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2009年9月 9日 (水)

歓樂の街 カルカッタ(コルカタ)

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   初めてカルカッタを訪れたのは、米国映画《シティー・オブ・ジョイ》の撮影がサダルで行われていた1992年の二月。時々雨が降り、雹(ひょう)まで降ってきた。ここは一体如何な気候なんだと呆れ果ててしまった。
 
 頂度シヴァの祭りの時で、ラッシー屋の親爺なんかも居並んで、夜遅く通りに布を敷き、プジャ用の小さなシンバルを手にした地元の男達が車座に坐り、それに細長い太鼓とハルモニウムの伴奏と女性の踊りなんかが催されていた。
 始めはハルモニウムを奏でながら唄う歌い手に観客からルピー札のバクシン(喜捨)が渡されていたけど、次第に興も乗って来ると三十代と覚しき踊娘が参加し、観客が差し出したバクシンのルピー札を大きく仰け反って口に銜(くわ)えるって趣向なのだが、人気あるようで次から次へとルピー札が差し出された。ところが、中に一人意地の悪いのが居て、仲々差し出したルピー札を銜えさせようとせず、余りに執拗なので観客も怒り、とうとう踊娘まで怒り出してしまった。ラッシー屋の肥えた親爺だったかが、その長髪の男を諫めると、俺が一生懸命働いて稼いだ金だとか答えたのか、一応収まり、再び踊りは再開された。インド人達だからか、宗教的な祭りだからか、皆乗りにのって深夜まで興じ続けていた。

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 カルカッタはずーっと英国統治の中心地だったせいで、燻すんだ赤煉瓦の旧い建物が何処までも建ち並んでいて、走る路面電車なんかもう"マッド・マックス"も吃驚りのヘビィー・デューティーそのものので、そのまま映画にも使えそう。そんな中に、ソビエト・マーク付きの赤旗がはためいていたり、レーニン像が公園にポツンと立っていたりする。デリーやボンベイでは間違っても見られなかった。ありとあらゆる物が混在している街なのだった。

 パラコンのドミトリーで一緒になった十八歳のスリランカ帰りの青年は、スリランカの牛の角がやたらでかかったのに随分と驚いていたが、シアルダ界隈にあるらしい一大娼館街に好みの店があり、日本に彼女が居るといいながら、すっかりはまって散財を決め込んでいた。何人もの美女が侍ってくれるとかのサービスに完全に蕩かさせられてしまったようだ。

 '97年頃、テレビの「猿岩石」の影響で、お決まりのように白いTシャツ着た、今までのパッカー達とは明らかに一線を画せるほどに相違した感じの青年達で溢れていて、長い列を作ってゾロゾロ移動している姿は妙に気恥ずかしいほどに異彩を放っていた。

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 チョーロンギー通りの逆にあるフリースクール通りには、カセット・テープ屋や古本屋が並んでいて、日が沈むと冷やかしに赴いた。やはり、ラビ・シャンカルはじめインド音楽やドアーズなんかを渉猟したものであった。この頃は、今じゃ骨董品屋も嫌がるほどに過去の遺物と化したカセット・テープ・ウォークマンの全盛の頃。特定機能が働かなくなったウォークマンを、邪魔で仕方なかったカメラの簡易三脚とともに、まだそんなに肥えてなかった頃の"ハガキ屋"マサシの伝手で紹介された如何にも怪しげな故買屋に随分と安く売ったこともあった。そういえば、この通りのケーキ屋やパン屋に日本人達が通ってもいた。

 サダルのすぐ背後に、フルーツ・マーケットや映画館街があって、このニュー・マーケット・エリアに一歩でも踏み入ろうものなら、早速何処からともなく、籠を手にした男達が傍にやってきて、何時までも執拗にくっつかれ続ける。連中のためにゆっくりマーケット内を見て廻るってことが出来ず、コンノートのカシミーリに負けず劣らずのスッポン振りには辟易させられた。それでも、カルカッタ、果物は豊富で美味かった。バナナでも一味違う。

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 カルカッタはベンガル映画の中心地でもあり、映画館があっちこっちに散在していて、ニューマーケット近辺にも何軒も蝟集していた。若きアジェイ・デヴガーン主演の《Divya Shakti》ここで観た。三時間近くダラダラと打ちつづく単調な復讐アクション物で、まだ痩せていたデヴガーン、てんで冴えなかった。ヒロインの最近見なくなったラビーナ・タンドンと仇役アムリス・プリーのコミカルな悪役振りに辛うじて救われたって処。悪ボス・アムリスの守り女神にバブー、バブーと呼びかけていたけど、その甲斐あってか、長年傾いでいた首が、復讐の鬼と化した青年・デヴガーンに叩かれ、急に直ってしまった。光量が不足していたのか、画面が暗かったせいか、白黒を観たような記憶しかなかったけど、最近、YOUTUBEで主演二人のミュージック・シーンを観てみると、ちゃんとカラーであった。

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 南のマドラスの映画館は総じて設備のちゃんとした映画館が多く、最近でこそ日本の映画館もコンプレックス化しそれなりの設備を備えるようになったけど、デリーやカルカッタなんかを遙かに凌駕していた。エアコンの利いた処も多かった。ところが、街全体が赤茶け燻すんだカルカッタの映画館では、扇風機であった。一見エアコンを使っているような処もあるが殆ど利いてなく、やはり扇風機なのであった。つまり、蒸せた暖気を送るだけ。それでも、シリアの首府・ダマスカスの映画館よりは増しで、ダマスのは、坐っている尻までが汗でびっしょりになってしまう。売り子の持ってくるアイスキャンデーなんて半分溶けたのばかり。
 リヴアイバル上映らしい恋愛映画《Balmaa》を観た"Roxy"なんて随分場末っていて、中に売店すらなかった。
 バッチャンとシュリ・デヴィの共演した《Aakhree Raasta》も、この一画の映画館で観たが、ここも場末っていた。バッチャンが変装する復讐劇の類。
 サダルに一番近い映画館(The Lighthouseだったか)という事もあってか、白人客も多く、リドリー・スコットの《テルマー&イズー》を演っていた映画館のスクリーンは目一杯巾を取っていて大きく、背景のグランド・キャニオンが物凄く迫力があった。日本の映画館では先ず味わえない。

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