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2008年12月 6日 (土)

紅色娘子軍 謝晋1960年

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   《文化大革命》が始まる以前、まだ比較的自由に映画が撮れた、中華人民共和国が建国されて十数年くらいの独立・革命の余燼が燻っていた頃、共産党的プロパガンダの枷は有りはしたものの、《紅色娘子軍》や《小刀会》なんかの面白い作品が作られていた。

 ツイ・ハークが拘わった音楽との関連で《小刀会》は以前触れたが、最近亡くなった謝晋監督の《紅色娘子軍》、これは1960年の作品で、数年後、現代芭蕾(バレー)劇として改編され上演。周恩来や毛沢東等も北京で観劇に訪れたという。むしろ後者の芭蕾劇の方が有名で、後、文革の鬼っ子・江青に干渉され登場人物の名前も変更を余儀なくされてしまい改編され、1970年に芭蕾劇版の映画も作られ、これが全国上映されたようだ。京劇版もあるという。最近も中国でテレビ映画化されたりバレーのステージ上で、当然今風に豪華な意匠の下に再演されている。
 一応映画の形は採っているとはいえあくまでバレー劇と、本来の映画じゃジャンルがそもそも違っているので、一緒くたに較べても意味はないけど、個人的には、着色写真みたいなポップな色彩のポスト・カードや写真が面白く一度は観てみたいと願っていた"幻"の映画である"革命的芭蕾劇"の映画版の方が思い入れも作用しているのか面白い。
 謝晋のは"映画"としてかっちりと造られてはいるが、中国舞劇団のバレー劇の方は、何と言っても躍動感に溢れていて、結局圧殺され潰え去ってしまったものであっても尚も底に沸々と脈打っている"革命"の息吹とも謂うべきものが感じられる。これはバレー(舞)の持つ直接性の故であろうか。それとも、共産党にねじ曲げられ権力内部抗争の道具と化されたものとは別の、そんな保守化し官僚化してしまった体制に"否"を云い"造反有理"を叫んだ若者達の本来の"文化大革命"のなけなしの一つの結晶なのであろうか。

 1930年代初頭に、中国南部の海南島で結成された実在の娘子軍をモデルにしているらしい。正式名は随分と長いので省略するが、長年、横暴・悪逆を極めた悪徳地主達に苦しめられてきた農民達の子女達の紅軍の傘下に組み込まれた組織。映画では、後に地主側に立った蒋介石の国民党軍とも戦うことになる。
 如何にも南方風に、皆下が半ズボンなのが好い。
 農民という設定でもあり、且つ作られた時代が時代だから、皆本物の農家の泥臭い娘達って感じが又リアル。只一人、主人公の瓊花の友人・紅蓮役の向梅だけがすらりとして洗練された顔立ちの到底農民の出とは思えない美形。これは、後に江青等に因縁をつけられた可能性も無きにしも非ず。皆が皆煤けた、たった今野良仕事から帰ってきたばかりの風体ばかりじゃ、と男・謝晋も救いを求めたのだろう。そして彼女だけが、他の部隊の男と恋仲になり子供まで身籠もって出産する。その相手も他の女達と同様小柄でずんぐりした親父風。でも、これは当時でなくても当たり前の、リアルな撮り方であろう。別に違和感は無い。 
 
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  村の娘・瓊花は、悪徳地主・南覇天のために親も家も奪われ、囚われて牢獄に放り込まれていたが従順でなく鞭打たれていた。そこに、紅軍(人民解放軍)の二人組の探索隊が変装して現れ、南覇天から彼女を貰い受ける。町の郊外に差し掛かると、彼女を解放した。別れ際、将校・洪常青が硬貨(映像が今一なので銅貨か銀貨か定かでないが、恐らく銀貨であろう)を四枚、無一文の瓊花に当座の資金にと渡す。生まれて初めて他人の温かい心に触れ、瓊花は信じられない想いと込み上げてくる嬉しさに思わず微笑み、知らず常青に仄かな憧れの念を抱く。このシーン、瓊花役の祝希娟の表情が好い。
 瓊花と別れた常青達は人里離れた林の中にあるアジトに向かった。そこは紅軍の根拠地で、南覇天一味を掃討し村の解放を計画していた。
 瓊花は一人放浪の途次、夜雨に遭いある一軒の粗末な農家の軒先で雨宿りしていると、見かねたその屋の女が中に招き入れ食べ物を与えた。そして互いの身の上話をする内意気投合してその家から二人して去って行く。
 朝になると、前を銃を担いだ紅色娘子軍の隊列が行進していて、早速二人も入隊をしようと何処までも隊列の尻にくっついて行った。と、そこへ紅軍の将校達が現れた。ふと見ると、件の瓊花を助けた常青が居るではないか。彼は娘子軍の責任者でもあったのだ。早速二人は紅色娘子軍に入隊が許された。                              
 訓練を受け銃の撃ち方も覚えたある日、瓊花と紅蓮は偵察に出た。と、そこで下の方で休憩中のあの恨み重なる南覇天一味を発見する。遠くではあっても南覇天の姿を見ているだけで怒りに打ち震えた瓊花は懐からモーゼル銃を取り出して狙おうとする。慌てて、偵察中に手を出してはいけないと紅蓮がたしなめてはみたものの、ふつふつと滾り溢れだした怒りと憎悪に囚われてしまった瓊花をもはや押し止めることが出来ず、林の陰から、射程の長いモーゼル銃で狙いを定め瓊花は乾坤の一発を放つ。弾丸は、駕篭の上にふんぞり返っていた南覇天の身体に見事命したものの生命には別状はなかった。一味は大騒ぎし始め、二人はその場を後にした。帰還するとすぐに娘子軍の上官や憧れの常青にすら非難されたしなめられてしまった。自分でも如何しようもなかった瓊花は涙を零しながら非難を甘んじて受ける他なかった。
 
