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2008年11月14日 (金)

HUM ボンベイ 1991

   Hum_0   

   

   “ジュマ チュマ デデー、ジュマ チュマ デデー チュマー

 デリーのコンノートやメイン・バザール(パハール・ガンジ)の雑踏に軽快なリズムに乗って流れていたこの曲。’91年のメガ・ヒット、

アミターブ・バッチャン主演《HUM》のテーマ曲で、この頃はまだ曲の息が長くて、ナマスカールで始まるアルカ・ヤグニクの唄うマドウーリ・デキシットの映画《TEZAAB》のエーク・ドー・ティンやシュリ・デェヴィのチャンドニーなんかも流れていたような記憶があるが如何だろう。‘92年のアヨデヤ事件の起こる直前であった。

 バッチャンが議員等の政治活動から足を洗い漸く映画界に復帰したばかりの頃の作品。このHUM》は大ヒットしたがその後今一で、この年のシュリ・デヴイと共演した《Khuda Gawah》を最後に再び活動休止状態に入ったらしい。さしものボリウッドの影帝(サルカール)も、如何にもスランプから容易に抜け出せなかったようだ。

 ボンベイ・・・のナレーションで始まるこの映画、本当の処は如何だか定かでないけど、僕はF・コッポラの《地獄の黙示録》の冒頭のナレーションサイゴン・・・シィット!”を直ぐに想起した。

 当時は、ラジーニカントが南インドで燦然と輝く影王(マハーラージ)とは露知らず、何故クレジットで、あのアミターブですらそのままなのに、今一冴えない親父がスーパースターなんて仰々しい音楽と冠詞が附けられているんだろうと不思議に思った。後年、日本でインド映画ブームが起こって、漸く事の真相を知るに至った。因みに、南を廻った時にマドラスで観たのは、もう一人の南の雄モハンラルのアクション物であった。マドラスはデリーやカルカッタなんかに較べて映画館が綺麗で設備も好く感心してしまったが、広いスクリーンで小太りの如何にも恰幅の好い髭親父が、今二ぐらいのブルース・リー風アクションを当時としては可成り精彩な画像で披瀝しているのだった。何かそれは南の余裕とでもいったものを感じさせた。

現在は如何知らないけど、当時は、マドラスからどっちの方面に行くにしろ中々列車のチケットが取りづらく、一週間待ちがザラで、うんざりしている旅行者が多かった。ある日本人青年なんかは、

「こんな退屈な処に一週間も居なければならないんですよ・・・」

と、殆ど泣きっ面であった。僕は映画館が多いので片っ端から観れるとむしろ喜んでいたけど。

Hum_a1

ボンベイの波止場、そこで働く荷役労働者達を搾取し続けてきた顔役バクタワール。タイガー(アミターブ・バッチャン)は、その下で、労働者達から更にピンハネする集金係をしていた。父親もバクタワールの下で長年用心棒として働いてきた。波止場近くのスラムに、他の労働者達と同様、家族と一緒住まっていた。貧しいながらも、両親とクマールとヴィジェイという小さな弟達とつましいくも仲睦ましく生きていた。

先で成長して警部となったクマールを演ずるラジーニカントに合わせて、少年時のクマールに、ラジーニカントの十八番の手で飛ばした煙草を口に銜える仕草を演らせているのが笑わせる。

ある日、タイガーの彼女のジュマの兄であり、彼の友人でもあるゴンザルヴェスが待遇改善を求めて抗議のデモを他の荷役労働者達と始め、バクタワールの邸まで押し掛けてきた。バクタワールは、これでも喰らえとばかり窓から札束を投げる。ルピー札が風に舞いながら降ってくると、デモの参加者達は我先に札を掴み始め、抗議も何もすっ飛んでしまう。バクタワールは窓から呵々大笑。

それでも、バクタワールは安心できず、目の上の瘤のゴンザルヴェスを、タイガーが邪魔したため一度失敗するが、手下輩には任せられぬとばかり自分でナイフで刺し殺す。それを知ったタイガーは爆発し、バクタワールに報復しに一人大きなナイフを片手にバクタワールの邸に押し掛け、配下の者達と乱闘になる。

