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2009年1月31日 (土)

サイアムの風 パーン・ナカリン

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  僕が今迄タイ・ポップスのアルバムの中で一番聴いたのは、ターターの《TATA REMIX》とナカリン・キンサック(パーン)の《カイ・パーン》と《30歳記念》であった。いずれもカセット・テープにコピーしたのをウォークマンで国内でも旅先でも頻く聴いていたけど、さすがにこの五、六年は稀にCDで聴くぐらいになってしまった。

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 《カイ・パーン》なんて、オリジナル・カセット二個も持っていて、一つは後で買い足した奴だが、プラ・ケースに"SONY MUSIC"と刻印してあって、ジャケットには95バーツと印刷してあるけどプラ・ケースに貼ってある小さなラベルには"90"バーツとある。
 このテープを最初に買った時、雑貨店の店頭に置いてあるカセット・テープ棚を一通り眺めて、一番気の利いたデザインのカセットがこれだった。(試聴の出来ない時の僕の感性を頼りにした選択方法) 今でも、仲々如何にもタイの芳りが漂っているこのデザインは素晴らしいと思う。もう十年以上も過ぎた現在ですら、これ以上のカバー・ジャケットってないのではないか。
 如何にも熱そうにタイの親父が襟首から風を入れようとしている姿とテーブルの上の水の入ったコップ、そして白い上着のパーン・ナカリン。上の暗がりに紅いタイ文字。これが、アルファベットなんかだとタイ風味も随分と希薄になってしまったろう。全く絵になっている。
 そしてジャケットを拡げると、ヤワラート風の暦の一頁とロック・ジャケットもどき。そして裏面のインド親父の映ったパフラットの床屋風。いや、期待を裏切らない出来で、その上、肝心の音楽はというと、"サバーイ・ディー"、"ペン・ナー"と乗りまくって"ヨーム・マイ・トゥング"でスローだがせつせつと唄いあげ、すっかりオルタネーティヴ・タイ・ミュージック"ナカリン"の世界に引き込まれてしまう。
 最初聴いた時、やたら高音が続き声が裏返ったりするのには驚いてしまった。タイの他のミュージシャンにも居て、これはタイの特性なんだと理解できた。日本でも欧米でも余り聴いたことがない(僕が知らないだけかも知れないが)。

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 何年かして《30歳記念》のCDが出た。ソニーらしく、随分と凝った造りのCDだけど、中に出てくるモニター画面、幾ら試してもサンド・ストームばかりで何の映像も出て来ない。これはタイのVCDプレーヤーだと写るんだろうか。
 中身は文句ない。ナカリンの中でもベストだろう。
 TATAのは主にインドネシア=バリで、何故か彼の地の風土に合ったのか、毎日幾度と無く聴きまくっていたけど、《30歳記念》の方は、国内でも旅先でも移動の時なんかに聴いた。実にバスに好く合った。
 "フア・ラーン・ジャイ・ノーイ"、"ピーチャーイ"、"アムナート"、"ラン・バーン"なんか特に気に入っている。

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 その後の、"金メッキ"も結構好かったし、比較的最近の"ドークマイ・ディヨウ"もルークトゥン風も入っていて癒し系アルバムって処で悪くはない。
 
 何時だったか、サイアムのタワー・レコードで、二人ツ連れの高校一、二年くらいの男子が、ナカリンのカセットだったかCDだったかもう定かでないが手に取り、二人で眺めながら、
 「カイ・パーン!」
 と、鼻にかかった発音と好く通る声で言った。
 ああ、あんな風に発音するのか、とその本家タイ式の絶妙な発音にすっかり感心してしまったことがあった。あのぐらいの世代でも知っているのが分かった。

   確かサイアム・センターだったと思うが、フード・コードの奥、恰度キッチンの真裏あたりにも狭いスペースにテーブルが並んでいて、そこにコイン式のミュージック・ボックスが設置してあった。見ると、ナカリンの曲も何曲か並んでいて、宿ではポップスの類はプレーヤーとスピーカー備わっていてもかけてくれないし、ウォークマンばかりじゃと、時々ナカリンを、ストローを挿した冷えた大きなココナッツを傍らに置き、吹き出す汗としびれる舌先にふうふう言って辛いグリーン・カレーを食べながら、大きな音量で聴いたものであった。

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