« プシュカル(2) | トップページ | プシュカル(3) ラングールの楽園 »

2008年11月22日 (土)

萬暦の東方不敗  《笑傲江湖》Swordsman 2

  1

 

  この明朝萬暦二十二年の武侠故事、一体何処で初めて観たのか記憶を巡らせてみても甚だ曖昧で、如何も国内ではなく、烟煙濛々たる中国のビデオ映画屋か、ギンギンに冷房の効いたプノンペンのビデオ映画屋か恐らくこのどっちかだと思う。あるいは、ひょっとしてバンコクの映画館で観た可能性も捨てきれない。

 ツイ・ハークのこの《笑傲江湖》シリーズの中で、この《東方不敗》が一番面白い。

 やはり、何といっても令狐冲役にジェット・リーが出ているからでもあるが、凛々しい台湾女優ブリジット・リンが東方不敗を演じているのも大きい。この両者が複合し更に相乗効果を挙げたのであろう。臥虎蔵龍 グリーン・ディストニー》以来、章子怡が凛々しい娘傑のお株をすっかり奪った感じだけど、やはり台湾女優倩女幽魂 チャイニーズ・ゴーストストーリー》の王祖賢ジョイ・ウォンなんかと同様、南方的に黒々と燦やく瞳と眉の独特な魅力の《娘子軍》剣士然とした雰囲気は、章子怡チャン・ツイーには備わっていない。

 映画なんで当然、金庸の原作《秘曲 笑傲江湖》とは随分異なり、その上この後の三作目の《東方不敗 風雲再起》では、ブリジット・リンの東方不敗が受けたからか、更に膨らまし、原作には全くない別伝・異伝って趣きに異化されている。

ツイ・ハーク、《黄飛鴻シリーズ》や《倩女幽魂 チャイニーズ・ゴーストストーリー》のシリーズ等とこの時期乗りに乗っている。武術指導が今を時めくチン・シウトン。荒唐無稽と奔放さは香港映画のエッセンス。日本の忍者物を完全に消化し独創化して完成させ、日本を遥かに追い抜いて世界に冠たるレベルにまで発展させて、嘗ての加工貿易国たる日本のお株を完全に奪ってしまった。カンフーやワイヤー・アクション、銃撃シーン等のアクションは、今や香港やタイの十八番になってしまった。

日本に残っているとすれば、所謂チャンバラ・シーンだが、チャン・イーモーの《英雄》なんか従来の香港・中国映画の軽妙な剣戟シーンばかりでなく、嘗ての日本の時代劇の剣戟を上手く消化した上での展開と謂えよう。それに当の日本の時代映画自身、黒沢明や《三匹の侍》辺りで漸く切り開かれた些か事大主義的ではあるが、居合抜き的対峙、緊張の極致といった間と空間の剣戟が以降殆ど深化されることなく現在に至っていて、最後に残ったそんな日本風チャンバラすら香港・中国にお株を奪われてしまっている。金庸的世界にこれを使うと一層メリハリが出来映画自体に深みが出てくる。倉田保昭が日本の映画界は相も変わらずアクションを軽視し続けていると嘆き危惧するのも当然だろう。

2_2

萬暦年間、長年の明朝政府の少数民族に対する冷遇政策に否を唱え、明朝転覆を天下に白示した中国南部・ミャオ族の日月教。初代教主の任我行を捕え地下牢に封じ込め、彼の弟の東方不敗が教主となって、日月教も巨大な勢力となった。明政府が日本を制覇した豊臣政権と手を握ったのに対抗して、東方不敗は、反-豊臣勢力と盟約を結んだ。反-豊臣勢力は、倭寇として、中国南部の海上や開港都市で明政府艦船を襲い続けた。

ツイ・ハーク、忍者の服部半蔵や猿飛佐助をその反-豊臣勢力として登場させているけど、服部半蔵はまだしも猿飛佐助は豊臣側の真田幸村の家臣なんでそりゃ有り得ないだろうと小首を傾げてみても意味はない。歴史的詳細はともかく、ツイ・ハークが何としても登場させたかったのだろうから。猿飛は仲々巧くキャラクタライズされていると思うし、隊長格のレイ・チーホン演ずる服部半蔵も渋くそれなりに重みがある。ジェット・リーの 狐冲や東方不敗もちょっとだけど可也ブロークンな日本語を使っていて、中国人達から見れば如何か知らないが、これが何とも溌剌とした効果を挙げていて面白い。

因みに日本人は意外に理解してないようだけど、倭寇って当時、中国南部の人々から、その残虐さを恐れられていた存在らしい。

そんなミャオ族の日月教の本拠地に、約した一年振りの再会を果たしに前教主・任我行の娘・任盈盈の元に華山派剣術の 狐冲を頭とした華山派の総帥・岳不群の娘・霊珊を伴った一党が現れる。全員、長い争闘・殺戮に厭き、二度と剣を握ることはすまいと誓い、盈盈との再会を果たした後、牛背山に籠って隠遁生活を送るつもりであった。

