選ばれし者達の挽歌 デイゼル・ワシントン《悪魔を憐れむ歌》
この日本だけでも、宇宙人に憑かれた、悪魔に憑かれたとかいう動機で犯された凶悪あるいは殺人事件決して無いわけではないけれど、世界になると少々じゃないようだ。
俗にいう"憑依"って奴だ。
嘗ては、"憑依"を口実に魔女狩りなんかが洋の東西を問わず権力も深く関わって民衆によって行われてきたのが、"近代"という"合理主義"を勿体ぶるようになってからは、逆に被疑者達の訴える"憑依"を「虚言」あるいは「妄想」の類として指弾するようになった。
しかし、所詮それは同じメタルの表裏の関係に過ぎず、同じ心性でしかなかったという事実を実証し続けてきた少なくとも"戦後"史ではあった。
ある夜、殺人犯のリースの死刑が執行される直前、彼を逮捕した俊腕刑事・ホブスがリースの独房に呼ばれる。撮影班が撮影する中、リースが彼に意味ありげに云う。
「よく覚えておけ・・・一日後、一週間後、一ヶ月後、霊は次々と乗り移る」
ホブスは苦笑し独房を後にする。
やがてリースが巨体の守衛達にはさまれ、監獄から執行室に向かう時、リースがローリング・ストーンズの"Time is on my side"を唄い始める。時は、時間は、俺の方にある、と。
ホブスや上役の警部補・スタントン等関係者達が見守る中、毒ガスによる死刑が執行される。
ある日、ホブスの処に匿名電話がかかり、現場に赴いてみると果たして浴槽に毒物を注射された屍体が横たわっていて、ホブスの相棒・ジョンジーがドアの影になった壁に書きなぐられた文字を発見。
「ライオンズ ? ? ? スパコウスキー」
ホブスは唖然とする。刑死したリースが独房で彼に云った謎めいた言葉、"ライオンズとスパコウスキーの間の空白って何だ"、"お前ならきっと分かるはずだ"を想い出した。と、最近余所の部署から移ってきた刑事・ルーに、以前飾られていた表彰警官を顕彰したボードに名前が乗っていたと教えられ、倉庫で探し出すと、その二人の名前の間にあったはずの名前が抉られていた。
ホブスはミラノというその表彰されて後、山荘で自殺した刑事を追求し始める。が、上司のスタントンから、事件のことを忘れろ他の者に絶対に洩らすなと再三釘を差され、漸く捜しだしたミラノの娘、神学者のグレタは「大事な人がいるのなら関わらないこと」とにべもない。ミラノが自殺した山荘を確かめてみると、塗り潰した壁の下に"アザゼル"の文字が書かれてあった。グレタに尋ねると、悪魔だと答える。
実は、悪魔アザゼルは、人や動物に憑依し、連綿と古代から生き続けてきていたという。 ホブスの同僚のルーが突然彼の傍にやって来て不可解な質問をし最後に例の"タイム・イズ・オン・マイ・サイド"を口ずさみ始め、そして身体接触した者に次々と乗り移ってゆく様を目撃し、グレタも同様の目に遭い、いよいよアザゼルの攻囲が迫ってきた。
憑依されたリースが独房でホブスに握手を求めてきたのは、彼に乗り移ろうとしてだったのだけど、ホブスは決して汚職をしないミラノと同様の謹厳実直な刑事だったので、つまり「選ばれた者」だったので悪魔アザゼルが憑依出来なかった。只、それはあくまで憑依した人体からの接触では不可能だっただけで、一旦体外に出て本来のアザゼルに戻ってしまうと簡単に憑依出来るのだった。
やがて、憑依された学校教師が突然ホブスに拳銃発砲しホブスに射殺された事件で、警察の手がホブスに及び、ホブスは山荘に籠もってアザゼルが襲ってくるのを待った。
やがて現れたのは、上司のスタントンと相棒ジョンジーだった。
スタントンは単に学校教師殺害の件で身柄を拘束しようとしただけであったのが、いきなりジョンジーがスタントンを射殺する。ジョンジーに乗り移っていたのだ。ホブスと仲の良かったのを知っていての憑依だったのだろう。
不退転の決意をしていたホブス、親友のジョンジーの胸に躊躇うことなく銃弾を撃ち込み、その面前で悠然と今まで辞めていた煙草を一本燻らせてみせる。その煙草には、アザゼルがホブスの弟を殺したのと同じ毒が仕込まれていて、ホブスは、自分の命を棄てて、アザゼルをこの人里離れた山荘におびき寄せていたのであった。つまり、死んだジョンジーの身体からホブスに乗り移ってもホブスは虫の息って策だった。乗り移られたホブス、慌てて車のキーを捜すがあえなく息絶えてしまう。忽ち、体外に出たアザゼル、人里離れた森の中で人影を捜そうにも見つかる訳もなく、とうとう数千年の憑依"生"もピリオドかと思われた次の瞬間、何処かから入り込んできたのか山荘の破れ穴から一匹の猫が踊り出した。アザゼルの憑依は、人間だけに限られたものでなく動物もその範疇に入っていたのを、無知なのか混乱時の油断だったのか、ホブスの計算には入ってなかった。猫に限らず、森は動物の住処。
