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2009年1月10日 (土)

《パラダイス・ナウ》 天国のゆらぎ

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   年末からイスラエルのガザ地区爆撃が喧すしかったが、イスラエル占領下のヨルダン川西岸、パレスチナ人の町ナブルス、ここに住む二人の青年の、イスラエルの要衝テルアビブでの自爆テロを巡る物語。
 日毎、銃撃や爆発が起きているナブルスや平穏なテルアビブでの現地撮影を敢行したという。プロデューサーの中にイスラエル人が居たから出来たのであろうか。監督のハニ・アブ・アサド自身イスラエル育ちのパレスチナ人で、彼のパスポートはイスラエルのものという。

 日夜イスラエル軍による厳しい監視や攻撃に晒されている周囲を壁に囲まれた緊張し閉塞したナブルスの町で、他に仕事もなく、仕方なくしがない中古車販売会社で働いている幼馴染みのサイードとハーレド。
 ある日、自爆テロ志願の連絡係のジャマールから、二人に翌日のテルアビブでの自爆テロが決まったと伝えられる。
 二人は決行の事は伏せたまま自宅で家族との最後の夜を過ごし、翌日、ジャマールに連れられてアジトへ。
 先ず、自爆テロ宣言のビデオを撮影。更に、長髪をイスラエル兵の如く短く刈り、体毛も全て剃って、胴体に爆弾を巻き付けられる。下側に附けられた紐を引くと自爆し、その爆弾帯を外そうとしても自動的に自爆するという。
 自爆攻撃を恐れてイスラエル兵達は遠くからでも見境無く撃って来るので、出来るだけ彼等に近づき、少しでも多くのイスラエル兵士達を道連れにする旨教示される。結婚式に赴くという口実用に、黒の背広の上下身で身を包む。それから、一同で最後の晩餐ならぬ会食。

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 境界の金網の間から、二人はイスラエル領内に入る。
 すぐ先に組織が手配した男がテルアビブまで案内する手筈になっていた。が、二人が車に近づこうとすると、向こうからイスラエル軍の車両が突然現れ、ガイド役の車も逃げだし、二人も逃げ出した。只、逃げ出すタイミングがずれてしまい、それが二人のその後の行方を左右することとなってしまう。
 最初からやる気満々のハーレドはまだ元の場所に停まっていたジャマールの車に飛び乗ることが出来、急いで町に逃げ戻れた。しかし、途中草むらに隠れたサイードの方は、ハーレドとはぐれ、打ち合わせにない事態に途方に暮れてしまう。初めはそれほど積極的でもなかったサイードだったが、それでも、今更引き返すわけにも行かず、一人決然と、再びフェンスの間を通ってイスラエル領内に入り込む。漸く近くのバス停まで辿り着けた。バス停には既にイスラエル人の子連れの主婦や大人達がバスを待っていた。さて・・・やがてバスがやって来るが、乗り過ごし、結局町へ後戻りしてしまう。

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 後は、サイードとハーレドの自爆テロへの姿勢が入れ替わるという、些かお決まり的手法でもあるが、何たって、現実のパレスチナ的状況を前にしては、それでも十分にリアリティは有り、最後は、サイード一人でテルアビブでの自爆テロ決行に赴く。画面では無いが、テルアビブのメインの通りをゆっくり走って行く兵士達の姿の多いバスの中で、確実に爆弾の紐を引くことは出来たろう。
 実は、サイードの父親は、インティファーダ(1987年のイスラエルに対するパレスチナ人の民衆蜂起)の時、イスラエル軍に脅され裏切った密告者として、射殺されてしまっていた。家族を守るための父親の苦渋の選択であった。その当時まだ十歳だった彼はそれがトラウマとなっていて、何としても、父親の汚名を濯ぐという意味もあったろうが、同時に、イスラエルから受けた加害をイスラエルにお返しするという意味もあった。

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 映画では、殺戮と報復の出口のない連鎖として捉えられているが、宗教に裏打ちされた自爆テロじゃあ、やっぱり勝てないし、現実世界的"解放"には到底至り得まい。逆に謂うと、それだけパレスチナの青年達って底なしに閉塞した境遇に置かれているって訳であろう。この現実の地獄から何としても抜け出したい故の、非力な自分でも可能な唯一の自己救済が自爆テロであったのだ。
 
 翻って、昨今の日本を見るにつけ、秋葉原事件始め一連の社会的テロルと謂えなくもない行動、その有り様や程度こそ違え、その底に流れている響きは同じであろう。恐らく、彼等に爆薬と自爆装置の術があれば実行したろうし、恐らく、自爆の場は、意外と秋葉原等ではなかったかも知れない。           
 アブ・カレムという組織の指導者、何処かで見た顔と思ってたら、ジェイミー・ホックス主演のハリウッド映画《キングダム》で、サウジの捜査官アル・ガージー大佐を演じていたアシュラフ・バルフムであった。ハリウッド映画のお決まり現地スタッフのステレオ・タイプ役であっても、それなりに様になっていた。勿論彼もパレスチナ人。

 サイード   カイス・ネシフ
 ハーレド   アリ・スリマン
 スーハ    ルブナ・アザバル
 ジャマール  アメル・レヘル
 アブ・カレム アシュラフ・バルフム
 サイードの母 ヒアム・アッバス

 監督  ハニ・アブ・アサド
 脚本  ハニ・アブ・アサド、ベロ・ベイアー
 撮影  アントワーヌ・エベレレ
 制作  レゾナント   仏・独・蘭・パレスチナ 2005年作品

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