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2009年8月の8件の記事

2009年8月28日 (金)

《街角の天使》 周璇の天涯歌女(1937年)

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 1935年、中国・上海の一代銀幕明星・阮玲玉(ユアン・リンユイ)が自らの生命を絶って二年後、いよいよ時代は暗雲立ちこめ一層混迷が深まる中、袁牧之監督、溌剌と乾坤の一滴たるこの明星影片公司作品《街角の天使》を送り出した。
 上海歌舞団"明月社"の四天王出身で映画でも活躍した黎莉莉・王人美、次第に銀幕から遠ざかり、その後を継いだのが、歌舞《特別快車》で頭角を現わし推しも推されぬ存在となっていた歌星・周璇(チョウ・シュワン)であった。当時まだ十七歳であった周璇、それ以前に何作か他の映画会社の作品にも出演していたが、何よりも、この中国映画史上燦然と輝く《街角の天使》原題;馬路天使で中国中に名が知れ渡り、"金嗓子"(嗓子=声・喉)と呼ばれ、やがて"一代歌后"として不動の地位を占めるようになる。
 尤も、先の影后・阮玲玉がそうであった如く、自殺こそしなかったものの(未遂はあったようだが)三十九歳で病死するまで、彼女も又波乱の多い人生を歩むこととなる。

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 監督・脚本の袁牧之、三年前の1934年に自ら脚本を書き主演までした応雲衛監督作品《桃李劫》で脚光を浴び、草創期トーキーの作品でもあって、作詞・田漢、作曲・聶耳の主題歌"畢業歌"(卒業歌)も中国中に知れ渡っていた。
 この映画の撮影に際しても、八仙橋、「大世界」(当時の一大エンターテイメント・コンプレックス)附近、四馬路一帯の妓院(娼館)・茶館・澡堂(銭湯)・理髪店等を観察し研究したという。

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 タイトルは《馬路天使》だが、"馬路"とは"通り"それも"大通り"を意味していて、一般的には"路地・横町"の意味はないようだ。勿論、辞書を調べてのことで、実際には上海辺りじゃ"路地・横町"的なニュアンスもあるのかも知れない。尤も、上海には、"弄堂"という横町・路地を指す言葉がある。上海では、"ロンダン"、北京読みでは"ノンタン"。
 何故、拘わるかというと、この映画、上海の豪奢で晴れやかな表通りではなく、専らそこから幾重にも入った弄堂(路地)の、それも可成り裏寂れた界隈の貧しい住民達の物語(故事)だからだ。入口には"太平里"の表示がある。

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 外灘はじめ繁華な上海の通りの夜景のオープニング・クレジットの後、デティールの無い上海大厦(ブロードウェイ・マンション)らしき模型を上から下方に視線を移動してゆき、更にその地下層まで降りて行く。そして、大通りでの豪華な結婚式の長い列。
 ・・・けど、考えたら、その頃って、もう既に日本軍が上海を占領し、上海大厦は日本軍に接収されていた可能性が高く、最近死刑にならず生き延びていたと喧しい川島芳子が最上階に泊まるようになった頃だろうか。上海大厦の道路を隔てた向かい側にバック・パッカーの定宿、シックな浦江飯店があって、そこから毎日のように真ん前に聳えたそのくすんだ姿を見ていたけど、何しろ高層というだけで建物に趣がない。因みに手前の蘇州川を外灘に鉄橋を渡って南京路脇に聳えていたサッスーン大厦(現・和平飯店)の上階にあったキャセイ・ホテルは、普通の中国娘同様に周璇に憧れていた歌手・女優の李香蘭の定宿であったようだ。
 監督・脚本の袁牧之、暗喩・隠喩的手法が得意のようなので、ひょっとしてそこだけ白い模型にしたのも、あるいはその地下層での物語というのも、そこだけ"空白"あるいは"地下運動・抵抗"というニュアンスを帯びているのかも知れない。

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 映画評論家の佐藤忠夫は、模型を「大世界」とし、タイトル"通りの天使"を、そのまま"街娼"と解すが、それだと小雲のみが浮かび上がってくる。小紅を陽とするなら、小雲は陰で、地味に描かれ、最後は小雲の死で終わる。明から暗。ところが、佐藤は、やはり少平・小紅をはじめとした仲間達の物語としている。

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 この馬路天使は、天使を娘に見立てて、小雲・小紅姉妹の物語とすると、劇中最初に小紅が唄う《四季歌》で、姉妹二人が戦禍を遁れて逃げてきた故郷・東北地方のさわりで、画面に一瞬、戦場と逃げまどう住民の場面が入る。中国の人々には、それが何を意味するのか分かっていてその了解性の上で、曲は冬まで続く。つまり、日本軍侵攻によって、戦禍を逃れるために大陸をあっちこっちさすらい続け漸く上海まで逃げのびて来た姉妹の、上海の周囲の貧しいながらも楽しく共に助け合い励まし合って生きてゆく人々との物語という事になる。
 更に、中国のブログみると、小雲の職業を、妓女(娼婦)だけでなく、"下級妓女"、"野鶏"、"站街妓女"(站=立つ)等と色々表現しているけど、妹の歌手の小紅、茶楼で唄う歌手って、場合によっては春を売るって事もあったろう。小紅も正にその故に逃げる算段を余儀なくされたのだから。そう考えると、先の佐藤の指摘が生きてくる。(尤も、佐藤は小雲のみを指していたが)。

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 普通は、彼女達を含んだ仲間全員を指すタイトルと解すのだろうが、それはあくまで"天使"の解釈で、肝心の"馬路"=大通りはまた別物。
 彼等が住んでいるのは大通りとは別の、もっと幾重にも奥に入った殆ど場末の貧民窟、とは云え、掘っ立て小屋の類ではない。弄堂の古い老朽化したアパートで、浦江飯店の裏手にも、映画のように朽ち果ててはいなかったものの燻すんだ建物がずらりと連なっていた。中国ブログには"小閣楼"とあり、裏側同士なのか細路を隔てた向かいのアパートの窓辺に出た相手と話や物を投げてやりとりするぐらいの密集度。
 で、"大通り"とは、"天使"を小雲か小雲・小紅二人の姉妹を指すのであれば、もうそのまま。全員を指すのなら、姉妹以外の少平をはじめとする仲間も、商売している"場所"が大通りに面しているから、ということになる。只、楽隊や物売りは例え外灘の大通りでもあり得ようが、姉妹や理髪店は如何だろう。南京路以下ではないだろうか。それでも、大通りには違いない。冒頭、結婚式の列に附いた少平の楽隊が大通りを通る時、建物の二、三階にある「・・楼酒館」のバルコニーから小紅が手を振る場面があり、彼女の職場は確かに大通りに面してはいる。
 それ故に、大通りってのは、反語だと思うが如何だろう。晴れやかな大通りの裏側の地下層の人々の物語なのだから。