そのどさくさに紛れ、いつもバクタワールに媚びへつらっていた警部のギルダールは、傍に居たバクタワールの妻と子供達を焼き殺し、以前から狙っていたバクタワールの金庫の金を奪い、その上、バクタワールを逮捕し投獄してしまう。タイガーは小さな弟二人とジュマを連れてボンベイから逃れようとするが、ジュマは身を引き、タイガー達だけを逃れさせる。

そして、舞台はすっかり成長した二人の弟、警部となった上のクマールの嫁と小さな娘、そしてすっかり温厚な紳士となったタイガー達の住まう瀟洒な一軒家。家族団欒楽しく暮らしていたのだが、出獄したバクタワールが、タイガーが自分の妻子を殺したと勘違いしていて、復讐のためクマールの妻と娘を誘拐させる。再びタイガーは、成長した二人の弟と共に、ボンベイに戻ることとなる。

そこで女優となっていたジュマと再会。そして、バクタワールやギルダールの一味と大乱闘を繰り広げ、二人を助け出す。()

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  ストーリー自体は単純だけど、最初のボンベイの波止場の映像が結構凝っていて見させる。タイガーとジュマそして男達の群舞が圧巻。これを外すとこの映画随分と白けた物になってしまうに違いないし、この映画のエッセンスがここに凝集している。

このジュマ チュマ デデー、タイガーがボンベイに戻ってきて女優となっていたジュマと再会した時、映画撮影の中での曲としてもう一度流れる。

 で、この曲、実は’90年のジータンドラやサンジェイ・ダッド、マドゥーリ・デキシット主演の《Thanedaar》の中の曲タマ タマ ロゲーと同じで、マドーリとサンジェイ・ダッドが踊るタマ タマ ロゲーの方が一年早い。両方とも、中々乗りが好く、今YOU TUBEなんかで聴いてても全然悪くない。作曲者が同じなんだろうが、それぞれ素晴らしい。

 実は、しかし、この曲、導入部が’87年アフリカのモリー・カンテのアルバム《Akwaba Beach》の中の”Yeke  Yeke”と完全に同じなのだ。このエケエケ、僕は知らなかったが、当時世界的ヒットしたらく、アフリカン風に全く乗りが好い。イントロと本曲部分は随分と違っていて、ボリウッド側が”Yeke  Yeke”の曲自体を剽窃したって断言するには些か問題がある気がする。イントロ部分だけを使っただけで曲自体は別物。それでも、例えイントロであっても全く同じなので、やはりその誹りは免れないのかも知れない。

ところが、曲自体をコピーしているのが、南のテルグ映画《Pellikala  Vechesinde》。インターネットで聴いてみたら、正にそのもの。さすがに、インドと雖も、もうそんな事は出来ないだろうが、大らかなあの当時だったから可能だったのだろう。

HUMにはもう一つ本来はこっちがテーマ・ソングなのだろうが、

“Ek  Doosre Se”という曲がある。ドメスティックな曲だが、これもモリー・カンテの《Akwaba Beach》の”Inch-Allah”のイントロが同じで、この世界的ヒット・アルバムを実に効率よく?流用している。

男っぽいバッチャンの魅力満開ってところだが、ラジーニカントとゴビンダの二人も加わって正に豪華キャストの趣き。女優の方はさっぱり知らないが、敵役のバクタワール役のダニー・デンゾンパ、バッチャンの映画にはよく出るみたいだけど、ブラッド・ピットの《セブン・イヤー・イン・チベット》に出演したようだ。シッキムの出身で本名はツェリン・ピンツォ。チベット系だろう。ネパールの映画でも活躍しているらしい。

Hum_a3

 

  “Jumma Chumma De De”

                  Sudesh Bhosle,Kavita Krishnamirthy

    “Ek Doorse Se”

                  Udit Narayan,Sudesh Bhosle,Mohammad Aziz

    “Sanam Mere Sanam”

                  Amit Kumar,Alka Yagnik 

タイガー   アミターブ・バッチャン

クマール   ラジーニカント

ヴイジェイ  ゴビンダ

ジュマ    キミー・カトカル

アートリ   ディーパ・サヒ

バクタワール ダニー・デンゾンパ

警部ギルダル アヌパム・ケル

監督 ムクルS アナンダ

脚本 ラヴィ・カプール

音楽 ラクシュミカント・ピアレラル

制作 ロメシュ・フィルム  1991年制作

 

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