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2009年3月19日 (木)

泰国影歌的明星サーイ・チャルンプラ 《Sine》

Sine_1

  タイの泡沫的明星シリーズもう終わろうと思っていたら、カセットテープを収蔵した段ボールの中からサーイ(インティラー)・チャルンプラの《Sine》という"CATAROCH"から出されたアルバムが出てきた。
 ノンシー・ニミブット監督のヒット作《ナンナーク》で主演した直後ぐらいだったろうか、ある日、カセット・テープ屋の棚にずらり並んでいて、当時としてはナウいファションと精細な写真のジャケットが気に入り買ってしまった。《ナンナーク》の十七歳の主演女優はインティラーになっているが、顔は似てるし、姓のチャルンプラも同じなので、ひょっとして姉妹なのかも知れない可能性も捨てきれないまま、恐らく映画がヒットしたので、業界の定式通り、アルバム・デビューなのだろうと決めつけた。
 当時、サイアムの本屋であれこれ色んな雑誌を漁って確かめようとしたが結局確証は得られぬまま。その内やはりそうだったのが自然に分かってきた。おまけに、姉妹の可能性がとんでもない方に飛んでしまった。あのタイ・ロックの女王マイ・チャルンプラと異父姉妹だったのだ。これも、ターター・ヤンがそうだったけど、タイでは頻(よ)くありそうな異母姉妹と思いこんでいた。父親が違うというのは、離婚の前後の姉妹関係ということになる。これだと、異母姉妹のように"うしろめたさ"ってものが発生しないですむ。サーイには当然そんなものは感じられない。

  長年この《ナンナーク》がサーイの映画デビューとばかり思っていたら、最近そうではないことが分かった。僕の無知と云うより、タイの基本的情報のデータ・ベースってものがお粗末なことから派生した不可抗力的な問題だろう。
 サーイは既に十三歳の時にテレビドラマでデビューしていて、同年アルバム・デビューも果たしていたのだった。そして、映画《バン・テーク・チャーク・ルーク・ポーチャイ》にも女優として出演していた。 
  何のことはなかった、サーイは映画・テレビ・ポップスのスター(明星)だったのだ。 だから、《ナンナーク》は二作目ってことになる。デビュー作映画《バン・テーク・チャーク・ルーク・ポーチャイ》、YOU TUBEで確かめたら、何と主演があのモスであった。ターターと共演した《レッド・バイク・ストーリー》の三年前。当然学園物だけど、サーイ当然仲々若々しい。今では中堅男優のアンドリュウ・グレグソンもモスのクラス・メートとして出ていた。
 
 Sine_2

  問題のサーイのファースト・アルバムは、グラミーの制作で、このアルバムを出した後、インディー系の"CATAROCH"に移籍し、次の《D^Sine》では再びグラミーに戻っている。
  《ナリカー・サーイ》Nalika Sine  (GMM)  
 タイのサイトで聴いてみたら、僕の持っている二枚目の時より、当然若く声が柔らかい。途中"マイ"の声とダブってしまう箇所があり、やっぱり血は争えないなと一人納得してしまった。二枚目の方ではそんなことは感じられなかった。普通のポップスで、つい当時はサーイ、あの国民的アイドル・ターターと張り合っていたのだろうか?等と想像を逞しくしてしまう。
 《ナンナーク》直後の二枚目のアルバム、
  《Sine》サーイ  サーイ・チャルンプラ  (CATAROCH) 1998年
 これは、作曲にブルーノ・ブルヤーノが参加していて、全体的に曲は悪くなく、サーイの唄もそこそこ。只、声が固く、唄うのがやっとって感じも否めず、このことがこのアルバムがデビュー作かと思わせた要因にもなったのだろう。AB面それぞれ五曲づつ計十曲。
 A 1 ポー・モット
  2 プラ・マイ・ルー
  3 ター・トォー・サバーイ・チャイ
  4 チン・チャイ
  5 コー・ハイ・カウ・チャイ
 B 6 100%
    7 トンメカーン・トォー
  8 チャイ・ドゥワン・ニー
  9 チャット・チャット・ノーイ
  10 パープ・カーウ・カーウ    
 
Sine_3

   モスとサーイ

   この次の三枚目の《D^Sine》は確か持っていたはずだか見つからず、YOU TUBEで聴くと、まさかマイに対抗した訳でもあるまいがロック調。記憶でも悪くはなかったはず。サーイの声質はこっちの方に向いているようにも思えるが、もっと唄い込めば好いのではとは勝手に僕が期待しているだけのことかも知れない。
 その三枚目以後に関してはさっぱり不明。
 だから、やはり泡沫にしては随分と息が長く、その範疇には入らないだろうから、周期的な彗星って処で落ち着いてしまった。
 ところが、マイ・チャルンプラも、有名歌手から映画やテレビ・ドラマに向かったのではなかった。マイの方は、テレビ・ドラマ・デビューも十代以前の子役から始まったようだ。歌手デビューはその後大部過ってから。その後も、映画・ドラマを中心で、歌手活動にブランクがあったらしい。それでもあれだけ唄えるんだから大したものだ。

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