« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月の7件の記事

2008年12月28日 (日)

シンドバッド七回目の航海

Singbad_7

   ちょっと旧いフレーズだけど、戦前の《キング・コング》と並んで"夢と冒険"映画の不滅の金字塔が、このハリーハウゼン特撮の《シンドバッドの七回目の航海》であろう。
 シンドバッド物自体はもっと古く、'47年にダグラス・フェアバンクスJrの《シンドバッドの冒険》がある。チャップリンと同期の彼の親父のダグラス・フェアバンクスにもシンドバッドではないが《バクダッドの盗賊》というサイレント映画がある。
 シンドバッドという言葉は"インドの風"という意味らしいが、この映画でも、シンドバッドの恋人のパリサ姫が"チャンドラ王国"というもろインド名の国のプリンセス。アラビアにインド、例えアラブに石油が出、インドを大英帝国が植民地としていたとしても、正に遙か遠い遠い異郷の幻想・アラビアン・ナイトの世界なのであった。湾岸戦争・イラク侵略戦争の昨今、さすがにもうそんな甘味な子供っぽい空想は白けてしまうが・・・否、逆に"だから"という論理と発想で、もはや地上に"秘境"の霧散した今日、一層"アラビア"ロマンに空想を逞しくするってのも有り得るのかも知れない。
 そういえば、2006年の中国映画《十三の桐》で、女子高生の主人公・風子が鬱屈した日常のふとした間隙に、窓の外に、ラクダに乗ったアラビアの王子様を幻視する場面があった。現代中国ですら、アラビアンナイトの世界が、遙か彼方に蜃気楼の如く揺らめいているのだ。

Singbad_2
 
 ハリーハウゼン、クレイ・フィギアーのストップモーション・アニメの特撮では有名で、東宝の《ゴジラ》にも影響を与えたらしい。最近DVD化された《クロバーフィールド》も、方式は違ってさすがにハイテクなのだろうが、影響は感じられ、イメージはより悪夢的になっていて、ポスト"9.11"的心象のシンボルとして歴史的地位をすら獲得した感がある。こうなってくると、もはや"夢とロマン"とは乖離した、ひたすらなる底なしの不安と悪夢そのものだ。
 
 夜闇の中を、シンドバッドの帆船が、慎重にゆっくりと進んでいた。やがて、前方に、幽かに未知の島影が見えてきた。錨を下ろし翌朝上陸することとなった。チャンドラ王国からパリサ姫を乗せてバクダッドへ戻る途中であった。
 朝、シンドバッドの一行は水と食料の確保のため島を探索した。
 しばらく進むと、断崖の下に大きな洞窟が見えてきた。と、突然、一人の黒い衣装を纏った男が現れ、血相を変え助けを求めながら走り寄ってきた。何事が起こったのか、と誰もが男の方を見遣ると、背後の大きな洞窟から、巨大な怪物が現れた。一つ眼の、馬のような二本足の巨獣サイクロポスであった。シンドバッド達は槍を投げつけ応戦したが、到底適う相手ではなかった。黒衣の男は、脇に抱えていたランプをこすって、ランプの精ジニーを呼び出し、サイクロポスを何とかしろと命ずる。暴力は使えないジニーであったが、サイクロポスの前に透明なバリアーを張って一行の退路を作った。全員、船に戻りさっさと錨をあげてその島を離れた。 船に戻る途中、サイクロポスが投げた巨岩の起こした波でボートが転覆し大事な魔法のランプを海中に落としてしまったその男・魔術師ソクラは、島に引き返すことを求めた。懐から、一掴みの光り輝く宝石をテーブルの上に並べて見せて。しかし、パリサ姫をバクダッドへ連れ帰る方が先決と、シンドバッドはきっぱり断った。

Singbad_6
 
 後はお決まりで、魔術師ソクラが奸知を働かせ、嫌でも島に戻るべき奸策を弄し、まんまとシンドバッドは罠に嵌ってしまい、件の島に戻ることに。しかし、ランプはシンドバッドの手中に入り、ランプの精ジニーとパリサ姫がジニーのランプからの解放を条件にランプの呪文を聞き出し、結局事を成就し、約束通り魔窟の地面の裂け目の底に赤々と燃えている劫火にランプを放り込んでしまう。
 サイクロポスを殺した魔術師ソクラの庭番怪獣・ドラゴンも、サイクロポス退治に造られた巨大な石弓で倒され、ソクラもその巨獣の下敷きになって死んでしまう。で、ジニーが最後の奉公とばかりに、島に隠されていた莫大な秘宝・財宝をシンドバッドの船室に移し、一行は晴れて一路バクダッドへと戻って行く。

Singbad_1

 
 ハリーハウゼンの"シンドバッド三部作"の一作目で、最後の三作目は、1977年の《シンドバッド虎の目大冒険》。
 主演のカーウィン・マシューズ、この後も、ハリーハウゼンとともに《ガリバーの大冒険》THE 3 WORLDS OF GULLIVER にも主演し、'64年には、《バンコ・バンコ作戦》というスパイ物にも主演したらしい。
 キャスリン・グラントの方は、'50年代を通じて有名男優と共演している。翌年には、ビクター・マチュア主演の《ビッグ・サーカス》に。ジニー役のリチヤード・エアーは'50年代の有名子役。

 シンドバッド   カーウィン・マシューズ
 パリサ姫     キャスリン・グラント
 ランプの精ジニー リチャード・エアー
 魔術師ソクラ   トリン・サッチャー
  
