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2008年6月28日 (土)

 旅の原理主義者・藤原新也の原風景

       Moji_port_1

       石をもて 追はるるごとく
   ふるさとを出でしかなしみ
   消ゆる時なし
 
 明治の詩人・石川啄木は一家で石持て追われる如く郷里の渋民村を後にしたが、若き藤原新也も同様に、父親が旅館経営で敗残し門司港から駅員にすらあしざまに罵倒され屈辱と恥辱に塗みれて一家で離郷した。
 
 啄木一家は啄木が束の間売れはしたけど、結局、貧窮と当時の死に至る病=結核で一家全滅という悲惨極まる最期であった。藤原家の方は、彼の父親が移り住んだ先の温泉地・鉄輪で復権ならず無念の死を迎えたらしい。ところが、皮肉なことに、後年新也は門司港の名士としての栄誉を授かってしまい、これは父親に成り代わっての復権なのか、それとも廃れ往く港町の、あっちこっちから色々かき集めでっち上げた小綺麗な観光エリアをレトロとか称して全国から客を呼ぶなりふり構わぬ詐欺まがいの町興しの一環に過ぎないのか・・・。
 後者だとすると、更なる愚弄って奴で、もはや云うべき言葉はない。役人輩なら朝飯前にやってのけるだろう。勿論藤原新也はそんな事は十二分に知悉している。その上で、現在でも、時たま、門司港に赴き、知人との旧交を温めたりヨモヤマな諸事をこなしているらしい。

 人は不思議に思うだろう。
 何故、藤原新也は石持て追われたはずの故郷に、今尚執拗に拘るのだろう?
 答えらしきものが既に彼自身の口から述べられている。
 「・・・喪失から出発している感じがあります。
  僕の場合は、心象風景を失っている感じが強くある。
  実際、本当に無一文で、布団だけ残ったんですよ。
  旅館だから。」
       対談・瀬戸内寂聴"ある日の宇治"「コヨーテ」No.24'08

 喪失を埋めるための、自己同一性(アイデンティティー)を維持するための代償行為という近代-現代人の定式化された心理的特質の顕著な例というべきなのか。で、啄木(明治)、新也(戦後昭和-平成)を繋ぐもう一人、林芙美子(大正-昭和)が居る。少し長いが《放浪記》の冒頭にこう認められている。
 「私は北九州の或小学校で、こんな歌を習った事があった。
   
   更けゆくあきの夜 旅の空の
   侘しき思いに 一人なやむ
   恋いしや古里 なつかし父母

 私は宿命的に放浪者である。私は古里を持たない、父は四国の伊予の人間で、太物の行商人であった。母は、九州の桜島の温泉宿の娘である。母は他国者と一緒になったと云うので、鹿児島を追放されて父と落ちつき場所を求めたところは、山口県の下関と云う処であった。私が生まれたのはその下関の町である。──ー故郷に入れられなかった両親を持つ私は、したがって旅が古里であった。それ故、宿命的に旅人である私は、この恋い
しや古里の歌を、随分侘しい気持で習ったものであった。ーーー八つの時、私の幼い人生にも、暴風が吹きつけてきたのだ。若松で、呉服物の競売をして、かなりの財産をつくっていた父は、長崎の沖の天草から逃げて来た浜と云う芸者を家に入れていた。雪の降る旧正月を最後として、私の母は、八つの私を連れて父の家を出てしまったのだ。・・・」

 こう並べてみると、生活的困窮度・悲惨度として見て取れることもさりながら、如実に時代が反映されている事が分る。
 少年期に故郷を不本意ながら離れのるというのは、今現在でも毎春日本中で、親の仕事の都合であっちこっち転出する引っ越し家庭で発生する。
 ただ、単なる引っ越しと、石持て追われる離郷とは、その少年・少女達が受ける衝撃度=傷(トラウマ)がまるで異なるだろう。単なる引っ越しですら、馴染んだ環境・人間関係から一方的に引き離される孤独と不安が心の深層に深い傷をつくるらしい。

 藤原新也の場合、失った心象風景を求めようとするというのは、しかし、帰郷だけに止まらず、彼の《旅》そのものでもあるのではなかろうか。
 我が内なる故郷=原郷を求めて。
 月並みな見解かも知れないが、カメラのファインダーから覗きながら、彼は己が原郷を探し続けて来たに違いない。それ故、未だに、彼、藤原新也は、門司港に居を構えることをしていない(らしい)。延々と流転し続けているようだ。林芙美子も少女期は親に連れられて、成人・作家として名を成してから後は自らの意志で。
 ひょっとして啄木も、それなりの収入を得ることが出来たとしても、やはりあっちこっち流転したのかも知れない。啄木の失われた故郷=原郷を求めて。実際の啄木も、恐らく、貧窮とは無縁(必ずしも、裕福を意味しはしない)の暖かい家庭、つまり理想郷。そしてそれは、まだそれほど逼迫していなかった渋民村での生活=原郷でもあろう。

   
   あはれかの我の教へし
   子等もまた
   やがてふるさとを棄てて出ずるらむ
                                          

                                              啄木

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