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2009年3月の9件の記事

2009年3月31日 (火)

MANGA KATCH タイのDOJO CITY系マンガ雑誌

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   前回、本元のアイドル雑誌"KATCH"を紹介したけど、今回は男向けマンガ雑誌"MANGA  KATCH"。"KATCH"の方は可成りバックナンバー持ってるけど、こっちの方は余り面白くもないので数冊しか保管してない。別にマンガ嫌いではないが、国内の物ともども見たくなるような作品に仲々巡り会えない。もうあれから大部年月も過ち、事情も変わってきただろうが。

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 その両方の雑誌の殆どが、エカマイの一階にマックとKFCが向かい合って並んでいる上階が映画コンプレックスになっているビルの三、四階のキャラクター・グッズなんかも売っているミニ書店で買ったもの。確か地階にボーリング場があったと記憶している。やがて"オイシイ"系のジャパニーズフード屋も上階に出来たり。この手のナウいインテリアのジャパニーズフード店、客もタイ人ばかりで、タイ人の女性店員が着物を妙な着方をしていて面白く、一度入ってみたかったのだが、結局未経験のまま。これは残念だった。これがそのままのスタイルで日本に入って来たら、タイ風ジャパニーズフードってことでになるのだろうが、これ又一興で、是非出店して欲しいものだ。問題は料金だろうか。

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 この雑誌に、日本のマンガ雑誌にも寄稿しているらしいナヴィン・ラワンチャイクルの別冊"タクシーマン"の小版の付録が付いていた。16ぺージの薄いもので、ハチャメチャな内容だけど、個人的には嫌いではない。主人公と作者のナヴィン(タイ風発音だとナウィンあるいはネウィンだろうか)親爺の面子殆どそのままで笑わせる。2000年一月の"第三号"の"マンガ・マネージャー・ページ"で、ナヴィンと編集のボイド・コシヤボンのインタビューが掲載されている。

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 "KATCH"より一回り大きく紙質は日本のとちょっと違うが荒い。色刷りページはやや上質、巻頭のグラビアは日本のと同様の光沢紙。二百ページぐらい。70バーツ。
 マンガは七点くらい。色刷りのページに"フード・ページ"というバンコクのタイフードを料理や店の写真付き点数評価付き紹介している。"8番ラーメン"はロゴだけだったが、美味さでは90点、因みに同じページのヤワラートの店のクオッティヨウ・クワ・ガイは100点。

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2009年3月27日 (金)

ポスト・ナンナーク タイ恐怖映画

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   サイトを見ると、ターターやトン、そして今や泰国恐怖電影皇后マミーこと、ナパッパパー・ナクプラシットまでが出演する米国映画"ビッター/スィート"が公開されるとか。マミーはともかく、ターターとトンが映画で共演するのは初めてではないだろうか。これはタイ国内の映画ではまず実現しない顔合わせだろう。米国資本関与の副産物ってところだろう。米側はその辺りを事前に知悉していてのキャスティングだったのかも。
 この映画別にホラーではなくラブ・コメディーのようで、マミーも強面ではなく普通の役らしいが、是非観てみたい。そう云えば、マミーの文字通りの鳥肌立つような妖艶さ全開のタイ・ホラー"アート・オブ・デヴィル"、ハリウッドでリメイクする話だったけど如何なったのだろう。

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 タイ人のホラー好きとお笑い物好きは有名だが、これはしかし、何処の国でもそう大差はないのではないだろうか。「クワン&リアム」、「クンぺン&クンチャン」なんかの古典的悲恋物もタイ人の嗜好物。
 尤も「クンペン&クンチャン」は、時代活劇+ホラー的要素も強く、タイ人の好みが全て凝集されたものと云えなくもない。クンぺンはタイの歴史上の伝説的黒魔術騎士だけど、映画だと国王の前では意外と情けない。頼朝の前の義経みたいなものだろうか。

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   タイ・ホラーの新基軸といえば、やはりノンシー・ニミブットの"ナンナーク"だろう。
 それよりちょっと後に出た"ロンレーム・ピー"怨霊飯店、ナンナークで主演したウィナイ・グライブットが怨霊たる老主人役で出ているが、典型的なニミブットの"ナンナーク"以前の作風。先の同じ「クンぺン&クンチャン」と同じ年、同じ"MONGKOL"制作。
 確かに、予算の問題も多少関係はあるのだろうが、総体的に造りがちゃち。
 老主人に扮したグライブットの老爺のメーキャップも安っぽく、タイ風に云えばテレビの"ソープオペラ"並。しかし、これは日本も同じで、最近でこそ少しは増しになったが嘗て伊丹十三が嘆いていたゆえん。

