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2008年10月 5日 (日)

バイヨン・パーニック   カンボジアのフリー雑誌

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  カンボジアの首府プノンペンのキャピトル・レストランじゃ、落書帳に近い"情報ノート"でなければ少年・少女が売りに来る日刊紙"カンボジアン・デイリー"そして店の一角にポンと積まれたフリー(無料)雑誌"バイヨン・パーニック"(英語)が数少ない文字情報媒体であった。大部過って、趣旨の定かならぬフリーの日本語紙"龍包"も見掛けるようになった。

 "情報"誌というにはほど遠い代物ではあるが、"バイヨン・パーニック"は、天井ファンが熱気を掻き混ぜる下で、シクロやバイ・タク、荷物を満載したピックアップ・トラック、乗用車の群れが通りを白煙蹴立てて立ち往生の渋滞を眺めるのに飽きた時なんか、ちょっと眺めるのに調度好いファラン(白人)輩のご満悦と飲み屋の宣伝ばかりの雑誌であった。
 モーター・スポーツが連中の好みらしく、毎号載っていた。

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  1999年の2月号では、前年末に開催された"アジア大会"に続いて同じバンコクで行われた"身障者"の大会の記事が表紙と冒頭を飾っていた。如何にも、地雷の国・カンボジアってところで、この頃は、まだ町中にいっぱい片脚や両脚を失った男達が居て、戦争・内戦の後遺症として風物詩と化していた。嫌でも馴染んでしまい、やはり、彼等の誰かが競技会に出たのであれば、つい応援したくなってしまう。この大会では、銀・銅メダルを獲得したという。
 今度の北京でのパラリンピックじや随分ハイテク化して後進国・貧乏国は蚊帳の外になってしまったのか。カンボジアの選手達が如何だったのだろう。隣国タイの方は金メダルも銀メダルも取ったようだ。やはり、ハイテクだからか。貧乏国はローテクのマン・パワーだけでプレイするしかないんだろう。でも、順位やメダルに拘っても仕方ないのも事実。精一杯やればいいだけで、順位は単なる結果に過ぎない。この本末転倒が全ての禍の基。

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