結局、アザゼルは又しても目障りな「選ばれし者」を一人この世から抹殺し、更なる延命を果たせた、という訳だ。
筋だけ記しても面白さは半分も伝わらないであろう。
おどろおどろしいオカルト物とは些か趣きを別にした、むしろクールに、淡々と物語は進行してゆく。デイゼル・ワシントンを主役にしたっていうのが、クールさを狙ってのキャスティングだったろう。おまけに、その脇役人が渋い連中ばかりで固められ、浮薄に流れ易い「悪魔」物をきっちりとサポートとしていて観ていて飽きさせない。
大御所ドナルド・サザーランドからジョン・グッドマン、ジエームス・ガンドルフィニ、イライアス・コティーズ。イントロの死刑囚リース役のコティーズ、チャン・アン・ユン監督の近作《アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン》でキムタクやイ・ビョンホ等と共演しているらしいが、毒ガス刑の場面なんかも仲々決まっている。

アザゼルって、日本人には余り馴染みはないが、ベゼルブブと同様悪魔の一人らしい。 悪魔(サタン)の親玉って、ルシファーが有名だけど、書物・宗教宗派によって色々違うようだ。確かに、何にでも憑依して生き伸びてゆかねばならないこのアザゼル、浅ましいレベルの悪魔・悪霊で、その悪魔界での位階も低いのだろう。キニア・リーブス主演《コンスタンティン》のルシファー、随分と余裕で、姿こそ現さなかったイエスなのかエホバだったか忘れたが、互角にいい勝負をしていた。
つまり、それが本来の悪魔であって、神と互角、陰と陽、明と暗、つまりこれも同じ一枚のメタルの表裏の関係でしかない。元々は以前に膾炙し流布していた土着の神々が吸収されて"神"の一要素あるいはそれなりの位階の準神として再配置されていたのが、時代が下るにつれて異教=邪教として敵対物として俎上に乗せられるようになったのだろう。
憑依する悪霊(悪魔)・精霊って、世界中に流布しているだろうし、中国・雲南省のタイ族あるいはタイ国なんかにも、森の精霊・"ピーパー"が森の動物や人間に憑依してゆくので有名。
この手のものは、詳細に穿(うが)とうとしては不味い。
《オーメン》の如く、権力者達に憑依し世界を支配するって悪魔に比して、何ともチマチマしいそこら辺の小便臭い暗がり殺人ばかりに腐心して、それをさも得意気に喋々する悪魔は如何考えても、最下等の悪魔って感すらあって随分と情けない代物だが、それを問うては、ホブスやグレタの、"選ばれた者"の決死の活躍が、えらく一人よがりな滑稽な代物になってくる。尤も、この"選ばれし者"ってグレタが勝手に云ってるだけで何の根拠もない。彼女が神学者なので、旧約聖書辺りから勝手に敷衍したに過ぎないのだろう。彼が署内で清廉潔白な存在とかアザゼルが間接的に憑依出来ないという理由だけではちょっと。でも、現実的には、例えばイスラエルなんか見れば分かるように、(嘗てのナチスや大日本帝国も似たり寄ったりの言辞弄していたらしいし)そんな随分と一人よがりな連中の、一人よがりな産物のようだ。
それにしても、悪魔の跳梁跋扈、それも半分は神の名の下に為されてきたのを許している、あるいは数千年も傍観してきた"神"ってなんなんだろう。普通に考えれば、何一つ打つ手も能もない存在ってとこだろう。それが"万能"って称されているのは、逆に反語的な意味付与って訳になる。だから、邦題の《悪魔を憐れむ歌》って、《神を憐れむ歌》でもあるって穿ち見も出来る。
この映画、大作とは無縁の小品だけど、好い演技人が揃ってるのもあって、肩の凝らない何度観ても飽きることのない佳作ってとこだ。何故、ローリング・ストーンズの"タイム・イズ・オン・マイ・サイド"なのか。正に、時は、我が方にありってことなのだろう。この曲、アーマ・トーマスというゴスペル系の女性歌手が先行してリリースされていてこっちも悪くない。YOU TUBEで聴くことが出来る。映画のエンディングが邦題と同じストーンズの《悪魔を憐れむ歌》。
アザゼル
ホブス刑事 デイゼル・ワシントン
スタントン警部補 ドナルド・サザーランド
ジョンジー刑事 ジョン・グッドマン
ルー刑事 ジエームス・ガンドルフィニ
グレタ・ミラノ エンベス・デイビッツ
リース イライアス・コティーズ
監督 グレゴリー・ホブリット
撮影 ニュートン・トーマス・シーゲル
美術 ウィリアム・クルーズ
音楽 タン・ドゥン
制作 ターナー・ピクチャー(米国)1998年作品
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