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 ストーリーはありふれている。
 海に面した旧い洋館のホテルにまつわる秘された愛憎悲話。
 ある時、改装中のホテルから仏像が見つかり、工事の邪魔にもなるので他に移される。しかし、実はそれは愛憎劇の果てに亡くなったそのホテルの老主人の怨霊を封ずるための仏像であった。封印が解け、早速怨霊の復讐の惨劇が始まる。
 最愛の先妻の死にすっかり絶望し長年抜け殻のようになっていた老主人の前に、ある娘が現れ、すっかり惚れ込み、生気を取り戻す。求婚までし娘は承諾する。そして結婚式の当日、花嫁の待つ寝室に衆人達の見守る中で扉を開くと、果たして、娘の姿は無かった。ホテルのある使用人と一緒に駆け落ちしてしまったのだった。娘と使用人の裏切りに激しい憎悪と絶望に身を焼きながら失意の内に亡くなってしまった老爺の怨霊の復活。
 それでも、惨劇の間、逃げた花嫁に瓜二つの彼女の実の娘を、しかし、怨霊は幾たびも助けていた。結局、逃げた花嫁への愛情(執着)がそれほど強かったという訳なのだが、"怨"の塊と化したダイナミズムが希薄で、何しろあらゆる面で造りがちゃちなこともあって、エピソードはあれこれ盛ってあるが凡庸なテレビ劇でも観ているように退屈さ。

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 確かに「ナンナーク」もお世辞にも怖いとは云えない代物。監督のニミブット自身も別段ホラー的部分に殊更力を入れているようには思えない。それにも拘わらず、「ナンナーク」が面白かったのはそれなりの予算をかけて造ったので、セットやロケ特殊効果等のちゃちさから免れていたというのもあるだろうが、映像も今風に凝って、"反戦"的テーマも織り込み、何よりもニミブット自身の監督的手腕によるところ大ってところであろう。
 又、運河への拘りという要素も面白い。
 トンの主演した「クワン&リアム」なんか観ても、「ナンナーク」の舞台になったプラカノンより「クワン&リアム」のバーン・カピの方が更に奥深かったはずが、映画ではむしろ長閑な田園地帯。「ナンナーク」のジャングル然とした伝でいけば、バーン・カピはさしずめ熱帯雨林の極みみたいな場所でなくてはなるまい。ニミブットが"造った"のであろう。あれはしかし、「ナンナーク」伝説の雰囲気作りには不可欠な舞台装置であった。それに運河、水は、正にタイそのもの。

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 ニミブットの「ナンナーク」以降、様々なホラー映画が多産され、正に百花斉放時代。そんな中で、アクション映画の雄・オキサイド・パンあるいはパン兄弟の造るホラー映画、タイのホラーとは微妙に感覚が異なり、「ザ・パーク」「ザ・アイ見鬼」等は正に香港ホラーでお粗末。「リサイクル」ではそれなりに予算かけているみたいで、ちゃちさから多少免れ、そこそこ見れなくはないけれど、やはり本質的にちゃちさ加減から抜け出れてない。これがあのモンコビシット主演の「バンコク・デンジャラス」と同じ監督かと眼を疑ってしまう。やはり、本質的に香港ホラーで"怖さ"なんて皆無。

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 香港映画の場合、所謂ホラーではなく、台湾女優を使った"ゴースト・ストーリー"物、つまり妖艶な精霊達のラブ・ストーリーの方のジャンルの方が遙かに優れている。
 最近中国で「画皮」なんて金かけたホラー大作造ったらしいが、普通の中国ホラー、例えば比較的最近の「寒村客桟」なんて、若手の香港俳優を起用し映像も小綺麗だけど、凡々作で、ホラー的技法がお粗末過ぎる。客桟なんて云うから、てっきり武侠ホラーかと勘違いしあらぬ期待までしてしまった。

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 ハリウッド製のリアルなホラー映画を観慣れた眼からすると、何としても「ナンナーク」以前のアジアン・ホラーはちゃちで学芸会芝居のようにしか観えない。  それでも、漸く鑑賞に堪えれるホラー映画がタイでもどんどん現れていて、「ナンナーク」の主演女優サーイが主演した「ヒエーン」、タイ黒魔術の「ネクロマンサー」、男女学生が殺されまくる「スケアード」等皆ハリウッド的技法と模倣からそれなりのものを作り上げていて先が楽しみ。個人的には、「ネクロマンサー」が一番気に入っていて、確かにあれも一昔前のデヴィッド・クローネンバーグの「スキャナーズ」等を彷彿とさせるが何しろもろタイ式呪術が扱われていてそんなもの吹っ飛ばしている。勿論難点も多々あるけど、シリーズであるなしに拘わらず、あの続編を撮って欲しいものだ。

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 因みに「シーウィー」、あれもやはりホラーの範疇に入ってしまうのだろうか。
 確かに、子供の心臓を煮て喰ったりするのはホラーなんだろうが、あれこそタイの社会的歪みを映像化した所謂犯罪者映画だと個人的には思っている。そもそもタイ、特にバンコクなんて、戦後暫くまで、本来農民達の大半が農地に縛り付けられていて、都市の労働力の殆どを中国南部からの低賃金の移民に頼っていた特殊なタイ的状況ってものが前提とされているのだから。そこに中国人秘密組織が暗躍し、移民労働者達は悲惨な状況下に呻吟する他はなかった。正にブルース・リーの「ドラゴン危機一髪Big Boss」の世界だったのだ。

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2009年3月23日 (月)

