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2008年6月25日 (水)

旧き好き時代の《アフガンの四季》

  Afghan_boys

  今回も、前回のアフガニスタンの写真集と同様、入手が難しく些か恐縮だが、今回のは現在「絶版」状態。むしろ、だからこの新書の紹介が意味があると云える。
 この本も、もうその場所さえ忘れてしまったが、古本屋で見つけた。最初は大して期待もしてなかった。それが読むに従って、次第に惹き込まれていった。ソ連軍が侵略するまでの、アフガニスタンの貧しく苦しくてもそれなりに生活出来ていた頃の人々の日々が、端的に活写されていたからだ。ミチァウド夫妻が写真に焼き込んだアフガンの人々と風物の余白を埋めるように、あくまで日本人としてのスタンスを以て、作者は訥々と同時代的に生きたアフガンの人々と生活を記していている。
 普通日本的には四季は春から始まり、欧米では秋からってのが相場だけど、この作者は、冬から始めている。この最初の章の、初雪の行事《バルフィ》の記述が気に入っている。降り積もった初雪の中での長閑な光景を彷彿とさせてくれる。

 「冬仕度も終わりに近いある朝、外の薄明りに気づいて起き出すと、夜の間に降ったらしい雪が、浅井戸を囲んだ小さな中庭に白く積もっていたりする。初雪である。すると人々は何か適当な食器などを持って外へ出て、雪をひとつかみ、そのなかに入れてふたをする。この国に伝わる古い初雪の行事、《バルフィ》が始まる。
 雪の入った器はふたをされたまま、まだ目覚めていない親しい隣人や知人の家へ、なにげない様子で届けられる。みやげでも持ってきてくれたのかと思い、相手が気づかずにそれを受け取ると、後は一目散にに外へ逃げ出す。ふたを開いてだまされたことに気づいた相手は、あわててその後を追いかける。もし、つかまえられなかったら、雪を渡されたものの負けで、その日は一家を招待してご馳走しなければならない。逆に初雪に気づいていながら、知らぬ顔をしていることもある。雪の器を渡そうとして誰かが来ると、いきなりその手をつかみ、用意していた炭を相手の顔に塗りつける。この場合はもちろん、墨をつけられた者が負けになる。負けてご馳走する側をバルフィと呼ぶ。バルフィは雪を意味する《バルフ》からの派生語であり、それがそのままこの行事の名称ともなっている。・・・」
 
 「・・・じゃが芋を沈めた汁鍋から、暖かい湯気が立つ。汁は脂を溶かして光り、冬中よどんだ家畜の臭いに代わって、べとつくような香りがうまそうに立ちこめる。『腹が減っている時の料理は遅くに煮える』と、人々は言う。・・・
 ・・・夕食の後、女達は子供を寝かしつけ、男達には熱い茶を入れる。母親は小麦をひいてビスケットやピザパイ(ナーン)のための粉をふるい、わずかに残っていたレーズンや胡桃などを水に入れて正月用の乾果水を準備する。元旦に子供達に渡すための卵をこっそり隠し、正月の飾り物である水耕の穀物や野菜の器を作る。晴着の破れを繕い、子供達に合わせて丈を直し、飾りをつけ、瓶に残した大事な米粒を取り出してピラウ料理の量をはかり、それに混ぜる肉のことなどを考えて、『明日は鴨がとれると良いね』などと夫に話しかけたりする。」
 
 作者が本当にアフガンと出遭った時の事をこう記している。
 「肝臓を壊し黄疸を併発し、友人のひとりに抱えられて診療所へ行った。ビールス性肝炎だった。入院は四十日を越えた。季節は秋になっていたが、雨は相変わらず降らなかった。体力の回復は遅く、気力は衰えていた。まだ一年には満たなかったが、私はこの国を離れようと考えた。

 そんな時、私はこの国の冬と出会った。
 空には雲が目立つようになり、短い雨が降り、木々は葉を落とし、烈風が木立を揺らし、やがて雪が降り始めた。凄絶な冬だった。見渡す限り、地は白色におおわれて、道路は閉鎖され、気温はみるみるうちに下がった。
首都の標高一八00メートル、冬季降水型の受難の冬が、それでも人々にとってどんなに大切で、どんなに必要なものであり、その後の人々の四季をどう決定するかということを、その時、私は学んだ。そしてそれは、私が友人達とほんとうの意味でのアフガニスタンを共有することになった。ほとんど初めての経験であった。
 毎日毎日が冬との戦いだった。しかもそれは、次に来る豊かな春のためには、どうしても避けてはならない戦いだった。・・・」

   《アフガンの四季》  著・佐々木徹 (中公新書) 1981年

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