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2009年9月の6件の記事

2009年9月26日 (土)

スプラッター戦争アクション映画 《ランボー 最後の戦場》

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   《ロッキー6》が作られたので、《RAMBO 4》も作るんだろうと思ってたら案の定。
 ミャンマーが舞台というので、又、アフガン物の踏襲なんだろうと興味もなかったが、せめて、今度は、ソ連侵略軍を叩いたのと同様、アメリカ侵略軍をオサマ・ビン・ラディンやタリバンと共同して叩くとか、あるいはそれら全てをアメリカ的産物として一纏めに叩くとかいう捻りや皮肉に富んだ物を作ろうという平衡感覚もモラリティーもウィットもスタローンには無かった。ひたすら金儲けばかりのようだ。スタローン、大きな借金でもしていたのだろうか。もう、二年後にはミッキー・ロークを迎えて《RAMBO 5》が待っているらしい。

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 《ランボー》First Blood (1982)、監督テッド・コチェフや脚本が好かったのか、映画としてそれなりに観れた。ベトナム戦争帰りのランボー、同じ部隊の戦友の家を訪ねると枯れ葉剤のせいか奇妙な死に方をしていて、傷心に沈んだ旅を続けているうち、ある小さな何の変哲もない町に脚を踏み入れてしまう。ランボー自身は単にその町で簡単な食事でもして通り抜けようとしていただけなのが、管理主義者のポリスに早速因縁をつけられ、結局警察署に留置され暴行を受け、戦場で受けたトラウマが爆発し、特殊部隊員としての、つまり殺人マシーンとして暴走してゆく。奥深い森に追いつめられ、現れた元上司に泣き叫ぶ。
 ベトナムじゃ、何百万ドルの武器も使わせてくれたのに、この故国では皿洗いの仕事ぐらいしかない、と。
 確かに、エリート兵士が戦争終わると学歴やコネがなければ只のフリーター。プライドを傷つけられ、その上、訳の分からぬ因縁をつけられ放り込まれた豚箱で更に故ない暴行を受けたんじゃキレもするだろう。尤も、もう少し後の湾岸戦争の頃なら、退役後も民間軍事会社で悪辣全開ってコースもあったろうが。この《ランボー4》でも、ランボーはそんな企業で働いてない。それだと、映画にならないからだろうが。

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 《ランボー2》からは、スタローン自身がメガホンを取ってのドル箱路線ひた走り。およそ金払って観るに値しない"米国軍産複合体"映画でしかなかった。で、この《ランボー4》、ポスト湾岸戦争・ポスト9.11ってことで、念のため観てみることとなった。
 内容は完膚無きまでにやっぱり物だった。
 ところが、およそ予期もしてなかったある新局面に驚いてしまった。以前に戦場を舞台にしたホラー映画を観たことがあった。洋画・(準)邦画どちらとも。(準)邦画ってのは、出資と登場人物が日本人で、映画自体はシンガポールだったか。だが、この《ランボー4》では、その新機軸"スプラッター"を戦争アクション映画に巧く導入し観れるアクション映画に仕立てていて感心させられてしまった。
 尤も、最近のアクション物の傾向として、とりわけ中東を舞台にした物なんかRPG(肩にかついで発射する対戦車ロケット弾)を始めとしてアクション場面が可成りリアルになってきはしているが、それに更にもう一つアクセントをつけるように派手なスプラッター的要素でギラギラにしてしまった。《ランボー》に限らず戦争アクション一般が更に極彩色のギンギラになるのも時間の問題であろうが。スターローンも伊達に歳を喰っていた訳ではなかった。

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 ミャンマー国境近くのタイのメーソートで、しがないコブラ捕りで細々と生計を立てていたランボーの処に、あるキリスト教人権団体が現れ、キリスト教徒の多いミャンマーのカレン族の集落に舟で連れてって欲しいとせがむ。断っても執拗で一行の紅一点サラに諭され川を西進しミャンマーへ。
 暫くして、今度は同じ団体の男が現れ、先だっての一行はミャンマー政府軍に捕らわれたようで、救出の傭兵達を同じ川岸まで案内して欲しいと請われ、傭兵達を連れて行く。ランボーもサラのことが気になってか、傭兵達の跡を弓矢を持って追う。
 人権団体が赴いたはずのカレン族の集落は政府軍に襲撃され跡形もなかった。見せしめの吊された屍体ばかりが風に靡いているばかり。傭兵達は多勢に無勢と引き返そうとする。と、その中のリーダー的存在の男に、ランボーは弓矢で狙いをつけ、俺達みたいな連中はこんな処でしか生きれないんだ、と救出に向かわさせる。
 結局、これがランボーの本質って処なんだろう。
 政府軍基地の豚小屋に繋がれた一行を救おうと夜襲をかけ、一応救出はするが、川岸の舟の傍で政府軍に掴まってしまう。そこをランボーが襲い、乱闘の末、カレン族のゲリラ部隊の援軍もやって来て、政府軍を四散させる。
 ラストは、最後の戦場というタイトルにかこつけたのか、故郷のまだ生きているらしい父親の居る牧場の奥の実家に歩いて戻る長廻しのシーンで終わる。《ランボー1》のオープニングの、内陸部の肌寒い山間の国道を一人トボトボ歩いてくるシーンに対応したのだろう。