 監督    ネイザン・ジュラン
 脚本    ケネス・コルブ
 撮影        ウィルキー・クーパー
 音楽    バーナード・ハーマン
 特撮    レイ・ハリーハウゼン
 制作    コロンビア映画  1958年作品

Singbad_5_2

Singbad_3

Singbad_4

| | コメント (0)

2008年12月25日 (木)

ワールド・オブ・ライズ Body 0f Lies

   Wol_0

   ジョン・ウーの《レッドクリフ;三国志・赤壁の戦い》が陳腐な単なるスペクタクル・アクションでしかなく、おまけにメインの諸葛孔明、金城武じゃ十年早い。完全なミス・キャスト。若き日の三国志ならともかく。《地球が静止する日》も情けなかった。
 で、例によって男性千円の日の今日、今年最後の見納めとばかり、《ブラック・ダイアモンド》が面白かったのでデ・カプリオ主演ってことでそれなりの期待感をもって観てみた。
 冬休み初日で、寒い中、映画コンプレックスに学生達の姿少なくなかったけど、この《ワールド・オブ・ライズ》の会場には若い連中の姿は殆ど無く、年配者ばかり。確かに、他は若者向けの邦画しかないので、消去法的にここに集まってしまったのであろう。さすがに《おくりびと》はもう観たであろうし、終演してしまったようだ。
 
 昨年だったか、マイケル・マン制作の《キングダム》がアラブのテロリストと米国FBIの戦いをハリウッドお決まり的に描いていたけど、この《ワールド・オブ・ライズ》"詐瞞の世界"は、ジョージ・クルーニーの《シリアナ》並に可成りスリリングに仕上がっていて、以前同じリドリー・スコット監督が作った《ブラック・ホーク・ダウン》なんてゴミ映画と較べても遙かに上出来。
 ただ、それがないと映画じゃないみたいに、アラブ・ゲリラ(テロリスト)側の組織や指導者が、最後には必ず殺されたり捕まったりする非現実性を踏襲していたのが些か白けてしまう。幾らフィクションであっても、実-現実的な"政治的リアリティー"を求めていながら、肝心の所で、"遠山の金さん"じゃ何とも情けない。その点で、儲けるための映画ではないジョージ・クルーニーの《シリアナ》には及ばない。

Wol_1

 舞台は中東。
 最初はイラク。イスラム原理主義テロリスト組織の指導者・アル・サリームを狙っていたCIAエージェントのフェリス(デ・カプリオ)のアシスタント・バッサームに、組織から自爆テロを命じられ怯懦したニザールという男から情報提供のコンタクトがあった。フェリスはCIA本部の責任者・ホフマン(ラッセル・クロー)と携帯で連絡を取りながら行動し、アメリカに逃げたがっているニザールの保護を願い出る。しかし、ホフマンは拒否し、彼を泳がし誰に殺されるか確認しろと指示する。結局、仲間に拉致されそうになったニザールをフェリスは口封じに射殺する羽目に。
 やがて、彼等のアジトに二人で向かう運びとなった。1万2000メートル以上上空に待機している無人偵察機プレデターから、フェリス達の姿を高彩度の映像を本部に送信し続けるる。この無人偵察機RQ-1プレデターはミサイルも搭載可能で、米軍のイラク侵略の時にも実戦配備されていたという。

Wol_2
 
 《シリアナ》のラストで、シリアの王子の車をCIAのジョージ・クルーニーごと吹っ飛ばしたのも、恐らくこのプレデターであろう。昨年もっと高性能の改良型MQ-9リーパーも登場したらしい。当然、先で、この手の映画には登場することになるだろう。この映画でも、可成り出番が多く、イスラム・テロリスト側にも知られていてそれに対抗した作戦に出る。

 銃撃戦となるが、焼かれていた彼等の機密書類・データの一部を握って車に飛び乗り逃げ出す。が、すぐに、テロリスト側のジープ二台と再び銃撃戦。応援に駆けつけた攻撃ヘリに忽ち鎮圧されるが、テロリストの放った対空ロケット弾に被弾し車は大破しバッサームは粉々に、フェリスも重傷を負う。

  アジトから奪ってきた情報で彼等のヨルダンでのアジトが発覚。舞台はヨルダンに移る。
 フェリスはヨルダン情報局(GID)の最高責任者ハニ・サラームに会う。アリ・サリーム逮捕のため協同するためだが、ハニは、ホフマンや今までのヨルダンのCIAの責任者に不信の念を抱いていて、フェリスのオープンな対応とアラビア語の堪能さに、心を開く。それでも、"俺に嘘だけは絶対につくな!"と釘を差した。ここのシーン、この映画の中でも、可成りシリアスで、ハニ役のマーク・ストロングの演技とリドリー・スコットの演出が冴えている。デ・カプリオの表情も悪くない。

Wol_3
 
 フェリスが幾らハニに対して信義を保とうとしても、本部官僚のホフマンが冷ややかに直接利害をのみ基準に物事を処理してしまい現場のフェリスがどんどんと窮地に追いやられてゆく。
 ハニが奸策を弄して協力者にした組織の男カラーミというパレスチナ人をも、ホフマンが勝手に自分側に引き入れようとして失敗する。それが基でせっかくフェリスがイラクのアジトで手に入れた資料で探し出せたアジトがテロリスト組織自身の手で爆破されてしまう。怒ったハニによってヨルダンから追放されてしまう。
 フェリスはあるエージェントと組んで、イスラム教徒のある団体の構成員のアラビア人建築家を利用して、テロリスト組織をデッちあげ、トルコの米軍基地の爆破事件を偽装する。犯行声明も出さず、すかさず件の建築家の口座に金を振り込んで、後はアル・サリームの組織が彼に近づいてくるのを待つばかり。