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 上海の両側に広告看板や旗が犇めく大通りを、古式の結婚式の長い隊列が延々と練り歩いていた。その中の洋楽隊にトランペット吹きの少平が居た。
 その少平に酒楼のバルコニーから手を振る小紅、早速二胡弾きの阿王に呼ばれ、渋々酒楼の自分の居場所に戻り、歌を歌いはじめる。「四季歌」であった。老陳に誘われてか偶然やってきた古先生、すぐに気に入ってしまう。
 「好いなー」
 老陳、透かさず、阿王を呼び、古先生を紹介し、小紅を呼ぶように伝える。阿王、ニンマリとして、小紅を呼ぶ。小紅、てんで気にも染まないが、日々の糧を得るためと渋々横に侍る。やがて、それが高じて、古先生益々歌女・小紅を気に入り、阿王・老陳、古先生に小紅を自分の女にするように勧め、古先生素直に応じてしまった。さあ、一大事と、小紅と恋人同士の少平や彼の仲間の兄貴分・老王等が、彼女を少平の部屋に匿い、弁護士の処に赴いて訴えようとして料金の高さにすごすごと引き返したり、あれこれ無い知恵を絞っているうち、小紅を捜しに来た阿王・老陳と古先生、姉の小雲に詰め寄る。
勿論そんな場合でも、古先生、後ろの方で気弱そうに眺めているだけ。なじられ暴力まで揮われて、怒った小雲、傍にあった包丁を阿王の横の壁に投げつける。すると、逆上した阿王、その包丁を小雲めがけて投げつけ、胸に刺さり、小雲その場に倒れてしまう。古先生、うんざり顔で、その場から姿を消してしまう。阿王・老陳のゴロツキ二人組、、古先生の姿がないのに気付き、慌てて逃げ出す。

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 以前から小雲に心を寄せていた新聞売りの老王が虫の息の小雲を見つけ出し、少平の部屋まで運んでくる。泣き出す小紅。やがて、仲間達が集まって来るも、小雲の容態は一層悪くなり、以前から少平のことが好きだったものの、少平は"娼婦"という職業を嫌って小雲のことを毛嫌いしていた。見かねて、老王、
 「生きていくために小雲も必死なんだ!」 
 とばかり、少平を怒鳴りつける。さすがに、少平も自分の過ちを認め謝まり、老王、医者を呼びに走る。危篤状態に陥った小雲の手を握り、少平が元気づける。自分の愛した男に手を握られ、異郷の地で、しかし温かい仲間達の見守る中で小雲は息絶える。最後に、老王の名を呼んで。暫くして、老王が一人重い足取りで戻って来た。料金が高く払えないので、断られてしまった、と・・・

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 前半は明るい雰囲気の中で物語は推移するが、次第に暗い影が差し、小雲の死で暗転という訳だ。テンポも好い明るいトーンの貧乏物語ではあるが、日本軍占領下、共産党と国民党の暗闘という複雑・錯綜し、少々じゃないくらいに重苦しくもあったであろう当時の上海で、だから大ヒットしたのであろう。否、中国中で。今観ても、十分に面白い。当時を知る中国人なら尚一層、様々な暗喩・隠喩を解きほぐしながら、それぞれの想いを秘めながら楽しめるのであろう。 

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 一つ気になったのが、歌女・小紅を気に入り、最後には姉の小雲殺害にまで発展する機縁なった"流氓"とか"流氓頭子"とか呼ばれる、つまりヤクザの親分"古成龍先生"。
 画面では"古先生"と呼ばれている、ソフト帽にぞろりとした支那長衣の細目の親爺だが、如何見ても、筆者には俗に言う"ヤクザ"の親分には見えないのだ。
 《神女》で阮玲玉扮する街娼にまとわりつくチンピラの頭目・老大は、如何にも兄貴分って感じであったが、この"古先生"、あんな悪質には思えない。実際そんな風には描かれていない。むしろ、ヤクザにしてはナイーブだ。心底、小紅を好いているだけで、二胡弾きの阿王や、古先生の手代なのかそれとも偶々行きがかりで古先生をこの酒楼に連れてきたのか些か人相の悪い老陳の二人が、古先生に勝手に引き合わせ、押しつけようとしたに過ぎない。最後の、阿王が、包丁を小雲に投げつけ殺してしまった時も、迷惑そうに顔をしかめ、悪の二人を置いてそのままその場を去っていった。むしろ、流氓・ゴロツキの類は老陳や阿王の方であろう。
 それでも、DVDの解説すら古先生をそう呼称しているのだから、所謂"黒社会・幇"の人間なのかも知れない。上海といえば、中国でも「魔都」と呼ばれ、暗黒街の顔役達が跋扈し、秘密結社「青幇」の杜月笙なんかも当時現役だったはず。だが、阿片売買やら悪事やりたい放題の連中にしては、古先生何ともそぐわない。一般人的なナィーブさなのだ。

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 趙丹(チャオ・タン)は、農民あがりの軍人の父の下で育ち、後江蘇省南通市に移って、中学生の頃から映画好きが高じて演劇グループを結成。1932年(十七歳)に明星影片公司に入る。イプセンの《人形の家》に主演して名が知れ、この《街角の天使》の前年、杭州六和塔で趙丹・葉露茜、藍蘋・唐納、顧而己・杜小鵑の三組の合同結婚式をする。派手なものだったらしい。監督・顧而己は中学時代の仲間で、藍蘋(ランピン)は、後の"文化大革命"の折、中国史否世界史にその悪名を凶々しく轟かせた"四人組"の頭目・"江青"その人である。
 藍蘋は芸名で、同様に江青の名も"トラブル"で映画界から去り当時革命の根拠地と云われた延安に向かう頃に付けた名。結婚相手の監督・俳優の唐納、江青と一緒になって直ぐに自殺未遂を起こしたらしい。江青、後に"紅色女皇"として文革期に君臨するようになると、今まで冷や飯を食わされてきた映画・演劇界を、多年に渡って鬱々沸々と内に醸成し滾らせてきた復讐の業炎で焼き尽くし始める。1966年、趙丹、撮影所で”混世魔王”の札を下げさせられ吊るし上げを喰い、翌年十月江青の配下の秘密部隊が趙丹(他の映画関係者も)の自宅を襲い、十二月に逮捕され投獄されてしまう。
 三年後獄中から、冤罪を虚構した連中を指弾し、"人一人殺して天下が救えるならば、私を殺せ"と「上申書」を提出。怒った四人組の一人、上海革命委員会副主任・王洪文
は「趙丹みたいな奴を生かしておけぬ。公開銃殺は不味いだろうから、獄中で死ぬようにしむけろ」と吐き捨てた。
 と、一人だけ、その席で、異議を唱えた者が居た。
 籍耿龍という、上海人民芸術戯劇院の青年であった。が、その勇気ある青年も投獄され、更に趙丹を陥れるための偽の証言をさせようと上海映画撮影所の美術監督だった許志誠に圧力を加えると、真実を曲げるを肯んぜぬ許志誠は自死を選び、更に趙丹に不利な証言をさせられようとした映画監督・徐韜も銭塘江に投身自殺してしまう。杭州六和塔で江青や趙丹と一緒に合同結婚式をした監督・顧而己も迫害され死亡。
 それでも生き抜いた趙丹、1972年に周恩来総理の尽力もあってか、漸く釈放される。

