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2009年4月11日 (土)

《涙女》 改革開放的哭泣

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  中国を旅していて何度か葬式に出遭ったことがある。
 大理で二度ほど見た奴は確か笹を先頭に延々と長い隊列を作って整然と歩いてゆくものだったけど、古の都・洛陽で見たものは、傘を差そうか差すまいか迷った小雨の中、町中の広いエリアにブラスチックの椅子やテーブルがいっぱい並べてあった一角で、笙やチャルメラを幾人もの男達が曲を奏でていた。よく見ると葬式のようだった。やがて演奏が興に乗ってくると、リズムというより曲の流れと一体化したように身体を動かしながら一層のめり込んでいくようであった。"スウィング"なんて旧い言葉があるが、あれも嘗て米国黒人達が葬式やなんかで奏でたりして発展してきたものという事だったはず。葬式でも演奏家ってこんなに乗ってしまうものなのかと感心してしまった。そこを去り再び戻ってくると、大きなトラックの荷台に彼等は乗り込んでいて、走り出した荷台の上で例の白い細長い布切れをたなびかせ、身体をなめらかに動かしながら奏で続けていた。

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 てっきり泣女って韓国の習俗とばかり思っていたら、中国にもあったようだ。
 台湾なんて泣女じゃなく、死んだ男の霊を慰めるためか肌も顕わなダンサーやストリッパーまでが威勢を誇示するように参列するらしいが、中国の方ではまだまだ"万元戸"、"億元戸"と云えどもそこまでいってないようだ。

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 この"哭泣的女人"(原題)の面白いところは、主人公の王桂香(グイ)が、正に"改革開放"を草の根レベルで実行してきた、スレっからした女ってところだろう。
 地方の小都市出身の間違ってもそれなりの教育すら受けてない平均的な娘が、改革開放政策の中を生きてゆこうとするとこうなるという一つのモデル(典型)を見せられているような妙な説得力がある。嘗て中国の商場や百貨商場で、誰が担当か分からずさんざん誰彼に当たって探し回って漸く見つけ、呼ぶと露骨にしかめっ面をし、それを見せてくれと云うと放り投げて寄こす愛想もクソもない小姐達をさんざん見てきた者にとって、主人公グイの有様・生様は、別に誇張しディフオルムしたものとは思えず、殆どイクォール。

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 北京の表通りで、グイは海賊版のCDやDVDを鞄にいれて売っていた。服の裏にはポルノを隠し、近所の小さな幼児を一日二十元で借りて抱いて歩き、警察の眼を誤魔化していた。旦那のゲンは無職で部屋で仲間と賭け麻雀の日々。地方から出てきた教養もコネもない非力な者達に、好い仕事なんてありはしなかった。
 そんなある日、ゲンが麻雀仲間に、負けて払えない金のカタに嫁のグイの身体を貰おうと冗談混じりに云ったのを腹に立て、いきなり暴力を揮い、相手の片眼に傷害を与えてしまった。ゲンは逮捕され入獄。グイもいつも借りていた子供の母親家族が蒸発してしまい仕方なく嘗て籍を置いていた歌劇団のある貴州の小さな町へ子供を連れて戻ることとなった。

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 劇団は既に解散していて、適当な部屋を借りて住むことになった。その町には、以前グイとゲンが知り合った町であり、ゲンの友人でグイを慕っていたヨーミンが葬式屋を営んでいた。既に結婚して嫁も居たが、連れてきた子供を適当な処に預けてくれ、直ぐによりを戻すことに。
 ある日、ゲンに片眼を怪我させられた夫婦が現れ、損害賠償を請求してきた。と、突然、大声でグイが泣き出した。呆れ果てうんざりしてしまった夫婦は亦来ると言い残して去っていった。それを確かめるように隣の部屋に情事のため隠れていたヨーミンが出てきて、すっかりご満悦顔。グイの大きな泣き声に、一儲けを企めたからだった。
 その日から、グイは泣女(哭葬婆)として活きてゆくことになった。ヨーミンが見込んだだけのことはあって、忽ち町でも人気が出、あっちこっちからお呼びがかかり、金持ちのペットの葬式にすら千元もの料金でお呼びがかかるくらいになった。刑務所に入っているゲンの保釈金とゲンが怪我させた相手の賠償金のためであった。が、怪我をした夫婦は喧嘩別れして行方不明、ゲンの保釈を願いに五千元を持って所長のところに行ったものの足りないと拒否され、グイは自分の身体で不足分を払うとしたのだが。暫くして、ゲンが脱走を図り、警察に射殺されてしまったと突然現れた二人の警官が書類に拇印をさせる。心配するヨーミンに、むしろさっぱりしたわ、とうそぶいてはみせたグイではあったが・・・
 その日のグイの葬式での泣声はいつになくさめざめと、やがて慟哭となって涙までが溢れ続けた。

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 ゲンが早まったのか、所長が騙した(これは考えにくい)のか、ゲンの仮保釈のために五千元と自分の身体まで与えたにも拘わらずゲンが直ぐに保釈されず、どころか脱獄までしてしまったというのはも一つピンと来ない。どっちにしろ、所長に身体を与えたのはグイのゲンに対する愛情の深さ故なのか、それともがさつに生きてきた惰性としての単なる商的行為に過ぎないのか・・・
 舞台はもう中国そのものだが、香港映画風のタッチで軽妙に描かれていて面白くはあった。

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 グイ   寥琴
 ゲン   李龍俊
 ヨーミン 偉興坤
      
 監督   劉冰鑒
 脚本   ダン・イエ
 撮影   シイ・ウェイ
 音楽   ドン・リイチャン
 美術   リュウ・リイグォン
 制作 アスパラ・フイルム、
    フライング・タイガー・ピクチャーズ
    2002年作品(カナダ、フランス、韓国)

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