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 結局、戦争が作り出した"殺人マシーン"ということだが、シリーズ2、3ではともかく、この4では、彼自身がそれを自覚し、それとして行動しているって訳だ。脳と神経の奥深くインプットされた殺人プログラムの作動。自身では如何ともし難く、秘された本能として自動律があるのみ。スターローン監督のものであっても、まだ人間としての苦悩と一抹の悲哀が感じられる。
 これと似た設定が、マット・ディモン主演の《ボーン・アイデンティティー》だろうか。 こっちはスパイで、スパイというのは十二分に意識的であって兵士達とは些か異なるが、もっと現代的で直接的な"埋め込み"方式。それでもラドラムの原作が1980年(原作の中でも埋め込み式なのかどうかは不詳)と些か旧く、最新式とは云えないだろう。

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 2000年タイのラチャブリーの病院を占拠した十人全員殲滅されたカレン族"神の軍隊"事件はじめ、カレン族の前途は甚だ険しそうだ。ラオスで迫害されているらしいモン族ともども、自主・独立(運動)って、安直に敵の敵は味方とばかり悪意を含んだ第三国なんかにおもねり、共謀したりすると一層問題を複雑・深刻なものにしてしまう。この轍を、何と多くの民族が踏んできたことか。否、今尚踏み続けている。
 ランボーの国・アメリカは、正にその悪しき謀みの為に世界の少数民族、否、国家権力までを自在に操り、混乱・内戦・戦争を生起させ、己の利潤追求に狂奔する最たるもので、英・仏やはたまた露・中も顔色ナシ。

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 そういえば、もう大部時間も過ったけど、スーチー女史がスパイ罪か何かでミャンマー政府に因縁つけられ更なる自宅拘束される機縁を作った例の中年米国人って、一体何者なんだろう。本当に一介の旅行者・ファンの市民なのであろうか。普通、あんな情況で、あんな挙に出れば、軍事政権が待ってましたとばかり飛びつくのは眼に見えている事柄。本当のファンがそんなスーチーを窮地に陥れること必定の愚挙を敢えて犯すだろうか。何時だったか、ミーハーの日本人娘が北朝鮮に亡命してみせたのとは、随分と事情が異なる。
 あの米国人って、普通に考えれば、米国当局の意を受けたスパイってところだ。まさか、自分をランボーと思いこんだ訳じゃあるまい。まあ、世の中奇々怪々で、常識の意表をつくこと珍しくもないけれど。

 
 監督  シルベスター・スターローン
 脚本  アート・モンテラステリー
     シルベスター・スターローン
 撮影  グレン・マックファーソン
 美術  スチャルタヌン"カイ"クラディー 
 音楽  ブライアン・テイラー
 制作  ミレニアム・フィルム  (米国)2008年作品
         
 ランボー    シルベスター・スターローン
 サ ラ     ジュリー・ベンツ
 ルイス         グラハム・マックタヴィッシュ
 スクールボーイ マチュウ・マースデン
  エンジョー   ティム・カーン

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2009年9月21日 (月)

ベンガル湾の望める門外不出の宿《サンタナ・ロッジ》

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 お手軽に短時日にインドの旅を決め込もうとする向きに、バンコクから直ぐのカルカッタ(コルカタ)、そこから北に一晩の旅程のヒマラヤの望めるダージリン、南に一晩のベンガル湾の見えるプリーの三点セットが重宝されたものだ。
 カルカッタの定番宿《パラゴン》の一階のロビーに貼ってあったプリーは《サンタナ・ロッジ》のポスター。三食チャイ五杯付きで1ベッド五十ルピーってのに思わず食指が動いてしまった。他の日本人に尋ねると、好い処らしいとの答え。

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 ハウラー十時発の夜行便に乗って翌朝九時にプリーに到着。
 リキシャ(5ルピー)でサンタナまで。
 屋上から、海沿いに建ち並んだ漁師達の藁葺小屋の屋根越しにベンガル湾が一望できた。 海に面したダブル・ルームに入ったけど、ドミも同じ1ベッド=50Rs。ここは、季節(二月)にもよるのか知れないが、窓から海風が吹き込んできてこれが結構寒い。窓ガラスのないタイプで鎧戸を閉めるしかなかったが、鎧戸を閉めてしまうと景観ゼロで風情が損なわれるのが玉に疵。

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 サンタナはだからビーチに直に面してはいず、浜に出ようとすると、漁師達の藁葺き小屋を横切って行かねばならない。距離的には殆ど問題にならないが、周知の如く波打ち際は漁師達の生活圏、漁もすれば排便の場でもあって、24時間旅行者達用のエレガントなビーチである訳でもない。勿論、それはサンタナ周辺のビーチに関したことであって、普通の観光客達は別の場所にあるホテル街に泊まりクリーン・ビーチを堪能していたようだ。それでも、観光業者達にとっては、現在は知らないが、漁師達って当時はひたすら邪魔な存在でしかなかったらしい。で、色々と悶着もあったようだ。

 恰度滞在中に、藁葺き小屋の一つから急に火の手がのぼり、燃え尽きようとした次の刹那そこから五十メートルくらい離れた別の藁葺き小屋からも火の手があがり、あっという間に次から次へと火が燃え拡がっていって三時間近く燃え続け、百軒近くが焼け出されてしまったらしい。後で浜の方へ行ってみると、浜に家財道具がずらり並べられていた。 聞くと毎年のように火事騒ぎが起こり、放火の疑いも否定できないようではあった。                                              