 ハニの怒りも解けフェリスはヨルダンの首都アンマンに戻る。
 早速フェリスは前回のアンマン滞在時に見初めたイラン人看護婦のアイシャに会いにゆく。彼女の姉に認められなければ親密な付き合いは出来ないとアイシャに云われ、彼女の姉夫婦の住む家を訪ねる。アイシャ役のゴルシフテ・ファラハニ、仲々チャーミングだけど本当のイランの女優で、去年ダリウシュ・メヘルジュイ監督の"SANTOURI the Musicman"というイラン映画に出演している。
 とうとう建築家が一味に誘拐されてしまい、フェリスの正体がばれてしまう。建築家は屍体となってゴミ捨て場にうち捨てられる。と、同時に、アイシャとアイシャの姉一家も誘拐されてしまう。フェリスに一味から連絡が入り、ホフマンと連携しながら郊外の荒野に赴く。数台の車に分乗した一味はフェリスの周囲をぐるぐる周って砂塵を巻き上げ、上空のプレデターから視界を遮り、どの車にフェリスを乗せたか分からなくして、四方に走り出した。さすがに、ホフマンも如何しようもなく追跡を諦める。
 アル・サリームの前に引き出されたフェリス、テーブルの上に寝かされ危うく胴体か首を切断される寸前、ハニの部下達が急襲し救い出す。アル・サリームも建物の外の車の中で逮捕される。
 アイシャ達の誘拐は、ハニが仕組んだ罠で、フェリスはまんまと乗せられてしまったのだった。全てに辟易し、CIAを辞めてフェリスはアンマンに残ることを決意する。勿論、アイシャと一緒になるために・・・

Wol_4

 《ボーン・スプレマシー》的リアリズムでいうと、ヨルダンなんかにアイシャと結婚して住んでいると、幾らCIAを辞めたからって、一味の残党や他の組織のメンバーに確実に殺されてしまう。米国か他の国に移るしかないだろう。しかし、リドリー・スコットとしては、敢えて"中東も悪くはないんだ"と云わせたかったのだろう。
 
 
 フェリス    デ・カプリオ
 ホフマン    ラッセル・クロウ
 ハニ・サラーム マークメストロング
 アイシャ    ゴルシフテ・ファラハニ
 バッサーム   オスカー・アイザック
 アル・サリーム アロン・アブトゥブール
 ガーランド   サイモン・マクバーニー

 監督 リドリー・スコット
 脚本 ウィリアム・モナハン
 撮影 アレクサンダー・ウィット
 美術 アーサー・マックス
 音楽 マルク・ストライテンフェルド
 制作 ワーナー   2008年作品

Wol_5_2 

Wol_6_3

 

Wol_77

 

| | コメント (0)

2008年12月24日 (水)

エジプトの飲物  旅先のチャイ

  Egypt2

   エジプトは、首府カイロと遺跡の町ルクソールの二都市しか行ったことがない。

   ナイル中流のルクソールは観光の町で、僕が訪れた前年、西側の団体旅行客だったかイスラム過激派に襲われ多数が殺害された事件もあったけど、町自体はのんびりとした旅行者には居易い場所であった。
 一方、首府カイロも歴史もあって観るべき処多々だが、如何せん肝心の泊まる場所=安宿の居住性が最悪で、インドなんかの比ではない。評判の必ずしも芳しくないボンベイ(ムンバイ)の安宿ですら、砂漠の果てで漸く見つけたオアシスに見えてしまう。全体的に旧く燻み老朽化も進んでいるカイロの街の有り様からして、安宿が居住性好い訳もなく、あれから十年以上過ぎた現在でも事情は変わらないと思う。

 他のイスラム・アラブ諸国に較べても、エジプトは飲物の種類が多く豊富で、最初驚いてしまった。本当は全部試してみたかったのだが、カイロの安宿事情の故でそれも適わなかった。
 エジプトにもチャイ(シャイ)が有り、カイロの安宿のすぐ近くのタラート・ハルブ通りに面したグランド・ホテルの脇に三軒ほど固まった一角のチャイ屋(カフェテリア)でよく飲んだ。グラスになみなみと注いで運んできてくれ、最初から沢山砂糖が入っていて甘い。50Pt(ピアストル)。リプトンティーは60Pt、トルココーヒーは75Pt。
 只、グラスの底に茶屑のような粉末状の物が沈殿していて、一体何なんだろうと怪訝に思っていたら、ある時イスラム地区にある150年以上の歴史を持つチャイ屋の老舗Al hishawyに入ってみようと漸く辿り着くと、白人の団体で溢れていて、さすがにうんざりし入る気も萎え、隣のチャイ屋に入ってチャイを注文した。と、チャイグラスに茶葉の粉末を入れ、その上からパキスタン風のホーローのチャイポットから白湯を目一杯注いでくれ、やっとその謎も解けた。
 
 三軒並びの一番手前の"アンダルシア"によく通ったけど、一番最初に目を引いたのが、長めのグラスに入った濃いオレンジ色の飲物"バホモス"。中に唐辛子が混ぜてあり、小皿にライムも一緒に添えられていて、辛くて甘酸っぱい。底にひよこ豆(チャナ豆)が沈んでいて、長いスプーンで掬って食べる。味は悪くない。底のチャナ豆がつまみ替わりにもなって、結構飲んだ。