 やがて、常青達と共に娘子軍は、南覇天一味の掃討作戦に着手することになり、先ず常青や瓊花達南覇天に面識のある者達だけが南覇天の邸に堂々と訪ねて行き寝泊まりする仕儀となった。夜陰に乗じ、一斉に攻撃を開始した。首尾良く南覇天一味を捕縛することに成功し、お決まりの三角帽を被らせ首から罪状を認めた札を下げさせ、通りを引き廻した。積年の恨みに堪えかねたように住民や農民達が我先に襲いかかった。さすがにこれでは南覇天達が殺されてしまうと常青達は住民達から南覇天達を引き戻しそれぞれの場所に監禁した。ところが、自邸に監禁された南覇天は隙を窺って勝手知った隠れ逃げ道から逃げ出してしまう。

 その内、船で蒋介石の国民党軍が大挙して現れ、南覇天が手引きして常青達紅軍と熾烈な戦闘を繰り広げることとなり、常青は銃弾に倒れ国民党軍側に捕らわれてしまう。しかし、余りの損害の大きさにうんざりした国民党軍は本部からの指令にそそくさとそこを後にし姿を消してしまった。常青は屈服を拒み結局南覇天一味に木に縛り付けられ焼き殺されてしまう。
 瓊花や娘子軍の面々は怒りも露わに男達と共に南覇天一味を襲った。国民党軍の居ない一味は脆く、あっという間に潰え去った。 再び捕らえられた南覇天は、瓊花に自害用の短剣を放り渡される。しかし、そんな度胸もなく、隙を窺って瓊花に短剣で襲いかかろうとして、見透かされていたように逆に瓊花にモーゼルで射殺されてしまう。焼き殺された常青への弔いの狙い澄ました一発であった。

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  リアリズム的なプロパガンダ臭さは如何ともし難いが、それはあくまで外的制約で、それでも悪くはないと思える一作だ。
 泥臭い瓊花だが、次第に彼女が解放・革命戦士としてあるいは人間的にも成長してゆく過程は理解できるが、やはり件の革命的芭蕾劇の方があらゆる面で直截でドラマチックに表現出来ていてどうしても遂比較してしまい印象が今ひとつ薄くなってしまう。逆に謂えば、その分、謝晋の方が嫌ったのか教条主義性が希薄ということにもなる。だから、この作品も、《小刀会》と同様、文革期であってみれば相当に非難・論難され、可成り改竄されるのでなければ日の目も見なかったであろう。
 謝晋自身、文革期に余儀なくされた彼のコテコテの教条主義的プロパガンダ映画を後年恥じ自らフィルムを葬ったという話も何処かで読んだ記憶がある。でも、一昔前、テレビでその文革期のフィルムのスチールだったかほんの一部だったかを見たことがあり、お決まりの燦然と光背を受けて"我等が偉大な毛沢東主席"が現れるシーンは僕的にはキッチュあるいはポップなまでに面白く、是非本編を観てみたいとあれこれ捜してみるんだけど容易にそのチャンスは訪れない。本当に謝晋、影帝となって全て葬り去ったのであろうか。
 芸術家としてプライドが許さないのかも知れないけど、僕は、様々な事情はあるだろうが、一端社会に、世に出してしまったものは、、良くも悪くも、もはや社会のものとなり、独自の価値・存在を有してしまい作家の手を離れるものだと思っているので、謝晋もそれを甘んじ、付言したいことがあれば付言すればいいだけのことと思う。
 尤も、世間にはそれを材料に謝晋をあしざまに非難する者も出てくるかも知れないし実際に居たんだろうが。戦前・戦中の日本がそうだった如く、それ以上に文革期は、同業者皆が厳しい目で視ているってこともあって、後の世代や外人達にはおよそ窺い知れない底深い怨嗟と軋轢、汚辱に満ち満ちたものであったのだろう。

 ツイ・ハークお気に入りの《小刀会》のテーマ曲とは趣を異にした、可成りプロパガンダ臭が強いがそれだけに勇ましい、王准作曲のテーマ曲、所謂"軍歌"とは一線を引く、あくまで解放・革命という主題の上のものだから聞いていても悪くはない。常青が焼殺された報を聞いて娘子軍の隊員達が弔い合戦宜しく決然として隊列を作って進行してゆく時にも唄われて、「チェンチン、チェンチン」とリフレインしているので何かと思って調べてみたら以下の通りであった。 
 
 【紅色娘子軍連歌】

 向前進 向前進
 戦士的 責任重
 婦女的 冤仇深

 古有花木蘭替父去従軍
 今有娘子軍 担銃為人民

 共産主義真党是領路人
 奴隷得翻身 奴隷得翻身

 上の"花木蘭替父"は、病床の父に替わって娘・花木蘭(ムーラン) が男装して従軍したという京劇の「花木蘭」の故事。
 
 因みに、瓊花役の祝希娟、この映画で一躍全国的なトップ・スターになったらしいが、もう一方の革命的芭蕾劇の方の常青を演じた劉慶棠も、舞台やこの芭蕾劇映画で有名になり、文革中は、江青に取り立てられたのか、大出世して中共第九回・第十回全国代表者大会(中国の国会)の代表に選ばれたりしていたのが、四人組・江青派が失脚すると、彼も逮捕され、懲役十七年の判決を受けたという。正に陳凱歌達の映画を観るような半生だ。
 

 監督 謝 晋
 撮影 沈西林
 作曲 王 准
 
 呉瓊花  祝希娟  
 洪常青  王心剛
 符紅蓮  向 梅
 南覇天  陳 強
 制作 上海天馬電影制片庁 1960年作品

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