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2008年11月26日 (水)

プシュカル(3) ラングールの楽園

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  プシュカルには牛や猿は当然としてロバもラクダもピーコックも禿鷲も居る。湖のガートには鳩が飛び交い銀毛に黒面のラングール猿も群れなし跋扈していて、巡礼や観光客にバナナを持ち切れないほど貰っている。日本猿風の赤顔のバンダル猿は、専ら民家の屋根やテラスを徘徊し飛び跳ね、バナラシー同様、住民の怨嗟の的となり追い払われることしきり。
 
 西遊記の孫悟空は金絲猴だという説もあるが、確かに大きさや挿絵から判断すると、日本にも居る赤猿の類とは些か趣を異にして、ちょっとカラフルで神秘的な相貌の金絲猴は申し分ないのかも知れない。孫行者も道教では”斉天大聖”という神格を有しているけど、ルーツはヒンドゥーの神様で、ラーマ王子の忠臣でもあるハヌマーンって話もよく聞く。
 忠犬ならぬ忠猿ハヌマーンよりも、天界に居並ぶ神様や釈迦や菩薩なんぞ歯牙にもかけず狼藉無頼・天衣無縫の、しかし、老子や南海の観音菩薩に正に嵌められてしまい、三蔵と伴に西方取経に赴かされてしまった我等が孫悟空の方が小気味いいし親しみ易い。尤もハヌマーンもヒンドィーの人々にはとっては同様に親しみ易い存在ではあるようだが。
 で、このハヌマーンのモデル(?)は、やっぱり、大人しいけれど親しみ易いラングールよりも、あのハヌマーンのごっつい体型からみても、住民に毛嫌いされ憎まれ犬まで放たれている赤猿のバンダルとみるのが妥当だろう。

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 今はもう無くなってしまったが、ガート沿いの少し出っ張った小さな白塗りの建物の屋根のない二階にオープンの”サンライズ・カフェ”があった。狭いところでテーブルも幾らもなかったけど、ガートの見晴らしが好いので特に朝方頻繁に通った。しかし、そこは丁度ラングール達が橋の背後の森から現れガート入口でバナナを貰いに行くルートのど真ん中に位置していて、トーストやチャイで朝食を食べている最中に、狭い路地を飛び越えてテーブル脇の低い塀から真っ黒い顔を突き出し現れるのだ。大抵のラングールは煉瓦一枚くらいの狭い塀の上をガート寄りに迂回してゆっくり通ってゆくが、何匹かは、すぐ目の前にあるテーブルの上の食べ物にじっと見入ったりし、サッと取って行くのも居るけど、こっちがトーストやバナナを千切って手渡してやると受取って食べるのも居る。稀にバンダルが物凄い音を立てて飛びつき、如何にも敵意むき出しの赤ら顔を現わしたりすることがある。グッと果物やなんかを暴力的に鷲掴かみにし廻りの物をひっくり返したりするので、下で料理を作ったりしているまだ若い店員にすぐ分かり、急いで長い棒を持って階段を駆け上がってくる。ふと笑い声に背後を振り返ると、後ろの建物の屋上にある”レインボウ・レストラン”の髭のマネージャーがニヤニヤしながら覗きこんでいた。

 ある時、泊っているホテルの屋上からすぐ近くの建物の屋上に赤毛のバンダルの四匹の母子連れの姿が見えた。屋上にレストランがあり、よく見るとそのレストランのキャンバス地のテントがビリビリに裂けていた。店の者が竿で追い払っていたけど、彼の話ではバンダルは凶暴で人間を引っ掻いたりするという。屋上に犬を放している家もある。片手の先が無くなっているバンダルを見たことがあったが、ひょっとして犬に食い千切られたのかも知れなかった。
その母子猿達は他の民家の屋上に移動していった。その屋上の床に蒲団がほしてあり、早速猿達は布団を代わる代わる引き裂き始めた。あるいは引き裂いた布団の中に潜り込んだりしながら。母猿の方は少し上に備えてあった水タンクの重そうな石蓋を手で開け、上体を中に突っ込んで水を飲んでいた。利口というかのか器用というのか・・・。