 紅いハイビスカスのカルデア茶も派手で目についた。
 ルクソールでは店頭に干したハイビスカスをあっちこっちで並べて売っていた。砂糖を入れて飲む。

 白くどろっとしたサフラップ(サハラブ)もルクソールでよく注文した。何故か懐かしい味覚を覚えたら、どうも葛湯ってことらしかった。ゴマがふりかけてあって、甘く飲み易い。後、カイロの"アンダルシア"でも試してみたが、1.5£E(エジプト・ポンド)も取られた。嫌に高いなーと訝しんでいると、口の広いコーヒーカップのサハラブの上にバナナの薄切りがいっぱい載せられ、トッピングのナッツの量も多いものが運ばれてきた。高級あるいはスペシャル・サハラブといったところだろうか。

 これは一回飲んだだけと思うが、黄色の独特の味のするハネスあるいはアネスという砂糖入りの飲物。ヘルバと呼ばれているものと同じなのだろうか。エジプトのチャイ屋・カフェテラスには上記以外にもまだまだ色んな飲物があって、水煙草と一緒に飲む珈琲もある。トルコ・シリヤではアラビック珈琲何度か飲んだが肝心のエジプトではそこまで行けなかった。残念。

Egypt

| | コメント (0)

2008年12月21日 (日)

《北京ロック》北京楽与路  メーベル・チャン

 Beijing_rock_2

  冒頭から如何にも中国・北京揺滾(ロック)然とした音楽と映像で始まるこの映画、2001年のバンコク・フィルムフェスティバルで初めて観た。イランの"Frendly Persuasion"のはずが、少し遅れてカンボジアのドキュメンタリー風の"ランド・オブ・ワンダリング・ソウル"に変更になった時は、客は十人も居なかった。ビデオカメラで撮影したような映像で決して悪くはなかったけど、やはりタイ人達ってカンボジアに対してわだかまりでもあるのかと首を傾げてしまった。

 香港から北京に遣って来たマイケル(呉彦祖)、あるライブ・ハウスで、バンドのリードボーカルの平路ピンルー(耿楽)やダンサーの揚頴ヤンイン(舒淇)と知り合うことになる。バンド仲間は、初対面のマイケルを歓迎し、一緒に強い酒を呷って意気投合。香港からやって来たマイケルを平路の恋人でもある揚頴は、「香港農民」とか「港農」とか呼び続け、マイケルとは仲々呼んでくれなかった。
 やがて、彼等が地方巡業(下郷演唱)に出ると、香港で自分のバンドを持っていた彼も一緒にバスに乗って参加する。香港のバンドになかった何かを彼等の中に見出したのだろうか。
 中国の地方で時々見かけるテント張りの、若い娘の踊りあり曲芸有り音楽ありの一大集団、その中で最後のトリを演ずるのが彼等のロック・バンドであった。雲南の観光都市・大理あたりの地元住民相手のカフェでも、例えば崔健あたりの曲を大きな音量でスピーカーから流すと、忽ち罵り言葉を吐き捨てながら若い客でも帰ってしまいそうな中国であってみれば、やっぱり彼等にとって決して安くはない入場料を払って楽しみにやってきた農民工民やその子女達の反応も同様で、子供は両耳を押さえ、親父は石を投げる。
 プロデューサーが平路に止めを出す。怒った平路はマイクを放り捨てステージから降りてしまう。マイケルが早速客の意を得たりとテレサ・テンの代表曲"月亮代表我的心"のイントロをギターで奏で始め、揚頴がポップに可愛く唄い始める。と、帰り掛けた客達も次第に客席に戻りだす。

Beijing_rock_1

 ある日、平路は、意を決し、北京のオフィス街にる高層ビルの上階にある音楽出版社を訪れる。自分達のバンドの曲を録音したカセットを持って。しかし、てんで相手にもされず追い返されてしまう。長年没交渉だった機関車の運転手の父親と再会した折、互いの情が通じたかに思えたものの、それが一層何とかしなければという焦燥となり平路の心に重くのしかかってしまう。それを打開すべく最初の一歩であったのが忽ち躓いてしまって、直情型の平路は、出口を完全に見失ってしまう。揚頴が彼を懸命に慰めようとするのだが・・・

 揚頴に惹かれていたマイケルも失意の平路に健気に尽くす彼女を目の前にしては、さすがに諦めざるをえなかった。そして彼にも、様々な問題が重くのしかかっていた。マスコミに父親の北京での愛人の事や、行き詰まり四面楚歌に陥っていた頃酒場でさんざん客に愚弄されて起こしてしまった自身の暴力事件の裁判。判決の日、マイケルが、父親の根回しのお陰か、執行猶予付き判決を受けている時、彼の携帯にメールが入った。
 平路の死の報告だった。
 前をゆっくり走っていたトラックの後部に、猛スピードでもろに正面からぶつかったのだった。トウモロコシの実の散乱したアスファルトからゆっくりと起き上がり、唖然としたトラックの運転手の処まで歩いてゆくと、徐ろにジーンズの後ろポケットからカセット・テープを取り出して運転手に渡す。そして、呟く。
 「その次の曲、悪くないぜ。聴いてみな・・・」
 運転手が言われるまま、運転席のカセットプレーヤーに差し込むと、早速曲が流れ始める。仏教風の、自分用の送別の歌ってところであろう、トラックの荷台に凭れ大空に流れて行く白雲を見上げながら、やがて平路はその場に崩れ落ちて行く。
 ちょっと絵に描いたような場面だけど、北京や北京揺滾を、あたかも外国人が観るように、香港人メイベル・チャンが撮っている中では、取って付けたような感じはなく、むしろ自然なくらいだ。否、幾片か挿入された自己紹介的なショットなんかの、六、七十年代映画に散見される手法を見るにつけ、お決まりの定番を踏襲している感すらある。