 ビーチに面した安宿はサンタナの近くに《ラブ・アンド・ライフ》があり、こっちは女性客に人気があるようだった。

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 プリーは昼間は暑く、そんなに陽の強くない朝は漁民達の生活の真っ最中、陽の大部傾いた夕刻ぐらいしか外に出る者は余り居なかった。三食全てサンタナじゃ飽きてきた連中が偶に外に昼食を食べに行くぐらいで、皆殆どサンタナの狭い空間から外に出ようとはしなかった。ミャンマーのパガンもやたら暑かったけど、それでも皆精力的にドンドン遺跡群なんかを観て廻っていたいたもんだが、やはり遺跡とジャガンナート寺院と漁師達のビーチだけじゃモチベーションに自ずから差が出てくるのだろうか。観光とリラクゼーションの差と謂うべきか。
 で、皆リビング・ルームに集まって、年から年中もうそれしかないみたいに、"トランプ"に興じていた。ドラッグ嗜好の連中も没-ドラッグの泊客も皆飽きずに、大貧民や七並べやともかく延々とプレイし続けていた。ドラッグ耽溺派って偶々その筆者が滞在した一週間の間に居なかったのか、せいぜいバンコクでヘロイン中毒になった元プログラマー氏一人ぐらいで、ヘロイン中毒を自力で克服したという割には葉っぱをやたら巻いていたが。

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 この頃はこの屋の長男クンナが、日本で習ってきた刺身包丁のさばきの腕を、定食以外のスペシャル・メニユーで発揮していた。すぐ前の漁師達から超フレッシュな海の幸が手に入る。後年、クンナは日本人娘と結婚し、大阪でインド料理屋を出したというのをブログで見た。驚いたのは、家族の反対を押し切っての日本定住らしく、父親が彼を許してないようだった。日本に幾度もやって来ているクンナにとって、因習の強いインド的生活より、まだ気儘に生活出来る日本が魅力的に映ったのだろう。

 父親譲りらしいクンナの商売人的感性の強さには、泊客一同甚だ感心することしきり。
 押しつけがましさを押さえた絶妙なタイミングで、泊客の生理を把握し尽くしたように、階段を上がってきて「玉子プリン」の注文を取りに来る。否、客の脳と食欲にインプットした「玉子プリン」の香りを漂わせに現れるのだ。
 「参ったなー」から「何て奴だ」と罵倒しながらも、もう注文している客の多いこと。
 確かに、何故かここの「玉子プリン」って美味い。
 他に何があるって訳でもないプリーだから尚更美味く思えるのだろう。このメニュー大阪の彼の店にあるのだろうか?

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 当時、サンタナから通りに出てちょっと行った処にも外人相手のレストランの類は何軒もあって、バナナ・チャパティーが人気があった。バナナと砂糖をチャパティーでくるんで焼いた実にシンプルなもので、安くて結構美味かった。バンコクのカオサン辺りのクレープ風ほどベタ甘ではない。

 プリーといえばジャガンナート寺院ということで、暑い中をトボトボあるいて見に行った。只、異教徒は中に入れないので、隣接する建物から、中の敷地を覗き見するぐらい。 参拝客で溢れ、特に驚いたのは、真っ黒いマンガチックなジャガンナート神以上に、ネーデルランドの画家ブリューゲルの絵の中にあった盲者達の巡礼と同じ姿の盲者達の列を発見したこと。ブリューゲルの絵そのままに、皆前の者の肩に片手をやり一列に並んで巡礼していた。正に、中世そのままの姿を発見できたのは、戦慄ものであった。ブリューゲルの頃のヨーロッパでもああやって町から町へ村から村へと巡礼の旅へ出ていたんだなーと、勿論このインドでも。只、その時カメラを持参してなかったのが何としても悔やまれた。

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  ブログにそのサンタナ・ロッジとは別の場所に最近建てられたミニ宮殿風のサンタナの写真があって腰を抜かしてしまった。プノンペンの二ドルのキャピトル・ゲストハウスが後手広く建てまくったエアコン付き"ホテル"なんぞとは桁違い。さすがにマハラジャとまではいかないが、小荘園領主の宮殿って赴き。それでも、テレビまでついてツインで300Rsとは随分と安い。いやはやさすが"サンタナ"、益々発展の一途なのだろう。

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2009年9月16日 (水)

旅先の地図

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  今日は一ついつもと違う道を通って家に帰ってみよう、あるいはこの道をずっと辿って行くと一体何処に着くのだろうという旅の原初=根源からすると、地図とは必ずしも必要ではない。何処か好い場所に至れると、今度は、忘れないようにあるいはそれを他の誰かに伝えたいという情報の共有化に於いて漸く情報ノート・ガイドブックや地図等が発生する。

 地図といえば、最近はともかく、以前はガイドブック「地球の歩き方」の地図であった。
 あっちこっち少なからずに間違いがあって、知らずにあの地図を辿っていって偉い目に遭った旅行者が続出したらしい。人的危害を被った人達や家族が、発行元のダイヤモンド社を訴えたこともあった。

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 筆者も、嘗てインドで、「歩き方」の曖昧な地図を辿って行き、安宿のはずが、普通の民家に入り込む結果となってしまった。周辺に人影もなく確認のしようもなく、入ったそこは大きく床も大理石か何かの立派な家で、呼んでも誰も出てこず、仕方なく少し中に入って大声を出すと漸く現れた親爺さんは、縁もゆかりもない長髪と髭のイエローの旅行者がポツンと佇んでいるのに仰天し、こっちもこれはちょっと違うぞ狼狽してしまった。只、その親爺さんが紳士的な対応をしてくれたので何事も起きなかったものの、ヤバイ親爺だったり機嫌が悪かったりしたら一体如何なトラブルに発展したものやら。
 
 確かに「歩き方」ってあくまでガイドブック、試行錯誤的に発展してきたもので、読者からの情報や地図を参照しながら作ってきたものでしかなかった(ロンプラ酷似の地図は別にして)。旅の指針ってとこで押さまえていれば好いのだろうが、実際には、やはり記された通りに辿ってしまうのも人の性。

