« 《酔いどれ詩人になる前に》チャールズ・ブコウスキー | トップページ | 平成・町おこし観光 あの"朋友"が・・・ »

2009年2月 7日 (土)

マクドナルド   旅先のファースト・フード

 X

   日本マクドナルドが売り上げナンバーワンという。
 長年にわたるこの国の政府による詐瞞と無能・無責任による恒久化した"不況"のお陰で、百円ショップともどもに百二十円珈琲や百円バーガーというボトム・プライス攻勢が功を奏したのであろう。さすがに今時、元々意味はあるはずもなかった、スターバックスとの珈琲合戦なんて口にする者は居なくなった。

 本家米国のマックじゃ、日本の百円バーガーに相当するのは一ドル以下で、それも大分前からそんな価格だったらしいが、タイのマックなんかでは如何なんだろう。百円商品に対応した商品てあるんだろうか。以前は、確か、コーン・アイスクリームが五バーツだった。それが一番のボトム・プライス商品だった。女子高生なんか夕涼み代わりに教科書を片手にやってきてそのコーン・アイスクリームで頻く粘っていた。しかし、幾ら何でも、五バーツのバーガーじゃ儲け幾らもないだろうから、十バーツぐらいであろうか。

 僕が海外で一番多く利用したマクドナルドは、やはり、バンコクのである。そもそも、僕がマクドナルドの洗礼を受けたのも、このバンコクであった。(日本では間違っても入ったことはなかった。)バンコクではマックは基本的には暑熱から退避する場所として長居が出来て重宝だったからだ。
 バーガーはきっぱり不味い。
 さりとて、他のファースト・フード屋も、味はモス・バーガー以外は大差ない。最近でこそ、マックの隣の落ち穂拾いのロッテリアという正名を返上とばかりに、"絶品"戦略商品の味覚で若干の凌駕を持続出来てはいるものの、それだけで後の商品は不味い高いで、やっぱりもの。尤も、タイにロッテリアの看板見掛けたことない。ロッテリアも北京が最初でそこのフラッペは気に入っていた。

1

 バンコクの中国人街ヤワラートのオールド・サイアムにある大きめのマックは例外的に場所柄を反映してか、昼間はあたかも老爺の集会場の観を呈して、爺さんだらけ。旧いオーソドックスな茶店より居心地が好いのだろうか。
 僕の場合、宿がシープラヤーというパッカーとしては特殊な場所に定宿がある関係で、スリウォン通りに面したパッポンの出口角のマックが行きつけであった。
 ここは場所柄昼間でも夜でも仲々飽きない。
 パッポンの夜店屋台の作りつけから、行き交う人々、最初仕事帰りのサラリーマンとばかり思っていたら、何かゴソゴソしてるのでふと振り向くと、小さな手鏡でアイシャドーを塗ったりしていたり、無料のコーラを片手にパッポン警備のポリスが階段を昇ってきてすっかり化粧の了えた彼の方をしげしげと眺め、物珍しそうに言葉を交わし始めたり。
 時代が下るにつれて、中国人の団体客の姿もしばしば見るようになってきた。傍若無人にまずオーダーしてないのが殆どで、申し訳程度にその中の一人か二人がセット・メニューをプレートに乗せて現れるぐらいだった。

 日本国内のマックでも事情はさほど変わらず、昼食時に現れたOL達。テーブルをくっつけて五、六人が徐ろに持参の弁当を拡げ食べ始めた。ああ、食べ了わった後で、飲み物でもオーダーするのかと勝手に推量していたら、案の定食べ了わって何人かがゾロゾロと階段を下りていった。ところが、再び戻ってきた女達の中のたった一人だけが、ボトム・プライスのコーン・アイスクリームをさも美味そうというより、むしろ得意気にすら僕には映ったが、舐めていただけであった。女って格好つける割にはつくづくセコイなーと感心してしまった。因みにそのマックの女従業員の半分は中国娘達だった。国際色あって僕は歓迎だ。そういえば、そのマックの近くの吉野屋にも見掛けた。
 不味い米国系ファーストフードであるが、中国には米国資本のフランチャイズ以外にも、ディコスやマリーブラウン等ランチ・メニューがあるファースト・フード屋もある。日本にも早く、そんなランチ・メニューのあるファーストフード屋に参入して貰いたいもんだ。三食続けて食べると肝臓をやられそうな米国系の油漬けメニューなんてご免蒙りたい。

|

« 《酔いどれ詩人になる前に》チャールズ・ブコウスキー | トップページ | 平成・町おこし観光 あの"朋友"が・・・ »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 《酔いどれ詩人になる前に》チャールズ・ブコウスキー | トップページ | 平成・町おこし観光 あの"朋友"が・・・ »