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2009年9月 1日 (火)

松田優作・最後の咆吼 《ブラック・レイン》

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   《エイリアン》、《ブレードランナー》とイマジネーティブなSF的世界を作り出してきたリドリー・スコットの日本を舞台にしての刑事物。《ブレードランナー》で逃げ出したクローンのレプリカント達を追うデッカード、この《ブラック・レイン》では、ニューヨーク市警刑事ニックが、日本の"ヤクザ"を護送し日本・大阪までやって来て、逃げられ、追跡するというストーリー。このアジアの端くれ、極東の島国・日本って、欧米人にとっては、ソニーやホンダ、ニコンが席巻していても、やはり、寿司、芸者であって、それに香港的猥雑さと溢れる看板・雑踏世界のイメージが如何しても付きまとってしまうようだ。《ブレードランナー》で近未来的都市を仲々にエキゾチックに作り出していたリドリー・スコット、"強力ワカモト"なんかの映像広告を巧く使っていたけど、その当の本国・日本での"近"ではなく"現在"の造型では、さすがに巨大なセットという訳にもいかず、現実の大阪を殆どそのままロケするしかなかったようだ。その分、当然エキゾチックな世界・空間の創造って事に関しては希薄になっている。

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 このハリウッド映画、些か雰囲気が違うのが日本を舞台にしているってことと、日本の俳優が大半を占めているってこと。最近では、日本人俳優がハリウッドはじめ海外の映画に出るのが普通になってしまってそれほど違和感は感じないけど、そもそもこの
《ブラック・レイン》がその先鞭をつけた記念碑的作品だったし、高倉健も好いが、これが遺作にもなった松田優作が傑出している。邦画《野獣死すべき》では些か作り過ぎてちょっと浮いていたけど、ここではそれが好い具合に生きている。拘わり派のロバート・デ・ニーロの主演する映画のオファーを受けたというのも頷ける。

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 ニューヨークの市警・刑事ニック(マイケル・ダグラス)は汚職事件で内部監査を受けていた。偶々同僚の出世志向の強いチャーリー(アンディー・ガルシア)とレストランに入ったら、そこで地元のギャングの親玉と日本人達が会食をしていて、突然入ってきた自動小銃を構えた日本人ヤクザの一味がその会食していた日本人二人を殺害する。ニック達はすぐ後を追いかけ、親玉・佐藤(松田優作)を逮捕する。しかし、佐藤の身柄を日本の警察から受け渡しの依頼があり、仕方なく日本(大阪)まで、チャーリーと一緒に佐藤を移送する事となる。

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 空港に着くと早々と飛行機の中まで、大阪府警の担当者が佐藤の身柄を受け取りにやってきて、書類にサインをして渡す。が、そのすぐ後に更に別の大阪府警を名乗る男達が現れる。「しまった!」と、唾棄した時には既に遅すぎた。
 大阪府警本部で散々刑事部長(神山繁)等に日本語で悪態をつかれ帰国を促される。ニックは、しかし、何としても佐藤を再逮捕したくて居残る。通訳として松本警部補(高倉健)があてがわれる。松本が融通の利かない謹厳実直な背広組なのをニックは嫌う。
 邪魔者扱いされるばかりで、業を煮やしたニック達は、無理矢理松本を引き込み府警の一味のアジト捜索に同道する。現場に証拠品として確保されたドル紙幣をニックが二、三枚盗む。それを見ていた松本はニューヨーク市警にその事を伝え、ニックをなじる。ところが、ニックは、その米ドル紙幣を怪しみ、それでなくとも日米警察の齟齬にうんざりしていてその上時間のかかる手続きをえていては堪ったもんじゃないと、マッチで燃やして真贋を確かめるために手早く何枚か頂いたに過ぎなかった。結果偽札と分かる。松本、すっかり恥じ入ってしまう。
 只、実際には証拠保全って見地からしたら、こりゃちょっとあり得ないだろう。あくまで、映画的に、日米のやり方の相違と叩きあげ現場主義のニューヨーク市警ベテラン刑事ニックという"描写"なのだろう。あるいは、最後の場面にも繋がってくるそのニックの"危うさ"を印象づける意味もあるのかも知れない。

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 松本、このままでは不味いと、仲直りの意味も兼ねて二人をクラブに連れて行く。クラブ都という一味の一人が殺され、且つヤクザの大親分なんかが来るような高級クラブの設定で、これ又、普通あり得ないだろう(と、素人考えで思うのだが、実際は定かでない)。松本は高級幹部って訳ではないし、ニック達も現場の刑事に過ぎない。この店には、ジョイスというシカゴからやってきた女がホステスとして働いていて、ニックはあれこれと聞きかじる。佐藤と大親分・菅井の間で血で血を争う抗争が起きている事も彼女から教わった。

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 その夜、二人が歩いて帰える途中、遅れたニックの眼前で、佐藤の配下の暴走族と佐藤にチャーリーが匕首と小刀で惨殺されてしまう。復讐の塊と化したニック、ジョイスから菅井(若山富三郎)の居場所を聞き出し、菅井邸で菅井と対峙する。
 ニックは、単刀直入に、俺に佐藤を殺らさせてくれ、と持ちかける。
 菅井、嘗て戦争中、B29の猛爆撃が連日続き、三日間も防空壕に隠れていて、出てみると全て焦土と化していた。そして、舞い上がった煤が黒い雨となって降ってきた、と。アメリカが、佐藤のような「金」だけの利己主義を跋扈させ、伝統的な日本の義理・人情的な人間関係・社会を荒廃させたとなじる。その復讐をしているんだ、と。