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 で、登場したのが、「旅行人」。
 所詮、「歩き方」は企業が作ったものでしかなく、当然旅行者による旅行者のための情報誌の必要がいわれ、コピー情報誌ではない、一般書店の棚に置かれる印刷媒体としての情報誌「旅行人」が登場した。
 地図の方は、しかし、それぞれ個々の旅行者が個別に作成し投稿したものとならず、かの伝説的「イランへの道」の制作者・富永御大の本領発揮とばかり、マンガ文字的甘えや妥協を許さぬきっちり精緻な地図が添付されるようになった。もう「旅行人」といえば富永マップが不可分なものとなってしまい、このマッチングに、「歩き方」や「ロンプラ」に「ちょっと違うんだよなー」と小首を傾げてきた旅人達の圧倒的な支持を得ることとなった。只、価格が些か高いのが難点であった。
 
 富永先生、「イランへの道」の頃はまだ郷里の佐賀だったか長崎だったかのはずが、やがて東京に出、タクシーの運転手をやりながら旅の資金を作っていた由、その後は「旅行人」が出資し世界を股にかけていたのだろうか。最近は如何しているのだろう。
 富永先生、あっちこっちに出没しているので、彼の姿を見掛けた旅行者も多いはず。
 かくいう筆者も、もう大部以前、先生と遭遇したことがあった。頂度、先生の言によると、「イランへの道」の続編だったか改訂版の作成のためにかイランを訪れていた頃で、イラン南部の複数の港町で遭遇。
 ともかく空白を許さぬ先生の"地図屋"としての業なのか性なのか、前年のイラン=イラク戦争の余燼燻ぶるイラクとの国境地域アバダーンに、嘗てのイエズス会宣教師がこうであったかと思わせる圧倒的使命感に燃えひたすら一歩何十センチの測量マシーンさながら前進し続け、当然に軍・警察に拘束されたものの、先生の燃える使命感に感じ入ってか、スパイ容疑なぞかける無粋も吹っ飛び、その上ホテルに一泊させて貰え、元来た公開地域にまで丁寧にわざわざ車で送り返された顛末、窓の向こうに青いペルシャ湾を望むレストランで、ようやるわと背に冷や汗を覚えつつもさすがだなと感心させられてしまった。

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 今度はついこないだの地震で半壊したらしい高原のバムで再会。 
 土塊の要塞(アルク)上で視線が遭い、おっとばかり声を掛けると、いきなり先生ムッ!とされ「今、地図云々」と叱られてしまった。実際には何と云ったのかはっきり聴き取れなかったのだけど、恐らく一歩一歩、歩きながらの測量中だったのだろう。頂度、地元の女学校の生徒達が授業の一環で訪れていて、珍しがられてしまったが、写真はトラブルの元遠慮せざるを得なかった。後で、通りのレストランかチャイ屋で先生と休憩した記憶はある。

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 後年、大部間を置いて、今度はチベットはラサで再開。
 その時、はじめて彼が「イランへの道」の地図制作者の富永御大と知る。
 イランで遭った時「イランへの道」を彼は手にしていたのだが、さすがに「私がこの作者です」とは、シャイな先生、自分では恥ずかしくて言い出せなかったようだ。
 この時、一緒に「旅行人」のスタッフもやって来ていたらしい。
  恐らく「チベット篇」作成の準備として赴いたのだろう。ゴルムドから一緒のバスで隣り合ってやって来たカメラマンの稲垣君も、後「チベット篇」に参加したので、予め申し合わせて別途のラサ入りだったのかも知れない。ラサは、正に「旅行人」ラッシュの様相を呈していた。

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 筆者も旅先で記した日記に時折自家製の地図を描いたりしたものだ。
 やはり、言葉が分かり辛いイランなんかは作っていると一々半知半解のペルシャ文字を看板見ながら辿ってゆく手間も省けるし、自分の気に入った店や建物の情報も書き込める。手間もかかるし、イランやなんかの特定の国では些かヤバイことになる可能性もあるけど、楽しくもあるし、後になって思い返す時にも役立つ。筆者はそれでポリスに因縁つけられたことは何処の国でもない。逆に、イランじゃ、只街角で信号待ちしてただけでポリスに因縁つけられ、宿に必ず預けることになっているにも拘わらず「パスポート」を見せろと要求された。これなんて、正に因縁をつけるための因縁だったが。

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2009年9月 9日 (水)

歓樂の街 カルカッタ(コルカタ)

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   初めてカルカッタを訪れたのは、米国映画《シティー・オブ・ジョイ》の撮影がサダルで行われていた1992年の二月。時々雨が降り、雹(ひょう)まで降ってきた。ここは一体如何な気候なんだと呆れ果ててしまった。
 
 頂度シヴァの祭りの時で、ラッシー屋の親爺なんかも居並んで、夜遅く通りに布を敷き、プジャ用の小さなシンバルを手にした地元の男達が車座に坐り、それに細長い太鼓とハルモニウムの伴奏と女性の踊りなんかが催されていた。
 始めはハルモニウムを奏でながら唄う歌い手に観客からルピー札のバクシン(喜捨)が渡されていたけど、次第に興も乗って来ると三十代と覚しき踊娘が参加し、観客が差し出したバクシンのルピー札を大きく仰け反って口に銜(くわ)えるって趣向なのだが、人気あるようで次から次へとルピー札が差し出された。ところが、中に一人意地の悪いのが居て、仲々差し出したルピー札を銜えさせようとせず、余りに執拗なので観客も怒り、とうとう踊娘まで怒り出してしまった。ラッシー屋の肥えた親爺だったかが、その長髪の男を諫めると、俺が一生懸命働いて稼いだ金だとか答えたのか、一応収まり、再び踊りは再開された。インド人達だからか、宗教的な祭りだからか、皆乗りにのって深夜まで興じ続けていた。