 《テッセラクト》 オキサイド・パン

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   ニコラス・ケージ主演の《バンコック・デンジャラス》、日本でも五月頃公開されるらしい。米国やタイで公開されてから余りに月日が過ちすぎて、てっきり我が南西辺境州だけ未公開になってしまったのかと勘違いまでしてしまった。サイト見ると興行的には転けたような感じだったが、スティーブン・セガールの《沈黙の聖戦》では端役扱いで、ちょっと出てすぐ殺されてしまったチャークリット・イェムナム、今回はちゃんとした役のようで是非一度観てみたい。
 パワリット・モンコンビシット主演の《レイン:バンコク・デンジャラス》、《ワン・テイク・オンリー:ソム&バーンク》はタイ・アクション&青春映画の画期的作品といえるだろう。そしてこの三作目といえる《テッセラクト》はオキサイド・パン世界を飛躍させた更なる画期的作品といえよう。

 

 オキサイド・パン、あるいはパン兄弟の"ホラー"物は頂けないが、アクション系だと俄然本領を発揮してしまう。舞台がタイというのも関係しているのではなかろうか。タイ映画自体、ずっと百花斉放時代が続いていて、オキサイド・パンもその一翼を担い続けている。
  《テッセラクト》とは超四次元立方体あるいは投影図の事らしい。
 英国作家・アレックス・ガーランドの同名の小説が原作で、未読なので関連の程は詳びらかでない。この手の、物語の時空を、特に時間の前後関係を切り貼りする手法はこの作品前後辺りから流行始めたようで、これからも映画館で見掛け続けるだろう。端的に言えば、世の中がG・オーウェルの《1984》世界にとっくに入ってしまっている事に照応しているのであろう。

 

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 英国人旅行者ショーンは、バンコクの旧い洋館のホテルの303号室に投宿した。
 この確か旧税関の巨大な洋館は仲々雰囲気があっていい。マット・ディロン主演の《シティー・オブ・ゴースト》のプノンペンの旧いホテルに擬した植民地時代の建物も正に"プノンペン"って感じが非常に好かったが、このバンコクの建物は建物自体が役所関係だったので殺風景にも拘わらず、背後の高層ビルと相まって、一種世紀末あるいは時間を超絶したような雰囲気すら湛えていて、舞台の中心に据えるにはもってこいのシチュエーションだったろう。
 やんごとない事情から、金のために、一個人旅行者でしかないのにも拘わらず、地元のマフィア=シア・トウから未精製の麻薬のブロックを預かり、約束の時間にシア・トウ一味に渡す仕事に就いていた。ホテルの外に出るとシア・トウの配下がくっついてきて鬱陶しくホテルの薄暗い部屋に閉じこもって連絡を待つしかなかった。ふと、ゴーゴーバーの踊子フォンから貰った手書きの名刺を思い出し早速部屋に来るように電話する。フォンはマフィアの男の恋人ロイがいて、近々一緒に英国に旅する事になっていた。

 

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  そのホテルにウィットというボーイが居た。
 手癖が悪く、客の留守を狙って荷物から金目の物を盗み出していた。
 今日もローザという英国女が現れ、カウンターで大金を手に料金を前払いしているのを見逃さなかった。間髪入れずにその中年女の鞄を持ち部屋まで運び、ちゃっかりチップを貰う。やがて女が外出すると部屋に入り込み、鞄を開けて中を物色。故買商がDV(デジタル・ビデオカメラ)なら高く買い取ってやると云っていた正にそのDVが入っていてウィットはすっかりご満悦。とっ、そこに、仕事用のそのDVを忘れ取りに戻ったローザがドアを開けて入った来た。現場を押さえられウィットはひたすら両手を合わせて許しを乞い続けた。が、ローザは、DVが戻れば好かっただけで、許す代わりに、彼女の仕事、子供達の夢を聴いて分析するための、インタビューを受けさせた。どころか、小遣いまで呉れたのだった。

 

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 ローザは故国英国で、一人息子を病で亡くし、傷心していた。
 息子と同年配のウィットと接していると思わず亡くなった息子を思い出してしまう。
 部屋に戻る時廊下に群れていた警官に職務質問され、同じフロアーの一室で女の射殺死体が発見されたという。恐る恐る開け放ったドア越しに中を覗いてみると、ウィットが話していた夢と同じ光景なのに気付く。ウィットはその現場を見て夢と称していたのだ。
 ローザが町中のカフェで寛いでいると外で交通事故が起きた。よく見ると、肥えた男が車に撥ねられ、その向こうに何と逃げだそうとしているウィットの姿があるではないか。慌てて外に飛び出しウィットを追った。追いつき、別の一流ホテルの自分の部屋にウィットを入れ、ウィットが何処かに逃げ出したいと零したので半分に折った百ドル札の小さな束を呉れた。今夜はここに泊まって明日その金で逃げたいところに逃げればいいと。単純なウィットは余りの親切にお礼代わりに手にしていたプラスチック箱に入った未精製の麻薬のブロックをマンゴー・プリンと偽って渡す。無知なローザは嬉しそうに貰う。

 

 シア・トウ一味に未精製の麻薬のブロックを奪われたマフィヤのボスは、子飼いの女殺し屋リタにシア・トウの殺害と麻薬の奪還を命じ、リタはバイクでシア・トウ一味を襲うが失敗し逆に脇腹に被弾してしまう。ショーンの部屋に昇る階段の前の部屋に泊まり、応急処置で誤魔化しながら、連絡を待つしかなかった・・・・
 
