ディコス 旅先のファースト・フード
2001年の初冬、バンコクのドンムアン空港のドメスティックからタイ航空のA300で昆明に飛んだ。往復で8700バーツ。
宿は北京路の定宿"昆湖飯店"。3人ドミで、20元。
バンコクからいきなり来たからか、18℃でもちょっと肌寒かった。
北京路を少し駅側に下った処に、以前にはなかった《徳克士》DICOS
というファースト・フード屋があり、入ってみた。明るい店で、一階は結構客が多かったけど、入口のドアを開けっ放しにいているので、寒風が吹き込んできて寒く、フィールド・ジャケットのジッパーをめいっぱい引き上げた。6元の珈琲を啜りながら、店内を見渡すと、アイスクリームやコーラフロートの類を飲んでいる客も多いのに驚いてしまった。平気なんだろう。それでも分厚い防寒着を着込んで寒そうにしているタイ人母娘を見つけて何故か安心した。
まだ出来て間がないようで、注文に些か手間取った。KFCですら、ホット・ティーが容易に通じず、紅茶ホンチャーも駄目で(ディコスでは通じた)、結局"指差し"になってしまったぐらい。その時、この店のプレートの上に敷いたシートを見ると、この昆明とは別に広西、湖南にも姉妹店があるようだった。現在では、中国全域に600店舗以上有るようだが、その頃はまだそんなものだった。尤も、同じ昆明に他にも2軒《徳克士》があった。店内に、"加盟店 招募中"の旗が立ててあり、又二階の壁には"本餐庁没有録影監視"のプラカードが貼り付けてあった。監視カメラは設置してないということなのだろうが、敢えてそんなものを掲示するに至った経緯が久し振りに遣ってきた旅行者なんぞに分かる訳もなかった。
二階は意外と客は疎らだったが、片隅に、バンコクのマクドナルドにも偶に置いてあるガキ用の遊具が設置してあって、幼児ではない中学生くらいのガキ輩がドタバタ騒いでいて辟易させられることも。カップルや友達連れが多かった。一人薄いノキアの携帯をテーブルの上に置いたまま、恐らく恋人からの連絡待ちなのか、別れ際なのか、かかってくると涙を流し始め、通話が了わるとテーブルの上に一人伏していたすらりとした長い茶髪の娘の姿なんか、その時代の中国の有り様といったものがそこはかとなく心底に滲んでいき沈殿していった。チキンサンドイッチ(バーガー)、コークで13元。
この《徳克士》DICOS、今や中国じゃマックやKFCに次ぐ、ファースト・フード屋にまで規模が拡大され、当時は三都市でしかなかったのが、北京や麗江、あのチベットのラサにすら有るという。米資本という話もあるらしいが、台湾の頂新国際集団公司の営っているフランチャイズ・チェーン店らしい。ここは、バーガーだけでなく、ライス物のメニューもあって、マックなんかがこれからメニューにいれるかも知れない流れを先取りして、マックとKFCの間隙を縫って大きくなれたのだろうか。当時よりも、味も好くなっているだろうから、頑張って欲しいものだ。
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