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2008年11月 8日 (土)

プシュカル   ブラフマーの聖地

 

Pushkar_10v_2

 前日夜の十時に、(オールド)デリー駅の端の17、18番ホ

ームから、アジメール行きの列車Ahamedabad Ma

ilに乗った。2nd Sleeperで103ルピー。

列車は通路側の座席のない普通よりもちょっと狭い狭軌スモー

ル・レンジで、翌朝の八時十五分に到着。バスでブシュカルま

で三十分で3.5ルピー。

 

僕が始めてブシュカルを訪れたのは1992年の暮れ、新年

をこのラジャスターン砂漠のオアシスの町で迎えようとしたか

らだった。アジメールとブシュカルを隔てる低い山脈は、表面

にちょこちょこ草の生えた岩山で、ラクダを思わせた。町外れ

のホワイトハウス・ホテルに泊まる。シングル(30Rs)は駄目で

ベッドがあるだけのダブル(60Rs)。家族的ではあるのだろうが、

客に応対するのがやたら若い連中ばかりで、ちょっと執こく又

セコかったので二度と泊まることはなかった。

 Pushkar_3v

 ここはやはりブシュカル湖(ブラフマ・プシュカル湖Brahma

Pushkari)に尽きる。

 周辺の砂漠やオールド・ブシュカルなんかも想像力を掻き立て

るけど、やはりこの白い寺院・祠堂に囲まれた小さな湖に尽きる。

 だから宿もガート沿がベストだろう。嘗て藤原新也が泊まって

いたようなまだ古えの香りが残っている事はもはやあり得ないが、

それでも建物自体も歴史があり、世俗的な”Paheli”なんぞを越

えて、すっかりバラフマーやヴイシュヌ、ハヌマーンなんかが通

り過がる遙か古代の黎明世界にイマジネーションを馳せることが

できる。

 Pushkar_2v

ブシュカルはインドでも少ないらしい宇宙神ブラフマーを祀っ

た聖地で、巡礼宿ダラムシヤーラーも多くサドゥーも結構多い。

 だからか挨拶はナマステよりもラム、ラムが頻()

聞かれる。

ミニ・バスなんかで遣ってきた団体の巡礼達は、バスの周辺で

煮炊きして食べる自炊が基本のようで、夕方等道路いっぱい足の

踏み場もないくらいに一斉に自炊を始める。さすがはインドと思

わせる。そんな巡礼達と門前町を一緒に散策し行き止まりのブラ

フマー寺院まで漫ろ歩いてゆくのも一つの風情。

 Pushkar_5v

ここは聖地故にヴェジタリアンの町で卵すら口に出来ない。

 コンチネンタル・レストランでもスパゲティーやベイクド・ポ

テトなんかが好いところ。それでも、ファラン(白人)客が多いか

らか、暗くなってくるとケーキやパイを積んだ屋台車があっちこ

っちに現れる。バナナ・ケーキ(10Rs)を買ってみたが味も悪くはな

かった。

 ガートの橋側にあるアシュラムの隣の比較的静かな茂みのある

辺りに、二度目に訪れた時にはもうなくなっていたけど、椅子だ

け並べた小さなチャイ屋があって、肩から紐を掛けた一人のブラ

フマンがやっていた。

「家もなく貧しいのはカルマのせいだ」

と嘆いてみせた。カースト的には最高位の階級にも拘わらず。そ

ういえば、プーリーのサンタナ・ロッジもブラフマン家系だった

か。

 ここの砂漠の砂は肌理が細かく殆ど粉末状なので、持って帰っ

て中々落ちないホーロー・カップの汚れ落としに使ってみたら、

効果抜群で簡単に落ちてしまった。粉末状なのでホーローを傷つ

けることもなかった。ブシュカルを出るとき、袋に詰め込んで持

ち出し汚れ落としに重宝した。

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