 ショーンの荷物を物色したウィットが麻薬のブロックを盗みだしテーブルに置いてあった灰皿を代わりに箱の中に詰めておいた。その後、戻ってきたショーンがフォンを呼んだのだった。こんな風に、時間を切り刻みあっこっちに貼り付け組み立てた造りになっていて、特殊効果を多用した映像とうまくフィットして仲々面白い映画に仕上がっている。前二作とは随分と違った趣きで、この次の作品に期待が持てる。 
 
 結局は、カオダイ村の子供達に取材に向かうローザの処に全てが向かい、英国勢は蜂の巣、ウィットすら片耳を被弾し血塗れになってしまう。シア・トウの配下の、フォンの恋人ロイもショーンに頭を撃ち抜かれて即死。未精製の麻薬のブロックは、死んだリタの双生児の女殺し屋が取り戻し面目を保つ。
 
 ローザが映画の最初の方でこう云う。
 
 人生は混沌
 それでも
 運命に導かれている
 ひとつの因果が
 また別の因果を呼ぶ

 

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  監督 オキサイド・パン
 脚本 オキサイド・パン、パトリック・ニーテ
 原作 パトリック・ガーランド
 撮影 デーチャ・シーマンタ
 美術 ヴィサーヤ・ナヴァソン
 
 
 ショーン   ジョナソン・リース・マイヤーズ
 ローザ    サスキア・リーヴス
 ウィット   アレクサンダー・レンデル
 リタ     リナ・クリステンセン
 シア・トウ  ヴェラディス・ヴィニャラス
 ロイ     カルロ・ナンニ

 

 制作     (英・タイ・日合作)2003年作品

2009年3月19日 (木)

泰国影歌的明星サーイ・チャルンプラ 《Sine》

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  タイの泡沫的明星シリーズもう終わろうと思っていたら、カセットテープを収蔵した段ボールの中からサーイ(インティラー)・チャルンプラの《Sine》という"CATAROCH"から出されたアルバムが出てきた。
 ノンシー・ニミブット監督のヒット作《ナンナーク》で主演した直後ぐらいだったろうか、ある日、カセット・テープ屋の棚にずらり並んでいて、当時としてはナウいファションと精細な写真のジャケットが気に入り買ってしまった。《ナンナーク》の十七歳の主演女優はインティラーになっているが、顔は似てるし、姓のチャルンプラも同じなので、ひょっとして姉妹なのかも知れない可能性も捨てきれないまま、恐らく映画がヒットしたので、業界の定式通り、アルバム・デビューなのだろうと決めつけた。
 当時、サイアムの本屋であれこれ色んな雑誌を漁って確かめようとしたが結局確証は得られぬまま。その内やはりそうだったのが自然に分かってきた。おまけに、姉妹の可能性がとんでもない方に飛んでしまった。あのタイ・ロックの女王マイ・チャルンプラと異父姉妹だったのだ。これも、ターター・ヤンがそうだったけど、タイでは頻(よ)くありそうな異母姉妹と思いこんでいた。父親が違うというのは、離婚の前後の姉妹関係ということになる。これだと、異母姉妹のように"うしろめたさ"ってものが発生しないですむ。サーイには当然そんなものは感じられない。

  長年この《ナンナーク》がサーイの映画デビューとばかり思っていたら、最近そうではないことが分かった。僕の無知と云うより、タイの基本的情報のデータ・ベースってものがお粗末なことから派生した不可抗力的な問題だろう。
 サーイは既に十三歳の時にテレビドラマでデビューしていて、同年アルバム・デビューも果たしていたのだった。そして、映画《バン・テーク・チャーク・ルーク・ポーチャイ》にも女優として出演していた。 
  何のことはなかった、サーイは映画・テレビ・ポップスのスター(明星)だったのだ。 だから、《ナンナーク》は二作目ってことになる。デビュー作映画《バン・テーク・チャーク・ルーク・ポーチャイ》、YOU TUBEで確かめたら、何と主演があのモスであった。ターターと共演した《レッド・バイク・ストーリー》の三年前。当然学園物だけど、サーイ当然仲々若々しい。今では中堅男優のアンドリュウ・グレグソンもモスのクラス・メートとして出ていた。
 
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  問題のサーイのファースト・アルバムは、グラミーの制作で、このアルバムを出した後、インディー系の"CATAROCH"に移籍し、次の《D^Sine》では再びグラミーに戻っている。
  《ナリカー・サーイ》Nalika Sine  (GMM)  
 タイのサイトで聴いてみたら、僕の持っている二枚目の時より、当然若く声が柔らかい。途中"マイ"の声とダブってしまう箇所があり、やっぱり血は争えないなと一人納得してしまった。二枚目の方ではそんなことは感じられなかった。普通のポップスで、つい当時はサーイ、あの国民的アイドル・ターターと張り合っていたのだろうか?等と想像を逞しくしてしまう。
 《ナンナーク》直後の二枚目のアルバム、
  《Sine》サーイ  サーイ・チャルンプラ  (CATAROCH) 1998年
 これは、作曲にブルーノ・ブルヤーノが参加していて、全体的に曲は悪くなく、サーイの唄もそこそこ。只、声が固く、唄うのがやっとって感じも否めず、このことがこのアルバムがデビュー作かと思わせた要因にもなったのだろう。AB面それぞれ五曲づつ計十曲。
 A 1 ポー・モット
  2 プラ・マイ・ルー
  3 ター・トォー・サバーイ・チャイ
  4 チン・チャイ
  5 コー・ハイ・カウ・チャイ
 B 6 100%
    7 トンメカーン・トォー
  8 チャイ・ドゥワン・ニー
  9 チャット・チャット・ノーイ
  10 パープ・カーウ・カーウ    
 