Beijing_rock_5    
 
 結局、マイケルの一方的な"艶舞女郎"揚頴に対する片思いに終始し、香港に戻ることに。揚頴は尚も楽隊とともにあっちこっちを旅しながら生きて行くことになる。平路の死と入れ替わるように戻ってきた愛犬"李逵"(水滸伝の登場人物"黒旋風")とともに。

 傑作という訳ではないけど、観始めれば、やっぱり最後まで観てしまう青春群像物の佳作、"北京揺滾故事2000"ってところであろうか。鮑家街43号楽隊の"晩安、北京"なんか雰囲気を盛り上げている。

 マイケル  呉彦祖   
 揚頴      舒淇(スーチー)
  平路   耿楽
 
 監督   メーベル・チャン
 脚本   アレックス・ロー
 撮影   ピーター・バオ
 美術   トーマス・チョン
 音楽   ヘンリー・ライ
 制作   寰亜電影  2000年(香港)

Beijing_rock_4

Beijing_rock_3

Beijing_rock_6

| | コメント (0)

2008年12月16日 (火)

玉観音  カルマの連鎖と救い

O

   上海を舞台にした、"改革開放"の論理的帰結故事、《姨媽的后現代生活》で、終章の周潤発に騙されコツコツ貯めてきた虎の子を失い脚を骨折までしてしまい如何にも身動きが出来なくなってしまった主人公の斯琴高娃おばさんを、何処で伝え聞いたのか、東北の燻んだ工業都市から、今一つ冴えない旦那と一緒に車で迎えに来た、おばさんに少女の頃見捨てられ長年没交渉だった実の娘を演じた趙薇(ビッキー・チャオ)。お人好しで図体ばっかりがデカい旦那を何かといえばひっぱたいていたが、その何年も前の同じ許鞍華監督のこの《玉観音》では、同様に男勝りではあってもまだ女らしさを湛えている。

 雲南を舞台に、麻薬捜査官・安心(趙薇)を巡る三人の男達との数奇な運命に導かれて行く恋愛関係を主軸にした女性アクション映画風味って処で、その底にあるのは、人間のカルマ(業)にまみれた救われぬ闡是達、それでも尚救い出そうとする大慈大悲の観世音菩薩の慈愛に満ちた眼差し。
 《姨媽的后現代生活》でも上海の下町の風俗がサラリと背景として描かれていたが、ここでもタイ族の独特の瓦葺きの町並みや水掛祭り・精籠流し等のお祭りの光景も挿し挟んだりして雲南的情緒を濃密にではなく淡彩に滲ませている。以前は、雲南がタイ族の故郷、そこから現在のタイに南下して来たというのが定説だったのが、最近では、ベトナム北部という説が有力になっているという。ともあれ、雲南にタイ族が広く分布し昔から住んでいた事実には変わらない。
 
 この《玉観音》、元々の海岩の原作が人気があったらしく、テレビ・ドラマも人気をはくし、この映画が出来たようだ。興業的には失敗だったという。テレビドラマのイメージと乖離してしまったのだろうか。この映画自体、決して悪くはないと思うが、先行する同じ映像メディアでの印象が強いと往々にして起こること。ニコラス・ツェーも清々しいしヴィッキーも奮闘している。潘隊長の孫海英も渋くて悪くない。

4

 
 
 麻薬組織の跋扈する雲南のある町で、何燕紅(安心)は麻薬捜査官として毎日組織との暗闘にあけくれていた。ある水掛祭りの日、ふとしたきっかけで出遭った毛傑(ニコラス・ツェー)と忽ち恋に陥ってしまう。
 そんなある日、安心も参加した囮捜査で取引が行われた船上に姿を現したのが誰あろう毛傑自身であった。彼は麻薬組織一味家族の一員だったのだ。彼は逮捕され、アジトの毛傑の邸で捜査官達と一家との間で銃撃戦が始まり、父親が射殺され、捕らえられた母親も後獄死してしまう。毛傑は騙されたと思って安心を憎み兄と共に復讐に走る。
 ところが、安心には、もう一人、別々に暮らしてはいるが長い付き合いの新聞記者・鉄軍が居て、とうとう子供を身籠もり出産する。そこに毛傑が上告し公判が開かれるので出廷して欲しいと連絡が入る。母親が毛傑は船に運んだ荷物の中身を知らされてなかったと陳情し、弁護士も安心に毛傑との恋愛関係を執拗に追求する。結局、毛傑は釈放される。
 すっかり憔悴した安心の処に鉄軍が現れ、荒れ狂いなじり出した。DNA鑑定をした結果、安心の産んだ子供・小熊は彼の子供ではないと判明したと。毛傑との子供だったのだ。安心もまさかと驚きその旨訴えるが詮無いこと。それでも、怒りが収まると鉄軍は、やはり安心を失いたくはない己に気付く。と、突如毛傑達の襲撃が始まり、鉄軍は射殺され、安心は赤ん坊を抱いたまま一命を取り留める。
 失意の底で、安心は北京に移り住み、細々と幼い小熊との生活をはじめた。そこにも、嫁さんの会社のそれなりのポジションに収まって優雅な生活を送っていた楊瑞という男が彼女に一目惚れし強引に近づいてきた。とはいえ絶望と小熊の入院費すら払えぬ窮乏生活の底で喘いでいた安心は、軽薄だが明るい楊瑞を自然に受け入れることが出来た。ところが、彼の女房が、二人の関係に気付き、別れ、その報復だったか、突如警察が楊瑞を贈賄容疑で逮捕し刑務所に放り込んでしまう。出所し、安心の元を訪れると姿はなく、今までの経緯を長々と認めた置き手紙がテーブルの上に置いてあるだけだった。
 楊瑞は安心の上司の潘隊長の入院先に赴き安心の居場所を聞き出し安心のチベット風の居所に赴く。庭先で遊んでいた小熊が目聡く彼の姿を認め走り寄ってきた。久し振りの邂逅に安心も心和んだ。が、早速毛傑兄弟の襲撃に遭い、毛傑の兄は安心に逆に射殺されるが楊瑞が瀕死の重傷を負い小熊も毛傑に連れ去られてしまう。潘隊長が車のトランクに隠された小熊の死体を見つける。やがて、電話で呼び出され、一人現れた安心は、毛傑に銃を突きつけられて、小熊は俺の子供じゃないと言え!と迫られ、安心は小熊は私の子供よ、そしてあなたが父親よ!と幾度も訴える。俺を騙すな!と叫んだ次の刹那、物陰から機を窺っていた潘隊長の拳銃が火を噴き、銃弾が毛傑の眉間を貫いた。崩れ落ちながら、毛傑の拳銃も火を噴き、安心の胸を貫いた。潘隊長が駆け寄り、倒れた安心を抱きかかえるが既に事切れていた。
 