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 小雲に扮した趙慧深、四川才女と呼ばれていた演劇界のホープだったらしく、十代で「五四運動」の影響を受けて封建的家庭の束縛を嫌い上海に出、山東省の"実験劇院"に入り、1934年に北平(北京)で唐槐秋・団長の"中国旅行劇団"に参加した。二十歳の時、天津の新新劇場での公演《雷雨》の娘ファンイー役が絶賛され、一躍有名に。
 この《街角の天使》の後も幾多の映画に出演したが、"文化大革命"の嵐に巻き込まれ、あれこれ因縁をつけられ、この映画での小雲役に関しても嘲笑・侮辱を受けたらしく、1967年の12月恨みを呑んで自殺。この映画の「天涯歌女」、「四季歌」の作詞でも高名なあの劇作家・田漢すら翌年12月"獄死"。

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 ブリジット・リン扮する妖艶な東方不敗ならともかく、"大躍進"とやらで驚倒するような数字の被害(者)を出して失脚したはずが、ひたすら権力欲に駆られてまたぞろ中国人民を"文化大革命"を僭称し更なる苦難に陥れた東方紅=毛沢東の犯罪性は幾ら問われても問われ過ぎるってことはない。その罪は、中国の謂う帝国主義"英米日"に匹敵するかそれ以上。いまだに公然と、毛沢東の犯罪性を批判することすら難しいらしい人民中国の情況ではあるらしい。
 それ故に、自分の意に反し、大聖廟を思わせるような派手派手な記念館に、よりによってそんな連中に祭り上げられ、大概には寝心地も悪い魯迅、今夜もトボトボと重い足取りで、内山書店辺りを一人徘徊しているのだろうか。
 心の内は、正に吶喊!

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 陳少平  趙丹
  小紅   周璇
 小雲   趙慧深
 老王   魏鶴齢
 床屋   錢千裡
  二胡弾き 王吉亭

 監督    袁牧之
 脚本    袁牧之
  撮影    呉印咸
  音楽    賀緑汀(作曲)   「天涯歌女」・「四季歌」
        田漢 (作詞)
  制作  明星影片公司作品(中国・上海)1937年

2009年8月24日 (月)

グル・ダットの《 バーズ 》BAAZ 1953年

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   1964年に39歳で亡くなった50~60年代のインド映画黄金期の立役者・伝説的インド映画監督グル・ダットの監督三作目の作品。"BAAZ"とは、ヒンディー語で"鷹"を意味するらしい。グル・ダット、メインで出ていても、実際にはタイトル通り女優・ギータ・バリ演ずるニシャン(バーズ)が主演。これまた、伝説的コメディアンらしいジョニー・ウォーカーも占師としてグル・ダットに絡む。

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  ヒロインのギータ・バリ、美形というより男勝りの愛らしい娘って感じの女優で、四十年代から六十年代まで活躍したらしい。北インド出身のジョニー・ウォーカーは、工場労働者家庭に生まれ、苛烈な労働環境だったのか幾人もの兄弟が若死にし、ボンベイに移り、そんな境遇から抜け出そうとバスの車掌になる。そういえば、南インド映画の雄・ラジーニカントも以前はバスの車掌だったはず。グル・ダットにウィスキーの商標だった"ジョニー・ウォーカー"の名を授けられたという。二人は名コンビだったようで、ダットが自殺してからはすっかり消沈してしてしまい、殆ど画面には登場しなくなったとのこと。

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 十六世紀というと、タイ映画"スリヨ・タイ"の時代でもあり、黒田長政や和冦の跋扈した時代でもある。ポルトガルが、ブラジルにアフリカからの奴隷を引き連れ、サトウキビ栽培のプランテーションを展開していった時節でもある。"大航海時代"と西欧では云うらしいけど、アジアやアフリカ・南北アメリカ大陸の人々にとっては、地元の圧政と新参の更なる圧制者の到来で甚だ迷惑な受難の時代であった。       
  植民地支配に抗すると云うと、以前に紹介したボリウッド映画"バガット・シン"みたいなプロパガンダ臭紛々たる愛国映画風に思われがちだけど、これはあくまで基本はラブ・ロマンスであって、殆ど海洋活劇物に近い。(沖の帆船が何とも可愛らしく笑わせてくれる) 英国支配はつい最近の出来事なので"反英"的なテーマや背景は珍しくないけど、"反ポルトガル"は珍しい。

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 そんな十六世紀、アラビア海に面した南インド・バラバル地方を舞台にした、奴隷船で暴動を起こし乗っ取り、ポルトガル支配に反旗を翻し、領主をも巻き込んだ、蜂起した叛徒とその女首領"バーズ(鷹)"=ニシャンの、藩主の王子とニシャンの恋を主軸にした物語。
 映画はのっけからポルトガル兵達の住民達に対する悪辣・狼藉から始まる。
 植民地化された国とは何処でもそんなもの。基本が治外法権。それをあれこれと正当化するためにもっともらしい粉飾を擬するのが常套。狼藉ポルトガル兵をニシャン達がやっつけているのを聞きつけたポルトガル兵の援軍が現れ、ニシャンが窮地に立たされてしまう。と、そこへ、馬に乗ったラヴィと名乗る実は藩主の王子が助け出す。二人は忽ち惹かれ会う。

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 ところが、ニシャンの父親が友人のイスラム商人を匿った事から植民地軍に逮捕されてしまう。ニシャンは藩主の皇后の処に赴き、父親の免罪を願い出るが、そんな力は自分にはないのだと断られてしまう。やむなく友達と連れだって、将軍の居所に侵入し、弓矢を構え、父親達の釈放を求めようとするが、逆に捕らえられ、父親達と一緒に、奴隷船に売られてしまう。沖合に出ると、ニシャンの父親やイスラム商人達は海中に放り込まれあえなく海の藻屑と化してしまった。怒ったニシャンは、奴隷達に奮起を促すべく唄い始める。叛旗の唄ってところなのだろう。ステレオ・タイプではあっても、ニシャンのギータ・バリの男勝りの魅力全開とばかり、囚われ悲嘆と諦念そして呪詛の念に悶々としていた奴隷達の魂を揺さぶり奮い立たせる場面悪くはない。忽ち、奴隷達の叛乱が始まり、奴隷船一味は、船長共々海中に叩き落とされてしまう。叛乱に参加した元々インド人だった奴隷船の隊長だけは生き残り、ニシャンの片腕としてニシャンを補佐することとなる。