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 カルカッタはずーっと英国統治の中心地だったせいで、燻すんだ赤煉瓦の旧い建物が何処までも建ち並んでいて、走る路面電車なんかもう"マッド・マックス"も吃驚りのヘビィー・デューティーそのものので、そのまま映画にも使えそう。そんな中に、ソビエト・マーク付きの赤旗がはためいていたり、レーニン像が公園にポツンと立っていたりする。デリーやボンベイでは間違っても見られなかった。ありとあらゆる物が混在している街なのだった。

 パラコンのドミトリーで一緒になった十八歳のスリランカ帰りの青年は、スリランカの牛の角がやたらでかかったのに随分と驚いていたが、シアルダ界隈にあるらしい一大娼館街に好みの店があり、日本に彼女が居るといいながら、すっかりはまって散財を決め込んでいた。何人もの美女が侍ってくれるとかのサービスに完全に蕩かさせられてしまったようだ。

 '97年頃、テレビの「猿岩石」の影響で、お決まりのように白いTシャツ着た、今までのパッカー達とは明らかに一線を画せるほどに相違した感じの青年達で溢れていて、長い列を作ってゾロゾロ移動している姿は妙に気恥ずかしいほどに異彩を放っていた。

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 チョーロンギー通りの逆にあるフリースクール通りには、カセット・テープ屋や古本屋が並んでいて、日が沈むと冷やかしに赴いた。やはり、ラビ・シャンカルはじめインド音楽やドアーズなんかを渉猟したものであった。この頃は、今じゃ骨董品屋も嫌がるほどに過去の遺物と化したカセット・テープ・ウォークマンの全盛の頃。特定機能が働かなくなったウォークマンを、邪魔で仕方なかったカメラの簡易三脚とともに、まだそんなに肥えてなかった頃の"ハガキ屋"マサシの伝手で紹介された如何にも怪しげな故買屋に随分と安く売ったこともあった。そういえば、この通りのケーキ屋やパン屋に日本人達が通ってもいた。

 サダルのすぐ背後に、フルーツ・マーケットや映画館街があって、このニュー・マーケット・エリアに一歩でも踏み入ろうものなら、早速何処からともなく、籠を手にした男達が傍にやってきて、何時までも執拗にくっつかれ続ける。連中のためにゆっくりマーケット内を見て廻るってことが出来ず、コンノートのカシミーリに負けず劣らずのスッポン振りには辟易させられた。それでも、カルカッタ、果物は豊富で美味かった。バナナでも一味違う。

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 カルカッタはベンガル映画の中心地でもあり、映画館があっちこっちに散在していて、ニューマーケット近辺にも何軒も蝟集していた。若きアジェイ・デヴガーン主演の《Divya Shakti》ここで観た。三時間近くダラダラと打ちつづく単調な復讐アクション物で、まだ痩せていたデヴガーン、てんで冴えなかった。ヒロインの最近見なくなったラビーナ・タンドンと仇役アムリス・プリーのコミカルな悪役振りに辛うじて救われたって処。悪ボス・アムリスの守り女神にバブー、バブーと呼びかけていたけど、その甲斐あってか、長年傾いでいた首が、復讐の鬼と化した青年・デヴガーンに叩かれ、急に直ってしまった。光量が不足していたのか、画面が暗かったせいか、白黒を観たような記憶しかなかったけど、最近、YOUTUBEで主演二人のミュージック・シーンを観てみると、ちゃんとカラーであった。

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 南のマドラスの映画館は総じて設備のちゃんとした映画館が多く、最近でこそ日本の映画館もコンプレックス化しそれなりの設備を備えるようになったけど、デリーやカルカッタなんかを遙かに凌駕していた。エアコンの利いた処も多かった。ところが、街全体が赤茶け燻すんだカルカッタの映画館では、扇風機であった。一見エアコンを使っているような処もあるが殆ど利いてなく、やはり扇風機なのであった。つまり、蒸せた暖気を送るだけ。それでも、シリアの首府・ダマスカスの映画館よりは増しで、ダマスのは、坐っている尻までが汗でびっしょりになってしまう。売り子の持ってくるアイスキャンデーなんて半分溶けたのばかり。
 リヴアイバル上映らしい恋愛映画《Balmaa》を観た"Roxy"なんて随分場末っていて、中に売店すらなかった。
 バッチャンとシュリ・デヴィの共演した《Aakhree Raasta》も、この一画の映画館で観たが、ここも場末っていた。バッチャンが変装する復讐劇の類。
 サダルに一番近い映画館(The Lighthouseだったか)という事もあってか、白人客も多く、リドリー・スコットの《テルマー&イズー》を演っていた映画館のスクリーンは目一杯巾を取っていて大きく、背景のグランド・キャニオンが物凄く迫力があった。日本の映画館では先ず味わえない。

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2009年9月 5日 (土)

印度恐怖映画(2) ボンベイの高層マンションに巣喰った呪縛霊《ブーツ:死霊》

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  インド・中国そして日本の自殺者を合わせると世界の自殺者の4割になるらしい。
 欧米に追いつけ追い越せの改革開放の中国なら了解できるが、あの"スロー"を絵に描いたようなインドが中国と並んで自殺大国とは俄かには信じられないが、インドでもそれなりに"改革開放"に準じた経済的社会的変容は周知の事柄。特に高層ビル・高層マンションの聳える大都市、ボンベイ(ムンバイ)は金持ち・中産・貧困階級で溢れ、様々な理由で自殺者も多いだろう。そんなボンベイのある高層マンションのベランダから飛び降り自殺した母子の部屋を舞台にした死霊譚。