 最後に、鉄軍も毛傑も安心も小熊も死んだ後、一人生き残った楊瑞があるチベット寺院を訪れ、観音像に向かって話しかける。
 「安心・・・・・・」
 慈愛の微笑みを湛えて観音像は仄暗い堂奥に静かに佇み続ける。

3
 
 
 安心(何燕紅) 趙薇
 毛傑     謝霆鋒
 鉄軍     陳健斌
 楊瑞     柳雲龍
 潘隊長    孫海英

 監督 許安華(アン・ホイ)
 脚本 岸 西
 原作 海 岩
 撮影 関本良
 制作 中国電影集団公司  2003年作品

5

6

7

| | コメント (0)

2008年12月12日 (金)

ディコス  旅先のファースト・フード

7   

  2001年の初冬、バンコクのドンムアン空港のドメスティックからタイ航空のA300で昆明に飛んだ。往復で8700バーツ。
 宿は北京路の定宿"昆湖飯店"。3人ドミで、20元。

 バンコクからいきなり来たからか、18℃でもちょっと肌寒かった。
 北京路を少し駅側に下った処に、以前にはなかった《徳克士》DICOS
というファースト・フード屋があり、入ってみた。明るい店で、一階は結構客が多かったけど、入口のドアを開けっ放しにいているので、寒風が吹き込んできて寒く、フィールド・ジャケットのジッパーをめいっぱい引き上げた。6元の珈琲を啜りながら、店内を見渡すと、アイスクリームやコーラフロートの類を飲んでいる客も多いのに驚いてしまった。平気なんだろう。それでも分厚い防寒着を着込んで寒そうにしているタイ人母娘を見つけて何故か安心した。
 
 まだ出来て間がないようで、注文に些か手間取った。KFCですら、ホット・ティーが容易に通じず、紅茶ホンチャーも駄目で(ディコスでは通じた)、結局"指差し"になってしまったぐらい。その時、この店のプレートの上に敷いたシートを見ると、この昆明とは別に広西、湖南にも姉妹店があるようだった。現在では、中国全域に600店舗以上有るようだが、その頃はまだそんなものだった。尤も、同じ昆明に他にも2軒《徳克士》があった。店内に、"加盟店 招募中"の旗が立ててあり、又二階の壁には"本餐庁没有録影監視"のプラカードが貼り付けてあった。監視カメラは設置してないということなのだろうが、敢えてそんなものを掲示するに至った経緯が久し振りに遣ってきた旅行者なんぞに分かる訳もなかった。
 
 二階は意外と客は疎らだったが、片隅に、バンコクのマクドナルドにも偶に置いてあるガキ用の遊具が設置してあって、幼児ではない中学生くらいのガキ輩がドタバタ騒いでいて辟易させられることも。カップルや友達連れが多かった。一人薄いノキアの携帯をテーブルの上に置いたまま、恐らく恋人からの連絡待ちなのか、別れ際なのか、かかってくると涙を流し始め、通話が了わるとテーブルの上に一人伏していたすらりとした長い茶髪の娘の姿なんか、その時代の中国の有り様といったものがそこはかとなく心底に滲んでいき沈殿していった。チキンサンドイッチ(バーガー)、コークで13元。

 この《徳克士》DICOS、今や中国じゃマックやKFCに次ぐ、ファースト・フード屋にまで規模が拡大され、当時は三都市でしかなかったのが、北京や麗江、あのチベットのラサにすら有るという。米資本という話もあるらしいが、台湾の頂新国際集団公司の営っているフランチャイズ・チェーン店らしい。ここは、バーガーだけでなく、ライス物のメニューもあって、マックなんかがこれからメニューにいれるかも知れない流れを先取りして、マックとKFCの間隙を縫って大きくなれたのだろうか。当時よりも、味も好くなっているだろうから、頑張って欲しいものだ。

| | コメント (0)

2008年12月 6日 (土)

紅色娘子軍 謝晋1960年

  Red_1

   《文化大革命》が始まる以前、まだ比較的自由に映画が撮れた、中華人民共和国が建国されて十数年くらいの独立・革命の余燼が燻っていた頃、共産党的プロパガンダの枷は有りはしたものの、《紅色娘子軍》や《小刀会》なんかの面白い作品が作られていた。