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   モスとサーイ

   この次の三枚目の《D^Sine》は確か持っていたはずだか見つからず、YOU TUBEで聴くと、まさかマイに対抗した訳でもあるまいがロック調。記憶でも悪くはなかったはず。サーイの声質はこっちの方に向いているようにも思えるが、もっと唄い込めば好いのではとは勝手に僕が期待しているだけのことかも知れない。
 その三枚目以後に関してはさっぱり不明。
 だから、やはり泡沫にしては随分と息が長く、その範疇には入らないだろうから、周期的な彗星って処で落ち着いてしまった。
 ところが、マイ・チャルンプラも、有名歌手から映画やテレビ・ドラマに向かったのではなかった。マイの方は、テレビ・ドラマ・デビューも十代以前の子役から始まったようだ。歌手デビューはその後大部過ってから。その後も、映画・ドラマを中心で、歌手活動にブランクがあったらしい。それでもあれだけ唄えるんだから大したものだ。

2009年3月17日 (火)

 "ロッテリア" マックの隣の"落ち穂拾い"から"伏兵"に?

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 とうとうあのモス・バーガーが今夏から百円台バーガーを発売するらしいが、さすがにもう"美味かろう高かかろう"等と一人孤高でたかを喰ってられなくなってしまったのか。
 マクドナルドはちょっと前まで戦略バーガーなんかに少しは気を入れていたみたいだけど、最近は全然変わり映えのしない"揚げ物"メニューばかり、漸くホット・ドッグなんて出てきわしたが。まさか、例のお隣のロッテリアの手を替え品を替えの小手先攻勢に辟易し、お手上げ状態を決め込んだのではあるまい。
 そうなると、俄然、コンクリート・ブッシュの影から虎視眈々と隙を窺い続けてきた伏兵・ロッテリア、迷彩をかなぐり捨て、白昼堂々と"互角"の金看板も派手派手しく"絶品"に"スイーテリア"。こそこそと店長自らマックの様子を横目でチラチラ盗視する間諜まがいの所作もすっかり過去のもの。
 
 初めてロッテリアに入ったのは、もうかれこれ十年以上も前の北京の前面(チェンメン)店。中国銘記は"楽天利"。夏だったこともあって、ミルク金時にフルーツの載ったかき氷"紅豆冰山"(8元)が気に入ったが、コーラ(大)はマックより一回り小さいくせに氷が多くて3.5元。ミルク・シェイクもマックより高かった。
 これは、国内のロッテリアと同じ。
 高い!
 そしてやはり、せこい。
 隣町のロッテリアのコーラ、ともかく水っぽい。値段が高くて薄い? 
 別の町のロッテリアはそんなに水っぽくはないが、妙に甘い・・・。
 ペーパー・ナプキン自体もせこいけど、店によって備えてあったりなかったり。
 "絶品チーズバーガー"も値段の割には小さい。"W"もあるらしいけど、値段はもっと
高いらしい。美味いと云っても、マックよりは、という意味で、あんなに高いのなら、モス・バーガーにするか、自分で作った方がましって思ってしまう。恐らくもっと美味で。
 ロッテリアと言えば"せこい!"というマックの近くの派手な電飾看板はもうそろそろ降ろしたらどうだろうか。

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2009年3月13日 (金)

《夏至》 ハノイの三個のパパイヤ

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   今年、米・仏合作のアクション映画"アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン"が公開になるらしいチャン(トラン)・アン・ユンの、もう九年も前の作品。
 如何にもフレンチ好みの造りになっているのはともかく、タイのペンエークとは亦ちょっと作風の違った独特の耽美的映像は僕も気に入っていて、《シクロ》では魔都サイゴンの下町の怪しげな世界を舞台にしていたが、今度は首府ハノイのインテリ・中産階級家庭を舞台に据えている。これもちょっと鼻につくけど、それはそれ、世の中色んな人々・世界があるってことでしかない。

 

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 それにしても、アンユン監督の手にかかると、中年のおばさんすら妖しげな女(にょ)性も艶やかに煩悩の蜘蛛の糸を吐く。
 《シクロ》でも色男トニー・レオンを絡め取っていたグエン・ニュークイン、ここでも本領を発揮して熟れ過ぎたパパイヤの如く粘っとりと情夫を身悶えさせてみせるが、その生臭さをアンユン監督が、ペンエークの無機的なまでの"揺らぎ"とは別様のファッショナブルなまでに透明な静謐さの中に統べてしまう。
 主役のはずのヌー・イエン・ケーも、その業の焔の熾烈さには、すっかり影が薄くなってしまう。それはしかし、その対照として、清々しい若々しさに耀くヌー・イエン・ケーなのであろう。
 更に、この《夏至》では、その間にもう一人、レ・カイン演じる次女が入り、二十代、三十代、四十代とそれぞれの世代の女の生態を描き出してみせている。