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 そこに偶然にも、ラヴィ、すなわち藩主の王子を乗せたポルトガル船が現れ、ニシャン、否、もはや"バーズ"率いる反乱船に攻撃を受け、占拠され、バーズによって身分を隠したままのラヴィや宮廷占師(占星術師)達は危うく一命を取り留め、雑役夫として働くはめに。ニシャン、再びラヴィに対する想いが再燃する。
 やがて、元の町近くに戻り、洞窟に隠れ、機を窺ってポルトガル軍を攻撃し、追い払ってしまう。晴れて、ニシャン、ラヴィと一緒になれるのであろうか・・・。

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 筆者の観たヤシュ・ラジュ・フィルムのDVD、白黒の画像そんなに悪くはないが、傷が少なくない。有名俳優の映画でも、保管はこんなものなのであろう。
 グル・ダット、別に美男って訳ではないが、ラジーニカントをナイーブにしたって感じは、やはり生まれ育った環境の差なのであろうか。この映画では、自身がメガホン取っ手いるからか、専らニシャン役のギータ・バリの引き立て役。
 冒頭の、ベトナムのと似た菅笠被ったニシャン達娘達だけの、クリケットに似た遊びは笑わせるけど、あの頃既にそんな遊びが、本当にあったのだろうか。グル・ダットの創作か。あの菅笠、《ディル・セ》でも、イントロの"チャイヤ"に出てくる列車の乗客達が被っていたのと似ている。インドでそんな姿見たことなかったが、実際には特定の場所では今尚使われているのだろう。この映画の舞台は南、"チャイヤ"は北と随分と離れているが。

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 グル・ダットは本名を、ヴァサント・クマール・シヴァシャンカル・パドゥコーンというブラフミンの家系の、カルナタカ州生まれで、後カルカッタ付近に引っ越したらしい。やがてグル・ダットと改名した。ダットという名字はベンガルのものらしい。学生時代をベンガルで送ったせいか、ベンガル文化に影響を強く受けているとも評されている。
 グル・ダットは俳優になる以前は駆け落ちしたり、親に姪を押しつけられたり、そして俳優になると、当時有名だったプレイバック・シンガー、ギータ・ロイと一緒になる。家族の強い反対を押し退けてまでして漕ぎ着けた結婚であったのが、しかし、以前から只ならぬ仲だった女優・ワヒーダ・レーマンが距離を置くようになってしまいギータとも疎遠になって行き、元々酒と睡眠薬が常態化していたダット、一層溺れ始め、1964年10月10日、酒と睡眠の薬過剰摂取で帰らぬ人となった。

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 嫁さんのギータ・ロイも、ワヒーダ・レーマンの事なんかも関係したのか、飲酒に耽るようになり、ダットの死後、8年後に、41歳の若さで肝硬変で亡くなってしまった。先年亡くなったラータ・マンゲーシュカルの全盛の頃のライバルであったのだろう。因みに、ギータ、この《 バーズ 》でも、ニシャンをラヴィが助けた後の'Zara saamne aa'を唄っている。

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   歌姫・ギータ・ロイ 

               
 ニシャン(バーズ鷹) ギータ・バリ
 ラヴィ(王子)       グル・ダット
 宮廷占師        ジョニー・ウォーカー
 ロシータ         クルディプ・カウル
 ニシャの友人    ヤショドラ・カッジュー

 監督  グル・ダット
 脚本  ラルチャンド・ビスミル
             グル・ダット
 撮影  V.K.マーティー
 音楽  O.P.ナヤール
 制作  (インド)1953年

2009年8月19日 (水)

廃れゆく町 門司港 part 2

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 列島中トロピカル・アイランドと化して既に久しいけど、昨年以上に長雨月な今年の夏、同じトロピカルであっても紆余曲折・千差万別で一様ではないようだ。西は大雨、東は大雨と地震で少なからずの犠牲者まで出ているが、台湾では台風が猛威を揮ったらしい。国土がコンパクトだからといって必ずしも治水の類が容易という訳ではないようで、自然の形状故の災害なのか、それとも長年の外省人=蒋介石・国民党支配の賜物なのか。

 詩人・金子光晴の盟友であり、戦後は辻まこととも親交のあったらしい北海道生まれの詩人・吉田一穂(いっすい)の『故園の書』(昭和四年)所収の「冬」。確かに、辻まこととの共振性が了解できる。この断片は、まことのブルーが印象的な作品《むささび射ちの夜》の方が遙かに相応しいが、それはそれ。
 

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夜、孤独な魂を点ずる灯がある。片照る面を現実にむけて、蜜蜂の去つた地平線を想ひ、自らの体温で不毛の地を暖めながら待つ春への思索の虹――雪に埋れたヒュッテで私は煖炉を焚き、木を斫り、家畜を養ひ、燈火の下で銃を磨き、嵐の音に沈思する。

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今朝、谿の斜面に楢の木立が、鮮やかな藍と紫の影を印してゐた。丘に沿ふ美しい起伏を痕して吹雪は去つた。雪は蛋白石の内在界を光耀する。落葉松林の奥で肉食鳥の声が鋭い。斧が光り、丁々と木精は冴え、粉雪を散らして木は倒れる。尺寸の幹すら四五十年の年輪を刻んでゐた。

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私は自然を会得する一本の草木の如く生きて疑を懐かない。冬の脅威から家畜を戍り苛酷な自然に面して一挺の斧と銃とで営みを続けてゆく。一塊の土のある限り、農民は氷の上にすら田を作り得るであらう。彼等は蜥蜴に変形しても生命を保つ。

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が一度、社会組織の残忍な簒奪機構に入り込む時、彼等は人と人の間で餓死せねばならない。外には北極星が寒気に磨かれてゐるであらう。馭者座(カペラ)は金色の五辺形を描き、参星も高く昇つたであらうか。霜にとざされた硝子窓に愴絶な青光を放つ爛々たるは彼の天狼星であらう。

                                                    冬『故園の書』 吉田一穂(昭和5)所収

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 本当は、中国山脈の裾の小さな町・庄原の予定であったが、撮っていた写真が何処かへ紛れあるいはひょっとして紛失したかも知れない為体(ていたらく)。本当に廃れゆく町の典型みたいな仲々に趣きのある町並で、最後にこれを持ってこようと企図していただけに残念無念。もう七、八年も前の風景、果たして現在撮った風景の幾らが残っているやら。

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2009年8月15日 (土)

《メモリー》 ポスト・タイバブル的メランコリア

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  今年六月、タイの映画雑誌《スター》の主催する"スター・エンターテイメント・アワード"で、マイ・チャルンプラが《メモリー》で"主演女優賞"を貰い、相手役のアナンダ・エヴァリンハムも他の作品で"主演男優賞"を貰った。因みに《フェーン・チャン》で可愛い女の子役をやっていたフォーカス・チラクン、蒼井そらも出演した《夏休み ハートはドキドキ!》で助演女優賞を獲得。
 アナンダ・エヴァリンハム、超モテモテ振りは未だに陰りを見せてないようだけど、この数年の間に一体何本主演映画を撮ったのだろう。外国育ちでタイ語も満足に読めないという。タイの若者達にとってはそっちの方がカッコ好いのだろうか。
 双子のサイコ・ホラー《アローン》のマーシャーに触発されたのか、《スリヨタイ》で夫王を毒殺し愛人を後釜に据えた毒婦シュリスダチャンを演じてすっかり自身の魔性に目覚めて以来なのか、マイもこの《メモリー》では、心を病んだ魔性を秘めた女を好演している。但し、魔性はあくまで"秘め"られじくじくと洩れ燻り続けるばかりで、次作のとうとう権力すらが苦虫を噛み潰してクレームまでつけた札付きスプラッター・ホラー《ミート・グラインダー》で正に血塗れ全開。

