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2009年5月15日 (金)

《 不夜城 》 ある経営者一家の"解放"的流転史

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  1949年中華人民共和国成立後の五十年代って、情報が少なく今一つイメージがはっきりしなかった。1957年制作の湯暁丹監督のこの《 不夜城 》、その空白を朧気ながらも明らかにしてくれた。 1957年といえば、あの悪名高い毛沢東の【 大躍進 】政策発布の前年で、その映画ができ公開になった頃はまだ、翌年から始まった盲目的な農業・工業の増産一辺倒政策の愚昧・破壊・悲惨の影も予感することもなかったのだろうか。結果、数千万の人々が餓死したという。五千万という数字もあるらしい。
 その失政で日陰に追いやられた"東方紅"・毛沢東、にも拘わらず慚愧の念を覚えたのは彼を権力の座から遠ざけた党幹部達に対してだけだったようで、あるいはタイの諺の如く、"虎に乗ると降りられない"、つまり、一旦虎(=権力)に乗ってしまうと、降りた途端虎(=次の権力)に喰い殺されてしまう、降りるに降りられなくなってしまったのか、若い紅衛兵達を巧妙に騙し・利用した【 文化大革命 】という奸策に出、復権するのだが。

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 不夜城と謂えば"上海"だが、この映画を観てまず驚いたのは、プロパガンダ的単純図式のステレオタイプかと決めつけていたら、延々と繊維印刷会社の経営者家族の三十年代から中華人民共和国成立を経て五十年代までの紆余曲折・離合集散を描いていて、最後に漸く"公私合営"という人民中国的な折衷制に落ち着いた場面で終わる。何しろ特定企業の経営者達の軌跡なので謝晋の《 紅色娘子軍 》のようなドラマチックさはないが、それでもそれなりに面白く作られていて、てっきり新・中国、中華人民共和国成立後は、即時的に、資本家階級など国外に逃亡するか叩き出されていたものとばかり想い込んでいたので、面食らってしまった。五十年代半ばですら、彼等は中国国内で以前と同様に生活していて、屋敷で豪華な晩餐すらを堪能していたのだ。

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 冒頭、袁牧之作品《 馬路天使 》の導入部分を彷彿とさせる不夜城・上海の夜景、ネオンの瞬きから始まる。三十年代からの南京路"新新"のネオンも変わらず、この頃、てっきり黄浦・外灘は死んだようになってるのかと思いきや、整然とビル群の上方にネオンや窓の灯りが煌々と耀いていて、あれれっ?と先ず意表を衝かれてしまった。オープニング・クレジットが了ると、昼間の外灘の波止場の光景に変わる。沖の方に軍艦の黒々とした姿が望め、接岸した客船から乗客が降りてくる。主人公の張伯韓が英国留学から戻ってくる場面。設定は1935年。岸壁で待っている家族の周囲にも租界の白人達の姿も、和服姿・日本髪の日本人達の姿も混じって、大部時代も下った香港映画みたいに妙な着物の着こなしとは無縁。袴姿の日本人に張伯韓の老いた父親がぶつかり、恭しく頭を下げてみせるけど只それだけで、殊更件の日本人が横柄な訳でもなく、降りてきたその日本人家族の縁者らしい女性を日本人達は相好を崩して出迎えている光景が老爺の背後で展開されていて、実に自然。何の衒いもない。
 尤も、日本の繊維会社の買弁・宗貽春の買収話が持ちかけられた日本料亭では、髷髪の国籍不明の白塗り女が給仕をしていて、当時の中国人には芸者って鼻筋の通った白人と見間違うような女のイメージなのかと笑ってしまったが。

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 父・張耀堂の《 大光明紡織印染廠 》、うち続く社会的世界的混乱の余波を受けて、経営が難しくなって、日本企業からの買収話まで持ち上がったものの、帰国した息子の張伯韓と共に、断固弾ねつけて、「愛国牌」の商標まで作ってしまう。岳父の会社と合併し、躍進一路の発展を遂げるようになる。中華人民共和国成立直前、米国企業の買弁に鞍替えしていた宗貽春と提携し先物取引に大金をつぎ込みポシャッてしまう。あげく、人民政府・中華人民共和国の成立に、多くの企業家達同様、張伯韓の周辺の者達も張伯韓や上海を見切って逃亡を謀るが、「愛国牌」の張伯韓一家には国外へ脱出するなんて思いもよらず留まる。
 国外脱出者達で溢れかえる空港のシーンは、有名なベトナム戦争終結時のサイゴンのタンソニュット空港の情景を思い起こさせる。就中グエン・カオキ元将軍・南ベトナム副大統領がトランクいっぱいのキャッシュを片手に他を蹴散らし我先がちに飛行機に潜り込んだのも有名な話で、当初は逃げ着いた米国内でも顰蹙をかい軽蔑されていたのが、今じゃ在米ベトナム人の代表格に収まっているとのこと。
 しかし、やがて成立した人民政府は、商工業維持のため企業を援助し、《 大光明紡織印染廠 》も更なる発展を遂げる。労働者達の環境も次第に改善されるようになってきたものの、まだ私企業経営者と労働者の関係に変化はない。それをいいことに張伯韓達が暴利を貪るようになったのを、社会主義思想の薫陶を受けた娘が諫める。張伯韓は、しかし、逆に娘を叩き、娘は家を飛び出し、自立の道を歩み始める。置き手紙を見て、夫婦で船着き場から上海站(駅)まで捜しに行くが後の祭り。母親の梁景萱が張伯韓をなじる。
 そんな経緯や周囲・社会の変容に張伯韓も、次第に自らの我利欲的妄執から離れ始め、とうとう自らの企業《 大光明紡織印染廠 》の"公私合営"を宣揚するに至る。人民政府と民族資本の合営らしい。
 "慶祝全市公私合営"のネオンサインの明滅する外灘で昼夜の祭典が延々と行われている最中、張伯韓等も参加している処へ、漸くわだかりも解け戻ってきた娘も現れ、喜びの大団円。

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 翌年発布された《 大躍進 》に向けたものなのか、それとも外国に逃げ出さなかった「民族資本」との"公私合営"キャンペーンの一環としてのプロパガンダだったのか、しかし、プロパガンダ映画としては余りに婉曲過ぎて体を成してなく、やはり、"公私合営"をテーマにした社会主義的リアリズム映画って処だろう。権力者ならともかく、経営者家族の流転変貌じゃ地味過ぎた題材なのが、その上、観たVCDに字幕が無いので言葉の遣り取りの内容が分からないにも拘わらず、それなりに観れてしまうのは、やはり制作者達の力量か。 
 監督の湯暁丹は、1910年生まれで、作品数も多く、上官雲珠主演の《 天堂春夢 》なんかが有名。尚、映像は殆ど白黒に薄い彩色が施してあるって感じの如何にも時代を感じさせる代物。(あるいは長年のお蔵入りでフィルムが劣化してしまったのかも知れない。)
 因みに、脚本の柯霊、案の定"文化大革命期"に、この映画の為に刑務所三年、下放三年もの辛酸を舐めさせられたという。

 VCDのコピー
 "描写対私営工商業進行社会主義改造的故事"

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 孫道臨  張伯韓
 崔超明   張耀堂
  宗貽春    鄭 敏

 監督   湯暁丹
 編劇   柯 霊
 撮影   周達明
 制作 上海電影制片庁 1957年

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