 

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 自宅でカフェを営んでいる長女スオンの旦那はカメラマンで、幾年も前、スオンが流産してしまってから、二人の関係がギクシャクし始め、冷たい関係が未だに続いていた。実は、流産した直後、傷心の余りか、ハロン湾かどっかの人里離れたビーチに若い愛人を作り子供すらもうけていたのだった。その二重生活に次第に堪えられなくなってしまい、スオンと離別することを決意する。

 

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 次女カインの夫は作家で、近々出版するべく小説を執筆中。漸く身籠もったことを彼女は夫に知らせるが、姉妹にはまだ伝えず二人だけの秘密にしておくことを約束させる。が、執筆が行き詰まりサイゴンに気分転換に赴く途中の飛行機の中で、たまたま隣り合わせた女に魅かれてしまい、ついにはホテルで逢瀬の段取りまで行き着く。ところが、いざ彼女の部屋に入ってみると女は薄いネグリジェを纏ったまま横になっていて、そのまま廊下に戻ってしまう。浮気は未遂のままに了わってしまったものの、帰宅した彼の背広のポケットに件の女が彼にホテルの部屋番号と時間を認めた紙切れをカインに見つけられてしまう。

 

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 下積み俳優の兄と一緒に生活していた末娘リエンは、長女のカフェを手伝っていた。ファザコンが兄コンになり、兄がたじたじになるくらい何かというと兄に甘えていた。リエンの二つ年上の恋人は、リエンの尻に敷かれっぱなしが気に入らず、最近距離を置き始めた。そんなリエンは、しかし、ちょっと前やっと彼と肉体関係を結び、もうすっかり妊娠気分。

 

 姉妹それぞれの悲喜こもごも、最後には互いの不運を嘆き涙に暮れるが、リエンの無知丸出しの"妊娠"誤解に上の二人も涙を忘れ大笑い。・・・

 

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 スオン(長女)    グエン・ニュークイン
 カイン(次女)    レ・カイン
 リエン(三女)        トラン(チャン)・ヌー・イエン・ケー
  クォック(長女の夫)  アンクル・フン
 キエン(次女の夫)    チャン・マイクォン
 トァン       ホァン・ラム・トゥン
 フォン       レ・ゴォック・ズン 

 

  監督      トラン(チャン)・アン・ユン
 脚本      トラン(チャン)・アン・ユン
 撮影      マーク・リー(李屏賓)
 美術      ブノア・バルー
 音楽      トン・タ・ティエ    
  衣装      スーザン・ルー 
              (ベトナム・フランス2000年作品)

 

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2009年3月11日 (水)

モメイのデビュー・アルバム "モメイ"

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  これは何もタイ・ポップスに限った現象ではないが、デビュー・アルバムがやたら大ヒットしたりすると、次の第二弾が大変な難事となってしまう。前作同様ないしはそれに準ずるヒットで当たり前ってことになるからだ。そこでコケ、あえなく泡沫的明星となって何時の間にか消えてしまうケースも多い。
 ボーなんて二百万枚ぐらい売れたって話だったけど、案の定第二作は今一で、デビューアルバムには較べるべくもなかった。尤も、バンコクの定宿で、ある日本人にその話をすると、急に怒り出してしまった。彼はボーのファンだったらしく、ボーを貶されたと勘違いしてしまったのだが、彼にとっては二枚目のアルバムも今一ではなく、十分に彼を満足させえるものだったのだろう。それにしては、最初のアルバムほどには、例えばゴーゴー・バーなんかで頻繁にかかったりはしなかったし、踊娘達が急に乗り始めたって場面にも遭遇したことはなかった。

 

 タイの隣国、カンボジアで若い娘に思わず"バンコクに行ってみたい"とため息を漏らさせたモメイ、ブラウン管(まだ液晶の時代ではなかった)でコミカルソング"ゴジラ"の乗りの好い曲にカラフルなコスチュームと覚えやすい振りのダンスを繰り広げ、もう一曲のコミカルソング"クラドゥック・クラダィック"と共に受けたようだ。
 さすがにゴーゴー・バーでこの二曲が流されたのを聞いたことがない。そもそもそ雰囲気的に馴染まないし、バーの上であの振りを彼女達がするとは到底思えない。してくれれば、思わず客席で僕も小さく手真似ぐらいはしただろう。

 