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 チェンマイの病院で異常犯罪者専門の精神科医をしていたクリット(アナンダ・エヴァリンハム)、すっかり疲れ果て、鬱々とした日々を送っていた。見かねた友人の警察官が、彼にある患者を紹介した。一人の小さな少女で、母親に連れられてやってきた。 その少女は黙りこくるばかり。やがて、何かに怯えるように逃げ出してしまった。母親のオーンにも罵られてしまう。
 クリットはこのままにしておくのも忍びなく、少女の屋敷を訪れる。瀟洒な佇まいの屋敷であった。少女は自分の部屋のベッドの上に居て、クリットはクレヨンとスケッチ・ブックを渡す。少女は興味を示し、早速絵を描き始める。出来上がった絵は、自分の家の外に母娘の二人が手を取り合って散歩している光景が描かれていた。頻(よ)くある子供の絵でしかなかった。ふと見ると、描かれている家の中に、彼女自身であろう少女が一人窓から外を覗いていた。すると、その親娘は?

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 クリットは再び少女の屋敷を訪れた。
 しかし、それは少女の病状を診るためだけでなく、母親のオーンに遭うためでもあった。クリットは彼女の艶やかな魅力に魅せられていた。リビング・ルームで彼女と間近な距離で向かい合った時、思わずクリットは彼女の唇を奪いそうになった。彼女の方もむしろそれを待っていたかのように応じようとした次の刹那、クリットの視界の端に少女の影が覗け、慌ててクリットは顔を遠のけてしまった。
 後日訪れると、オーンは挑発的なぞろりとしたガウンで対応し、互いに欲望と現実の混交し錯綜した一時に浸り、クリットが少女の部屋に入るや否や少女に彼がプレゼントした熊の人形を投げ返されてしまう。そこで、クリットは鞄からメトロノームを取り出し、ベッドの上で動かしてみせる。そっぽを向いていた少女もその珍しい音に早速興味を示し、催眠状態に陥れられ、心の内に押し秘められた記憶を語り始める。 ふと闖入してきたある少年の死であった。

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 オーンにその事を問い詰めようとすると、彼女は激高しクリットの背後の壁に物を投げつけた。クリットが帰った後、オーンは少女の両頬を握りなじり怒る。泣きながらベッドの背後で怯え打ち震える少女、怒気を吐き出し正気に戻り始め少女の怯え泣く姿に、自身の救いようのない所行に慚愧の念を覚え、自らも泣き出しながら少女を抱きしめる。典型的な、DV的連鎖症候群って奴だった。オーンも前夫に散々な暴力を受けてきて精神の平行を失ってしまっていたのだ。

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 再びやって来たクリット、薬物を入れた飲み物を飲ませられ、その場で苦悶し始めるとオーンは少女を連れ屋敷から逃げ出した。自分の口に手を入れ胃の中の物を吐き出し携帯で連絡し、辛うじて一命を取り留めた。やがて、友人の警官からオーン母娘二人の居場所が分かったと連絡があり、二人で件の高層ビルへ向かう。途中警官が、お前は彼女が好きなのか、と問われる。一人で行った方が間違いないだろうと、クリット一人がエレベーターに乗り込む。と、上階のエレベーターの出口で少女を抱いたオーンと鉢合わせし、クリットは、誰も君達母娘を悪く思っちゃいない、二人の面倒を見させてくれと言い聞かせ、オーンもクリットの真摯な気持ちに歩み寄ろうとしたまさにその時、クリットの友人が現れ、オーンは逃げた。そして屋上に上り、必死でクリットが宥めようとしたのももはや伝わらず、オーンは少女を抱きかかえたまま飛び降りてしまう。

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 いつもの生活に戻ったクリックの病棟に一人の少年がベッドに蹲っていた。その少年こそオーンの身体の上に乗っていたので無事であった少女であり、少女は実は少年であったのだ。男に対して底なしの不信と憎悪を抱いていたオーンが女として育てたのであった。

 家長や夫の長年の暴力によって性格に歪みが生じ、それが今度は自分の子供や他者に対してその深奥に蓄積された暴力性が噴出し、次から次へと連鎖的に拡がって行く症候群。日本でも、自分の娘と娘の友人の豪憲君の殺害犯とされる畠山鈴香もその典型のようで、これは又、社会=世界自体の暴力性との相関性としても見られるべき代物。
 オーンも被害者なら畠山鈴香も被害者に過ぎない。
 ボリウッド(インド)映画でもDVをテーマにした映画稀に見掛けるけど、ハリウッド・ホラーなんかでは枚挙に暇がないくらい。それにしても、特別派手なシーンも殆どなく、登場人物も少ないのにも拘わらず、それなりに見れてしまう監督トルポン・トゥンカムハンの手腕は大したもの。マイもアナンダも子役も悪くない。タイ・ホラーもとうとうここまで来てしまったんだなー。

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 マイ・チャルンプラ
 アナンダ・エヴゥリンハム
 パルジー・ケムサワット
 エカラット・クリッガエン
 
 監督 トルポン・トゥンカムハン
 脚本 トルポン・トゥンカムハン
    カルン・ホントン
    オサティー・ウラランクル
 撮影 ウィナイ・パトボムボーン
 音楽 ブルーノ・ブルヤーノ
 制作 タイ映画 2008年作品

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 マイの魔性全開ホラー「ミート・グラインダー」 

2009年8月11日 (火)

タイ・ポップ・ロックの女王 マイ

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  今春タイで封切られたスプラッター・ホラー《ミート・グラインダー》で、気に入らぬ輩を片っ端から自分の屋台のクオッティヨウの具にしてしまう凄絶な妖婦を嬉々として演じたらしい我がタイ・ポップロックの女王=マイ・チャルンプラ。タイ語のタイトルはもろ"人肉クォッティヨウ"、もうそのままだ。こんなのタイで大丈夫なのかと老婆心を起こしてしまうが、昨年のサイコ・ホラー《メモリー》で相手の売れっ子イケメン男優・アナンダ・エヴリングハムを切り刻まんばかりの妖女振り以上に一層脂が乗ってきた空恐ろしいばかりののめり込みよう。さすがに疲れたらしいけど、次回作が期待される。もう一人の本来の泰国恐怖映画皇后・マミーと《フレディーとジェイソン》並の妖女激突片なんかも先では期待出来るかも。