 ツイ・ハークが拘わった音楽との関連で《小刀会》は以前触れたが、最近亡くなった謝晋監督の《紅色娘子軍》、これは1960年の作品で、数年後、現代芭蕾(バレー)劇として改編され上演。周恩来や毛沢東等も北京で観劇に訪れたという。むしろ後者の芭蕾劇の方が有名で、後、文革の鬼っ子・江青に干渉され登場人物の名前も変更を余儀なくされてしまい改編され、1970年に芭蕾劇版の映画も作られ、これが全国上映されたようだ。京劇版もあるという。最近も中国でテレビ映画化されたりバレーのステージ上で、当然今風に豪華な意匠の下に再演されている。
 一応映画の形は採っているとはいえあくまでバレー劇と、本来の映画じゃジャンルがそもそも違っているので、一緒くたに較べても意味はないけど、個人的には、着色写真みたいなポップな色彩のポスト・カードや写真が面白く一度は観てみたいと願っていた"幻"の映画である"革命的芭蕾劇"の映画版の方が思い入れも作用しているのか面白い。
 謝晋のは"映画"としてかっちりと造られてはいるが、中国舞劇団のバレー劇の方は、何と言っても躍動感に溢れていて、結局圧殺され潰え去ってしまったものであっても尚も底に沸々と脈打っている"革命"の息吹とも謂うべきものが感じられる。これはバレー(舞)の持つ直接性の故であろうか。それとも、共産党にねじ曲げられ権力内部抗争の道具と化されたものとは別の、そんな保守化し官僚化してしまった体制に"否"を云い"造反有理"を叫んだ若者達の本来の"文化大革命"のなけなしの一つの結晶なのであろうか。

 1930年代初頭に、中国南部の海南島で結成された実在の娘子軍をモデルにしているらしい。正式名は随分と長いので省略するが、長年、横暴・悪逆を極めた悪徳地主達に苦しめられてきた農民達の子女達の紅軍の傘下に組み込まれた組織。映画では、後に地主側に立った蒋介石の国民党軍とも戦うことになる。
 如何にも南方風に、皆下が半ズボンなのが好い。
 農民という設定でもあり、且つ作られた時代が時代だから、皆本物の農家の泥臭い娘達って感じが又リアル。只一人、主人公の瓊花の友人・紅蓮役の向梅だけがすらりとして洗練された顔立ちの到底農民の出とは思えない美形。これは、後に江青等に因縁をつけられた可能性も無きにしも非ず。皆が皆煤けた、たった今野良仕事から帰ってきたばかりの風体ばかりじゃ、と男・謝晋も救いを求めたのだろう。そして彼女だけが、他の部隊の男と恋仲になり子供まで身籠もって出産する。その相手も他の女達と同様小柄でずんぐりした親父風。でも、これは当時でなくても当たり前の、リアルな撮り方であろう。別に違和感は無い。 
 
 Red_3

  村の娘・瓊花は、悪徳地主・南覇天のために親も家も奪われ、囚われて牢獄に放り込まれていたが従順でなく鞭打たれていた。そこに、紅軍(人民解放軍)の二人組の探索隊が変装して現れ、南覇天から彼女を貰い受ける。町の郊外に差し掛かると、彼女を解放した。別れ際、将校・洪常青が硬貨(映像が今一なので銅貨か銀貨か定かでないが、恐らく銀貨であろう)を四枚、無一文の瓊花に当座の資金にと渡す。生まれて初めて他人の温かい心に触れ、瓊花は信じられない想いと込み上げてくる嬉しさに思わず微笑み、知らず常青に仄かな憧れの念を抱く。このシーン、瓊花役の祝希娟の表情が好い。
 瓊花と別れた常青達は人里離れた林の中にあるアジトに向かった。そこは紅軍の根拠地で、南覇天一味を掃討し村の解放を計画していた。
 瓊花は一人放浪の途次、夜雨に遭いある一軒の粗末な農家の軒先で雨宿りしていると、見かねたその屋の女が中に招き入れ食べ物を与えた。そして互いの身の上話をする内意気投合してその家から二人して去って行く。
 朝になると、前を銃を担いだ紅色娘子軍の隊列が行進していて、早速二人も入隊をしようと何処までも隊列の尻にくっついて行った。と、そこへ紅軍の将校達が現れた。ふと見ると、件の瓊花を助けた常青が居るではないか。彼は娘子軍の責任者でもあったのだ。早速二人は紅色娘子軍に入隊が許された。                              
 訓練を受け銃の撃ち方も覚えたある日、瓊花と紅蓮は偵察に出た。と、そこで下の方で休憩中のあの恨み重なる南覇天一味を発見する。遠くではあっても南覇天の姿を見ているだけで怒りに打ち震えた瓊花は懐からモーゼル銃を取り出して狙おうとする。慌てて、偵察中に手を出してはいけないと紅蓮がたしなめてはみたものの、ふつふつと滾り溢れだした怒りと憎悪に囚われてしまった瓊花をもはや押し止めることが出来ず、林の陰から、射程の長いモーゼル銃で狙いを定め瓊花は乾坤の一発を放つ。弾丸は、駕篭の上にふんぞり返っていた南覇天の身体に見事命したものの生命には別状はなかった。一味は大騒ぎし始め、二人はその場を後にした。帰還するとすぐに娘子軍の上官や憧れの常青にすら非難されたしなめられてしまった。自分でも如何しようもなかった瓊花は涙を零しながら非難を甘んじて受ける他なかった。
 
