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2009年5月31日 (日)

《 グラン・トリノ 》  9.11以後のペールライダー

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  何とも渋く凛々しい颯爽とした姿。腰の後ろにマグナム拳銃でも差し込んでいるみたい。

  クリント・イーストウッドの俳優としての最後の作品というので観に行った。
 こんなに老いてしまったのかと驚いたが、老いを強調して撮っているのだから尚更そう見えてしまったのだろう。猫背は演技なんだろうか。
 イーストウッドの有終の美を飾るに相応しい"最後"ではあった。
 もはや安直にS&W.44マグナム弾をぶち込みまくる事もなく、死期の近づいた身を、如何に愛する者達を救うために役立て得るのかという知恵と勇気の形、ほろ苦くもあるけど、これはイーストウッドの念ずる処のアメリカの採るべき姿なのかも知れない。

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 朝鮮戦争に参加した頑固な退役軍人、退役後は米国自動車産業発祥の地・デトロイトのフォードの工場で車体の組立てを何十年もやってきた。自宅の車庫に飾った件の"グラン・トリノ"も彼、コワルスキーが嘗て自分の所属するフォードの工場で組立てた一台。何十年も大事に乗り磨き上げてピカピカの新車並。所謂昔の職人気質ってところなんだろう。ところが、コワルスキーの息子達とくれば、日本車を乗り回すし、一人は日本車のディーラー。これがそもそも彼の頭にくる由縁でもあった。キャラハン警部の頃なら、「泣ける!」といまいましげに愚痴る場面。
 コワルスキーの最愛の妻の教会での葬儀から映画は始まるが、ここで早速、孫達が彼の怒りを買いまくる。我慢、我慢の連続。仕舞いには、愛車のグラントリノを臍にピアスした孫娘が、彼が死んだ後欲しいとぬけぬけと彼におねだりする始末・・・。
 破産申請しかねないGMタワー・ビルもいよいよ侘びしげなデトロイトの町は、日本車が幅をきかし始めると同時に凋落の一歩、町の空洞化が始まり治安が悪くなるばかり、金のある者達はどんどんと郊外の衛星都市に逃げ、残ったのは貧乏人の白人と多数派の黒人、そして増え始めたヒスパニックにアジアン達。
 息子が家に来ないかとか老人ホーム行きを勧めるが、到底そんな気にもなれない頑固なコワルスキーは、益々寂れる一方であっても長年住み慣れた、最愛の妻との記憶と痕跡が刻まれた家と町に住み続ける。

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 いつの間にか隣に移ってきたモン族一家、風習も価値観も違い、更にコワルスキーが嘗て従軍した朝鮮での死闘殺戮で彼の心奥にこびりついたトラウマが、代償行為的に同じアジア人たるモン族一家を更に嫌悪してしまう。
 モン族とは、タイやミャンマー、ラオスで現在でも色々とトラブルが多い少数民族で、以前ベトナム戦争の頃、米国側に着いて戦ったため、ベトナムやラオスから戦後可成り
弾圧され多くが米国に亡命していた。大国にいいように利用され捨てられ更に再利用されてしまう正に翻弄され続ける少数民族の悲哀。リーダーと称する者達の知恵の無さと一蹴してしまうのは酷であろうが、あの到底少数とは云えないチベット民族ですらその轍を踏み続けている。監督イーストウッドもそんな在米モン族の流浪史に感ずるところがあったのだろう。ブログにも在米モン族のものがあって見れる。

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 ここにも若いチンピラ達が徒党を組んで闊歩していた。
 勿論乗用車に群れ乗って。モン族にも居て、隣の息子タオを仲間に引きずり込もうする。が、タオは嫌い断るが執拗に迫り、とうとう堪えきれず仲間に入る運びとなる。で、その入団儀式として隣の老いぼれコワルスキーの"グラントリノ"を盗ませようとする。ところが、そんな柔なコワルスキーではなかった。夜中、車庫に賊が入ったのが分かると、朝鮮戦争の頃の愛銃M1ガーランドを手に賊、つまり隣のモン族の息子を追い払う。
 翌日、タオを引き連れ隣家の一家が現れ、悪事を働いたタオは一族の恥と、気が済むまでここでこき使ってくれとタオを押しつける。うざったいなとばかりコワルスキーは固辞するが、利発な姉スーの説得で承諾する。長年自分の息子家族と疎遠であったコワルスキー、そこに赤の他人とはいえ上っ面だけではない心の交流に熱いものを感じたのであろう。やがて、スーを助けたりして、一層隣家のモン族一家一族との関わりが深まって行き、ある日タオにモン族のチンピラが暴力を揮ったのにコワルスキーが怒り心頭に達し、チンピラ達一人一人に報復をする。
 だが、チンピラ達は逆にスーをレイプして復讐するに至る。

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 タオがチンピラ達を殺しに行うとするが、自宅の地下に閉じこめ、コワルスキー一人で、チンピラ達の待ち構えるアジトに赴く。以前コワルスキーに拳銃を抜いて威嚇されたことがあってチンピラ達も拳銃やマシン・ピストルで武装し待ち構えていた。
 「夕日のガンマン」や「ペールライダー」を彷彿とさせる所謂"決闘"の緊迫した場面。
 煙草を一本口にくわえ、それからゆっくりと懐に手を入れた。ライターを取り出そうとしているのか、それともいつかの如く拳銃を取り出そうとしているのか。
 さすがに、二十一世紀のデトロイトの通りでは、トランペットの高鳴る音とともに画面がグルグル廻ったりはしない。と、チンピラ達が一斉に銃の引金を引きまくり銃弾を雨あられとコワルスキーの老い病んだ身体にぶち込み続けた。どったりと背後に倒れたコワルスキーの手にはライターがしっかりと握られていた。
 町の住人達も最初から窓から覗いていて、駆けつけた警官達にチンピラ達は全員逮捕され、先ずは当分娑婆には出てこれぬ仕儀と相成り、コワルスキーの捨て身の作戦が美事功を奏したという訳だ。件のグラントリノは、遺言で、孫娘ではなく、タオのものとなったという落ちまでついていた。

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 これも一種のヒーローもので、私見では「ペールライダー」に近いとは思うが、"その後のキヤラハン警部"ならやっぱり戸棚から.44マグナム・ピストルを取り出すだろうから、やはり"9.11"以後のヒーローってことになる。イーストウッドの今までの映画の様々な場面が想い出され、彼の最後の主演作品に相応しいものなのかも知れない。スティール写真なんか見てみると、改めて渋い、絵になり過ぎだと感心してしまった。
 因みに、イーストウッド自信、嘗て朝鮮戦争に狩り出されたらしい。

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 コワルスキー   クリント・イーストウッド
 スー       アニー・ハー
 タオ       ビー・バン
 神父       クリストファー・カーレイ
 
 監督    クリント・イーストウッド
 脚本    ニック・シェンク
 撮影    ティム・スターン
 音楽    カイル・イーストウッド
       マイケル・スティーヴンズ
 制作    マルパソ・プロ  2008年作品(米国)

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