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 この記事を書こうとCDを聴いてみたら、妙なことに何時まで待っても"ゴジラ"が流れてこない。カバーの曲目確かめると、わざわざタイ文字を縦書きにしてあって余計判りづらく、何度も読み直してみたが無かった。
 えーっ!
 で、奥に収めてあった段ボールの底を引っ掻き回して漸く捜し出し、当時出始めであった"RS"の刻印のあるスリム・タイプのカセット・テープを確かめてみると、こっちは普通に横書きで、A面冒頭にちゃんとあった。全十二曲、CDは十曲。しかし、何故ヒット曲の"ゴジラ"を外してしまったんだろう。"クラドゥック・クラディック"はB面のトップ。
 全くタイの音楽関連企業って・・・人騒がせなもんだが、それはともかく、僕もこのアルバムはかなり気に入っている。非常に調子が好く乗りやすい。確かに若者、デビューの頃のターターの如く十代中頃からの層をターゲットにしたものだろうが、大人でもタイのディスコなんかで流れてもおかしくはない。アップテンポのコミカルあり、少女的感傷趣味風の曲あり。それなりの曲がいっぱい詰まっていて、ヒットしない方がおかしいくらいだった。
 "ナー・ラック・チャン"(曲自体にははいってないセリフ)とジャニーズ系のカッコ好いクラスメートの男の子のところを呟くイントロから始まる"クラドゥック・クラディック"のクリップも、"ゴジラ"以上に出来が好く、モメイの意中のゴール・キーパーのオバカ・ストーリーも笑わせるし、例の腰の辺りで両手を交差する振りも覚えやすくこっちの方が人気があったんではなかろうか。この場合、"ナー・ラック・チャン"は"めちゃ可愛い"なのかそれとも"カッコ好いー"のどっちなんだろう。

 

 で、モメイも、その次の二枚目ですべってしまった(タイでの実際は定かでないが)。
 デビューがコミカルソングの類だったんで、年齢もターターみたいに十代中頃ってわけでもなく、同じ路線でゆくならともかく、そもそもの刷新イメージ造りからして困難を極めたのだろう。コケティッシュで童顔といえば童顔だし、年齢相応といえば相応の風貌でもある些か中途半端な顔の造りだから余計なのかも知れなかった。
 トンなんか二枚目の"ソーン・ター"で随分とイメージ・チェンジしたけど、曲もそれなりに粒が揃っていたし、トン自身の魅力がそんなものを越えていて問題はなかった。
 問題はモメイの方で、それも、実際にはRSのスタッフの方であったろう。ともかく、これといった曲が殆ど無く凡庸なものばかり。その後も同様今一、今二・・・。とっくに僕の関心の圏外出ていた。それでも、コンスタントにアルバム出しているようだし、RSではそれなりのポジションには居るのだろうけど、嘗ての泡沫的ではあったものの一世を風靡した頃とはかなり差があるようだ。尤も、それが"普通"なコースなんだろう。
 一瞬大きく夜空に輝きわたり、やがて収縮し、いぶし銀のような瞬きの小さな恒星となってゆく。

 

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2009年3月 7日 (土)

《ルオマの初恋》 哈尼人不会騙人

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   文化大革命前から比較的最近までの雲南のバスの車掌・春芬の長い半生を描いた《芳香之旅》、そして同じ張静初の主演《雲南の花嫁》、その監督・章家瑞の雲南三部作の一番最初の作品がこのハニ(哈尼)族を題材にした2002年の作品《諾瑪的十七歳》。
 《雲南の花嫁》は未見で、そのビデオを捜しにビデオ屋に入るとこのDVDが有った。監督の章家瑞(チャン・チアルイ)も文革世代で下放の経験があったらしい。《芳香之旅》は正に彼自身の時代体験そのものだった作品なのだろう。《芳香之旅》は僕も気に入った作品で、その趣とは随分とかけ離れてはいるけど、つい思い出してしまう記憶があった。
 嘗て敦煌から新疆だったか鈍いバスに乗ったことがあった。シートが木製で、跳ねるとモロ尻が板張りに打ち付けられ堪ったものではなかったけど、最後部に二人連れの何故か派手な競輪スタイルの日本人が乗っていて、バンピングする毎に叫び声をあげその喧しいこと騒々しいこと、乗り合わせた中国人達も苦笑していた。

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 少数民族の風土・習慣・習俗はいずれも興味深く絵になってしまう。映像が好いので、こんなブログであっても掲載口絵を選ぼうにも気に入った画像ばかりで取捨するのに苦労してしまった。
 先ず、舞台の元陽県紅河の壮観なまでの棚田とやたら階段と坂の多い町、ハニ族女性のカラフルで美麗な衣装。そして、主人公・ルオマの屈託のない笑顔が仲々好いい。そんな中では、込み入った筋立ては必要なく、十七歳のハニ娘の初恋だけを追うだけで十分といわんばかり。ルオマ役の娘も現地募集のハニの女子高生だったらしい。都会育ちの張静初なんかとは随分と感じが違って、山岳の土と風の芳りが漂っていそうだ。
 まともな役者は、漢族の青年写真家・アミン役の楊志剛だけという。すると、ルオマのお婆さんもアミンに部屋を貸しているハニの社長も素人ってことだろうか。

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 雲南省紅河哈尼族彜族自治州のとある棚田拡がったハニ族の村に、祖母と一緒に暮らしているルオマという父母のいない十七歳の娘が居た。
 田畑での仕事の合間に近くの町に出、路肩で焼きトウモロコシを売って現金を得る生活をしていた。そんなある日、ルオマがいつも焼きトウモロコシを売っている場所のすぐ近くの写真館の主・アミンが、彼女に目をつけた。彼も又現金収入の方途を探っていたが、如何せん、処世に不器用な芸術写真志望の青年で、昆明にいる恋人に出資して貰っていた二万元も殆ど使い果たしてしまい、写真館の部屋代を今日もハニ族の大家に催促されていた。
 そんな彼が思いついたのが、ルオマが観光客に人気があったのを、商売にすることだった。早速観光客が頻く訪れる棚田の見晴らし好い場所に、民族衣装のルオマを連れて行って、彼女と一緒の写真撮影一枚につき十元のプラカードを手に、客のバスが訪れるのをまった。最初は繁盛した。もうお決まりだが、やがてそれを知った他の連中がほっておく訳がなかった。同じ場所に、同じように民族衣装に身を包んだ娘を連れたブローカーの男達が現れた。それも、八元以下の料金を明示して。