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 前回の《カール》より数年前にインドで可成り評判だったらしいこのラム・ゴパール・バルマ監督の《ブーツ》、確かに《カール》よりは洗練されていて出来は悪くない。同じアジェイ・デヴガーン主演の《カンパニー》の監督なので要領は心得ているようだ。主女演のウルミラ・マトンドカールが凄い形相で奮闘していて、《カンパニー》で貧民窟から成り上がったチャンドゥの母親役を演っていたシーマー・ビスワースも今度はちょっと危ない家政婦役で決まっている。

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 些か凝ったオープニングの映像は悪くない。
 映画はやはり導入からスーッとその雰囲気の中に入り込めないと仲々馴染めない。ボンベイの高層マンションの十二階に株式アナリストのヴィシャール(アジェイ・デヴガーン)と妻のスワッティ(ウルミラ・マトンドカール)が引っ越してきた。実は二人の入った部屋は、数ヶ月前、以前住んでいた主婦マンジートとその小さな息子がベランダから飛び降り自殺していて、ヴィシャールはそのことを妻のスワッティには黙っていた。が、同じ階に住んでいる管理人タッカーがうっかり洩らし彼女も知ってしまう。前のマンジートの時から同じ部屋で家政婦をしていたバイ(シーマー・ビスワース)が現れ、スワッティが雇ってしまう。

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 幾らもしない内に、妻スワッティの様子がおかしくなる。
 誰か人の気配を感じ怯えだし、夢遊病者の如く、昼夜の別なく、無意識のうちにマンションの中を徘徊するようになり、医者に連れて行くが効果はなく、やがて、一階でガードマンの男が不可解な死を遂げる。ヴィシャールは妻を疑い、やってきた警部リヤカット・クェレシュ(ナナ・パーテカル)もスワッティに疑いを持ちはじめる。やたら意味ありげなショットが多い割には、ナナ・パーテカル警部、快刀乱麻に凄腕を発揮するって訳でもなく、単に雰囲気を盛り上げるためだけの手段であったようだ。むしろ凡庸な警部でしかなく、そっちの方が尋常ではない事件の推移に効果的と思ったのだろう。

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 精神科医に診せても効果はなく、見かねて家政婦のバイが、霊能者に見て貰うことを勧める。如何にも行き詰まったヴィジェイ、縋るようにサリタ(レーカー)という有能な霊能者の処に赴く。若い頃は若きバッチャンの相手役をよく演っていたレーカー、今ではもうそのままで魔女でもやれそう。そう言えば、比較的最近の、作家ナナ・パーテカルの嘗ての愛人だった娼婦役悪くはなかった。

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 ところが、このサリタによつて事態は急展開してゆく。
 先ず飛び降り自殺したマンジート母子の母親が呼ばれ、彼女がベッドに括り付けられたスワッテイに自分の死んだ娘が乗り移っているのが分かり、優しく頭に手を遣る。そこで全てが明らかになってしまう。
 丁度管理人タッカーの息子サンジェイが家に戻ってくる。そして、ヴィジェイがタッカー父子を自室のスワッテイがベッドに括り付けられた寝室に連れて行く。スワッテイが真相を語り始め、マンジートを殺害したサンジェイを罵る。サンジェイはマンションの一階に逃げ出し、警部と出会う。そこへ皆が追いかけてきて、スワッテイが霊力を発揮し、サンジェイは白状してしまう。すると、スワッティからマンジートの霊が抜けだし、スワッティも元の自身を取り戻せてしまう。
 留置所に収容されたサンジェイの処に、しかし、マンジートの霊は尚も執拗に現れるのであった・・・

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 酒に酔った勢いでマンジートの部屋に入り込み襲おうとしてベランダから落下したマンジートと彼と仲の好い警備員が下に放り投げて殺してしまった小さな息子の二人の霊が、引っ越してきたスワッテイに取り憑き、彼女を使って犯人達に報復してゆく復讐劇。
 ストーリーは月並みな代物で、要はそれを如何に面白く造型してゆくかなのだろうが、
何か展開がスマートではなく、手抜きや辻褄合わせばかりが眼についてしまう。映画館で観るとまた違うのか知れないけど、ビデオだと冗長で長ったらしく感じる。《カンパニー》とは偉い違いだ。

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 やはり色々と規制があるのか、ハリウッドB級ホラー風な造りにしてある割にはどぎつい描写が殆ど見られず、"恐怖"度も面白さも半減してしまっている。インド風ホラーって如何なのか定かでないが、中途半端さは否めない。結局、見れる処といえば、オープニングに尽きてしまう。

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 《カール》には、オープニングとクレジットにダンス・シーンがあったけど、これには無い。悪霊・死霊も一緒に皆と踊るんじゃ幾ら何でもインド人も白けてしまうのか。コミカル・ホラーなら問題あるまいが、シリアス・ホラーだとやはり不味ようだ。それでなくても、恐怖度薄いのに。やっぱし、インド、否、ボリウッド以外の映画は殆ど観てないので、ボリウッドと限定しておこう、ボリウッドの"ホラー"映画だけは外した方が賢明だという些か情けない教訓を得てしまった。タイ・ホラーなんかそれ自体でも十分観れる作品どんどん出てきていてハリウッドからも版権買いに来るぐらいの情況にあって。

 因みに、この作品でアシスタント・ディレクターのモーハム・シャー、《カール》では監督に出世している。

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  アジェイ・デヴガーン    ヴィシャール
 ウルミラ・マトンドカール  スワッティ
 ナナ・パーテカル      警部リヤカット・クェレシュ
 レーカー          霊能者サリカ
 タヌジャ          マンジートの母親
 シーマー・ビスワース    家政婦バイ
 