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ある時、屋上で、店で買ったパックのケーキとチャイで昼食していると、隣の建物の屋上の塀の上に一匹の大きなラングールが坐っていた。僕の居た屋上より一階分低かったが、ふとラングールと目が会ってしまった。暫くは僕がビニールの包装紙をバリバリいわせながら食べているのをチラッ、チラッと顔を向けて見遣っていたのが、やがて周囲をキョロキョロし始めた。瞬間、こっちに辿り着くルートを捜しているんだとピンと来て、焦ってしまった。でも、幾らなんでも思い過ごしじゃないかと自分に言い聞かせているうち、ラングールはゆっくりと塀の端っこまで歩きピタリと止まった。三階のこっちとの間合いを計っている様子だった。と、ポンッ!と大きくジャンプし、こっちの建物に飛び移った。そして銀色に輝く身体を伸ばしながら階段を上り、塀の上に登って僕の前まで遣って来た。思ったより大きくて気後れしてしまった。それでも、それなりの期待感を抱いてわざわざ隣の建物から遣ってきて塀の上に大人しく単座したラングールを前にしては無下にも出来ず、ケーキを一切れ塀の上に置いてやった。黒く長い手で取り口へ運んだ。バンダルの如くいぎたなくガツガツ喰らうのではなく、上品に口に運ぶその仕草は人間と全く同じであった。まだ半分片手に握っているのに、もう片方の手も差し出してきた。今度は直接手に渡してやった。早速口に運んだのはいいが、その内、突然一声叫んだ。何事かと驚いてしまった。ふと、目の端に何かの影が見えたのでそっちに振り向くと、何とそのラングールがさっきまで居た隣の屋上に他のラングール達が次々と姿を現し始めているではないか。ええっ、こりゃまずい等と思っている間に、スタスタと同じコースを辿って皆僕の前に遣って来た。周囲は物欲しげなラングール達で埋まり、仕方なく、残り少なくなったケーキをチビチビと千切りながら振舞う他なかった。ラングールだから出来たことで、これがバンダルだったらとっくに逃げ出していたろう。

 プシュカル・パレスへ向かう途中、ある民家の玄関の前に一匹のラングールが脚を揃えて坐っていた。よく見ると目が不自由のようで、オレンジを一個遣ろうとしたが分からないようで直接手に握らせてやった。帰りに寄ってみると、老人が餌をやっている最中だった。老人に呼ばれ傍へ行くと、そのラングールは両目とも視力を失っていた。ゴパールという名前のその猿は、小さい時から目が見えなかったという。

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 サンセット・カフェと真反対の比較的人影の疎らなガートの方にラングールの群れを見つけたので行ってみると、あちこち遊び戯れながら時計廻りに入口側に向かうところだった。ここで面白い習性を発見した。雄雌は定かじゃなかったけど、何故か片方だけが相手を軽く抱く仕草をするのだ。一種の求愛行為なのか。これは中々面白かった。

 これは習性としてまだ一般化されてないと思うのだが、ブラフマー寺院前の角の野菜売りやサドゥーの溜まり場の一角で、群れたラングール達が巡礼客達に貰った木の実や大きなバナナをムシャムシャ食べていた。両手に持ちきれないぐらいバナナを抱えたのも居れば、口の中いっぱいに頬張っているのも居た。子猿達は木の上から降りてこず、下に降りて来ているのは大人の猿ばかりであった。そんな中、ある一匹の雌猿が、女の巡礼客が大きな木の実を遣ろうとしても手を出さなかった。別に両手にいっぱい抱えている訳でもなかったのに。
 その巡礼が遣ろうとすると、その雌ラングールは、何度も首を横に振って断っていた。他の客達がそれを見て大笑いしていたが、考えてみれば、猿が首を横に振って断りの意思表示をするなんて初めてで、そんなことあり得るのかと思わず自分の目を疑ってしまった。しかし、そのラングール、客が押し付けようとすると何度も同じ仕草を繰り返していた。
最近、テレビで、ある特定地域の猿達が道具を使い始めたって番組やっていたけど、この”断り猿”も、プシュカルのラングールの中で厳密に一番最初かどうかは定かでないけど、人間と同様首を横に振って”断る”という意思表示をした最初の猿なのかも知れない。その仕草=意思表示が、一つの習性として他の群れに浸透してゆくかどうかも不明だけど、やがて群れからプシュカル中の猿に拡がる可能性もなくはない。只、道具の使用はすこぶる実作業的・実生活的で模倣性も高いだろうが、”否”ノンという心理的・生理的な仕草の場合果たして如何だろう。

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