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2009年1月 5日 (月)

阮玲玉《神女》 1934年

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  1935年3月20日の未明、「死ぬ事は恐ろしくないけれど、人の言葉は恐ろしい」と遺書を残し、当時人気絶頂だった女優・阮玲玉ルアン・リンユイ(25歳)は多量の睡眠薬を飲んで自殺した。何よりも大切にしてきた親子三人の生活、その老いた母親とまだ幼い養女・小玉を残して。
 
 彼女が主演した新人監督・蔡楚生の新作《新女性》で俗悪新聞(黄色)の記者達に逆恨みされ非難され、その上長年つきまとってきた張達民が嫉妬と困窮で富豪の愛人・唐季珊との関係を不義罪で告訴したりして一層騒がれ、更に又女癖の悪い唐季珊から有形無形の仕打ちを受け続け、精神的に疲弊し切ったのであろう。蔡楚生はじめ周辺の男達の誰一人として孤立無援の彼女に救いの手を差し出せるような者も居なかったという。奇しくもその日は丁度"国際婦人デー"だったらしい。葬儀には何十万ものファンが参列したという。

 この時代の中国映画はまだサイレントで、阮玲玉は結局トーキーには出れずに終わってしまった。彼女の声が残ってないのが残念。白黒画面は、華麗さはないが迫力があり、実際には弁士がセリフを喋りはするがやはり登場人物自体は沈黙したままなので迫力が一層際だってくる。特に初期の頃のサイレント映像はおどろおどろしいくらい。僕の持っているVCDにはこれはオリジナルなのだろうが音楽(サウンド)が入っていて、その上、ビデオを制作した業者が追加したのであろうセリフと擬音が時折想い出したように聞こえてくる。これはサービスなのだろうが、そぐわない。

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 夜毎、娼婦(阮玲玉)は、上海の通りに佇み客を取っていた。
 裏通りのアパートの一室に、まだ生まれて間もない乳飲み子を残して。その子だけが、彼女の唯一の拠り所であり希望であった。
 ある夜、警察の一斉取締まりがあり、彼女も追われて、路地裏の見知らぬ民家に逃げ込んだ。部屋に赤ん坊を残したままなので決して捕まるわけにはいかなかった。
 と、そこは何と、チンピラ(流氓)の老大の棲処であった。
 腹の出っ張った大男で、ニヤニヤしながら傍に寄ってきて、匿ってやったんだからと迫ってきた・・・
 彼女が忘れられないのか老大、手下を引き連れ、彼女のアパートを突き止めた。いきなり彼女の部屋に入り込み、用意してあった彼女の食事を、味が悪くなかったからか早速手下達と酒まで買ってきて食べ始めた。その日以来、老大が我が物顔で出入りするようになり、彼女の稼いだ金まで持っていくようになったが、彼女には如何しようもなかく、泣き寝入りするしかなかった。

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 やがて、子供も成長し、学齢期に至ると、彼女は、何としても無学な自分と同じ境遇に追いやりたくない一心で、他に隠す場所とてない一室きりの部屋の中の、一枚外れていた壁の煉瓦の奥に、せっせと稼いだ金を貯め始めた。その内、近くの小学校に息子は通うようになった。下校時間になると、他の親達に混じって子供を迎えにいった。アパートの部屋で勉強に励んでいる子供の姿が彼女には何物にも代え難い喜びであった。
 
 そんなある日、学校で、親を呼んでの学芸会が催された。彼女も嬉しそうに生徒達が唄ったり踊ったりするのを眺めていた。やがて、彼女の息子が前に出て、一人で歌を唄い始めた。その歌唱の素晴らしさに彼女も他の親達も感心して聴き惚れている中で、彼女の隣人がそれに嫉妬し、周囲に彼女の夜毎の商売の事を吹聴して廻った。忽ち俗悪な親達の人口に膾炙し拡まっていった。そして、それは学校側への批判にまで発展していった。卑賤な職業に従事している親の子の為に、他の子供達が汚染されるという何処の国でも見られる低劣な愚論を振りかざす親達に、学校側も決断を迫られる。即刻退学させるべきと理事達は同調するものの、一人校長は留保し、先ずはと彼女のアパートを直接訪れ事実を確かめる。しかし、彼女は、他に生活の術のない私に如何しろというの、貧乏人の子供は学校にも行けないの、と懸命に訴える。校長は了解し、放校にはしないと約束する。

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 ところが、息子が学校に行くと、放校処分の通知書を手渡されもう明日から来ないでいいと教師に言い渡されてしまう。理事達が校長の意見を排除してしまったのだった。女は怒りを覚えはしたものの所詮せんない事、息子と二人でトボトボと家路についた。
 部屋の窓から上海の夜景を二人で眺めながら、女は決意する。
 何処か遠い自分の商売のことを知られてないに移り住もうと。早速壁に隠した金を取り出そうと煉瓦を外してみたら、あろう事か、包み紙だけで一銭も無かった。女は血相を変えて、老大の行きつけの賭場に走った。長年コツコツと貯めてきた息子の教育費、老大は殆ど失っていた。喰い下がって老大に叩かれた女は完全に逆上し傍に転がっていたビール瓶で、息子の前途・将来をドブに放り捨てた流氓の頭に渾身の一撃を喰らわせた。と、巨漢の老大、それっきり起き上がることもなく、頓死してしまった。

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 法廷で女は12年の実刑判決を受ける。
 監獄に校長が面会に現れた。女は不実をなじった。校長は謝りながらも、息子は施設でちゃんと教育を受けさせるから心配ないと告げる。女は安堵し、校長に依頼する。
 私が死んだことにして欲しい、と。
 私のことが知れると、息子が先で一生苦労することになるから、と。校長は大きく頷いた。
 鉄格子の奥で女は、いつの間にか息子の姿を想い浮かべていた。
 そうだった、離ればなれになっていても、否、もうこの先二度と会うことがなくても、心の内で、いつも息子と一緒なんだ・・・                                                          
 冒頭の「死ぬ事は恐ろしくないけれど、人の言葉は恐ろしい」は、有名なセリフで、魯迅すら一文を認めているくらいだが、どうも実際は、女たらしの豪商・唐季珊が、阮玲玉の直筆の遺書の内容が都合悪くて、自分ででっち上げた偽物のようだ。比較的最近になって、本物の遺書が発見されたという。内容は可成り唐季珊にも張達民にも辛辣であったようだ。常に華やかで周囲にそれなりの男達が取り巻いていたにも拘わらず、彼女は何とも男運が悪かったようだ。
 二人を訴えた張達民だったが、判決は無罪で、張達民の敗訴となった。世間の眼も厳しくなり、香港に移り住み、1937年沈吉誠監督で《誰之過》という阮玲玉の死を題材にした映画の張達民の役を自身が俳優として演じたという。翌年病死。
 彼女の死後も唐季珊女癖が悪く出入りが激しかったようだ。それでも、阮玲玉の母親と養女の小玉は引き取って養ったらしい。小玉、写真だと愛くるしい眼の可愛い娘だが、名が唐珍麗となり、学校を出るとタイの方に移り住んだとか。
               
 因みに、子役の黎鏗、当時の名子役だったらしい。母親が阮玲玉と《一剪梅》で共演している女優の林楚楚。

 阮玲玉  娼婦
 黎鏗   息子
 章志直  流氓・老大
 李君磐  校長

 監督  呉永剛
 脚本  呉永剛
 撮影  洪偉烈
 美術  呉永剛
 制作  聯華影業公司 1934年作品

阮玲玉と養女・小玉

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