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2009年2月23日 (月)

《OK ベートン》 還俗僧、衆生に生まれ変わる

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   今もってタイ南部では、連日銃撃やら斬首やら爆発事件が続いていて、一向に解決どころか首府バンコクにすらその触手が伸びはじめ、インドのカシミール並になってしまっている。
 宗教、民族、経済格差、政治的経済的策謀等様々な問題を孕んだ紛争だけに、私利私欲に汲々するタイ権力及び周辺の類には、到底解決不能。いいとこ、金と力による誤魔化しがあるだけ。
 2000年のミャンマーのカレン族《神の軍隊》によるラチャブリーの病院占拠事件での、タイ権力の問答無用的な殲滅的武力鎮圧によって、その後のタイにおけるこの種の問題での基本線が確定されてしまった。事件当時、その手の対応は、決して問題の解決にならないどころか、逆にこじらせ長期化し悪循環と疲弊があるだけなのは誰でも分かっていたはず。それとも、"自由タイ"以来のタイ権力に巣くっている米英の影によるものなのだろうか。

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 で、《ナンナーク》のノンシー・ニミブットの2003年のこの作品、そのタイ南部も南部、最南端のちょっと歩けばもうマレーシアというヤッラー県の山間部、ベートンという小さな町が舞台。山奥といっても、朝夕アザーンが町中に鳴響くイスラム教徒の多い、カフェもあればカラオケもホテルも立ち並んでいる近代的な佇まい。そこで還俗僧タムが様々な現実的問題をまことに不慣れに不器用に通過してゆき漸く一衆生に生まれ変わる物語。

 『今こそ、これまでの人生で身につけてきた一切をうち捨てる用意をしなければならない』(ブッダ)

 というテーマが冒頭提示される。実際には、これは実社会の塵を払い捨て出家する時の言葉であるが、それを逆に使っている訳で、その過程を中心に据え、南部(だけに限ったことではないのだろうが)問題が不可避の契機として設えられている。そして、仏教徒タムが、同時に一般的つまり大半のタイ人(=仏教徒)としても定位されている。要するに、一般のタイ人達にも同じことを問いかけているって訳だろう。確かに、問題は、それほどに切実且つ容易ならざるものだ。これはタイだけにとどまらず、すぐれて全世界的な課題でもあって、2001年の9.11ニューヨーク同時多発テロ事件もその好例だ。

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 近代に入って欧米の近代主義にタイも、特に王族・権力・エリート達が一方的に染まってしまい、国家=国民のナショナリズムを造り出し煽り立て続けてきた。タイで一番最初に住んでいた先住民たる東北イサーンの人々ってラオ語らしいし、北部山岳民族、チャンパ、クメール系、南部マレー系等々の存在・個性を無視してきた。
 《スリヨ・タイ》の頃にはまだタイもようやくこんな大型時代劇も作れるようになったのかといっぱしのタイ通気取りで隔日の感に酔い痴れもできたろうが、又ぞろ王族の《ナレス・ワン大王》で見え見えのナショナリズム宣揚のための映画でしかないのが確然としてしまった。こんな救いようのない状況故に作らざるを得なかったのか、あるいは南部を舞台にしたら嫌でも直面してしまったのか。尤も、ノンシー・ニミブット監督にも近作《The Queen of Langlasuka》って王様映画があるけど未見なのでどんな内容か定かでない。

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 ある日タイ東北部のある僧院に起居する青年僧タムの処に一通の通知がもたらされた。南タイのベートンに居た彼の実の姉が、南部問題での列車爆破事件の被害者となってしまったのだ。
 姉はベートンで美容院を経営していて、彼女には一人娘が居たのだが何しろまだ七歳の少女、彼がその娘の面倒を見ながら店を継がざるを得なくなった。還俗を余儀なくされてしまった。
 ベートンでの姉達列車爆破事件の被害者達の合同葬を了え、女ばかりの美容院に戻り姉の部屋でマリアと一緒に生活してゆくことになる。僧としてパンツすら身につけたこともなかったタムはまずパンツを履くことに慣れることから始めざるを得なかった。初日パンツも身につけずにズボンを履いたため一物をジッパーで引っかけてしまい大騒ぎ。そんな時も、姉と親しかった近くのカラオケ・クラブの親父ワンが、親身にあれこれタムの世話をやいて呉れた。ワンのカラオケ・クラブで歌手をしている彼の娘フェーンもタムを気に入って、むさい服から自分好みのナウい若者風のファッションに変身させる。

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 ワン同様姉と親しかった近所の旅行代理店で働く娘リンも、姉の娘マリアの面倒をみながらタムにも親しく接して呉れる。タムは忽ち清楚で美人のリンに惚れてしまう。リン役のジーラナン・マノジャム、細っそりとした日本人風な相貌でもあるが仲々楚々とした美形。イスラムのスカーフも好く似合う。
 幼いマリアは、やがて、隣国マレーシアの長年疎遠であった父親カセムの元に引き取られることになる。リンにも、ファレクという恋人がいたのだが、イスラム過激派となってしまっていて、彼の属する組織が件の列車爆破事件に関わった可能性も窺えた。タムと一緒にリンは郊外の山中にある廃坑に隠れたファレクに会いに行くが、リンが爆破事件をなじり、互いに感情的になったままもの別れ。それでも、後日、ファレクからタムに秘密裏に合い来て、リンへの手紙を託される。やがて、ファレクはイスラム団体の幹部達に付き添われて、警察に自首して出る。
 今まで戸棚に置いてあった僧衣もやがて何処かに仕舞われ、美容院の若い経営者として、塵世の一衆生タムの新しい人生が漸く始まったのだ。

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 それにしても、過激派が警察に自首ってのは、早い話何の解決にもなるはずがなく、《神の軍隊》事件の経験もまるで意味がなかったと思われても仕方がない。勿論監督ニミブットの事だけど、さすがにこれには白けきってしまった。別にこの映画、政治性を前面に出した造りではないけど、今のタイではそれ以上は仲々踏み込めないのだろうか。
 《ナンナーク》とは又違った味わいの佳作で、ペンエークよりは大衆受けするノンシー・ニミブットの次回作を期待したい。

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  タム   ポーバリット・プンプアン
 リン   ジーラナン・マノジャム
 マリア  サランヤ・クルエンサイ
 ファレク アタポーン・テーマコーン
 
 監督  ノンシー・ニミブット
 脚本  ノンシー・ニミブット
 撮影  チャンキット・チャムニヴィカイポン
 美術  エーク・レムチュエン
 制作  シネマシア 2003年作品

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