KFC 旅先のファースト・フード
マクドナルドなんかのハンバーガー系と一線を画すケンタッキー・フライドチキンだが、とうとうハンバーガー市場にも堂々と参入することになったらしい。それも既存の勢力をはねのけて半分以上のシェアを奪うという挑発的宣言つきで。KFCのハンバーガーってマック以下の到底喰える代物ではなかった記憶がある。それでも、ついこの前までの戦略商品"照り焼きチキンバーガー"は悪くはなかった。
KFCのフライド・チキンは油っぽくて美味と思ったこともないので滅多に入ったことはない。せいぜいが、海外で、事の成り行きや長居出来る場所として入るぐらいのもの。
中国の上海で何回か入った覚えがある。
1994年で、宿がお決まりの浦江飯店だったので、南京路や外灘は頻く歩き、特に外灘は熱く簡単に入れそうな店も他になかったから重宝ではあった。ここのKFCは、旧い租界(植民地)時代の建物をそのまま使っていて、否実際には旧い建物の一画を借りただけなのだろうが、仲々レトロな趣が悪くなく気にもいっていた。ヨーロッパならいざ知らず、他では滅多にない店構えだ。上海のここが一号店ではなかったろうか。尤も、今じゃすっかり今風の何処にでもある小綺麗な造りに変貌してしまったであろう。
因みに、当時、小さなチキン二つ、ハンバーガー、マッシュ・ポテト、コーラで十七元少々。
最初にKFCに入ったのも、やはり、バンコクであった。
場所はもう定かでないが、スラウォン通り側のパッポン脇のKFCだと思う。向かいの角に僕の行きつけのマックがあった。味は同じで、来る毎に後悔したものだが、ここは場所柄、その夜の仕事を終えた享楽街パッポンの女達の集う場所でもあった。
帰宅前にちょっと小腹の空いたのを満たすためや、車で男や家族が迎えに来るのを待つためだ。若い娘達は、腹を満たすとディスコやゴーゴーバーに遊びに向かい、それ以外は若い男のバイクの背に乗って走り去ったり、歳のいったのは旦那らしき人物があるいは小さな子連れで迎えに来たりする。皆和気藹々和んだ雰囲気で、むしろ沈んでいるのはそれ以外の外人客達の方であろうか。
水掛祭りソンクランになると、このKFCの殆ど男の従業員と向かいのマクドナルドの若い女の従業員との間で、熾烈な水掛合戦が始まる。ここは恰度十字路になっていて信号もあり、水掛にはもってこいの場所でもあった。ここのマックの二階は、広い窓ガラス越しにコーラでもストローでちびちび飲みながら、眼下で繰り広げられるバンコクの水掛祭りを存分に観戦出来るスポットでもある。KFCは一階だけなので観戦には向かない。客も疎らで、KFCの連中にびしょ濡れにされた娘がタオル片手にやってきて、ガラス越しに向かいのKFCの従業員の方を睨め付けて、「マン!」と毒づいたりしていた。
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