が、事態は意表をついたものとなっていた。

日月教教主の娘であり壇主である盈盈達は、叔父である東方不敗に生命をすら狙われ、捕らわれた前教主の行方を捜している最中であった。一度は剣を捨てる誓いを立てた彼等であったが、事態の抜き差しならぬ進行に、否応なしに再び剣を取るざるを得なくなってしまう。

4_2

そんな熾烈な状況の中にあって、 狐冲は、ある妖しいまでの魅力を湛えた女と出遭う。彼が生命の次に大事にしている酒を零したその女の後を怒って追いかけ、逆に彼の粗末な酒と比較にならないくらいの美酒を与えられる。そして、その一瞬の齟齬から生じた触れ合いから互いに惹かれあってしまう。

しかし、その女こそ、実は盈盈の叔父であり、父・任我行の教主の座を奪い拉致した当の東方不敗であった。東方不敗が隠し持っていた秘書葵花宝典は、天下をも手中にし得る秘密の大気法が記された知る人ぞ知る涎唾の秘伝書であったのだ。但し、それを自らのものにしようとするには、先ず、気を漏らさぬという要訣なのか、己の男根の去勢が前提とされていた。元々、この書を書き残した体得者自身が宦官であったことによるのであろう。東方不敗は、あせって短絡的に己が男根を切り落してしまい、宦官である体得者の宦官性を超えて大気法を体得するという研究・研鑽を放棄してしまったようだ。そのために、身体が次第に女性化していっていた。

それでも、地下牢に幽閉されていた前教主を助け出してしまった 狐冲、一度だけ一夜を伴にしたのが本当に東方不敗なのかどうか、真偽を東方不敗に訊ねても、東方不敗は意味ありげに微笑むばかり。本当は彼の女の愛人に暗闇に乗じて相手させたに過ぎなかったが、令 狐冲の裏切りを許せず明かすことなく、前教主や娘の盈盈、 狐冲等の一斉攻撃に黒木崖から墜落してしまう。落下している時も、令 狐冲が生命を賭して助けようとするが、東方不敗は彼まで道連れにする気はなく、跳ね飛ばし自分だけ、奈落の底に落ちていった。男女性の揺らぐ妖しいこの恋愛沙汰は、ジェット・リーには似つかわしくないはずが、ブリジット・リンの演技と魅力と相まって意外にこのツイ・ハークの映画の中では違和感が感じられない。

ブリジット・リン、《北京ブルース》でツイ・ハークに男装の麗人なる冠詞を賜わり、天衣無縫・融通無碍に動き回り飛び跳ねるこの萬暦年間的故事では、水を獲た魚の如く正に面目躍如としている。そして次作の《東方不敗 風雲再起》では、ジョイ・ウォンと妖しげ同士の濡れ場まであって一層怪しく妖火に揺らぎ続けている。

6

 

奪還なった日月教の教主の座に再び戻った任我行は、しかし、もはや以前の彼ではなかった。信じていた、あるいは可愛がっていた配下の者達の悉くに裏切られ、地下牢に宙づりにされて幽閉されていたからだ。何人たりとも信じられなくなり、権力の定式=疑心暗鬼のチラチラとした熾火が任我行の心の中で燎原の炎の如く燃え上がってしまったのだ。次から次へと彼を裏切った者の処刑が始まった。この地へ踏み込んだがために令狐冲と岳霊珊の二人以外牛背山を前にしてあえなく全員死んでしまってすっかり塞ぎ込んでしまった二人の前に、任我行の娘・盈盈が慌てて現れ、今すぐこの地から去るように促した。教主の記した処刑者名簿に二人の名前が載っていたからだ。中国では危ないので、日本行きの船に乗るようにと二人を出発寸前の船まで案内する。令狐冲は盈盈にも咎が及んでくるかも知れないと一緒に船に乗流ように説得するが、教主の娘としてそれは出来ないと決然として否を言い、やがて遠ざかって行く船を見送り、処刑と疑心暗鬼の坩堝と化した日月教の居所に蕭々と戻って行く・・・ 

 

 令 狐冲        李連(ジェット・リー)

 東方不敗           林青霞 (ブリジット・リン)

  盈盈           関之琳 (ロザムンド・クワン)

 任 我行           任世官 (ヤン・サイクーン)

 岳 霊珊(ツァイツァイ) 李嘉欣 (ミシェル・リー)

 忍者・服部      李子雄 (レイ・チーホン)

 

 監督     程 小東 (チン・シウトン)

 制作・脚本  徐   (ツイ・ハーク)

 音楽     袁 卓凡 (リチャード・ユエン)

 撮影     劉 満棠 (トム・ラウ) 

 武術指導   程 小東・馬玉成・元彪

 制作  電影工作室     1991年作品

3

5

|

« プシュカル(2) | トップページ | プシュカル(3) ラングールの楽園 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« プシュカル(2) | トップページ | プシュカル(3) ラングールの楽園 »