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2008年9月 6日 (土)

《アイ・ファーク》 虐げられた人々

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  今年漸く23歳の肉体派女優タック(ボンコット)の、これは、代表作といえる作品。

 "X-メン"なんかのアクション物は適役かも知れないが、殆ど駄作ばかり。やはり、こんな奔放な娘役が彼女の本領を発揮出来る役柄なのかも知れない。
 もう一人の主演ファーク役のピティサック・ヤムナーノンは、これが初主演で、この頃('04年)はまだ学生だったらしい。初めてにしては結構好い演技していた。同年のチャトチャイ・プレーンパニット主演の"ヒット・マン・ファイル"での、歌手崩れの殺し屋の役もそれなりに存在感はあったけど、翌年の身体に障害のある主人公役のホラー(喜劇)はホント詰まらなかった。あのハジャイ出身の南方系の風貌嫌いじゃないんだけど、最近は如何なっているんだろう。
 
ちょっとイカれた放浪娘ソムソンがタイのある村に現れ、偶然通りがかったやもめの親爺さんに拾われ、一緒に生活し夫婦になってしまう。
 村に初めて電気が引かれ、やがてテレビや冷蔵庫までが(ごく一部の有産者達の屋敷に)登場し始める頃。
 その老爺の一人息子ファークが兵役から戻ってくる。
 小さい頃から僧籍に身を置いていたファークは、父親の若い嫁との同居生活に戸惑いながらも、村の学校の用務員として働くようになる。やがて、父親が死に、ファークは仕方なくソムソンと同居生活を続ける事となる。
 村民の多くは、ファークが亡くなった父親の嫁ソムソンと出来ていると邪推し、彼が以前村民の尊敬を集めていたこの村の僧侶だったのが余計村民の訝しさを募らせた。その上、奔放なソムソンの行状が悉く村民のファークに対する悪感情を刺激し、嫌悪から憎悪にまで増長してしまった。
 村民にとって重要な行事であるはずの父親の屍を荼毘に伏す儀式に、しかし、村民の誰一人として姿を現わす事はなかった。驚いて礼服のままファークは尊敬する校長宅や集会場を訪ねて行くが、集会場で酒盛りの最中だった村民達に逆に酒瓶を投げられ罵倒されてしまう。
 「パイ!!」うせろ!!
 失望と屈辱で一人呆然として、今日だけは礼服のソムソンと葬式屋の待っている田圃のど真ん中にある火葬場に戻ってゆく。二人だけの侘しい儀式。荼毘に伏された父親の遺灰を前に泣き崩れるファークと彼を必死で宥めようとするソムソン。
 ファークもソムソンも互いに想い合っていたが、長い間僧籍にあったファークは、間違ってもソムソンは自分の父親の妻、つまり彼の義理であっても母親であり、決して一線を越えることはなかった。
 職業柄忌むべき不浄の輩として村でも一等下に見下されていた葬式屋だけが、分け隔てなく二人と親しく接してくれていた。余りにも哀れに思えたからか、葬式屋は酒瓶を一本呉れてやる。学も教養も金もない彼には、酒だけがファークの苦しみと悲しみを、例え束の間であっても救ってくれる癒しの水だったのだろう。

 その日以来、ファークは酒瓶を手放す事はなかった。
 
 やがて、ある晩、暗い夜道で覆面した男達にファークは襲われる。朝、心配で捜しに来たソムソンが休憩所(サライ)でファークを介抱していると、村の男達が遣ってきて、罵り始めた。もはや以前の彼ではなくなった、否、止めたファークは男達と小競り合いになった。が、早朝の、すぐ前の学校で聞き覚えのある校長の声が聞こえてきた。
あの偽善者め!!
自然ファークの脚が整列した生徒達の向こうの校長の方に向かって突っ走り始めていた。校長を罵りながら駆け寄ると、気付いた校長は慌てて逃げ出した。校長を殴りつけるや否や追ってきた男達にひっ掴まえられ、力づくで校長の足許に顔を押しつけられそうになる。
 叫びと共に押さえつけようとする男達をはね除け、更に校長に殴りかかろうとして、又直ぐ男達に襲いかかられ、集団リンチにされる。集まってきた村民の多くが、怒りを爆発させ、
 遣ってしまえ!  やっちまえ! 
 と罵声を浴びせ続けた。一人ファークを救おうと、ソムソンは必死で暴力を揮う男達に飛びついたが、所詮多勢に無勢。
 散々蹴られ殴られたファークは、倒れたまま、もう起き上がることはなかった。何事もなかったように、再び整列した生徒達の前で、高々とタイ国旗が掲揚されていき、ソムソンはファークを背に負い、一歩一歩池の畔の自分達の家に戻っていくのであった。

 昔から問題にされてきたタイの閉鎖的・因習的な村落共同体を背景に、監督は、独断と偏見による「裁き」をテーマにしたらしい。確かに、昔から云われてきて、現在も尚、否、一層ワールド・ワイドにヒステリカルな様相を呈している末世的状況に、一石を投じたいのだろう。
 
 これはエロチックではあるが、濡れ場はない。タックの艶やかな肢体を十二分に活かしつつも、安直な露出は避けている。けど、タックの狂女、仲々好い。マミー(ノパカパパー・ナークプラシット)は妖女、タックは狂女が範疇なのか。因みに、サイトを見ると、この映画での彼女の乳首まで露わな画像が世上に流出し、彼女の母親が寝込んだらしい。肉体派女優で売っていても、そんなものらしい。その後も、タイのビールのCMポスターで可成りきわどく裸体を剥き出していたのが問題になった。タックは、ヌードになること自体に拘りはないようだ。

 映画的には、最後に、ファークが、軍隊経験もあるので、校長や男達に報復するという手もあったろう。でないと、救いが無さ過ぎる様にも思える。それは、又、ホラー映画の常套でもある。が、しかし、彼は仏門に身を置き、長年村民に仏教を説いてきた経緯があるので、やはり、タイ的には、有り得ない方途のようだ。それに、これはホラーではない。
 
 でも、これは現実主義の様に見えて、実は(現実)秩序主義に拝跪した際物と謂えなくもない。つまり、虐げられた者や少数者には、何としても死んで貰わないと困ってしまう、という構造。
 頂度、散々いじめられ続けてきた者が、ある日、堪忍袋の緒を切って爆発し、報復するって単純力学を忌み指弾する構造。つまり、多数がいじめる分には、例え被害者が虐殺されようが死のうが如何でも好いが、被害者が加害者に報復することだけは断じて許さないというこの日本を始めとする世界中に、否、グローバル化され世界秩序と化してしまった今日的状況。
 日本のマスコミの十八番でもある。つまり、被害者は、悶々として圧殺された日々を過すか、自殺でもして貰わないと困るらしいし、実際彼等は権力共々それ以外であったことはなかった。タイも如何やらそうらしい。相も変わらず、権力ゲームに余念がないようだし。
 
  ファーク  ピティサック・ヤムナーノン
 ソムソン  ボンコット・コンマライ

 監督    パンタム・トンサン
 脚本    チャート・コーブチット
       パンタム・トンサン
 挿入歌   "バーン・クライ・リアン・キエン"
                タイ・タナウット&チャーイ・ムアンシン
       "アーライ・ラック"
         チャリントル・ナンタナコーン&マーシャ

 制作 グラミー・ピクチャー 2004年

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