年)であったか、誰もが手に手に果物やウィスキー、食べ物を盛った贈答品の籠を重そうに抱えていた年の暮れ、シーロムのどちらかといえばロビンソン寄りに一軒《吉野家》があった。試しに入ってみた。
 まだ真新しく、従業員も対応がぎこちなく、エアコンだけがギンギンに利いていた。牛丼・ミート・ボウルが37バーツ。味はちょっと濃い目。他に副食めいたものを捜したがこれといったものはなく、まだ、北京の方が増しだったようだ。トイレに行くと、小便器の横のゴミ箱に、従業員が突っ伏して吐いていた。結局、幾らもしない内に、潰れてしまったようだ。

 昨今のジャパニーズ・フード・ブームにあやかってか、《牛野屋》GYUNOYAという牛丼屋がタニヤに出没したらしい。日本人の経営なのか、「もどき」なのでタイ人の経営かもしれない。因みに、味もそれほど大差ないらしい。牛丼(並)120バーツ。

 僕自身は元々すき焼きが嫌いで、同じ醤油煮立ての牛丼も別に好きではない。出れば食べるくらい。何故あんなものに狂奔するのか好く分らないが、しかし、問題は、《吉野家》が単なる和風ファースト・フードから一歩踏み出した、あるいは踏み外したところにある。勿論、あの危ない米国牛肉に対する「執拗」な、否、もはや異常ともいうべき「執着」のことだ。
 絶対に安全!と日米政府が国民に宣言した、というより強弁した米国牛肉。誰も殆ど信じてはいなかったろう。果たして、幾らもしないうちに訳の分らない「違法品」が混入されること果てしない。その毎に、日米政府は同語反復するばかり。日本の国民をこの日米政府ほど舐めた輩は居ない。 そしてその日米政府に何か特別の利益関係でも持っているのかと疑いたくなってしまう《吉野家》の昨今の言行には、もはや"亡国"の兆しすら窺えてしまう。

Gyunoya

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