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  忽ち元の木阿弥のアミンとなってしまった。
 しかし、ルオマの方は、いつものようにび焼きトウモロコシを再開すればいいだけであったけど、すっかりアミンに惚れてしまっていた。淡い初恋。束の間であっても、毎日アミンのバイクの後部シートに坐ってアミンの背中越しに触れ合い続けていた。
 それに、ルオマの親友の、省都・昆明の青年と結婚するルオシアから高層ビルを昇がり降りするエレベーターの話を聞いていて、アミンがきっとルオマを昆明のエレーベーターに乗せてやると約束していたことを忘れることがなかった。

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 やがて、ルオマが何もかも捨ててアミンの元に走ろうともはや廃業したアミンの写真館の近くに差し掛かると、向こうに一度喧嘩別れした昆明にいるアミンの恋人が、アミンと一緒に昆明行きのバスを待っていた。直ぐバスが止まり、二人を乗せて走り去っていった。ルオマは建物の影に隠れたまま、何一つ云えず、走り去ってゆくバスを見送るばかりであった。

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 再びルオマはお婆ちゃんと一緒の淡々としたハニの生活に戻っていった。泥にまみれ田圃仕事に精を出し、町に出て焼きトウモロコシを売る生活。あるとき、以前部屋代を溜めたアミンに部屋の調度品まで外にぶん投げて部屋代を請求していて、ルオマがハニの人間なら人に対して優しく振る舞うはず猛烈に抗議したことがあった、今じゃこざっぱりしたスーツに身を包んだその大家たる社長が、ルオマに大きな封筒を手渡した。アミンが写真家として出世したらしい、と一言呟いて。
 中には、アミンの写真集が入っていた。表紙にアミンが以前撮ったルオマの写真が使われているではないか。嬉しそうに自分の映った表紙を眺めながら、トウモロコシを焼き続けるルオマであった。

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 一口に雲南といっても広く、僕が訪れた処なんて本当知れている。勿論資金と時間の問題だけど、しかし、じっくり廻ろうとすると到底一年や二年でも廻り切れまい。それほど、雲南は魅力に富んだ場所なのだ。昆明→大理→麗江のお決まりパッカーラインだけじゃちょっと情けなさ過ぎだ。後になって、嗚呼あそこにも行きたかった、嗚呼こっちにも行っとけばよかったなんて嘆息しきり。

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 リー・ミン(李敏)    ルオマ   
 楊志剛         アミン   
 祝琳媛                  ルオシア(ルオマの友達)
 李翠          お婆さん

 監督 章家瑞
 脚本 孟家宋
 撮影 マー・トンロン
 音楽 ホアン・チェンユー
    トン・ウェイ
 制作 青年電影制片庁    2002年作品

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2009年3月 3日 (火)

WIMPY  旅先のファースト・フード

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   デリーといえば、ニューデリーのパハールガンジの宿ばかりで、偶に気分転換にコンノート・プレイスなんかに散歩に行き、更にまれにニルラーやWIMPYに入ったりした。でも、バンコクのマックみたいには余り長居はしづらかく、次第にコンノートには映画やアメックスなんかで両替をする時ぐらいにしか訪れなくなってしまった。その後KFCやマックが進出したようだが、コンノートの古手のこの二軒のファースト・フード店如何なったのだろう。

 ニルラーは専らアイスクリームだったけど、WIMPYではマックより美味いとは言い難いハンバガー・ウィズ・チーズをリムカで流し込んでいた。客は殆どが地元の中産階級のインド人ばかりで、外人なんて少数。時折チベット人らしき姿も見掛けたこともあったし、チベット僧がハンバーガーをパクついていたこともあった。けど、どうもあの如何にもって感じの特権階級的雰囲気は馴染めない。尤も、プノンペンのシアヌーク通りのファースト・フード屋も確かに大きな窓ガラスの向こうに地元の色んな目的の人々が動物園の檻の中を覗き込むような眼差しで見詰めてはいるけど。僕はキャピトル・レストランのテーブルには毎日坐っていても、とてもそんな逆金魚鉢みたいな、ガラス張りの特権の檻の中で飲み食いしようなんて気にならない。

 でも、このWIMPY、インドの企業じゃなくて、旧宗主国の大英帝国はロンドン1954年生まれのチェーン店らしい。1984年頃にインドに進出したという。WIMPYって何処かで聞いたことがあると思っていたら、ポパイに出てくるチェーンスモーカーかジャンキーの如く四六時中ハンバーガーを喰らっていた親父の名であった。英国でも当初は、WIMPYのハンバーガーは不味さで定評あったというが、 今では、ファースト・フード屋ではなくファミリー・レストラン・チェーンらしい。

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