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2008年11月30日 (日)

シャヒード  インド独立の彗星・バガット・シン

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  1931年3月23日、大英帝国植民地化のインド・ラホールの中央刑務所で、インド独立運動の闘士バガット・シン、ラジグル、スクデヴの三人が処刑された。
 
 三十年代といえば、スペインや中国始め世界中で、反植民地闘争や独立運動あるいは革命運動が燎原の火のように燃え広がっていた時節だが、我等がインド亜大陸においてはガンジーの非暴力直接行動の運動がインド中を席巻する中、血気にはやる若者達の武装闘争も盛んだったようだ。
 1965年制作のマノージュ・クマール主演《SHAHEED》は、そんな若い反英独立・革命運動の先鋭的な若者達の彗星のように散っていった姿を描いている。
 "シャヒード"とは、殉教の意味で、元々リーダー的存在だった青年バガット・シンは、初期の頃は、ガンジーの非暴力的運動に共感し参加していたらしい。それでも、やがて銃や爆弾なんかの武力を行使する直接行動に走り始めたのは、当時の高名な独立運動のリーダー、ララ・ラジパット・ライが1928年ラホールでの非暴力のデモストレーション中に英国警官達に警棒でめった打ちにされ、それが元で翌月死亡したのが直接の原因という。
 同じデモに参加していてその光景を目撃していたバカッド・シン達は、早速報復行動に出た。ララを死に至らしめた英国警官の責任者を警察署前で射殺。実際には、狙っていた人物ではなく副官だったらしい。直後、シーク教徒の代名詞の長髪や髭を短く切って変装し身を隠し潜伏することとなった。ポスターの帽子にキザな鼻髭スタイルはその時のもの。尤も、バカッド・シン自身は無神論者だったらしいので、シークの宗教的しきたりなんぞ簡単に放棄出来たのであろう。

 翌年春、今度はバトゥケシュワル・ダットと二人で、国会議事堂の中で爆弾を投げ、"インケラーブ・ジンダーバード!"(革命万歳)と叫びながらリーフレットを撒く決死の行動に出た。元々プロパガンダとしてのデモストレーションとして殺傷性のない爆弾を使ったので死傷者は出なかった。駆けつけた警察に逮捕されるのも予定の内。今度は法廷闘争を繰り広げ、やがて他の同志達も次々に捕縛され収監されると獄中闘争を始め出す。英植民地官憲によって毎日の如く拷問が執拗に打ち続けられる中、余りの粗食に63日にも及ぶハンガーストライキにまで発展。結局、英当局は折れざるをえなかった。
 それでも、英当局としては何としても独立運動を封じるため、
警察副官J.P.サウンダーズ殺害の件で、バカッド・シン、シヴァラム・ラジグル、スクデヴ・タパルの三人を絞首刑に処した。おまけに、極秘裏に彼等の屍体を近くの河原で荼毘に付してまったという。
 実際には、三人は完全に死なない内に、ラホール・カントンメントの秘密の場所に運び込まれ、サウンダーズの家族に銃殺された可能性が強いらしい。何処の権力も遣る事は似たり寄ったり。おぞましく且つ姑息極まり底。

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  この白黒映画、モノクロ故の迫力があるが、それでもやっぱりボリウッド映画で、ミュージカル・シーンも沢山ある。主演のマノージュ・クマールも蝋燭の炎に自らの掌を翳しながら延々と歌い続けたりもする。自らの独立・革命への意志の強固さを現しているのだろうけど、些か時代がかった演出。  2002年作品ボビー・デオール主演の《23rd March 1931:Shaheed》は、殆どこの映画をそのまま踏襲したリメイクだけど、やはりここの場面も同様。それ故、実際に彼がそんな挙に若気の至りで出てた可能性もあるのかも知れない。唯一違うのは、《SHAHEED》の方は延々とだが、デオールの方は、チャンドラシェカル・アザド役の親父・ソニー・デオールが途中で拳銃で蝋燭の炎を撃ち消してしまうところだろうか。マッチョ派のソニー・デオールには、おあつらい向きの武闘派チャンドラシェカル・アザドだが、映画の中でも公園で格好良く警官隊と銃撃戦を繰り広げ、最後に一発だけ残った銃弾を己のこめかみに撃ち込んで自殺する。警官隊が彼の屍体の周りに立って、よく英国植民地主義者達が猟で仕留めた虎と一緒に写るように、記念写真を撮る場面がある。しかし、これは史実のようだ。
 
 白黒でひたすら英雄達のスローガン連呼ばかりじゃ色気が無さ過ぎるとばかりに女達の群舞シーンが一カ所だけ申し訳程度に挿入されてるけど、悪くはない。この時代の特徴か、画面いっぱいの顔の大写しもあって面白い。デオールの方は、アイシュラワヤ・ライが踊っていた。やっぱり精細なカラーのサリー姿の群舞は映える。
 他にもう一つ、アジェイ・デヴガーンの《The Legend of The Bhagat Singh》があるがこっちは未見。
 
 バガット・シンは本来はシークなのだが、思想的には自由主義的な社会主義者だったようだ。24歳の若さで刑死し、インド独立運動の偉大な革命家となってしまい、現在でも、英雄として崇拝されているようだ。
 2004年に、パキスタンのラホールで、彼等の七十三回忌のセレモニーがあった折、インドからバガット・シンの甥のキラン・ジート・シンやあのトロツキーの孫のエステウェン・ヴォルコフまでが招聘され、地元のバキの国会議員なんかも参加して開催されたという。

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  主演のマノージュ・クマール、当時はMr.バーラト(ミスター・インド)と呼ばれていたくらいの所謂"愛国映画"のヒーローだったようだ。この映画も、インドが独立してから十年以上も過ぎてからのものなので、典型的な愛国映画であろう。後期にはバッチャンなんかと共演したりもしてるらしい。

 独立後、インドもパキスタンも、今度は自らの国で辺境の独立運動・民族紛争に当面し苦慮している。最近のムンバイでのイスラム過激派のテロ事件等の宗教・社会問題が更にそれを複雑にしてしまっている。嘗て自由と独立を唱え戦い取ったはずの者達が、今度は、逆に同じスローガンを叫んでいる者達を、弾圧し抑圧している。それはインドだけに限らず、隣国中国でも同様。
 単純に横並びに独立しただけなんで本当の意味で独立は出来てなく、同じ構造を引きずっている限り英国始め他の欧米列強と同じ事を繰り返すばかり。そしてそれは又世界中で果てしなく繰り返されてもいる。ほんの一センチの飛躍すら出来ぬままに。
  
監督 S.ラム・シャルマ
脚本 B.S.グラード
      ヴィシュヌ・クマール・シン
音楽 プレム・ダワン
制作 ケワル・P・カシャップ 1965年作品

マノージュ・クマール  バガッド・シン
プレム・チョプラ        スクデヴ・タパル
マダン・プリー     所長
ニルパ・ロイ
カミニ・カウシャル

Shaheed04

   チャンドラシェカル・アザドの死体                       バガット・シン                

Shaheedoo

Shaheed05

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