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 結局、菅井はニックの申し出を受け入れる。単純なジャパニーズマフィア・ヤクザの親分って扱いではない分、例え一重のものであっても菅井と劇に深みが出てきて、生まれて初めての英語のセリフに勝手が違い、可成り四苦八苦したらしい若山親分の面目躍如。唐突ではあるけど、実際は米国で撮影したらしい最後の親分達と佐藤の盃のシーン。訳の分からない畑らしい一帯にポツンと立った堂のような建物、そこに次から次へと黒塗りの車がやって来る。ニックは菅井に散弾銃を渡され、隠れながら堂に近づく。と、佐藤の配下が突然現れるが、意表をついて松本が自動小銃を手に助けに現れる。頬被りした農夫もどきの男達が農具らしきものを手にひょこひょことやってくる。佐藤の手の者達であった。まだ、それが金髪・碧眼の米国人でなかったからいいようなもんの、と云いつつも、本当はそっちの方が面白かったのにと残念ではあった。

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 佐藤、偽札の原盤の片方を菅井に渡し、菅井と復縁の盃をかわす儀に至たる。が、銃撃戦が始まり、逃亡。ニック、佐藤の後を追う。追いつめ、格闘の末、逮捕。
 松本と一緒に、府警本部に佐藤の身柄を明け渡す。晴れて、ニック、ニューヨークに帰還することに。空港まで送った松本、ニックの子供にとおみやげの包みを渡す。一瞬考え、ニックも別れ際、ワイシャツの入った包みを松本にプレゼントする。確かめてみると、その下に、件の偽札の裏・表の原盤が隠してあった。思わず、松本、ニックに満面の笑みを作ってみせる。

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 この偽札の原盤、本当はニック、そのままニューヨークに持って帰るつもりであったのでは、という疑念を前提として造られたショットだけど、金、金、金に追いまくられ嫌でも手を出してしまうんだと零していたニック、否、それでも罪は罪だと、ニックの嫌う背広組の典型の松本の諫めの言葉、それは又、チャーリーの言葉でもあった。
 2002年の台湾・香港・米国の合作映画《ダブル・ビジョン》は、明らかにこの映画を意識して作られていて、汚職刑事、米国FBI捜査官と台湾警察との齟齬・乖離、ヌードル、酒杯、米国捜査官の夫婦問題等々、今では定番になってしまった感があるものの踏襲することしきり。レオン・カーファイ頑張っていたけど、やはりスケールが違う。

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  よく外国の、それも特にハリウッド映画に描かれる日本像に関して、ドキュメンタリーじゃあるまいし、あれは違う、正しくない、とか"変な日本"、つまり"ジパング"的イメージを嫌う人達って結構多い。映画は所詮虚構でしかないのだし、むしろそのギャップは楽しむべきものではないだろうか。                                        その意味でも、つい《ブレードランナー》と比較し期待してしまうけど、近未来と現在では、根本的に立脚点が違うので、意表を衝くような世界の提示って訳にはいかないのは仕方ない。
 とりわけ日本人からみれば、大阪の如何な派手派手珍妙な景観であれ見慣れたものでしかなく、東京 (監督は最初、新宿辺りを予定していたらしいが、警察の許可の問題で大阪になったらしい) なんかを舞台にしてしまったら、もっと陳腐な代物になっていたろう。既成の物そのままではなく、大阪者すらこれが大阪かって驚倒するくらいにあれこれ造って欲しかった。中国や東南アジアならそれだけでも好かったろうが、それとはひと味違う"先進国"日本って訳でそれとは違った雰囲気・世界を制作者達は求めたのが、《ブレードランナー》的世界を可成り薄めた大阪そのまま世界に落ち着いてしまった。ひょっとして、監督はじめ欧米の観客は十分に"異世界"を堪能できたのかも知れない。

   

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 マイケル・ダグラスの一番売れていた頃の作品だろうが、健さんもアンディー・ガルシアとレイ・チャールズをカラオケで唄ったり目一杯健闘していて、ガルシアやダグラスに一歩もひけをとらなかったけど、今となっては、やはり優作が何としても光っている。奇矯なぐらいに演じる佐藤は、邦画では浮いてしまうが、ハリウッド映画の画面の中では、その奇矯さが吸い込まれ、むしろおどろおどろしい個性として、輝いて見えてしまう。些かニュアンスは異なるが、《ブレードランナー》で遙か遠い宇宙からやって来たレプリカントを生き生きと好演したルトガー・ハウアーと何処か繋がるものを感じる。尤も、ダッチ的奇矯におどろおどろしさは希薄ではあったが。

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 ニック        マイケル・ダグラス
 チャーリー      アンディー・ガルシア
 ジョイス       ケイト・キャプショー
 松本警部補      高倉健
 佐藤(元菅井の配下)  松田優作
 菅井(任侠組織の親分) 若山富三郎
 大橋大阪府警刑事部長 神山繁
 梨田(佐藤の配下)   内田裕也
 吉本(佐藤の配下)   國村 隼
 菅井のボディーガード 安岡力也
 
 監督   リドリー・スコット
 脚本   クレイグ・ボロティン
      ウォーレン・ルイス
 撮影   ヤン・デ・ボン
 音楽   ハンス・ジマー
 制作   パラマウント映画 1989年(米国)

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