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 マイの異父姉妹サーイ・チャルンプラは既に紹介したが、マイも初発は歌手ではなく映画だったようだ。十歳の子役から映画界にデヴューし二本目で、"サラスヴァティー金の人形賞"というもろヒンディー・ネームの賞を貰い、テレビや舞台と活躍し始めるようになったらしい。元々父親が俳優だったという。イギリス留学の経験もあるようだ。

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 1989年に《マイ・ムアン》で歌手としてデヴュー。
 ポップロック系の曲調というが未聴。売り上げ八十万枚以上。大したものだが、翌年《マイ・キート・ファイ》を出す。これもポップロック調でA面の"クワック・フア・チャイ"や"ヤーク・チャ・ローンハーイ"なんか悪くない。でも、如何にもマイらしいロックそのものの《ピー・スア・カップ・パーユ》は好きなアルバムで、カセットのデザインも気に入っている。マイの前にタイ独特の短剣に蝶の羽根をあしらった絵柄、後年の映画女優マイの面目を顕わにしていて興味深い。個人的にはA面一曲目が好い。このアルバムのマイは本当に歯切れが好い。発声法の問題なのか。

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 知らなかったが、マイは暫く歌手活動を休業していて、1998年、再開して出したのが、《プレーン・リット》。個人的にはマイのアルバムの中ではこれが一番気に入っている。イタリア人ブルーノ・ブルヤーノが参加していて、ハード&ソフトの好い曲ばかり網羅され、ヒットしない方が不思議なくらいだった。バンコクでの定宿"TTゲストハウス"で今じゃ骨董品になってしまったカセット・ウォークマンで頻(よ)く聴いていたし、リビング・ルームで宿のスタッフ、トーかドゥアンが珍しくスピーカーで流していたのも想い出す。
 2001年、マイ、エーム、マーシャー、ナット、ウー、ニコール、トン、グラミーの有名女性歌手七人が集合して、バンコクで"SEVEN"コンサートを開催した。その時VCDとCDも発売された。VCDは国内で偶然見つけ買ったけど、CDはなし。コンサートとは別のクリップをYOU TUBE で見たけど発売されているのだろうか。さすがに、これだけいっぱい有名処が揃っているとつい魅入ってしまう。バード・トンチャイとチンタラーやナットの"フェーン・チャー"と双璧をなすコンサート・ライブだろう。

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 ハスキーな割には歯切れの好いのがマイの魅力の一つだろうが、事故死した伝説のルークトゥン歌手プンプアンのヒット曲を全部カバーするつもりかと思われるぐらいに何枚も立て続けに出したりし、2007年にはイギリスのマンチェスターでタクシン元首相がサッカーチームのオーナーになったのを記念したコンサートで他のミュージシャン達が逃げたにも拘わらず、一人奮闘して唄ったりもしたらしい。タクシンが以前からマイのファンだったようで付き合いもあったようだ。義理がたいのだろう。
 個人的には、セブン・コンサート以降は余り聴かなくなった。悪くはないがも一つ何かもの足らない。むしろ、女優マイの方に比重がかかってしまったのかも知れない。

2009年8月 8日 (土)

印度恐怖映画(1) 《カール》サファリ・パークを徘徊する押しつけガイドの自縛霊

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  普通インドのホラー映画って、ヨガや心霊主義的なイメージが強く、さぞかしおどろおどろしく怖いのだろうと思いがちだけど、アジアの例に洩れず技術的な問題も絡んでお粗末なゲテ物が多いようだ。で、少し有名俳優が出るような映画となると、まさかゲテ物という訳にはいかず、今度は何とも白けた恐怖の片鱗も見られぬ代物になってしまうようだ。
 例えば、ちょっと古いが、サンジェイ・ダッド主演の《ルードラクシュ》なんて、ボリウッドも漸くこんな特殊効果撮影も出来るようになったのか、という感慨だけの代物であった。そしてその特殊効果技術の不完全度故に情けない代物でもあった。もう少し作りようがあろうと想ってしまうのだが、まだまだこれからなのであろう。でも、ホラーに限らず、金を掛けた技術や装置は、必ずしも必須条件ではない。専ら、制作者側の創意と工夫一つ。

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 昨今、否、考えれば七十年代頃からでももう既にあった人間達の自然・環境破壊に対する警告を主題にしたホラー映画は、数え上げれば切りがない。インドでも、あっちこっちインドの自然・大地を破壊し汚染し続けているニュースばかり。水(パーニー)の汚染も有名過ぎる。北京を筆頭に中国がそうである如く、インドもこれから一層激しくなっていくだろう。欧米先進国が世界中に先鞭をつけ、今まで大概には植民地・半植民地国の破壊と搾取を決め込んできた癖に、決してそれら後進の国々にその警鐘と経験・技術を提供することもなく、したのは部分的な"商品"としての恩着せがましい切り売りのみ。

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 この《カール》、ヒンディー語では、"運命の時間"という意味らしいけど、恐らくもっと宗教的な意味あいがあるのだろうが、それはともかく、インドの自然・大地=広大な"オービット国立公園"を舞台に、典型的なハリウッド・ホラーのステレオ・タイプを、何の躊躇いもなくボリウッド版に作ってしまったって感じだろう。
 同じ2005年だと、タイでは、バスに乗った高校生達が次々に殺されて行く"スケアード"が些か似ているけど、ホラー映画として観たら、目一杯ハリウッド・ライクな"スケアード"の方が明らかに面白い。技術的に昇華出来ているからだろう。人間の犯人も一応登場するけど、タイ・クメール風な精霊信仰・呪術的な要素も漂わせ、その辺は曖昧に韜晦していた。タイには、このタイ・クメール風な精霊信仰・呪術的なバックボーンがあるので、ホラー仕立てに無理がなく、更にイマジネーションを膨らまし易い。歴史の古いインドなら尚更って思えるのだが・・・。

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 ある日、環境保護運動家のクリシュとリヤの夫婦の家に、ナショナル・ジオグラフィックからインド北西部にあるオービット国立公園での不可解な人食い虎による殺人事件の調査の依頼がある。
 早速二人はオービット公園に赴く。丁度そこに、都会からバカンスにやって来たデヴやイシカのグループとひょんなことから同道することとなる。お決まりのように、都会組にはキンキラキンの拳銃をこれ見よがしに弄ぶバカ息子、サジッドが居る。
 と、皆が同乗していた地元民の車が止まり、デヴとクリシュがこの公園の規則を破って道端に降りてしまう。それを見透かしたように、次々と虎が現れる。あわや全員人食い虎に喰われてしまうのか、と観念した時、突如道路の向こうから一人の黒いシャルワール・カミーズに身を包つみ手に太い棒を持った男が現れる。虎たちは逃げだし、難無きを得た。カーリーという名のガイドであった。しかし、デヴが嫌い、男は再会を仄めかして去って行く。

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 この時の、アジェイ・デヴガーン扮するカーリーが登場する際、虎のイメージに合わさってカーリーの両の眼がカットバックされるのだが、これはカーリーを虎の化身として登場させたのであろう。あるいは、思わせ振りな、一連の殺人の犯人を虎に見せかけるためのトリックでもあるのだろうが、やはりこれはインドの大地・自然の化身・虎=カーリー、シヴァのもう一人の嫁、シヴァをも脚で踏みつける地母神カーリー、虎に跨るシヴァの妃パールバティ・ドゥルガー、そうすると彼の手にする棒はシヴァの三叉鉾(トリシューラ)になる。大地・自然を汚す者達にシヴァのピナーカ(弓)やパスパタ(第三の眼から発射される炎)あるいは三つの魔都を焼き尽くしたトリシューラで殲滅しようと謂うのだろうか。

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もはやB級ホラーの定番、夜のキャンピングでの恐怖話

 結局、職員本部に辿り着くが、人食い虎が職員を襲い、クリシャ達一行は追い返される。途中、地滑りで通行不能で車が立ち往生している時、再び、カーリーが現れる。もはや、公園の地理に詳しい彼に頼る他すべはなかった。バカ息子アジッドが道端の向こうの雑草に兎を見つけ、オートマチック・ピストルを片手に一人跡を追って行き、汀で何者かに襲われ首を喰われてしまう。カーリーは幾度も彼等に公園の禁止事項(ルール)を守るように警告し続けていたが、ことある毎に一行は破りそして犠牲者となっていった。
 やがては、クリシャの妻のリヤも夜中、喉が渇いて泊まっていた廃墟から抜けだし古井戸で水を飲みに行って水死してしまう。リヤが居ないのに気付いたクリシャとデヴが古井戸の底に沈んだままのリヤを見つけ、デヴがリヤの脚に絡まっていた綱を引きあげている最中、カーリーが現れ、再びくどくどと非難がましいことを呟き始めた。ふと、デヴが井戸の底の水面に映った自分の影しか見えないことに気付き、慌てて今まで撮っていた携帯ビデオ・カメラ"ハンデイーカム"の映像を確かめた。果たして、全員の姿ははっきり映っているにも拘わらず、カーリーの姿だけは影すら無かった。カーリーはこの世の者ではなかった。三人は、必死でそこを後にし、走って逃げだした。カーリーは走って逃げた三人を襲おうとするが失敗し、職員のジープに助けられ、無事逃げおおせることになった。そして、後日、又別のバカンスの一行が現れる。そこに、もうカーリーがガイドとして同道していた・・・
 実は、カーリーは、件の虎に喰われた外人旅行者達のガイドだった男で、公園を愛する余り人間達に対して敵対的になり、ついには村人達に惨殺されてしまっていたのだった。

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 シャールークのプロデュースで、大きな画面で観たインドの観客はそれなりに恐がり喜んだのかも知れないが、私見したところ、予断通り怖さは皆無、ミステリーとして見ても平板・凡庸。全てが余りにもホドホドに作られているせいだけど、何かインド映画の倫理規定や規則に触れてしまうからかとつい余計な憶測までしてしまう。
 カーリーをインドの自然・大地と、あるいはカーリー神・シヴァ神の化身とするなら、もっとダイナミックなストーリー展開じゃないと余りにも情けない。結局は、ハリウッド・ホラーなんかに出てくる何とも中途半端な、ジェイソンや案山子男ほどにも迫力のないそこら辺の、例えば新宿御苑ていどの公園に出没するのがせいぜいの呪縛霊ってところでしかなかった。

 一人アジェイ・デヴガーンだけが、持ち前の三白眼で雰囲気を出していたのが光っていただけ。

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 アジェイ・デヴガーン   カーリー
 ジョン・アブラハム    クリシャ
 ラーラ・ダッド      リヤ 
 ヴィヴェク・オベロイ   デヴ
 エシャ・ドエル      イシカ

 監督 ソーハム・シャー
 脚本 ソーハム・シャー
 撮影 サントーシュ・サンディーアイール
 音楽 サリーム・スライマン
  制作 ダルマ・プロダクション 2005年(インド)

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2009年8月 3日 (月)

改革開放的一瞬の夢  賈樟柯《 小武 》

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   中国を旅する所謂"貧乏旅行"者にとって、漢族エリアは総じて費用が高くつき、上海、北京、西安以外は、やはり風光明媚で費用も安くつくチベットや新疆、雲南なんかに落ち着いてしまう。西安すら結局訪れたことのなかった筆者にとって、普通の漢族達の住む中小都市いわんや村なんて殆ど未見の映画やテレビでしか見たことのない世界であった。
 ところが、この賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督作品《 小武 》は、正に筆者の知らない且つ如何しても見たかった普通の漢族の町・人々が実にリアルに描かれていて、その映像にはビデオではあったけど圧倒され、初めて中国やインドの町を訪れた時に近いシュールなくらいのリアリティーを覚えてしまった。

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 北京と洛陽の間、太源を西に呂梁山脈に入った名水=名酒と炭坑の町らしい山西省汾陽市が舞台。主人公の小武は、スリを生業にする青年で、この町のスリ集団の兄貴分的存在でもあるらしい。以前仲間だった小勇は足を洗って煙草輸入会社を作り、結婚式間近で町のテレビ局が取材に訪れるぐらいに出世していた。
 この映画、登場する男という男がともかくひっきりなしに煙草を吸っている。確かに他に余り娯楽のない社会で数少ない嗜好品なのであろうが、それは又、地方へ行けば行くほどその傾向が強いのだろう(日本も世界に冠たる喫煙大国だろうが)。そこに目をつけた小勇仲々小才が利きそうで、今でもスリ稼業から抜けられないでいる小武には結婚式の通達はしなかった。それを知って小武は傷つき、ムキになって小勇の処に赴き、赤い祝儀袋に包んだ祝儀を、断られても強引に置いて往く。

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 取り締まりが一段と厳しくなってきている最中、仲の良かった小勇の結婚に自分が置いてけぼりを喰わされているように思えて、小武に焦りを覚えさせる。違法な稼業に浮き身をつやしてはいるものの、元来が生真面目な小武に、小勇のような情況を見切り稼いだ金を元に商売を始める能もなく、只もうそれしかないようにスリを繰り返すばかり。
 そんなある日、姉の営っているカラオケ屋に遊びに行き、そこで梅々(メイメイ)という上海からやってきた娘と出会う。そのカラオケ屋は、遠い地方からやって来た娘達をベッドだけの寮に寝泊まりさせて働かせていて、メイメイもその寮に住み込んでいた。 最初、齟齬を来した客とカラオケ嬢の関係だったのが次第に恋愛関係へと発展してゆくように見えたが、小武が彼女に金の指輪を買って渡そうと寮を訪ねると、既にメイメイは何処かへ去っていった後であった。
 実家に戻っても親子喧嘩ですぐ飛び出し、結局、町中のスリでへまをして町民に捕らえられ、公安(警察)に突き出されてしまう。本署に護送中にか、街角の電柱の張り綱に手錠を繋ぎ小武を残して、老公安は用事を足しに向かう。通行人達が小武に気付いてどんどんと野次馬の輪が拡がり始める・・・

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 ストーリーは単純で、スリの小武は、正に"改革開放"の象徴なのだろう。
 冒頭のバスの乗り込んでくるシーン、中の乗客達の姿は正に旅の中で嫌と云うほど見てきた人民中国的中国人達そのもの、小武に切符を売りに来た車掌が又如何見ても典型的な近在・近郷の漢人そのもので、そのリアリティーにはのっけから参ってしまい、汾陽の町中に入ってからは更に参ってしまった。この映像性が、何よりも先ず、この映画の、そして賈樟柯監督の素晴らしさであろう。
 小武が車掌に"俺は警察だ"と嘯ぶき車掌も諦めて戻っていった後、隣の髪の具合が最高に人民中国風な親爺のポケットに手を伸ばした時、運転席のフロント硝子の上に吊った、日本ならお守りかキャラクター・グッズなんだろうが、中国では毛沢東の御真影が執拗にカットバックされる。これは、違法行為を神様"毛沢東主席"は全てをご存じだ!という国定教科書的発想ではなく、スリを働かざるを得なくした当事者・犯人としての"最高責任者・毛沢東"指弾なのか、それとももっと過激に、スリ行為そのもの、つまり人民に対するスリ行為・盗奪を働き搾取してきた者としての毛沢東弾劾なのか。この隠喩が、曖昧さが、すぐれて中国的(政治的)特殊性なのだろう。そして、それは最後の小武が街角で晒し者にされ群衆がじっと見据えるシーンと相補なのかも知れない。

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 小勇に触発されたように小武も偶然に出遭ったカラオケ小姐・メイメイに急速に接近して行くが、DVDの説明には"妓女"となっていた。メイメイ、親には北京で女優志望で働いていると電話で受け答えしていて、仕事を求めて中国中を流浪する外来妹(出稼ぎ娘)なのだろう。これも"改革開放"の申し子達に違いなく、又、ギャング・チンピラの類には娼婦という昔からの定式でもある。他に好い仕事が見つかったのか、小武なんか打ち棄ててさっと飛んでいってしまう。所詮その程度の関係でしかなかったのであろう。
小武ばかりが勝手に思い詰めたに過ぎない。
 小武、嘗ての学生スタイルそのままに、痩せて小柄な黒縁眼鏡に長髪って冴えない風貌ながらも、(中国人の青年達も日本と同様黒眼鏡・サングラスの類が好きなようでよくかけていたものだが、小武、商売柄からか何故か普通の黒縁眼鏡)、一応腕にも刺青をした山西省汾陽では"顔役"なのだった。

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 如何にも燻すんだ感じの山西省汾陽、最近じゃ、中学生が学校でトランプ遊びで揉めて、相手のクラスメートの家に乗り込み、その中学生と家族を殺害するという凶悪事件や、市長と副市長が、"事故撲滅の敵"である違法操業の炭坑を六カ所も放置してきたとの罪状で解任されたりもして、"改革開放"的盲流、一層中国社会の荒廃をきたしているようだ。

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 オーストラリアの第五十八回メルボルン国際映画祭で、こないだのウイグル族暴動の首謀者と中国政府に指弾された「世界ウイグル会議」主席のラビア・カーディル女史のドキュメント映画の上映と併せて、当のカーディル女史自身が招聘されている事に、《河上的愛情 》を上映予定だった賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督が余りに政治的すぎるとの理由で主催者側に抗議し、参加を辞退したという。
 確かに、米英と同じアングロサクソン同盟って訳ですこぶる政治的な策為であることには相違ないし、彼女自身、元は実業家だったらしいが件の"ウイグル族独立運動"に於いては押しも押されぬ政治的存在らしい。この前の"北京オリンピック"の時と同様、為(ため)にする"反‐中国"的プロパガンダでしかない。
 勿論、オーストラリア側が、世界の全ての民族の独立と自治、自由と平等を原則として掲げての行動ってのなら別に問題はなかろうし、恐らく賈樟柯監督も中国政府に強いられたものでない限り、今回のような異議申し立てはしなかったろう。ところが実際は、冗談でもそんなものではないし、ひたすら米英の悪辣な破壊と搾取の一環としての政治的な策動って奴だろう。
 第一、オーストラリアって、誰の国?
 日本のアイヌ民族に対する長い間の破壊と搾取の果ての"同化"と同様アボジリニなんかにも散々押しつけてきたのではなかったか。米国なんざ今更口にするのもバカバカしいくらい。湾岸やバレスチナ、アフガンの民族独立・解放勢力の映画と併せて、例えばサドル師やハマースのトップなんかを招聘なんてしたことあったろうか・・・実に絵に描いたような"政治的"な策意でしかない。アングロ同盟って、もはや、映画祭であれオリンピックであれ、なりふり構わぬやりたい放題のようだ。

 監督 賈樟柯
 脚本 賈樟柯
 撮影 余力爲
 美術 梁景東

 小武 王宏偉 
  梅梅 左百韜
 父親 馬金瑞

 制作 香港(中国) 1997年

2009年8月 1日 (土)

モス・バーガー  旅先のファースト・フード

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  「旅先のファースト・フード」と銘うっているのだが、考えてみたら、海外で"モス・バーガー"には入った記憶がない。更に現地でモス・バーガーの店舗本当に見たことあったろうかと記憶を巡らせてみるとこれが甚だ心許ない。バンコクなんか米国の影響強いので、様々な店が乱立していて、逐一確認して廻る訳もなく、数年前に漸くモス・バーガーがバンコクに進出したことを最近知った。以前中国に進出して直ぐに撤退したらしいが、台湾・香港なんかでは健闘しているという。
 ブログに今年台湾で150店舗目が開店とあったけど、台湾ではライス・バーガーが人気らしい。ライス・バーガーなんて喰ったこともないけど、キンピラやコンニャクなんて食材、金払って食べようなんて気も起こらない。

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 この"モス・バーガー"、てっきり"モス"って名から、ハンバーガーの発祥のドイツ系米国のファースト・フード屋とばかり思い込んでいたら、マックが日本に登場した頃出来た純国産のファースト・フード屋とのことで、自分ながらファースト・フード関係に如何に疎いか分かってしまった。
 モス・バーガー、確かに味は悪くはないが、政治の悪辣と無能故の恒久化した不況下にあって、マックの百円バーガー等の低価格路線に、果たして対抗できるだろうか。モスに入ってメニュー見ただけで"高っけーな"と思わず二の足を踏んでしまい、やっぱしマックにしようとカウンターを後にしてしまいたくなる。それでも、最近漸く百円かと思ったら、百円台だった新・廉価バーガーが出、セットで5百円切るらしいけど・・・マア、あのケチ臭いロッテリアの"絶品チーズ・バーガー"喰うぐらいならモスの方がまだ好いだろう。

 因みに、モスには地域限定メニューがあって、名古屋じゃ、もうこれしかないみたいに"味噌カツ"仕様のライス・バーガーがあるらしい。

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