 監督   ラム・ゴパール・バルマ
  脚本   シミット・アミン
 撮影   ヴィシヤール・シンハ
 美術   プリヤ・ラグナート
 音楽   サリム&スレマン・マーチャント
 制作   ドリーム・マーチャント 2003年(インド)

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2009年9月 1日 (火)

松田優作・最後の咆吼 《ブラック・レイン》

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   《エイリアン》、《ブレードランナー》とイマジネーティブなSF的世界を作り出してきたリドリー・スコットの日本を舞台にしての刑事物。《ブレードランナー》で逃げ出したクローンのレプリカント達を追うデッカード、この《ブラック・レイン》では、ニューヨーク市警刑事ニックが、日本の"ヤクザ"を護送し日本・大阪までやって来て、逃げられ、追跡するというストーリー。このアジアの端くれ、極東の島国・日本って、欧米人にとっては、ソニーやホンダ、ニコンが席巻していても、やはり、寿司、芸者であって、それに香港的猥雑さと溢れる看板・雑踏世界のイメージが如何しても付きまとってしまうようだ。《ブレードランナー》で近未来的都市を仲々にエキゾチックに作り出していたリドリー・スコット、"強力ワカモト"なんかの映像広告を巧く使っていたけど、その当の本国・日本での"近"ではなく"現在"の造型では、さすがに巨大なセットという訳にもいかず、現実の大阪を殆どそのままロケするしかなかったようだ。その分、当然エキゾチックな世界・空間の創造って事に関しては希薄になっている。

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 このハリウッド映画、些か雰囲気が違うのが日本を舞台にしているってことと、日本の俳優が大半を占めているってこと。最近では、日本人俳優がハリウッドはじめ海外の映画に出るのが普通になってしまってそれほど違和感は感じないけど、そもそもこの
《ブラック・レイン》がその先鞭をつけた記念碑的作品だったし、高倉健も好いが、これが遺作にもなった松田優作が傑出している。邦画《野獣死すべき》では些か作り過ぎてちょっと浮いていたけど、ここではそれが好い具合に生きている。拘わり派のロバート・デ・ニーロの主演する映画のオファーを受けたというのも頷ける。

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 ニューヨークの市警・刑事ニック(マイケル・ダグラス)は汚職事件で内部監査を受けていた。偶々同僚の出世志向の強いチャーリー(アンディー・ガルシア)とレストランに入ったら、そこで地元のギャングの親玉と日本人達が会食をしていて、突然入ってきた自動小銃を構えた日本人ヤクザの一味がその会食していた日本人二人を殺害する。ニック達はすぐ後を追いかけ、親玉・佐藤(松田優作)を逮捕する。しかし、佐藤の身柄を日本の警察から受け渡しの依頼があり、仕方なく日本(大阪)まで、チャーリーと一緒に佐藤を移送する事となる。

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 空港に着くと早々と飛行機の中まで、大阪府警の担当者が佐藤の身柄を受け取りにやってきて、書類にサインをして渡す。が、そのすぐ後に更に別の大阪府警を名乗る男達が現れる。「しまった!」と、唾棄した時には既に遅すぎた。
 大阪府警本部で散々刑事部長(神山繁)等に日本語で悪態をつかれ帰国を促される。ニックは、しかし、何としても佐藤を再逮捕したくて居残る。通訳として松本警部補(高倉健)があてがわれる。松本が融通の利かない謹厳実直な背広組なのをニックは嫌う。
 邪魔者扱いされるばかりで、業を煮やしたニック達は、無理矢理松本を引き込み府警の一味のアジト捜索に同道する。現場に証拠品として確保されたドル紙幣をニックが二、三枚盗む。それを見ていた松本はニューヨーク市警にその事を伝え、ニックをなじる。ところが、ニックは、その米ドル紙幣を怪しみ、それでなくとも日米警察の齟齬にうんざりしていてその上時間のかかる手続きをえていては堪ったもんじゃないと、マッチで燃やして真贋を確かめるために手早く何枚か頂いたに過ぎなかった。結果偽札と分かる。松本、すっかり恥じ入ってしまう。
 只、実際には証拠保全って見地からしたら、こりゃちょっとあり得ないだろう。あくまで、映画的に、日米のやり方の相違と叩きあげ現場主義のニューヨーク市警ベテラン刑事ニックという"描写"なのだろう。あるいは、最後の場面にも繋がってくるそのニックの"危うさ"を印象づける意味もあるのかも知れない。

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 松本、このままでは不味いと、仲直りの意味も兼ねて二人をクラブに連れて行く。クラブ都という一味の一人が殺され、且つヤクザの大親分なんかが来るような高級クラブの設定で、これ又、普通あり得ないだろう(と、素人考えで思うのだが、実際は定かでない)。松本は高級幹部って訳ではないし、ニック達も現場の刑事に過ぎない。この店には、ジョイスというシカゴからやってきた女がホステスとして働いていて、ニックはあれこれと聞きかじる。佐藤と大親分・菅井の間で血で血を争う抗争が起きている事も彼女から教わった。

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 その夜、二人が歩いて帰える途中、遅れたニックの眼前で、佐藤の配下の暴走族と佐藤にチャーリーが匕首と小刀で惨殺されてしまう。復讐の塊と化したニック、ジョイスから菅井(若山富三郎)の居場所を聞き出し、菅井邸で菅井と対峙する。
 ニックは、単刀直入に、俺に佐藤を殺らさせてくれ、と持ちかける。
 菅井、嘗て戦争中、B29の猛爆撃が連日続き、三日間も防空壕に隠れていて、出てみると全て焦土と化していた。そして、舞い上がった煤が黒い雨となって降ってきた、と。アメリカが、佐藤のような「金」だけの利己主義を跋扈させ、伝統的な日本の義理・人情的な人間関係・社会を荒廃させたとなじる。その復讐をしているんだ、と。

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 結局、菅井はニックの申し出を受け入れる。単純なジャパニーズマフィア・ヤクザの親分って扱いではない分、例え一重のものであっても菅井と劇に深みが出てきて、生まれて初めての英語のセリフに勝手が違い、可成り四苦八苦したらしい若山親分の面目躍如。唐突ではあるけど、実際は米国で撮影したらしい最後の親分達と佐藤の盃のシーン。訳の分からない畑らしい一帯にポツンと立った堂のような建物、そこに次から次へと黒塗りの車がやって来る。ニックは菅井に散弾銃を渡され、隠れながら堂に近づく。と、佐藤の配下が突然現れるが、意表をついて松本が自動小銃を手に助けに現れる。頬被りした農夫もどきの男達が農具らしきものを手にひょこひょことやってくる。佐藤の手の者達であった。まだ、それが金髪・碧眼の米国人でなかったからいいようなもんの、と云いつつも、本当はそっちの方が面白かったのにと残念ではあった。

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 佐藤、偽札の原盤の片方を菅井に渡し、菅井と復縁の盃をかわす儀に至たる。が、銃撃戦が始まり、逃亡。ニック、佐藤の後を追う。追いつめ、格闘の末、逮捕。
 松本と一緒に、府警本部に佐藤の身柄を明け渡す。晴れて、ニック、ニューヨークに帰還することに。空港まで送った松本、ニックの子供にとおみやげの包みを渡す。一瞬考え、ニックも別れ際、ワイシャツの入った包みを松本にプレゼントする。確かめてみると、その下に、件の偽札の裏・表の原盤が隠してあった。思わず、松本、ニックに満面の笑みを作ってみせる。

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 この偽札の原盤、本当はニック、そのままニューヨークに持って帰るつもりであったのでは、という疑念を前提として造られたショットだけど、金、金、金に追いまくられ嫌でも手を出してしまうんだと零していたニック、否、それでも罪は罪だと、ニックの嫌う背広組の典型の松本の諫めの言葉、それは又、チャーリーの言葉でもあった。
 2002年の台湾・香港・米国の合作映画《ダブル・ビジョン》は、明らかにこの映画を意識して作られていて、汚職刑事、米国FBI捜査官と台湾警察との齟齬・乖離、ヌードル、酒杯、米国捜査官の夫婦問題等々、今では定番になってしまった感があるものの踏襲することしきり。レオン・カーファイ頑張っていたけど、やはりスケールが違う。

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  よく外国の、それも特にハリウッド映画に描かれる日本像に関して、ドキュメンタリーじゃあるまいし、あれは違う、正しくない、とか"変な日本"、つまり"ジパング"的イメージを嫌う人達って結構多い。映画は所詮虚構でしかないのだし、むしろそのギャップは楽しむべきものではないだろうか。                                        その意味でも、つい《ブレードランナー》と比較し期待してしまうけど、近未来と現在では、根本的に立脚点が違うので、意表を衝くような世界の提示って訳にはいかないのは仕方ない。
 とりわけ日本人からみれば、大阪の如何な派手派手珍妙な景観であれ見慣れたものでしかなく、東京 (監督は最初、新宿辺りを予定していたらしいが、警察の許可の問題で大阪になったらしい) なんかを舞台にしてしまったら、もっと陳腐な代物になっていたろう。既成の物そのままではなく、大阪者すらこれが大阪かって驚倒するくらいにあれこれ造って欲しかった。中国や東南アジアならそれだけでも好かったろうが、それとはひと味違う"先進国"日本って訳でそれとは違った雰囲気・世界を制作者達は求めたのが、《ブレードランナー》的世界を可成り薄めた大阪そのまま世界に落ち着いてしまった。ひょっとして、監督はじめ欧米の観客は十分に"異世界"を堪能できたのかも知れない。

   

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 マイケル・ダグラスの一番売れていた頃の作品だろうが、健さんもアンディー・ガルシアとレイ・チャールズをカラオケで唄ったり目一杯健闘していて、ガルシアやダグラスに一歩もひけをとらなかったけど、今となっては、やはり優作が何としても光っている。奇矯なぐらいに演じる佐藤は、邦画では浮いてしまうが、ハリウッド映画の画面の中では、その奇矯さが吸い込まれ、むしろおどろおどろしい個性として、輝いて見えてしまう。些かニュアンスは異なるが、《ブレードランナー》で遙か遠い宇宙からやって来たレプリカントを生き生きと好演したルトガー・ハウアーと何処か繋がるものを感じる。尤も、ダッチ的奇矯におどろおどろしさは希薄ではあったが。

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 ニック        マイケル・ダグラス
 チャーリー      アンディー・ガルシア
 ジョイス       ケイト・キャプショー
 松本警部補      高倉健
 佐藤(元菅井の配下)  松田優作
 菅井(任侠組織の親分) 若山富三郎
 大橋大阪府警刑事部長 神山繁
 梨田(佐藤の配下)   内田裕也
 吉本(佐藤の配下)   國村 隼
 菅井のボディーガード 安岡力也
 
 監督   リドリー・スコット
 脚本   クレイグ・ボロティン
      ウォーレン・ルイス
 撮影   ヤン・デ・ボン
 音楽   ハンス・ジマー
 制作   パラマウント映画 1989年(米国)

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