 やがて、常青達と共に娘子軍は、南覇天一味の掃討作戦に着手することになり、先ず常青や瓊花達南覇天に面識のある者達だけが南覇天の邸に堂々と訪ねて行き寝泊まりする仕儀となった。夜陰に乗じ、一斉に攻撃を開始した。首尾良く南覇天一味を捕縛することに成功し、お決まりの三角帽を被らせ首から罪状を認めた札を下げさせ、通りを引き廻した。積年の恨みに堪えかねたように住民や農民達が我先に襲いかかった。さすがにこれでは南覇天達が殺されてしまうと常青達は住民達から南覇天達を引き戻しそれぞれの場所に監禁した。ところが、自邸に監禁された南覇天は隙を窺って勝手知った隠れ逃げ道から逃げ出してしまう。

 その内、船で蒋介石の国民党軍が大挙して現れ、南覇天が手引きして常青達紅軍と熾烈な戦闘を繰り広げることとなり、常青は銃弾に倒れ国民党軍側に捕らわれてしまう。しかし、余りの損害の大きさにうんざりした国民党軍は本部からの指令にそそくさとそこを後にし姿を消してしまった。常青は屈服を拒み結局南覇天一味に木に縛り付けられ焼き殺されてしまう。
 瓊花や娘子軍の面々は怒りも露わに男達と共に南覇天一味を襲った。国民党軍の居ない一味は脆く、あっという間に潰え去った。 再び捕らえられた南覇天は、瓊花に自害用の短剣を放り渡される。しかし、そんな度胸もなく、隙を窺って瓊花に短剣で襲いかかろうとして、見透かされていたように逆に瓊花にモーゼルで射殺されてしまう。焼き殺された常青への弔いの狙い澄ました一発であった。

Red_6  

  リアリズム的なプロパガンダ臭さは如何ともし難いが、それはあくまで外的制約で、それでも悪くはないと思える一作だ。
 泥臭い瓊花だが、次第に彼女が解放・革命戦士としてあるいは人間的にも成長してゆく過程は理解できるが、やはり件の革命的芭蕾劇の方があらゆる面で直截でドラマチックに表現出来ていてどうしても遂比較してしまい印象が今ひとつ薄くなってしまう。逆に謂えば、その分、謝晋の方が嫌ったのか教条主義性が希薄ということにもなる。だから、この作品も、《小刀会》と同様、文革期であってみれば相当に非難・論難され、可成り改竄されるのでなければ日の目も見なかったであろう。
 謝晋自身、文革期に余儀なくされた彼のコテコテの教条主義的プロパガンダ映画を後年恥じ自らフィルムを葬ったという話も何処かで読んだ記憶がある。でも、一昔前、テレビでその文革期のフィルムのスチールだったかほんの一部だったかを見たことがあり、お決まりの燦然と光背を受けて"我等が偉大な毛沢東主席"が現れるシーンは僕的にはキッチュあるいはポップなまでに面白く、是非本編を観てみたいとあれこれ捜してみるんだけど容易にそのチャンスは訪れない。本当に謝晋、影帝となって全て葬り去ったのであろうか。
 芸術家としてプライドが許さないのかも知れないけど、僕は、様々な事情はあるだろうが、一端社会に、世に出してしまったものは、、良くも悪くも、もはや社会のものとなり、独自の価値・存在を有してしまい作家の手を離れるものだと思っているので、謝晋もそれを甘んじ、付言したいことがあれば付言すればいいだけのことと思う。
 尤も、世間にはそれを材料に謝晋をあしざまに非難する者も出てくるかも知れないし実際に居たんだろうが。戦前・戦中の日本がそうだった如く、それ以上に文革期は、同業者皆が厳しい目で視ているってこともあって、後の世代や外人達にはおよそ窺い知れない底深い怨嗟と軋轢、汚辱に満ち満ちたものであったのだろう。

 ツイ・ハークお気に入りの《小刀会》のテーマ曲とは趣を異にした、可成りプロパガンダ臭が強いがそれだけに勇ましい、王准作曲のテーマ曲、所謂"軍歌"とは一線を引く、あくまで解放・革命という主題の上のものだから聞いていても悪くはない。常青が焼殺された報を聞いて娘子軍の隊員達が弔い合戦宜しく決然として隊列を作って進行してゆく時にも唄われて、「チェンチン、チェンチン」とリフレインしているので何かと思って調べてみたら以下の通りであった。 
 
 【紅色娘子軍連歌】

 向前進 向前進
 戦士的 責任重
 婦女的 冤仇深

 古有花木蘭替父去従軍
 今有娘子軍 担銃為人民

 共産主義真党是領路人
 奴隷得翻身 奴隷得翻身

 上の"花木蘭替父"は、病床の父に替わって娘・花木蘭(ムーラン) が男装して従軍したという京劇の「花木蘭」の故事。
 
 因みに、瓊花役の祝希娟、この映画で一躍全国的なトップ・スターになったらしいが、もう一方の革命的芭蕾劇の方の常青を演じた劉慶棠も、舞台やこの芭蕾劇映画で有名になり、文革中は、江青に取り立てられたのか、大出世して中共第九回・第十回全国代表者大会(中国の国会)の代表に選ばれたりしていたのが、四人組・江青派が失脚すると、彼も逮捕され、懲役十七年の判決を受けたという。正に陳凱歌達の映画を観るような半生だ。
 

 監督 謝 晋
 撮影 沈西林
 作曲 王 准
 
 呉瓊花  祝希娟  
 洪常青  王心剛
 符紅蓮  向 梅
 南覇天  陳 強
 制作 上海天馬電影制片庁 1960年作品

  Red_7

    Red_10

    Red_12

| | コメント (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »